これは、衣装ですわ
昨日の甲斐先輩からの電話で、文化祭へのモチベがさらに高まった。美雨が脚本を書くなら、僕も、究極のぬいぐるみを作るために、努力を欠かさないようにしなくてはならない。どうすれば可愛くなるか、そして親しみの持ちやすいものになるか。甲斐先輩には敵わないにしろ、去年の売り上げから言って、美雨と美濃の方がまだ僕よりはましだ。それに、美濃は声が可愛いので、演技で活躍できる。美雨は脚本。つまり。ぬいぐるみ劇を創る上で足を引っ張るとしたら僕。そしてそれだけは避けたい。
……というわけで、今日は授業中もぬいぐるみのデザイン研究とぬいぐるみづくりに費やした。一番後ろの席っていいよな。全然バレない。
そして放課後は美雨と美濃と話し合いだな……って思っていたのだが、
「優くん! ダンス部の部室行きますよ!」
美濃が教室の入り口でぴょんぴょん僕を呼ぶ。そうだった。すっかり忘れてたけど、今日行くんだったっけ。
「うわ……すごいな」
僕は、ダンス部の部室の裏にあたる中庭の隅で、パイプ椅子に座っている。中庭を占拠しているのは、ぴったりとタイミングを一致させ、踊るダンス部の人々。文化祭まで日があるのに、すでにこの完成度。誰一人も練習を怠らなかったのがよくわかる。それにみんな可愛いから下手くそだとしても目の保養だよな。なんかちょっとおっぱい揺れてるし。
音楽が終わると同時に、ダンスは終了し、先ほどまで踊っていた人たちは休憩に入る。
「おまたせしましたわ。どうしても最後まで踊り切りたかったから。ごめんなさい」
中央で踊っていた、快活そうなのに、どこか人形のような雰囲気を漂わせている女の子がこちらに駆け寄ってきた。元気なお嬢様的な。この人が、ダンス部部長のみかん、なはずだ。みんなが下の名前でよんでるから、苗字は忘れた。
「……陶芸室をあげるかわりに、やって欲しいことがこちらになりますわ」
ダンス部の部室に移動した僕たちは、みかんから、一着の服を広げて見せられた。
「これが衣装ね」
「頑張って作りますよ!」
美雨と美濃は普通に衣装を受け取って眺めてるけど……その前に、
「ちょっとこれは、露出度が高いというか……」
美雨か美濃が突っ込むと思ってたけど突っ込まないから僕が突っ込んであげる。
これ着ても、おへそのあたりは絶対見えるし、スカートも短すぎて、余裕で何かが見えるでしょ。実質水着だね。よく学校許したな。
「えー、そうかしら。でも、小町先生も着てみたいって言ってましたわ」
そ、それはやめといた方がいいと思うんだけど……。稲城がまじで鼻から血を噴いてぶっ壊れちゃうから。
「それに、一人一人にフィットしたものを作るために、全部員の色んな所のサイズを測って型紙まで作ってしまいました。もう引き返せませんわ」
色んな所ね……。
「ちなみに、色んな所のサイズは、トップシーットの中のトップシークレットなので羽有くんにはお教えできません。代わりに、これをお願いしますわ」
みかんは僕の手に数枚の紙を握らせる。
開いてみると……
「これは……?」
「ダンス部専用の中庭に設置するステージの設計図ですわ。陶芸室を明け渡すため、裏手の控え室も増築しますので、かなり大掛かりな建築になりますわ」
「なるほどこれはすごいでかいね……ってちょっと待った」
「?」
どした? という感じで首をかしげるみかん。可愛い。だが……そんなんで言いたいことを忘れたりはしない……ですんでよかった。
「ぬいぐるみ部は、衣装づくりを手伝う代わりに、陶芸室をもらえるという契約にOKしたんだ。こんなどでかい建築を作るなんて聞いてないんだけど」
「これは、衣装ですわ」
「は?」
「私たちは踊る環境を大切にします。いつも踊っている中庭に愛着が湧きまくりですわ。ですから、中庭にも『衣装』を着せてあげようと思いましたわ」
すげえへりくつだな。
「ごめん。ちょっと無理あるよなそれ」
「ないですわ。でしたら、契約はなかったことにしますか? そうしたら陶芸室は手に入りませんわ」
「な……」
陶芸室がないとほぼ何もできないぬいぐるみ部としては契約を破棄するのは辛すぎる。でもこれを作るのも辛すぎる。そしてどっちの方がより辛いかを考えた結果……
「わかった。作る。作るよ」
負けた。文化祭とは、弱肉強食の世界だ。