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ランドセルを背負ったうみがめさん  作者: つちのこうや
文化祭準備編
28/73

うん!


 申請書の提出も済み、放課後はいつものごとく作業。今日はあいにく天気が悪く、外での木材作業はなし。部屋の中で木材作業もぬいぐるみ製作もやるスペースはないため、僕たちは、前半ぬいぐるみ製作、後半脚本会議というスケジュールにした。稲城もぬいぐるみ部としての自覚があってちゃんといる。


 前半は順調だった。


 しかし、後半の脚本の方が。


 改善しているのか誰にもわからないところを、強風で速度を落として運転している電車のようなスピードで、議論が進む。


 美雨はここ最近でダントツしょんぼりしていた。そして、これ以上改善点を挙げると美雨が自信をなくしてメンタル崩壊してしまうんじゃないかと、美濃が気を遣っているように思えた。


「はあ……足引っ張ってるな私」


 用事があるという稲城と、放送部の準備を手伝う美濃が去った図書室の隅。


 美雨は机に突っ伏して顔を伏せて小さくなっていた。


「大丈夫だって。どんどん面白くなってるよ。ほら例えば、途中で、ライチョウの羽が生え変わっていくのが実は伏線になっているところとかさ」


「……」


「あ、あと、他にも、普段は海辺にしかいないカモメがアザラシの伝言をライチョウに伝えにいく場面とかさ」


「……」


「あ、それに……」


「……」


 

 僕の言葉は古いぬいぐるみからちょろりと出ている糸のように途切れ、昔のことが思い出された。



 ☆   ○   ☆ 



 美雨と初めて会った自習室。


 僕はそこで一ヶ月ぶりくらいに美雨に会った。


 先ほど確認した全国中学生演劇大会東京都予選の結果によれば、美雨の通っている市立中学は見事、関東大会に進出していた。


 この一ヶ月自習室に来なかったのも、脚本の修正か何かで、よっぽど忙しかったからだろう。そしてその努力は身を結んで、関東大会進出となったわけだ。


 僕は31番席に座っている美雨に声をかける。


「久しぶり。関東大会進出おめでとう」


「関東大会行けたんだ。そっか。それはおめでとうだね」


……?……美雨の返事は、他人事のようだった。


「……なんか知らなかったような言い方だけど」


「だって知らなかったもん。私、一切関わってないから」


 隣に座ることができず、立ったまま机と机の間の通路で固まっていた僕に、美雨は初めて顔を向けた。疲れていて、大切なものが抜けていってしまっているように見えた。




 脚本を書き上げた美雨は、本当に達成感と喜びでいっぱいという顔をしていた。わざわざ印刷して僕にも渡してくれた。読んだ僕に、あのシーンはこんなことをイメージして〜とか、このあたりはこういう風に工夫をして〜とか、たくさん込めた想いについて話してくれた。


 だから僕は初めて読んだ時に加えてさらに十倍くらい、美雨の脚本、『今日も僕たちは坂道を下る』に魅力を感じ、そして好きになっていた。


 だからこそ、


「どうして……?」


 美雨が何も言いたくなさそうな顔をしているのに、僕は思わず理由をきいていた。



 塾の前の広場、僕と美雨が初めて話した場所。そこで、美雨はちょっとずつ、何があったのかを話してくれた。


 簡単に言えば、美雨の書いた脚本が、劇に使われなかったということだ。でもそれまでの流れが……酷すぎた。



 美雨の脚本の出来を期待していなかった他の部員たちが、美雨には秘密で、ある小説家に、演劇の脚本として小説のストーリーを使わせてもらう許可をとっていたのだ。


「もし、許可が取れなかったら、美雨のを使おうと思ってたんだよね〜。ほんとだって〜」


 そう言って、演劇部の部長は、美雨の脚本を没にした。誰一人それに反対せず、美雨のことを気にかける人もいず、練習が始まった。


 そうして美雨は演劇部での居場所がなくなった。



「ひどいな。許せない。というか、そんな演劇部やめちゃえよ。もうおかしいだろだって」


「うん……だけどね、小説を読んだら仕方ないなって思って。すごく面白かったから」 


「いや、いくらそれが面白かったからといって、関係ないと思う」


「そうね。だけど、レベルが違ったよ」


「そりゃあ、まあプロの作家だしな……いやだからでも……」


 美雨が全力を尽くして書いた脚本を、そんなあっさり無駄にして……それが美雨を傷つけていることは絶対わかっているはずだ。それなのに、プロの方がいいとか言って、それで、演劇を作って……関東大会に行って。本当にやっていることがひどい。



 ☆   ○   ☆ 



 僕は、美雨を見て、決意した。


 ぬいぐるみ部では、美雨の脚本で、ぬいぐるみ劇を作り上げる。


「僕は美雨の脚本で、ぬいぐるみ劇がしたい」


「……」


「この一年、ぬいぐるみをたくさん作って、ぬいぐるみ劇を児童館でやって、そうやってぬいぐるみと共に過ごしたからこそ、ぬいぐるみの魅力が伝わる劇ができるんじゃないかって僕は思うんだ。それに、僕は、美雨が書いた話が好きなんだ」


 僕は鞄を開け手を入れる。僕は、読むたび励まされるこの物語を常に携帯していた。それは、端が丸まったり少し破けたりしている紙の束。


「これ……」


「『今日も僕たちは坂道を下る』」


20周は読んだ。


「持ってたんだ」


「うん。ずっと、返しそこなってた」


 僕は大きく頷いて美雨と目を合わせて言った。


「美香と比べるとどうとか、そういうのじゃなくて、世界で一番、ぬいぐるみを好きにさせる物語を作ろうよ。美濃も僕も、多分稲城も、みんなで協力して」


 美雨は窓の外から見下ろせる中庭を見た。まだダンス部が練習を続けている。軽快な音楽が放課後の西日に混じって飛び込んでくる。美雨はそれら全てをゆっくりと感じ取るかのように深呼吸をして


「うん!」


 再びこっちを見て、笑って僕にそう返してくれた。







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