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ランドセルを背負ったうみがめさん  作者: つちのこうや
文化祭準備編
22/73

三年前 2


 塾の前には小さな広場がある。そこのベンチで僕はぬいぐるみ作りの続きをしていた。きりがいいところまではやりたかった。これが終わったらまた自習室に戻るか……いや、もう今日は帰ろうかな。


 隣に、誰かが座ったようだった。この広場のベンチは一つ。同じベンチに座ってくる人がいても何も思わない。


「自習室、追い出されちゃったね」


僕の手が止まった。


「え?」


 隣を見ると、自習室で隣だった女の子がこっちを見て口元に幼い雰囲気を出して穏やかに笑っていた。


「えーと……なんでいるの?」


 僕は言ってからもしかしたら中三かもしれないから丁寧語で言うべきだったと思ったがそんなことよりも……。

 なんだこいつ? いや可愛いし、胸も大きい方に見えるし、少し右を見れば視野に入る太ももは程よく厚みがあり女の子っぽいラインを描いている。けどわざわざ自習室を出て僕のところに来たあたり不審に思うしかなかった。


「なんでって言われても……なんとなく、休憩しようと思ったからかな……」


「あ、そう」


 確かに自習室の狭苦しい雰囲気から逃れて、塾のすぐ前のこの広場で気分転換しようと思う人がいても不思議じゃない。


「私もね、中二なんだ」


「は? えと、なんで僕が中二だって……」


 やばい。この人やっぱり怪しい。僕は密かに荷物をすぐ片付けられるようにし、逃げる準備を整える。


「だってさっきクラス聞かれたとき2Cって言ってたじゃん」


「確かに……」


 2Cの2は中二の2。ちなみにCはABCのうち一番下のクラスであることを表す。


「……なんで、ぬいぐるみ作ってるの?」


 女の子は僕の手元を見る。


「好きだからかな……あと、現実逃避できるから」


 ぬいぐるみを作っている間は自分が成績がやばくて一番下のクラスだってことも、部活をやめて帰宅部になっちゃったってことも、忘れられる。


「ふーん。男子でそう言う趣味って珍しいね」


「うん……」


 馬鹿にしたような雰囲気はなかった。だから思わずもう少し話してしまった。


「いつか、究極に可愛くて、持ち主の宝物って言ってもらえるようなぬいぐるみを作るのが目標なんだ……って言うのは言い過ぎなんだけどとにかく僕はぬいぐるみにはあらゆる可能性が詰まってると思うというか……」


「へえ、もしかして第一志望渚ヶ丘?」


「渚ヶ丘……?」


 なんでそう予想が立ったし。渚ヶ丘は僕の家の近くにある。この辺の人はみんな知っているだろう。中高一貫だけど、高校からも募集している。だけど他にも高校はいっぱいあるわけで…ついでに言うと渚ヶ丘は僕にとっては偏差値が高すぎるし……。

「いや、なんとなく……私が渚ヶ丘だからもしかしたら一緒かな……って思っただけ」


「そうか……僕はまだ決めてない」


 いや……実は行きたい学校はあった。だけど、あまりに僕の成績とかけ離れていて、言うのすら恥ずかしい。


 山桜学園。偏差値72の超難関中高一貫校。僕がそこに行きたいと思っているのは偏差値が高いからではない。むしろ僕を阻む偏差値の高さが憎たらしい。


 僕はそこの手芸部に入部したいのだ。男女比が1対7くらいの山桜学園は部員数50超の手芸部を持ち、かなり盛んに活動している。だから憧れているのだが……。


「え、でもどこか行きたいなって思う学校とかないの?」


「まあ……」


「え、どこどこ?」


 曖昧な返事をしたからさらに突っ込まれる結果となった。


「多分言ったら笑うかもしれないけど……山桜」


「あ、女子に囲まれて高校生活送りたい系?」


「いや違うって。手芸部が盛んだからあそこ」


 笑われはしなかったけど、男女比1対7に魅力を感じていると勘違いされてしまった。


「なるほど〜。そういえば文化系の部活は盛んだって美香が言ってたな……あ、美香は私の双子の妹ね。山桜の中学に通ってる」


「双子の妹山桜なの? すごいな」


「うん……妹はすごいよ。私も中学受験で山桜受けたんだけど落ちちゃって。妹だけ受かったんだよね」


「……ごめん」


 やっぱり僕は馬鹿だ。双子で片方が中学受験で山桜行っているのにもう片方は高校受験塾に通ってるって時点で容易に想像できたことだ。


「ううん。大丈夫だよ」


 女の子は広場の中央の植え込みから僕の目に視線を転じ、笑ってみせた。


「ところで……なんで渚ヶ丘に行きたいと思ったの?」


 話を変えようと思ったがこれくらいしか思いつかなかった。


「文化祭で見た演劇部がすごかったからもうここに決めたってなっちゃった。あ、山桜もすごいんだけど、私はそこには受かりそうにないから」


「……演劇やってるの?」


「うん。中学で演劇部入ってて脚本書いてるんだ。さっき自習室で広げてた紙がそれ」


 ああ。そういうことか。女の子の紙の束の正体は、演劇の脚本だったか。


「脚本かけるのか。すごいな。僕だったら、紙一枚分書くだけでも苦労しそう」


「私も初めはそうだった。けど楽しくなっちゃって」


 えへへ、と笑って、鞄を開けて中のファイルから、紙の束を取り出した。


 表紙には『今日も僕たちは坂道を下る』という題名。そしてその下に、『海瀬美雨』と名前があった。




 それから僕と美雨は自習室で顔を合わせるたび、少しずつ親しくなっていった。

 実は家が比較的近所だとわかり、最寄駅が同じ。短い二駅分の距離を僕と美雨は並んで座って帰る。時折美雨の肩や腕が触れると、電車の座席って隣と近いんだなと意識してしまう。


 美雨は僕のことを優と下の名前で呼ぶ。羽有と呼んでもどうせ「うゆう」に「ゆう」が含まれているからいいでしょ的なノリらしい。 


 僕も気づけば美雨と呼ぶようになっていた。


「座ってばっかりだと疲れる〜」


 電車の中。僕のすぐ左にいる美雨はそう言って伸びをして視線を上に向けた。

そして、そこに緑色の広告が貼ってあった。


「あ、広告ある」


「うん……どのこと言ってるの?」


「あの緑色の。私の入ってる演劇部も出るんだ」


「そうなんだ。全国行けるといいね。頑張れ」


「うん!」


 笑顔になった美雨が、ぼやけて消えた。

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