「招かれた戦王」
戦王がケルベロスを下してから一週間経った頃彼の元に一通の手紙が届いた。
ー拝啓ー
夏も深まり、緑が映えるこの頃いかがお過ごしでしょうか。はじめまして、メンフィス国王アヌビスと申します。本当ならば挨拶に伺うべきですが、お手紙にて控えさせて頂きます。
この度は新人類国ウルクの建国、並びに戴冠を心より祝福いたします。さて、先刻はケルベロスがお世話になりました。人類でありながら我が国で二番目の実力者である彼女を倒す貴殿を我が宮廷に招きたいと考えております。つきましては三日後の正午にお待ちしてます。
獣人王国メンフィス国王 アヌビス
ー敬具ー
「獣人王国って呼んでたけど、メンフィスって言う名前が有ったのか」
「すいません、普段から種族名で国を呼ぶ癖があるので誤解を与えてしまったようですね」
白兎は書斎の椅子にかけている。最初の方はいつも戦王の横に立っていたのだが、彼が落ち着かないと言うので何もないときは椅子にかけておくことにしたのだ。
「それでアヌビス様の元には行くんですの?」
綺麗なウエストと引き締まった脚の大半を露出した服を着るケルベロスは戦王の作業する机に座り顔を近づける。
「ケルベロス!いつになったら国に帰るんですか!戦王様からも何か言ってやってください!」
「処女は黙っていてくださいまし」
「今は関係ないでしょ!」
図星を突かれた白兎は顔を赤らめている。ケルベロスが今の反応から白兎が処女だと確信し、悪い笑みを浮かべている。このまま放っておいてもいいのだが、決闘でもされたらたまったものんじゃない。僕は仲裁することにした。
「まぁ二人とも落ち着いて。」
戦王は返事の手紙を書き終わるとヒートアップしている二人をなだめた。
「だいたい、17にもなって処女とは恥ずかしくありませんの?」
結局追撃するのかよ。確かに、この世界の平均初婚年齢は18歳前後で、割と性的に解放された方なのでケルベロスの言うことにも一理ある。ただ、戦王は安易に身体を重ねることをよしとしないので別に急がなくてもいいのではないかと思っている。
かという僕の初体験は初々しく甘酸っぱいものではなかった。彼女に迫られトラウマになりそうなぐらい過激な行為をされた。今となってはいい思い出だ。
「本当に愛する人が出来てからそういうことをすればいいんじゃないの?僕も経験回数は数えられないけど、経験人数は一人だけだよ」
「そう言われましても獣人種は発情期が限られてますの。だから、自然と初体験も早くなるんですの」
獣人種の発情はメスのみがし、オスはそのフェロモンによって発情する。メスがフェロモンを出す時期は個体によって違いがあり平均三ヶ月ほどしか無い。その限られた期間で子孫を残さなくてはならないのでその情動は強烈である。だから、発情したメスの強烈なフェロモンに反応したオスはその衝動に身を任せてしまうことが多い。生物は本能に決して逆らえないのだ。生殖器官が成熟するのが12歳〜14歳ぐらいなので獣人種の初体験はそのぐらいとなる。無論望まない妊娠を防ぐためのものはどの種族よりも発達しており、その教育も早いうちから行なっている。
「というか戦王様は何歳なんですか?」「それは私も気になりますの」
どうやら二人は変なところで意見が一致するらしい。いつもこれくらい仲良しでいてくれれば苦労が少なくて済むと僕は思った。
「18歳だ」
「ウソ!」「えっ?」
白兎とケルベロスは次々に驚く。
「まったく、一体いくつだと思ってたんだよ」
戦王は大きなため息をつく。
「25ぐらいかと」
「私もそのぐらいだと思ってましたの」
戦王は机に伏した。彼自身も自分が実年齢より歳上に見られていることは自覚していた。しかし、元の世界ではせいぜい二、三歳歳上に見られる程度だった。それがここに来て最高記録を大きく更新した。
「僕ってそんなにおっさんじみてるかなぁ〜」
戦王は鏡の前に立って自分の姿を見てみる。戦時中にしては大きめの身長、細身で筋肉質な肉付き、中性的で女装をすれば美少女にも見えそうな顔。一体どこを見れば年増に見えるんだろう?むしろ、若く見られる要素の方が多い気がする。
「いや、見た目は若く見えますけど中身が出来すぎなんですよ」
「そうですの」
確かに、軍に協力して地位を上げて行くうちに策を考えるようになったので思考が大人びたのかもしれない。さらに、大戦末期は日本に余裕が生まれてきたので、戦場で戦果をあげるだけではなく各国との講和条約の場にもついたこともある。ただし、彼の役目は相手国に対する恐喝であったことも否めない。
「雑談は置いといて、これをアヌビス君の元にお願いできるかな」
戦王はケルベロスに手紙を渡す。
「構いませんけど、ここからメンフィスまでは私でも2日はかかりますの」
「別にいいよ、彼の申し出を受けるから向こうで合流しよう」
「かしこまりました」
ケルベロスは一礼すると窓から飛び降りアヌビスの元へ駆けて行った。
「アヌビス様はきっと戦王様がお話を受けてくれると思っていたのでしょうか?」
「三日後という日時からして……そうだろうね」
ケルベロスの足で2日ということはすでにメンフィスでは自分たちをもてなす準備がされているのだろう。戦王が断らないことを前提に組まれた計画である。
「それで、私達も出ますか?」
普通の人なら今日中に出なくてはならないだろうが、あいにく戦王は普通とは程遠い人間である。彼は机の上に地図を広げメンフィスの宮殿とウルク宮殿の距離を測る。
「700kmなら1時間ちょっとで行けるから当日の朝出よう」
「飛んで行くんですか?」
白兎は嫌そうな顔をしながら言う。先日コロッセオから油田まで200kmを20分で飛んだのがトラウマになっているようだ。確かに、飛行機がないこの世界で地上3000mを時速600kmでいきなり疾走されたら相当な恐怖だろう。
「君がどんなに嫌な顔しても飛んで行くよ」
戦王はこの世界に来てから一番の笑みなんじゃないかと思うぐらいの笑みで白兎を見る。チクショウ!と白兎は思った。
三日後
戦王が起きて外を見ると雲ひとつもない快晴である。空を飛ぶには絶好の天気と言えるだろう。白兎にとっては憂鬱な1日なんだろうなとも思う。昨日は遅くまで財政整理(計画通りは使えない)をしていたので起床時間もいつもに比べて遅く、既に十時になりそうだ。ベットの上をよく見て見ると真っ白な髪が数本散らばっている。おそらく心配した白兎が起こそうとした時に落としていったものだろう。僕は眠りが深い方なのでちょっとやそっと揺らされたぐらいでは起きない。ただし、敵意に関しては敏感で刺客が部屋に入ろうものなら飛び起きて拘束する自信がある。余裕をもってつくためには後三十分で出なくてはならないので、いつものスーツを着て書斎に向かう。
「おはようございます。やっと起きたんですね」
書斎に向かう途中で戦王を起こしに行こうとしていた白兎と会う。
「おはよ。昨日は忙しかったんだ」
「困った人です。軽食を用意しときましたので書斎でお召し上がりください」
やれやれと言いたげな白兎は戦王と一緒に書斎に入る。
書斎に入ると戦王は鍵付きの引き出しから漆で塗られた木箱を取り出す。その箱を開けると中には魔法発動補助装置『雷』の弾が一つ一つクッションに埋められて並んでいる。総数25個で、下二段にはリムの部分が赤くなっているものが並んでいる。
「前から気になってたんですけど、その銃弾には何が書いてあるんですか?」
戦王は箱の中から弾を取り出し白兎に放る。それを両手でキャッチした彼女は銃弾を観察する。よく見ると細かい数式がびっちりと並んでいる。よくもまぁ器用なことで。
「僕の能力は物理と化学の計算式を立てて解くことで発動することができる。雷の銃弾には魔法を使うまでの時間を最大限短縮するために数式が刻まれているんだ。銃弾に力を注ぐと本来しなければならない計算を省略して、威力と座標の指定をするだけで発動できるようになるんだ。」
「本来は発動までにどのくらいの時間がかかるんですか?」
戦王は頭の中でよく使う魔法の計算式を数本立ててみる。
「慣れてる式なら暗記してるものもあるけど、そうじゃないものだと3秒〜20秒。もちろん大量破壊魔法こと『極大魔法』になれば数分は必要かな」
白兎は大量破壊魔法という言葉を聞いてピクッと眉を動かす。先日油田を作るために彼が放った魔法の矛先を敵国へ向けた時のことを想像する。やられる方からしたら恐怖であることは確かだが、それを見た者や戦王自身の良心も大きく傷つくのではないだろうか。補足するとあの雷撃は極大魔法でない。
「大量破壊魔法を使うことはなるべく避けたいですね……」
白兎はうつむき気味に言う。
「使いたくなくても使わなきゃならない状況になったら僕は迷わない」
「戦王様……」
「前にも行ったけど我々が欲するものを得るためには暴力を使うしかないと思っている。元いた世界で僕は平和な世界を作るために多くの人を殺めてきた。本来終戦していたであろう1945年までに出た戦死者を上回る数の人を、僕はたった3年間で殺した。どんなに懺悔しても許されないことだと思ってる。ただ、祖国を守るために戦った英雄たちのためにも僕は立ち止まらない。この世界でもそれは変わらないよ」
白兎は彼が恋人を失いながらも世界統一を成し遂げた理由がわかった気がする。彼のような強い指導者がいなかったからこの世界の人類は衰退したのかもしれない。
「さて、湿っぽい話は終わりにしてそろそろ行こうか。」
戦王は机の上に置いてあった小さめのサンドイッチを口に押し込む。右腰のホルスターに雷を収め、腰の後ろのホルスターにコルトガバメントを収める。予備の弾倉は右の胸ポケットに二つ。会談に行くには重装備すぎる気がするかもしれないが、万が一のことを想像するとやはり心配だ。
「ほら、行くよ」
「わぁ、ちょっとまっ……」
戦王は白兎を抱きかかえ窓から飛び降りる。時速30kmを超えたところで彼は能力を発動させ、高度2000m、時速700kmでメンフィスへと向かった。
メンフィスの王宮には予定より少し遅めの1時間15分で到着した。白兎があまりの速さに「速度を落とせ落とせ」とうるさかったので途中からゆっくり来たのだ。それでも赤子のように騒いでいたのは内緒にしておこう。というか口に出したら殺される。
「お待ちしていました」
戦王は王宮の門番に手で挨拶すると門番は王宮の中へと案内を始める。王宮まで100mほど道が続いているが周りには砂漠気候らしくサボテンしかない。暑いので本当はスーツを脱ぎたいのだが、失礼にあたるので我慢をするしかないなと戦王は思った。
「白兎」
「はい」
戦王が呟くと白兎は砂から飛びかかってきた四人の獣人を蹴りで撃墜する。よく訓練されている証拠に綺麗に受け身を取った四人は再び突撃をかけてくる。
「動くな」
戦王は自分の体を起点として広範囲に電撃を放つ。スレスレのところで白兎は大きく跳躍するが、髪の毛が二、三本焦げた。
「ちょっと!私まで食らうところだったんですけどぉ!」
「当たってないから結果オーライだ」
適当にあしらっているが彼の雷撃を食らって襲ってきた獣人は現に痙攣を起こしている。死なないにしても二、三日は体が動かせそうになさそうだ。
「さて、アヌビス殿。お話をしましょうか」
戦王は目の前に立つ黒いジャッカル頭の獣人を見据える。
台風が近づいて来ていますが皆様はいかがお過ごしでしょうか?最近の自然災害は日本に対して殺意が高いように感じます。
さて、今回は閑話休題回となりました。経験豊富なケルベロス、未経験の白兎。皆さまの好みはどちらでしょうw?次回はアヌビスとの対談プラス?になる予定です。楽しみに待っていてくれれば幸いです。