「建国」
戦王が国を乗っ取ってから三日が経つ今日は彼の戴冠式が行われる。式まで後30分となった城下には人で溢れている。集まった国民の顔は希望と諦めが半々と言ったところだろうか。希望の浮かべる人はこの死体が転がる街が新国王によって変わると思っているのだろう。反対に諦めの表情を浮かべている人はコロコロと国王が変わり信用ができないのだろう。
そんな国民の考えはさておき戦王は書斎でこの世界の本を読み情報を集める。わかったことは、この世界には東西南北に大きな大陸があり、亜人や人類が多く住むのがここ南大陸。精霊種や魚人が多く住む北の大陸。悪魔や魔人が多く住む西の大陸。この世界の頂点に立つ神々が支配する東の大陸に分けられているということだ。さらに、南大陸は大陸間で言えば最弱の種族の集まった所であるということだ。ただ、この星は地球の数十倍の大きさがあるため他大陸からの侵略はほぼないが、それはこの大陸に他大陸の者が興味を抱いていないだけの可能性が大きい。おそらく飛行魔法を使いこなす者もこの大陸外には多くいるだろう。
「君のわがままは今に始まったことでもないし、迷惑でもないけど。君はまだまだ僕がそっちに行く事を許してくれないみたいだね。」
戦王は真っ白な天井を見上げ、2つの指輪が通されているネックレスを握る。
「その指輪、いつも大切そうに身につけていますけど、どんな想いが詰まっているのですか?」
白兎は戴冠式の準備が大方整った事を伝えに来たようだ。それにしても戴冠式ように仕立てられた一点の曇りもない白いドレスは彼女の美しさを引き立て、異性の目だけではなく同性の目をも釘付けにする暴力的なものへと昇華している。
「この指輪には僕が愛し、守れなかった人との約束が込められているんだ。」
「すいません、辛い事を思い出させてしまって…」
「いいんだ、彼女と過ごした幸せな日々を忘れられずに縋っている僕が悪い。」
戦王は立ち上がり耳を垂れ下げている白兎の頭を撫でると戴冠式に向かうため歩き出す。その後ろ姿は悲しさを孕んでいるが、前に進もうと強い意志を持っているようだった。
戦王は演壇に続く部屋の窓から城下を見下ろし微笑する。
「白兎、君は僕の合図でその旗を掲げてくれるだけでいいから緊張しないでね」
「わかってはいますが、本当にやる気何ですか?」
白兎は戦王から先ほど聞いた話が絵空事過ぎて不安に思っているようだ。
「僕は一度不可能を可能にしている事を忘れるなよ。」
戦王は手を振ると演壇に向かって歩いて行く。
戦王は演壇に立つと深呼吸する。
「親愛なる我が国民たちに告ぐ。我が名は『戦王』。この国の新たな王である。突然だが、諸君らの多くはこう思っているであろう。王が変わったところで今の搾取されている現状は変わらない。王が変わったところで貧しい生活は変わらない。王が変わったところで、また王が己の利権のみを追求し諸君らはより苦しい生活を強いられる。約束しよう我はその期待をことごとく裏切りこの国を救済すると!」
戦王の言葉を聞き国民は頭を下げ失望をする。なぜなら、先代の国王ハインケルも同じような事を言い、国を売って己の懐のみを満たして言ったからだ。どうせ最弱の種族である自分たちは誰が王になっても国を売って生きて行くしかないと考えているからだ。
「皆の者!顔を上げよ!頭を垂れていては何もなすことはできない。そなたらは挫けてもよい、絶望してもよい、嘆いても良い。ただ、いつまでも頭を垂れて過去を見つめ続けるのではなく未来を見るのだ。過去は決して変わらない、失われたものは決して元に戻ることはない。」
彼は己の後悔を頭に浮かべる。腕の中の彼女の胸に開いた穴からどんどんとこぼれ落ちる命。あと少し気づくのが早かったらと何度思ったことか。彼は唇を噛み締めると続ける。
「だが、未来は違う!未来は変えられる、失われるかもしれない命を救うことができるやもしれん。今隣にいる家族、友人、恋人の笑顔が絶えない世界を作る事もできるやもしれん。忘れてはならない!頭を垂れていては何も成せない!過去に縋っていても何も成せない事を!」
その時彼は思った。この中で誰よりも過去に縋っているのは自分自身だと。自分ではできないことを人に願う愚かさ。まるで詐欺師のようだと感じる。
「今繁栄していないと言うことは繁栄できる可能性が秘められていることに他ならない!今弱いと言うことは強くなれる可能性があると言うことに他ならない!強者がさらに強くなるためにはとてつもない時間がかかる。しかし、我々弱者が強くなるにはそう時間はかからない!故に!人類よ!立ち上がれ!そなたらが立ち上がったのなら我は道を示し導こう!」
人々の顔に希望が浮かび始めたのを感じた戦王は宝銃を抜き空へ向けるとそれは閃光を放つ。一昨日の城の壁を吹き飛ばしたものとは威力の桁が違う。その雷はわずかに残っていた雲を全て吹き飛ばした。民衆は彼の力を見て沸き立った。
「再び繰り返そう!人類よ立ち上がれ!強さを求めよ!我がいた世界で人類は地を獣人種より速く駆け、神々の如く空を駆け、鋼鉄の艦が海を駆けた。同じ人類が成し得た事を我らが成せないわけがない!人類よ!ウルク国民よ!立ち上がれ!我に続け!自由と民族自決と平等を手にしよう!我、戦王はウルク王国初代国王として戴冠し、ウルク王国を建国したことを宣言しよう!」
後ろに控えていた白兎が海面から日の出の瞬間を描いた国旗を掲げる。これから昇る太陽の国すなわち繁栄すべき国という意味を込められた国旗である。
「さらに我は自由、民族自決、平等の三つを保障する連合として『大平和共栄圏』を設立することを宣言しよう!差別を受けている者よ、弱き者よ、今の体制に不満がある者よ!このフサツグリ、幸せの訪れの意味を持つこの旗に集え!さすれば我が現状を打開する力を授けよう!神々よ!待っているがいい!いつの日か我は上座でふんぞり返ってる貴様らを引きずり下ろし、全ての種族が民族自決をし、平等に、そして、自由に暮らせるように世界を作り変えてやろう!さぁ、弱き者たちよ!我々がいつまでも子猫でいるわけではなく、虎に化けるということを見せてやろうではないか!」
『ウルクと大平和共栄圏に栄光あれ!』
戦王は白兎から大平和共栄圏の旗を受け取ると民衆に向かって掲げる。民衆はそれに応えて拳を振り上げる。30分前までの失望はどこにもない。今はどの国民にも希望が芽生え新たなる王とともに人類の歴史を刻もうと願っているかのようだ。
戴冠式の余熱が街中に残る中、戦王は書斎にこもり人類再建のための計画を練っている。この三日間文献を読み漁ったところウルクの科学力は産業革命前ぐらいで、憲法がなく中世フランスの如く絶対王政が敷かれていた。
「まずは立憲君主制の確立。その後、一、二年で零戦、重巡洋艦、ぐらいが作れる程度の科学力が欲しいな」
彼のいた世界では何百年もかけてきた産業の歴史だが、この世界は日本と違って資源が豊富で新技術を開発するのではなく、既存の技術を彼が伝えればいいので不可能ではないと考えている。
「戦王様、まず初めに何を致しましょうか?」
「憲法を制定するところから始めよう。そのあと法整備が終わってから、産業の方に手を出そう。」
そう言った戦王はペン立てに入っていた万年筆を握ると憲法基本方針と書いた下に「民族自決」「平等」「自由」と書く。彼の字は綺麗とは言い難いが男らしく太い字をしている。
「この3つの柱を元に様々な権利と義務を人々に与え、全ての国民がこの法のもと動く。これこそ近代国家への一歩だよ」
「ふと思ったんですけど、戦王様って普段の話し方と人前で話す時の話し方が全く違いますね。」
思いがけない質問に戦王は腕を組んで考え込んでいる。どうやら彼は無意識に人前では古めかしい言葉を少し使っていたようだ。
「こう見えて彼女と過ごしていた時は甘えて頼りきりだったから、手を焼いてくれる女の子には頭が上がらないんだよ。」
「あなたが生活スキル無さすぎるんです!」
白兎は呆れるのも無理はない。なぜなら、白兎は戦王の郷土の味を再現するため彼に料理を作ってもらったのだが、出来上がったのは炭素のフルコースだった。
「仕方ないだろ!軍でも部下が作ってくれたし、彼女は料理が好きだったから作ったことなんてないよ!」
「痴話喧嘩中失礼するわよ。」
2人が言い合いをしているとイヌ科の獣人種が扉を開け入ってきた。その茶髪でツインテールの少女は豊満な胸と綺麗な尻を隠すだけの服を着ている。白兎とは対照的な雰囲気でエッチなお姉さんという言葉が似合いそうな人だ。
「どちら様かな?」
「私は獣人王国大使ケルベロスですわ。この度はウルク王国建国並びに戴冠おめでとうございますの。」
見た目とは裏腹に丁寧な言葉遣いをする彼女に感心しながら戦王は話を続ける。白兎は不満そうな目で戦王を見つめているが、彼は気にしなかった。
「ありがとう。それで何の用なのかな?」
「今日は先代国王との契約により国を引き渡していただくために参りましたの。了承して頂けるならここに署名をお願いしますの。」
彼女は三つ折りにされた書類をいかがわしい所から取り出し戦王に差し出す。背後から物凄い殺意を感じるが別に欲情したわけではないので気にしないことにして書類を読む。
「とてもサインできる書類じゃないね。」
「しかし、国と国の約束を反故にするという意味がお分かりですか?」
たとえ国のトップが変わったとしても他国には関係のないこと。いちいち条約を白紙に戻していたら外交は進まないのである。
「ならば、僕と代表戦争をしよう。僕が負けたらこの国を好きにしていい。そのかわり、僕が勝ったら君が収めてる土地を貰おう。」
「それだと釣りあいませんの。」
ケルベロスは唇に指を当て譲歩を引き出そうとしている。彼女は年齢の割に交渉に慣れており、色気をアピールするのが上手い。
「なれば、僕が一人でその勝負を受けよう。」
彼は断じて色気に惑わされたわけではないが、ここはあえて譲歩をした。万が一色気に惑わされるようなことがあれば物凄い殺意を放つ白兎に鉄拳制裁以上の制裁を加えられていただろう。
「それならば構いませんの。明日の14:00国境沿いの闘技場でお待ちしてますの。」