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ランドセルを背負ったうみがめさん  作者: つちのこうや
文化祭準備編
14/73

綺麗な空だね


 朝から自分の机に突っ伏している人がいたとしよう。さらにその人が友達が少ない人だったとしたら多分誰にも話しかけられずに時が過ぎるに違いない。今朝の僕のように。


 えりかが苦い記憶を思い出し泣いてしまったきっかけを作ったのは、僕だ。それに、僕のぬいぐるみをたからものと言ってくれたえりかが、苦しんでいるのに何もできない自分が情けなかった。


 確かに、えりかとはまだ三回しか会ったことがないし、えりかのこともよく知っているとはいい難い。

 しかし、えりかがランドセル背負ったうみがめを大切にしてくれていると知った時、僕は多分人生で一番嬉しかった。

 だから、ぬいぐるみを取ってあげてお礼を言われた時の笑顔、潤んだ目で見つめてきたあの表情、そして、漢字練習帳に落ちる涙……えりかの全てが頭に残って離れない。




「……おーきーろー優!」


 うわうるさい! 


 話しかけられずに時が過ぎるんじゃなかったのかよ。


 僕は頭を起こす。目の前に美雨が立っていた。なんとなく、美雨の顔を見ると落ち着く。しかし、それと同時に、昨日の梨田さんの話が頭をよぎった。


「ほら、優、授業どうせ聞かないでしょ。だから読んどいて」


 美雨は、先ほど僕の頭があったところに紙の束をバサリと置いた。


「これは……?」


「決まってんじゃん。ぬいぐるみ劇の脚本だよ。おんなじのつばきにも渡してるから」


 出来上がるのはやっ。と思って美雨を見上げると、座っている僕、つまり斜め下から見た胸が……。


僕は〇・一秒ほどでそれを鑑賞し終え、美雨の脚本の一ページ目を開いた。


 そこには登場人物(いや、動物か)紹介が書いてあった。


「読んどくよ。ありがとう」


僕はそう言うや否や、さらにページをめくる。


 美雨が少し、照れるような仕草をした気がした。僕にお礼を言われたからか、自分の作品が読まれるのが恥ずかしいのか。


 僕は、頭をぬいぐるみモードに切り替え、ぬいぐるみが頭の中で動き回るぬいぐるみワールドを構築する。想像力を存分に働かせるための準備だ。


 キーンコーンカーンコーン


 授業の開始のチャイムと同時に、僕はぬいぐるみの世界に入った。



 一時間目のうちに一周読み終えたが、すぐに二周目に入る。その調子で四周したところで、昼休みに入った。


 僕は弁当を片手に、美雨と美濃を探す。


 二人とも教室の前方に発見。


「よし、低めの屋上に行こう」


「おっけー」


「了解です!」


 二人が息のあったテンポで返事をくれる。




 二階建ての二号館は、僕たちの教室がある一号館と、図書室やコンピュータースペースなどの特別教室がある三号館に挟まれている。一号館と三号館は三階建てなので、二号館の屋上のことを、生徒は「低めの屋上」と呼んでいる。


 低めの屋上には一号館の三階のベランダから出れるという面白い造りになっている。


 図書室は飲食禁止なので、昼休みにお昼ご飯を食べながら話すときは、僕たちはここに来ることが多い。


 僕たちは、美濃が持ってきてくれた、女児アニメのキャラクターのレジャーシートの上に腰を下ろす。まじで小学生の遠足だな……。でも、この辺りはところどころに湿ったコケが生えてるので、美濃がレジャーシートをロッカーに常備してくれているのは正直助かる。


「じゃ、始めますか」


 三人が弁当を広げたところで僕が口を開いた。

 まあ、一応部長だし。


「まず、細かいところの前に全体的なことなんだけど……」


 いちゃいちゃしてる男女とか、どこから持ってきたのか、卓球台やビリヤード台を置いて遊んでいる人とかがたまにいるんだけど、今日は僕たちの他には誰もいなく、のどかな雰囲気で、議論は始まった。




 議論は途中で最近の流行のファッションとか、なんかよくわからないマッサージの話とか僕が知らない話題に脱線したりしたものの、大まかな修正点は見えてきた。


 問題は大きく分けて二つ。


 一つは、ぬいぐるみ部全部員がたった三人なのに対して、登場人(動)物が六人(匹、頭?)いること。美雨はなんも考えてなかったらしい。さすが美雨らしい。ただ、それぞれのキャラクターに個性が出ているので捨て難く、一人二役やってみようと話に落ち着いた。口調などを明らかにわかるように変える修正を美雨がしてくれるのだが、僕は若干心配。美濃は全部幼いけどわりかしいろんな声が出るので余裕そう。


 もう一つは、ストーリー自体が単調気味でインパクトが足りないことである。これは僕や美濃も案を出すしかないが、結局これといった案は出ずに終わった。


 その他どのぬいぐるみをどのように動かすかの大まかな決定と、なんのぬいぐるみが必要かリストアップしたところで予鈴のチャイムが鳴った。


 僕たちは手早くレジャーシートをたたみ、荷物をまとめ、低めの屋上を去った……のだが。


 三階のベランダから校舎に入るドアを開けようとした美雨が硬直した。


「開かない……」


「溝になんか詰まってるか錆びてるかだろ」


 僕は美雨の代わりにドアを開けようとするが、ビクともしない。美濃がやったらギシギシいって、実は小さい身体に結構な力を秘めてることはわかったのだがやはり開かなかった。


「ていうか、これ、鍵しまってます!」


 美濃が叫ぶ。見ると、一般的な窓の鍵と同じ仕組みで校舎の内側からかかる鍵が、しっかりと施錠する方に回っていた。


 これは……遅刻だな。というか誰か通りかかるまで出れないな。



キーンコーン


 授業開始のチャイムが鳴ったとき、僕たちは再びレジャーシートをしいてピクニックをしていた。


「全く犯人は誰ですか! いたずらにしても幼稚過ぎますね!」


 美濃が怒ってレジャーシートの上で暴れてるが、その姿を写真に撮ったら遠足ではしゃいでいる小学生の写真となんら違わなさそう。なのはそれはそれで可愛いんだけど、問題は、美濃の言った通り、誰かが鍵を閉めたということだ。


 低めの屋上を使うことは先生も公認している。先生が閉めるとしても、誰もいないことを確認すると思うんだけどな……。


 ……考えてもしたないか。


 今は授業中。通りかかるのは授業のない先生か用務員の人くらいだろう。個人的には稲城に期待しているけど、多分図書室から出ないからなあ。


「そうだ!スマホで誰かに連絡すればいいんだよ! 私スマホロッカーだけどつばきか優持ってない?」


 美雨が名案を出したかのように思えたが、


「私のスマホ午前中に電池がお亡くなりになりました」


「僕は教室のカバンの中」


「ああ〜」


 詰んでしまったようだ。




「綺麗な空だね」


「ですね」


「静かな学校もいいな。あんまり聞かない鳥の鳴き声が聞こえる」


「ほんとだ」


「美しいですね〜」


 三人並んでねそべっていると青春の真っただ中にいるように見えるが、状況を冷静に考えるとただの暇人だ。僕は考え事をするしかなくなり、またえりかのことを思い出していた。


 しかし、今は最も眠くなる時間帯である。

だんだん意識が遠くなってきた……

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