はい。ま、任せてください
「こんにちは。えりかの母です」
「ひょいっ。こんにちわ……」
しまった。もう来てたのか。自己紹介に失敗したポンコツ転校生並みの序盤での痛いミス。しかもぶつぶつつぶやきながら考えていたような気もするし変人認定が完了していそう。今から挽回しないとかなりやばい。
僕はえりかのお母さんを見た。
去年の文化祭の記憶が蘇る。
あの時とあまり変わっていない。一つに束ねた髪に、疲れが見える顔。しかし、どことなくえりかに似ているとも思った。
「あなたが、ランドセルを背負ったうみがめさんのぬいぐるみを作った……」
「う、羽有です。羽有優と申します」
「羽有くん、だったんですね。えりかはうみがめさんとしか言わないから……ごめんなさい。顔は覚えていたんですけど」
顔……。特徴のない、かっこ良くもない、いかにもぬいぐるみをちまちまつくってそうな僕の顔を覚えている……。
大げさに感動するとまた変人になりそうなので僕はこらえて
「覚えていてくださったんですか。ありがとうございます」
と、お礼を言った。よし、精神年齢が十五くらい上がったな。
「あのピンクのランドセルを背負ったうみがめさんは、ピンクが好きなえりかにとって、宝物なんです。ですから、買った時のこともよく覚えています……ですから、羽有くんの顔を覚えているのも当然です」
えりかのお母さんは静かに笑った。
えりかはピンクが好き……そう考えると、赤のフェルトが切れてピンクのフェルトで作った「あの」うみがめさんじゃなくてはいけなかったのか。
ピンクでないと、駄目なんです。
そうか……そういうことだったのか。
ピンクのランドセルを背負ったうみがめを作ったのはたまたまだ。奇跡だと思った。
「水族館に行くんですよね」
「あ、はい。そうです」
「えりかはお友達と遠いところに行くのは初めてです。どうかよろしくお願いします」
「はい。ま、任せてください」
これは……つまり、行ってOKってことか……? よっしゃ。僕は信用のかたまりだ。
「ほら、えりかもよろしくお願いしますって」
「よろしくお願いします……うみがめさん」
えりかはぺこりと手提げ袋を腕から下げたままお辞儀をした。その時、手提げ袋の口から、あのピンクのランドセルを背負ったうみがめが見えた。
世界に同じものはない、オンリーワン。しかし、左右のヒレの大きさが違って口元が歪んでいる。そんなぬいぐるみをえりかが大切にしてくれていることが、何度考えても嬉しかった。