「愚王と戦王」
狼男から15歳前後の少女を取り返すと両親に返しさっさと家に帰した。お礼をしたいと言われたが、王になるものとして当然のことをしたまでだと言い追い返した。
「お疲れ様です。それにしても素敵な能力授かったですね。」
「授かった?よくわからないけど、あの能力は一年前に手に入れた能力故に完全には扱えないんだ。本来の持ち主からしたら僕のなんて素人に毛が生えたレベルだ。」
戦王は俯き少し悲しそうな表情を浮かべると首元に手を当て、ネックレスに通した2つの指輪を握る。
「もともと能力をお持ちだったのですか?普通、異世界人はこの世界に入ってきた時に能力を授かるはずなんですが…」
「そうなのか?僕は何か授かった感じはしなかったな。まぁ、現時点では気づいていないだけかもしれないし、気楽に行こう。」
戦王は白兎に案内を頼むと人類が暮らす国へと向かって行った。この時、彼には転移のルール通り能力を授かっていた。しかし、彼がそれに気づき、彼にとっての苦難が始まるのはもう少し後の話である。
1時間ほど歩くと人類の住む国『トレスタン王国』が見えてきた。海に面し、緑豊かだが活気がない。人がいないわけではないが大抵の人はボロボロの服を着て、壊れかけた農具でやせ細った大地を耕している。裏路地を除いて見ると最悪の一言に尽きる。アルコール中毒になった職もない者たちが横たわり、死体はそのまま放置され悪臭を放ち蝿の産卵場となっている。これまで戦王が破って見てきたどの敗戦国よりも酷い有様だ。
「それでどうやったらこの状況を挽回できるのかい?」
この男は惨劇のトレスタンを見てなお諦めていない。むしろ、その漆黒の目に映る未来は最弱の種族人類が上位種族を打倒し、全ての者が平和と民族自決を享受できるようになるだろうと確信しているかのようだ。
「この世界は体験していただいたように全てが戦で決まります。先程戦王様がやっていたのは『決闘』です。あれは個人間の争いを解決するものであって、決闘を行う者同士がお互いが合意した条件のもと戦うものです。対して国同士の争いを解決する手段は2つありまして、『代表戦争』と『全面戦争』でございます。代表戦争は100人以下の人数、挑まれた側の指定の場所で争う戦争でございます。また、この戦争は開戦を拒否することができ、平均三、四時間で終戦となります。しかし、全面戦争は名前の通り国民の全員が参加する戦争で拒否することはできません。さらに、敗戦した場合後から提示されたものであっても戦勝国の要求をすべて飲まなければなりません。こちらは平均一週間〜一ヶ月で終戦となります。」
「力さえあればどうとでもなると思っていたが、そうでもないんだな」
要するにいくら自分が強くても、国力が勝る大国に人類が代表戦争を挑み拒否された。あげく全面戦争を挑まれたら勝ち目はない。強さと駆け引き、この2つに秀でてなければこの世界を取ることはできないと言うことだ。さらに、この世界の戦争は魔法によって勝敗が決まることが多いため勝敗が決まるのは一瞬だ。もし、彼がいない時に強烈な魔法を使える者に奇襲を仕掛けられ対応出来なければ国が滅ぶこともありえるだろう。
「そうですね、でも私はあなたが人類の栄光を築き上げる王になるお方だと信じております。」
白兎と戦王はトレスタン王国国王から国を引き継ぐため王宮に来た。流石に王宮なだけあってこの辺りは整備が行き届いており、大理石でできた王宮の壁は一点の曇りもなく夕日を反射している。普通はこの姫路城のような城を見れば誰もが綺麗だと思うが、戦王だけは違った。
「ここの王は国民の生活よりも己の城の方が大切なのかい」
「いえ、半年前まではボロボロのだったんですけど…」
白兎はこの半年間この国を救える人を探していたため、城の変化に付いて行けてないようだ。
「お待たせしました白兎様。本日は何用でございましょうか?」
門の前で立っていると城の中からなかなかいい服をきた若い男が出てきた。白兎はまさか…と最悪の状況を思い浮かべる。
「アルベルト王に例の件で謁見しに参りました」
「アルベルト王は先月代表戦争に負け、獣人国のものとなりました」
「嘘よ!あの方が負けると分かっている戦を受けるわけがない!いつも国民が少しでも楽になるよう苦悩されてきた方なのに!」
白兎は耳を立て、顔を真っ赤にし、大きな声で出てきた男をヒステリックに怒鳴りつける。横で今にも泣きそうな少女の叫びを聞いている彼は手を出すべきではないと考え沈黙を守っている。
「嘘だと思うなら現国王ハインケル閣下に謁見しますか?」
「お願いするわ!」
2人は使用人の案内に従って城の中に入る。中に入るとレッドカーペットが床一面に敷かれ、壁には高価そうな絵画が掛けてある。白兎は驚きと怒りの表情を浮かべているが、戦王は対照的にやはりなと妙に腑に落ちたようだ。半年前と様変わりした応接室に通されるとに宝石に身を包んだハインケルが出てくる。
「何の用ですか?白兎さん。私も暇ではないので手短に済ませたいのですが。」
ハインケルはジャラジャラと耳障りな音を立てて2人の前に足を組んで余裕の表情を浮かべ腰掛ける。
「アルベルト王に依頼されていた人類が再起するための王を見つけたんです!今すぐ彼に王座を渡すか、政治権を委譲してください。」
机を叩き必至に訴える白兎を見下すように見たハインケルは横にいるブラックスーツの男を一暼し口を開く。
「あなたはそのどこから来たのかもわからない劣等を王にするつもりなのですか?」
「劣等などではありません!彼は狼男を手玉に取れる実力があるんです!それに、彼が元いた世界で彼は一度世界をその手に収めているんですよ!」
今にもハインケルに飛びかかろうとする白兎を戦王は手で静止させる。
「そう言われましても、近日中にこの国を獣人帝国に売り渡す予定になっていますのでもうどうしようもないのです。」
「なんて事を!そんな事をして国民はどうするつもりなの!」
白兎は激昂のあまり声はところどころ裏返り目には大粒の涙を浮かべている。
「どうせこのまま野垂れ死ぬか奴隷になるかでしょうが私たちには関係ありませんねぇ」
その言葉を聞いた瞬間今まで沈黙を守って来た男が立ち上がる。
「もういい、白兎。こんな腐り果てた王と話しても無駄だ。」
「では、諦めろというのですか!」
白兎の叫びを聞いた戦王は応接室のドアの方へ向かって歩きドアまで3メートルのところで振り帰る。
「否である!この戦王の辞書に諦めという言葉は存在しない!無いならば作ればいいだけの話!故に!我は今ここにウルク王国の建国を宣言しよう!自由と平等と民族自決を尊び我と共に人類を世界を平和へと導こうぞ!白兎よ!」
両手を天に掲げ宣言した戦王に向けてハインケルは嘲笑いの拍手をした。
「高尚な演説をご苦労。お笑い要員として君を我が臣下に加えてあげようか?」
堪忍袋の緒が切れた戦王はリボルバー拳銃のようなものを抜くと閃光が走り、壁が砕ける。
「口を慎め下郎。さもなくば我が宝銃が貴様に裁きを下すであろう。」
「バカな!最高神ゼウスと同じ雷魔法を操るものがいるだと!」
応接室にいる人間は壁に空いた大穴を見て震えている。
「何を言っているのかは知らんし、理解する気もない。我の要求はひとつだけだ。国をよこせ!」
戦王は閃光を放つ銃をハインケルに向け引き金に指をかける。銃を向けられたハインケルは椅子から落ち、腰を抜かし床で震えている。
「わかった!わかった!国はやるから命だけは勘弁してくれ!」
「さっさと失せよ!」
戦王は銃をホルスターにしまうとハインケルを追い出し国を乗っ取ることに成功した。