プロローグ
「……んん。」
小さな窓から差し込む光で私は目が覚めた。薄暗い中ぼんやりと見える白い天井。起き上がる前に横を向く。目の前の白い壁。
ピンクが好きな私は自分の部屋はピンクでいっぱいにしようって決めていた。けど、それは叶わない。そもそも自分の部屋なんてない。そして、なにより……。
ここは病院なんだから。
私がこの町野中央病院に入院したのは三ヶ月前。それより前から、もともと体が弱くてほとんど小学校に行けず、休んでばっかりだった。だから私が大きい病院に入院するために引っ越しても、誰も特に何も思わなかっただろう。
新しい家には入院前、一度だけ行ったことがある。狭くて、ボロいアパートだった。覚えているのはそれくらい。それからずっとここで、私は暮らしている。
たくさん検査を受けた。手術も一回した。けれど全然治ってる気がしない。
たまにふと考える。お母さん以外に、私を覚えている人はいるのだろうか。私を見て、柴崎えりか、九歳だって言ってくれる人はいるのだろうか。そりゃあ、看護師さんとかお医者さんは知ってるかもしれないけど……。友だち……なんていないし、お父さんは昔何処かに行ってしまったらしい。やっぱり私は孤独だ。
この結論に何度も至った。そうして、悲しくなってそこで考えるのをやめる。そうすると今度は怖くなる。あと手術を何回すればいいのだろう? 何ヶ月、いや何年ここにいればいいのだろう。私はいつまで生きられるのだろう。
そんな私にも、宝物がある。
枕元に置いてあるたった一つの小さなぬいぐるみ。お母さんが入院前に買ってきてくれた、ランドセルを背負ったうみがめさんのぬいぐるみ。誰が作ったのか知らないが、手作り感満載で、口元は歪んでいるし、ヒレ? 魚じゃないからそう言うのかわからないけど、その大きさが左右で少し違う。それに目もなんか変。
だけど、そのうみがめさんはピンクのランドセルを背負っている。私は毎日、そのぬいぐるみを抱いて、いつか、私もピンクのランドセルを背負って学校に行けますように、とお願いする。そして、学校でみんなで勉強して、友だちと遊んで、それから、家に友だちを呼んで。私の部屋は、ピンクであふれている。私は、その部屋に住む、お姫様。
いつか、そんな日が来るといいな。そう思って、眠りにつく。しかし朝起きると、毎日同じ。白い天井、白い壁。そんなことはわかってる。でも、私は信じている。また来るであろう手術の日が怖いけど、病気がひどくなって胸が苦しくなるのが怖いけど、いつか私の願いが叶うって。