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ランドセルを背負ったうみがめさん  作者: つちのこうや
文化祭準備編
21/73

三年前 1

 今日から、僕は塾の自習室に行くことにした。


 最寄駅から各駅停車で二駅。家から歩いて五分のところにある中学校から家に帰らず、わざわざ電車に乗って塾のない日も自習室に通うことを決めたのには訳がある。


 一向に上がらない成績。母親は目を合わせるために勉強の仕方が悪いだのどうの言ってくる。それに自室にこもるのも飽きた。だから、僕は落ち着いた環境を求めて自習室に行くのだ。


 部活をさっさとやめ、代わりに塾通いを始めてから三カ月が過ぎた。それなのに上がらないどころか少し下がってるともとれる成績を僕がなぜとったのか。理由は簡単だ。帰宅部になり、塾に通っている僕よりも周りは効率よく、そして多く勉強しているからだ。


 塾の英語先生は、高校受験においては才能や地頭の良さは関係ない、努力の積み重ねが大切、と僕が入会して初めて受けた授業で言っていた。まあそうなんだろうと思う。



 塾のある駅は比較的大きく、人がいつでも改札付近を埋めている。西口から少し地下通路を歩き、一番目立たない階段を上がり、地上に出て左に歩くとすぐ。細いビルの一階から三階が僕の通う塾だ。警備員さんに小さくお辞儀をして中に入り、僕は受付のお姉さんに声をかけた。


「自習室を使いたいんですけど」


「でしたら、この紙に名前と校内番号と希望の座席番号、それから何時から何時までのご利用かを書いてください」


 用紙とボールペンを差し出される。受付の脇のモニターに空席の位置と座席番号が表示されていた。入り口から遠いところがいいな……。ここにするか。


 言われた通りに記入し、提出する。


「自習室利用札です。番号の書かれた席に座ってください」


 黄色くて丸い、30と書かれた札を差し出される。その受付のお姉さんの動作が、用紙とボールペンを渡した時とそっくりで、機械的に行動していることを証明していた。



 階段を上りながら僕は手に握った札を眺めた。


 30ね……まるで製品番号みたいだな、と思った。しかし、幼稚園をもも組で卒業して以来、僕は組も出席番号も塾の校内番号も成績も、全て数字で管理されている。今さらの話だ。


 自習室の扉を開けると空調がかなり効いていて、涼しかった。僕が入ってもほとんど反応することなく、僕に背を向けて勉強を進める人たち。



ただ一人、振り返った人がいた。



 童顔の女の子。くりくりの目に視線が吸い込まれた。

 小学生……ではないな。中学の制服っぽいのを着ているから。

 次の瞬間、その女の子はにこっと笑った。

 幼いが、可愛い。

 なぜ笑った……?

 よくわからない。

 僕は30番の座席を机の端に貼られた数字シールをたよりに探す。


「あ」


 その女の子の隣だった。


 まさか、僕がこの席なのを知っていて笑いかけたのか? 超能力者かな。


 ……そんなこと考えてる暇はないな。塾の宿題を片付けなくては。


 僕は素早く塾のテキストを広げる。もっとも体への負担が少なく、かつ効率的に勉強を進めることのできる配置。


 ふと隣を見ると紙が乱雑に積まれた机。だめだ。残念ながらこれじゃ効率が悪い。……人のことなど気にしている余裕はないな。


 僕は勉強を始めた。鉛筆の音、紙の音。勉強関係の音のみの空間。来て良かったと思った。家よりもかなり集中できそうだ。




 次の日。僕は隣の31番が空席であることを確認して30番の札をもらった。

 

 勉強すること数時間。隣にぼすっと紙の束が置かれた。


 そして、ごく当たり前のように座って来たのは、昨日の女の子だった。


 少し経ってちらりと見れば、机の上は、昨日と同じ状態になっていた。


 そう。昨日と同じく、紙が乱雑に積まれているのだ。


 僕は確信した。


 この人は……勉強ではない何かをしている。少なくとも、普通の勉強ではない。


 ていうか、自習室で勉強以外のことしていいのか……?


 僕は壁に貼ってある自習室のルールを見る。確かに、勉強以外のことをしてはいけないとは書いていない。席に座って、静かにしていればいいようだ。


 となれば僕もいつもの勉強スタイルで行こう。


 まるで学校の授業のように。五十分勉強して十分休憩。このサイクルを続けると、一時間連続で勉強するよりも集中できる。たぶん。


 休憩するときにすることは決まっている。僕はいつものように裁縫セットを取り出した。


「……!」


 隣の女の子が驚いたような顔をしたように見えた。まあ驚くだろうな。こっちは驚かれるのにはとっくに慣れてるんだよ。ついでに言うと馬鹿にされるのも笑われるのも慣れている。


 作りかけのうみがめのぬいぐるみ。今の所どら焼きみたいに見えるがうみがめ。


 僕はそのうみがめに目をつけるべく……


「ちょっと。君……何をしてるんだ?」


「あ」


 頭が若干薄くなっているおじさんが僕を見下ろして睨んでいた。


「あ、その……少し休憩を……」


「あのね、勉強と関係ないことはここではやらないで」


 はあ。隣の女の子を見るといつの間にかノートとテキストを広げていた。すばやい……しかし、やっぱりそれまでは勉強していなかったということか。


「はあ……」


「自習室に来ても勉強に集中できないんだとしたらそれは問題だよ。クラスと名前は?」


「2Cクラスの羽有です……」


「羽有くんね……中二で自習室に通うのは感心だけど、そこで勉強してないようでは、上のクラスにはあがれないよ」


「はい……」


「とにかく、勉強しないなら外に出なさい」


 ちょうど机より少し上くらいに威圧感のあるお腹。仕方ない。反抗すると面倒だしな。


 僕は急いで荷物をまとめて退出した。


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