表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界統一記  作者: 大原陸
第二章~メンフィス編~
8/19

「調印」

  戦王の前に立つ黒いジャッカルの頭の男はメンフィス王国国王アヌビス。身長は2mに届きそうなぐらい高く、それよりも一回りほど大きい杖を右手に持っている。上半身裸で黄金の首飾り、下半身は絹で編まれた布を腰に巻いている。外見のほとんどが人間のケルベロスと違ってアヌビスは神話の世界の姿のままである。

「アヌビス様!ご無事ですの?」

  青白い稲妻を見て城から飛び出してきたケルベロスはアヌビスの身を案じる。戦王の雷は高速かつ広範囲に働きかけるので、回避するのが非常に難しい。たとえ防御魔法を使っても獣人種の魔法適性では紙切れ一枚ほどの防御力にしかならない。

「ケルベロス、貴女もそっちに付くというなら容赦はしない。」

  白兎は先日僕があげた刀、「澪美」を抜き、僕を背中にかばう。ケルベロスも同じようにアヌビスを背中にかばい、拳を構えている。猿と犬が対峙しているような状態で、どちらかが動いた瞬間に殺し合いが始まるだろう。

「止めろ白兎」

  戦王は一歩前に出て白兎をなだめる。

「しかし戦王さ…あぅ〜」

  白兎が戦闘態勢を解こうとしなかったので戦王は彼女の頭を掴んでわしゃわしゃと髪の毛を崩した。このまま二人が殺し合えば大方白兎が勝つだろうが、重傷を負うことは確実だろう。この世界のことを知り尽くしてない状態で一番信用できる白兎と言う駒を失うのは許容できない。それに女の子に庇われて怪我をされるのは男としてのプライドが許さない。

「アヌビス殿は手紙に僕の力を拝見したいと書かれていた。だから、こうなるのはわかってたんだよ」

  アヌビスは口元に手を置き微笑する。あの手紙に書いた意味の全てを理解している戦王に興味が湧いてきた。

「流石ケルベロスを負かしただけのことはありますね」

「見かけによらず渋い声ですね」

「ありがとうございます」

「それで、今度はアヌビス殿がお相手ですか?」

  戦王は笑みを浮かべている。「雷」引き金に指をかけているが、戦王からは全く戦闘の意志が感じられない。恐らく自分と彼の実力差があり過ぎるからやめておけと示しているのだろう。アヌビスの後ろに控えている護衛は彼の指示を今か今かと待っている。

「いや、私では貴方に勝てないようです。」

  アヌビスは兵たちに槍を上げさせた。もう少し試して見たい気もしたが、死者を出すのは本意ではないのでやめておく。

「賢明な判断です」

  戦王は嬉しそうに微笑むと右手に握っていた雷をしまう。鼻に付く言い方をする青年だが事実だから仕方ないとアヌビスは思う。

「中へどうぞ、ささやかな物ですが食事を用意しています」

「それは楽しみです」


  食卓に付くと昼食が運ばれてくる。品数は5品と昼食にしてはかなり多めである。最初に前菜としてハーブのサラダ。スープはコンソメスープ。魚料理はスモークシャケの切り身。肉料理は砂漠の料理らしくラクダ肉。最後に砂漠フルーツのシャーベットとなっていたがどれも唸るほど美味しかった。ただ、戦王は若干少食気味なので魚料理や肉料理は少し残していた。それに比べて白兎とケルベロスは大食漢で、二人とも「まだ腹5分目ですかね」などとふざけたことを言っている。彼女らの食べたものの栄養がどこに行っているのかは言うまでもないだろう。

「さて、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」

  食事を終えたアヌビスはお腹いっぱいで苦しそうにしている戦王に話しかける。戦王はこんなに食べさせられるならサンドイッチなんて食べてくるんじゃなかったと後悔している。

「いいですよ」

「始めに言っておきますが、私はウルクに対して報復をするつもりはございません」

「ほぉう」

  戦王は警戒して話を聞かなければならないと思い座りなおす。相手はそこそこ頭の回る策士だ。澄んだ黒い瞳を輝かせどんな些細な変化も見逃すまいとする。

「そんなに警戒なさらなくても大丈夫ですよ」

「てっきり報復してくるもんだと思ってましたから警戒しないわけがないでしょう。企みがわかるまでは」

  戦王は語尾を強調する。目的達成のためには人殺しになることも厭わないが、なるべく血を流さないようにことを片付けたいと言うのが彼の本心だ。殺せば殺すだけ僕達の間にある溝は広がっていくだろうしね。

「こちらの要求は簡単です。メンフィスを大平和共栄圏に加えていただきたいのです」

  アヌビスの言葉を聞いてその場にいたほとんどが驚きを示す。白兎とケルベロスに至ってはいつもよりも二割り増しぐらい目が大きくなっているように思える。戦王はまるで姉妹のようだなと思う。年齢的にも性格的にもケルベロスの方が姉で白兎は経験豊富でエッチなお姉さんに弄られる妹ポジションだろう。無論このことを口に出すようなヘマはしない。もし、口に出していたら半殺しにされてしまうだろう。

「構いませんよ。むしろその条件でアヌビス殿の勝負を受けるつもりでしたので」

「貴方と戦っても勝てないのは明白ですから」

  アヌビスは笑いながら言う。

「確かにアヌビス様と戦王様の相性は最悪ですの」

「相性?」

  戦王は珍しく顔を歪める。

「私は死霊魔術師、俗に言うネクロマンサーというやつです。千を超える使い魔を召喚して戦うのですが、 貴方のような超高火力の神性魔法を有するものには無意味でしょう」

「否定はしません」

  5個中艦隊(一個中艦隊は8隻の軍艦からなる)を単騎で撃破したことのある戦王にとって歩兵がどれだけ束になってこようが脅威にはならない。むしろ単騎であっても知覚外からの狙撃や暗殺者の不意打ちの方がよっぽど脅威だ。

 事実、狙撃によって彼は最愛の人を亡くしている。

「それは最大の理由ではない気がしますの」

  ケルベロスがそういうのは無理もない。一国の王たる者、不利とわかっていても戦わないで負けを認めるのは褒められたことではない。相手次第では国の全てを渡せと言ってくる可能性もあるからだ。もちろん、戦王がそんな非道なことをする人ではないこともケルベロスから聞いていただろうが、心変わりしないとも限らない情況で選んだ選択肢としては悪手だ。

「彼からはただならない気配を感じたんだ」

  アヌビスはポツリと呟く。

「確かに、戦王殿を始めに見たときは私よりは弱いだろうと思っていたよ。でも、近づいて見てわかった。 彼は自分の持つ気配を完全に支配して本来の力を隠しているに過ぎない。わかりやすく言うと体の中に箱を作ってその中に己が本性を閉じ込めてる感じだ」

「それを見破るアヌビス殿の慧眼にこそ称賛を送るべきでしょう。見破られた時点で僕の負けなのですから」

「ありがとうございます。」

  アヌビスは軽く一礼する。

「お礼に箱の蓋を少し開けて見せましょうか?」

  戦王は子供のようにクスリと笑う。

「遠慮しておきます。これ以上力を試させていただなかくても貴殿の強さは理解していますので。」

  実のところアヌビスも戦王の全てを()()わけではなかったので見たい気もした。しかし、彼の片鱗を見た感想は『化け物』の一言に尽きる。一体今までどれだけの(しかばね)をその足元に築いてきたのか、どれだけの戦場を蹂躙(じゅうりん)すればここまでの気配を(まと)えるのか不思議に思うくらいだ。

「であれば、書類面のことを済ましてしまいましょう」

  戦王は白兎に指示してカバンの中から大平和共栄圏加盟についての書類を出させてアヌビスに渡す。



  〜大平和共栄圏条約〜

 一、奴隷制など他種族を差別する法律の一切を禁止する。

 一、共栄圏加盟国間での税関および関税を廃止し交通と流通の自由を保障する。

 一、他の共栄圏加盟国が他国から侵略を受けた場合は連合軍を組織し集団で自衛する。連合軍元帥は盟主又はそれに準ずる者とする。

 一、共栄圏加盟国間で発生した問題は原則として当事者を除いた全ての国家で話し合い、最終的には多数決で処分を決定する。なお、多数決で決まらなかった場合に限りウルク王国が賛成した側の処分を行う。

 以上の4項を受諾し、厳守することをここに誓う。

 大平和共栄圏盟主 戦王

 メンフィス国王 アヌビス


  二人は迷いなく書類に筆を走らせ握手を交わす。アヌビスの手のひらは思いの外ふかふかしていて気持ちいい。

「おとおさーん」

「こら!入ってきちゃダメだろう」

  急にドアが開きアヌビスの子供達が四人入ってくる。1メートルぐらいの子供達が戦王と白兎の足回りをグルグルと回っている。

「気にしないでください、子供は国の宝です」

  戦王は左右にいる子供の頭を優しく撫でる。彼は微妙に悲しそうな表情をしていたが、アヌビスはそれに気づかなかった。もし、冬美が生きていたらと言うことをどうしても考えてしまう。彼女が死んでもう一年以上経つので、気持ちの整理はできている。しかし、新たな恋人をまた護れなかった時のことを考えると恐ろしい。

「戦王殿はまだ結婚しないのですか?よろしければケルベロスを貰ってくれると嬉しいの……」

 アヌビスはその先の言葉を言おうとしたが、目の前の男が放つ圧倒的な覇気で口を縫い合わせられた。子供達は尻尾を逆立て、涙を浮かべて白兎の後ろに隠れる。アヌビスはこれが彼の纏っているものの本体かと思う。優れたネクロマンサーは人に取り憑いている死霊を見ることができる。南大陸で五本の指に入るネクロマンサーのアヌビスも当然死霊が見える。普通殺された死霊たちは自分を殺した者を冥府へ引きずり込もうとするものだが、彼に取り憑いている者たちは違う。戦王から発せられる金色の覇気に何千万の死霊がねじ伏せられている。

「はぁ〜、僕もまだまだですね」

  戦王が深呼吸をするとただならぬ覇気は消える。戦王はさっきの姿からは想像できないような無垢の笑みを浮かべている。子供達には魔王が屍の上で高笑いしているような恐怖を与えただろう。

「怖がらせてしまって申し訳ございません。婚約者を亡くした時のことを思い出すとどうしても感情が爆発してしまうんですよね」

 これは半分嘘だ。

「お詫びしなければならないのはこちらの方です。無神経なことを言ってしまい申し訳ございません」

  戦王はアヌビスの謝罪を受け入れるとカバンの半分以上を占領していた大平和共栄圏のシンボルであるフサツグリの旗を渡す。それをアヌビスは両手で丁寧に受け取る。

「このフサツグリの旗のもとに集う限り、貴国に何かあればすぐさま駆けつけることを誓おう」

「感謝します。戦王殿」

  アヌビスは最敬礼をしようとするが、戦王に止められた。

「僕に対して敬語は必要ありません。それとこれからは気軽に戦王と呼んでください」

「ならば私のこともアヌビスと呼んでくれ、我が友よ」

  二人は再び握手を交わす。ただし、さっきの用に形式的なものではなく胸の高さでお互いの手を握りしめる友情の握手だ。これから国を発展させていく上でメンフィスの人口の多さは必ず役に立つと戦王は考えている。

「ケルベロス、君はメンフィスとウルクを繋ぐ大使として戦王の下に行きなさい」

「かしこまりましたの」

  ケルベロスは一礼する。

「では、アヌビスこれから忙しくなるから覚悟しておいてくれ」

「ちょっと待ってくれ、帰る前に彼を君たちに返さなければならない」

  アヌビスが杖で地面を二回叩くと先先代国王アルベルトが肩を貸されながらやってくる。

「アルベルト様!」

  白兎は抱えられてる彼のもとに駆け寄り肩を貸す。酷い有様だ。肋骨が浮き出るほどやせ細り、髪がほとんど抜け落ちている。また、劣悪な金鉱あたりで奴隷として働かされていたいたのだろう。息をするたびにぜいぜいと苦しそうな音を立ている。もう長く無いことは誰が見ても明らかだ。

「本当に申し訳ない。差別を嫌う戦王からしたら奴隷として扱ったのは許せないことだとわかってる。都合のいい話かもしれないが、ケルベロスからお前の話を聞いて差別をしてはいけない理由はわかった。だから、今回は許してくれないだろうか」

「わたしからも謝りますの!」

  必死に頭を下げるケルベロスとアヌビスを直情的な白兎は「彼らに罰を!」と言わんばかりに鋭い視線で見る。無言の圧力で審判を求められた戦王は数刻考えたのち審判を下す。

「条約を交わす前に取引された奴隷については即座に開放してくれれば何も言わない。」

 戦王は何一つ動じずに言うとアルベルトの前に向かう。白兎は不満そうに彼を見つめる。しかし、国益と一人の命。その二つを天秤にかけた結果、前者の方が重いのは当然だろう。たとえどんなに偉い人の命であっても、命の重さに優劣などないと僕は考えている。

「貴殿が……白兎が連れてきた…再起の王か……?」

 変わり果てたアルベルトは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。戦王はアルベルトと目線が同じ高さになるように屈む。

「我は戦王。再起の王かはわからないが、この世界を変える者であることは確かだ」

 戦王の言葉を聞くとアルベルトは満ち足りた目をする。アルベルトは王座を継いだ時から人類の行く末を危ぶんでいた。人類の未来を変えるための時間稼ぎとして、ありとあらゆる手段で戦争を避けていた。領土を割譲し、貢ぎ物を送り、時には奴隷として国民を売ったこともある。そして、彼は異世界で偉業を成し遂げた者を王座につけようと考えた。けれども、連れてきた偉人のほとんどは匙を投げ、挙げ句の果てには敵になるものまでいた。ただこの青年は違う。「自分がこの世界を変えるものだ」と明言した。今まで連れてきた誰よりも若いが、その目には他のものにはない強い意志が感じられる。

「国に戻ったら……王宮の地下に行け……不甲斐ない私からのプレゼントがある……」

 アルベルトは白兎から崩れ落ちる。

「アルベルト様!アルベルト様!」

 白兎は崩れ落ちたアルベルトの胸ぐらを掴み声をかけるが反応はない。白兎の紅玉の眼からは涙がこぼれ落ちている。窓から入る日差しが白兎の白髪と涙を照らす。

  また背負うべき願いが一つ増えたか

 戦王は胸のあたりで軽く拳を握りしめる。最後まで国民のためを思って笑って逝ったアルベルトに敬意を示して彼の胸に数秒手を当てる。立ち上がった戦王はアヌビスと遺体の輸送について話す。この暑さではすぐに遺体が腐る。悠長に馬で4日かけて国に持って変えるのは不可能だ。かといって先先代王の葬儀を異国でやるのも問題があるので、戦王の能力で()()するしかない。

  ケルベロスは涙を流し続ける白兎を慰めようとして彼女の肩に手を置いた。パン!という音がなる。

「触るな!」

  白兎はケルベロスの手を払った。紅玉の瞳は明らかな殺意を持ってケルベロスを見ている。身の毛を逆立て普段の優しく、どこかほっとけない白兎とは別物のようだ。

  白兎は先日戦王からもらった「零美」を抜く。ケルベロスは叩かれた左手を抑えながら苦い顔をしている。ケルベロスが白兎と戦ってわずかに勝機を見出せるとしたら白兎が()()()姿()()()()()だけだ。ケルベロスが先祖返りを切り札としているように白兎にも切り札がある。一度その切り札を切られればゲームオーバーだ。

「止めろ!白兎!」

  戦王は白兎とケルベロスの間に立つ。

「どいてください!」

  白兎の声を聞いて何事かと思った衛兵達が入ってくる。アヌビスは手を出すなと手で合図する。衛兵をいくら束ねようと白兎には敵わないしな。

「今ケルベロスを殺してもまた新たな怨嗟を生むだけだ!」

「あなたに何がわかるって言うんですか!」

 白兎はテーブルに置いてあったナイフをケルベロスめがけて投擲するが、戦王はそれを蹴り飛ばす。

「君の気持ちはわかるとも!かつて僕は恋人を失い復讐心にかられて都市一個を消しとばした。でも満足感は得られず、残ったのは虚無感だけだった!」

 戦王の顔は悲しみに満ちている。

「それでもかまいません!私はアルベルト様の無念を晴らします!」

 同じだと戦王は思った。あの時の自分も冬美の無念を晴らすと言って敵も味方も関係なく虐殺した。結果、残ったのは恋人を失ったという喪失感、この先何をしたらいいかわからない虚無感、もしあの時冬美が最後の力を振り絞って僕に願いを託してくれなかったら、僕はどうなっていたかわからない。だから、彼女がしてくれたことを僕もこの子にしよう。

「ならばその復讐心を我にぶつけるがいい!貴様が恨みで人を殺すことを我は許容しない!」

 戦王は右手に「雷」、左手にM1911を握り恨みの念に囚われた少女と対峙する。


 



















思いのほか難航したため遅くなってしまい申し訳ありません。私自身学生の身なので忙しい時もあります。そんな時は投稿間隔が広がってしまうかもしれませんが、気長に待っていただければ幸いです。

さて、今回はアヌビスという新キャラが出てきましたがお気に召しましたでしょうか?彼はこれからも第一線で活躍していくので応援してくれると嬉しいです。

次回は白兎と戦王の喧嘩回となります。ここまで割と無双してきている戦王様ですが、これから先は徐々に無双できなくなって行く予定です。これからも応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ