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ランドセルを背負ったうみがめさん  作者: つちのこうや
文化祭準備編
30/73

待って美雨!


 いい感じにピンチを切り抜けた感があると思っていた僕はさらに嬉しい知らせを受けた。


 申請書が通ったのだ。


「ただ、かなりもめたみたいなんだよな……。職員会議では小町先生が頑張って反対している人を説得したらしいけど……」


「そして文実会議では、三里さんが、ね……」


 美雨がうーんと小さくうなりながらつぶやいた。


 武田によると、またしても三里さんが、ぬいぐるみ部を助けてくれたらしい。三里さんにお礼を言わなきゃな。

 でも、どうしてそこまでぬいぐるみのためにしてくれるのだろうか。


「ま、何はともあれ、とりあえず、通ったということでおめでとうお菓子パーティーをしましょう!」


 美濃がお菓子をぼんぼんぼんと出す。


 せまっ苦しく音楽室楽器置き場裏に座って、僕たちはぬいぐるみを作る作業をしている。だからなおさらお菓子の袋の存在感がでかい。


「今は作業してるから後にしような」


 僕は美濃が出したお菓子を袋にまとめ、隅に置く。


「ところで、脚本の修正はどう?」


美雨に尋ねてみる。


「うーん……」


「もし、変えにくかったら、設定とかストーリーを大きく変えてもいいと思うよ」


「そうね……わかった。考えてみる」


「そうだね。僕も何か案を考えてみるよ」


「私もです!」


 僕と美雨、あと稲城も、脚本の全文を持っている。だから常日頃、推敲できるわけだ。


「で、稲城はどこで何してるんだ?」


「図書室ですかね〜」


「だろうな」


 稲城は今日はパソコンをいつもに増していじっている。ぬいぐるみ部のための何か、をしているらしいが……よくわからない。


 進捗についていうと、やっとダンス部のステージ建設の作業がある程度おわった。あとは前々日に組み立てる作業があるが、それは今はまだできない。衣装の方も終わったようだ。


 今は、ぬいぐるみ劇に使うぬいぐるみ、それから、もしかしたら売れるかもしれないという希望を込めて販売用のぬいぐるみ、そして、田植に頼まれてしまったお子様ランチのおまけ用のぬいぐるみと、とにかくぬいぐるみづくりに費やしている。


 忙しいのに稲城は僕は別のことで貢献するとか言ってどっか行っちゃたんだよな。




 作業の途中で、美雨と美濃が一旦抜けた。クラスのシフトである。


 渚ヶ丘では、部活単位の出し物とは別に、クラスでの出し物も行う。部活に所属していない人や、文化祭で出し物や招待試合を行わない運動部の人が中心となって、テーマを決めた展示や、映画、時にはプラネタリウムをやったりする。


 そしてそっちの人手が足りない事態が発生することが多いので、クラス全員が当番制で作業をすることになっているのだ。


 絶対こっちの方が人手ないはずなのにつらい。一応の配慮として、文化祭で何かする部活の部長はシフトがない。


 だけど美雨と美濃がいなくなったら一人になっちゃったんですけど。美雨と美濃も三回くらいしか入ってなかったから、弱小部活の大変さを理解してくれているとは思うんだけど。


 ちなみに僕は関わってないので詳しいことは知らないが、どうやらコメディー系の演劇をやるらしい。


 僕は一人でも広い感じはしない音楽室楽器置き場に寝そべって少し休憩。


 ……これはなんだ?


 寝っ転がった頭の横に紙の束がある。美雨の忘れ物か。まあまた戻ってくるって言ってたし、いっか。


 僕はそれを手にとってみる。


 あれ? これ、ぬいぐるみ劇の脚本ではない。ということは新作か……?


 読んだら怒られるかもしれないと思いつつ、開いてみる。こっちに、何かぬいぐるみ劇に応用できる表現とか展開があるかもしれない。




 途端、鳥肌が一瞬たち、僕は必死で目で文字を追い始めた。導入部分を読んだ瞬間、向こうの世界に強く引き込まれたのだ。


「すごい……」


 三頭のイルカが迷ったペンギンと一緒に海を渡る旅をしている。現時点でただそれだけだ。


 だけど……おそらくすごいのは技術だ。


 台詞だけなのに、なぜか手に取るように状況がわかる。旅の出発点の岩だらけの海岸はきっと、打ち寄せる波が音を立てていて、だからペンギンは溺れそうなんだろう。


 海の中の世界は移動するごとに、細かく様子が変わっているのが伝わってきた。


 そして、セリフの一つ一つが、音読したくなるほど、リズミカルなのだ。


 これは……


「ただいま〜って、なんか家に帰ってきたみたいなノリになっちゃった」


「ただいまです! 優くん何読んでるんですか?」


 いつの間にか二人が帰ってきていた。


「あ、えっと」


 勝手に読んでいたことに後ろめたさを感じたが、それよりも興奮がすぐに上回った。


「これ、すげえよ! これをぬいぐるみ劇に使おう! 登場する動物だって、うみがめもカモメもすぐに取り入れられるしさ!」


「え……」


「そんなに……すごいんですか?」


「うん。多分美雨がこっちの方が気持ちが乗ってるんじゃないかな。もうなんていうか、世界が違うというか……とにかく、やっと脚本の解決策を見つけた気がする」


 言葉にはうまくできなかったけど、僕が感動したことはわかってもらえたと思う。


 テストはなんとなかなったし、申請書も通ったし、今日はいいことがつぎつぎと山麓の絶好調のわき水のようにでてくるな!



「そっか……じゃあ、私ぬいぐるみ部やめるわ」



 しかし、このタイミングで美雨は、冗談で言いそうなことを全く冗談ではない口調で言った。


「……どうしたんだいきなり」


「だって、それ書いたの、私じゃないもん。それを書いたのは、美香だよ、美香、山桜の演劇部で脚本かいてる」


 美雨は泣きそうな、不自然に震える声だった。


「うそ、だろ……」


「ほんとだよ。美香が趣味で書いてるやつを参考になるかもしれないからもらったの。でも、いいんじゃない? それ使えば。私は要なしになっちゃうからやめるけど」


「いや、違う、つかわないからさ……」


 僕は混乱していた。間違いなく、僕は最悪のことをしてしまった。中学の時、美雨が不登校になるほど傷ついた、あの時と同じことをしてしまった。


「ごめんなさい」


「謝んなくてもいいよ。だってそっちを使いたいんでしょ。たぶんつばきだってそれ読めばそう思うんじゃないかな。だから、それ使って、ぬいぐるみ劇を成功させてよ。美香には私から許可とるから、じゃあ、応援してるからね」


 美雨はほとんど途切れることなく言葉を吐き出すと、音楽室楽器置き場の方へと背を向ける。


「待って美雨!」


 美雨に叫ぶが美雨は振り返ることはない。薄暗いぬいぐるみや布が散らばった床に、美雨の影が歪んだ形になって落ちる。


「美雨、結局いじけてるだけじゃないですか」


 しかし、美濃はその美雨にさらに言葉を投げた。美濃は少し、いらついているようだった。


「優くんは美雨が書いたと勘違いしただけですよ。美香の脚本がすごいのは事実なんですから、それを超える脚本を目指して今から頑張ればいいのに。そうやっていじけてるから、脚本があんな状態から進化しないんですよ。情けなさすぎます」


「私の気持ちなんかわからないくせに調子乗んなよ。ちょっと声が可愛いからって思い上がんじゃねえよこのちんちくりん」


「ちょっと待った、攻撃的になりすぎ……」


 いつもの美雨ではなかった。相当感情を抑えられなくなっていた。


 そして、美濃の目には涙がたまっていた。


「調子乗ってないです……こんな部活やめてやります……もう嫌です……」


 美濃は泣き崩れてしまった。美雨はその場からいなくなっていた。




「おい、どうした羽有」


 「もう来ません!」と言って美濃も帰ってしまい、一人になった音楽室楽器置き場裏に、稲城が現れた。


「いや……僕って最悪だな」


「……喧嘩したのか?」


 稲城が珍しく心配そうにしている。だから僕は稲城に何があったか話した。どこかで慰めてでもくれると思っていたのかもしれない。


 しかし、


「そういうことなら、自分もぬいぐるみ部を退部する」


 稲城は冷たい口調で、全くためらってる様子を見せずに退部宣言をした。


「……」


「じゃあな」


「……」


 稲城は五歩ほど歩き、そこで一旦立ち止まって、


「……羽有は、ぬいぐるみ部の部長として適任でなかったということだな」


 そうつぶやくと、音楽室楽器置き場の方へと消えた。音楽部は今日は体育館で練習している。物音一つしない音楽室楽器置き場裏で、僕は一人、作りかけのぬいぐるみと一緒に、動けずに座っていた。










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