「グレーテの戦い1」
戦王は会議室を出て自分の部屋に入るやいなや膝をつく。彼の顔は青く、肩を激しく揺らし、脂汗が頬を伝い床に落ちていく。ベットまで四つん這いで進んで行く。
情けない。盟主である僕が辛そうなところを見せては皆が不安になる。早く……治さなければ。
「クソッ……まさかこっちの世界の魔法が肌に合わないとはな……」
僕はついに床に転がる。内臓が燃え上がるように熱い。腹のなかで湯を沸かしているようだ。
そもそも、こんなことになったのは3日前鉱山で新魔法の実験をしたことにある。結果から言って新魔法の実験は成功した。
鉱山1つを消しとばすほどに。
しかし、実験終了直後、僕の身に異変が起こった。最初は強い倦怠感が襲っただけだったので神力切れかと思った。しかし、倦怠感は次第に悪寒に変わりついには意識を失ってしまった。
僕が意識を取り戻したのは昨日のことだった。意識を取り戻してもすぐには動くこともできず、今日になってやっと動けるようになった。気怠さが残っていたが、アヌビスやケルベロスが心配すると思って無理して飛んできた。
特にケルベロスは自分に何かあったらどんなことをしでかすかわからないからな。
何故自分が意識を失ったのか、大方の予想は経験から付いている。「失血」だ。それも致死量に近い量。
では何故血を失ったのか。ここからは完全な推論でしかないが、おそらく僕にはこの世界で使われている魔法に適性がない。僕の持つ魔力も神力も似ているがこの世界のものとは根本的に異なるのだろう。だから、こっちの世界の魔法を使うとなんらかの副作用があるのだ。
車に例えるとハイオク車とレギュラー車のようなものだ。適さない燃料でエンジンを動かそうとしたら、仮に動いても壊れる。それと同じことが彼の身体に起こったのだ。
僕の意識はこの辺りで途切れた。正確にはこの後も推論を続けていたが、苦痛のあまり覚えていない。
僕は心地の良い日差しが差し込む綺麗な草原に立っていた。一目でこれは夢だと理解した。早くおきなければならないのはわかっている。でも、すぐに起きようとはせず、夢の世界を少し散歩して見ることにした。
僕は草を踏みしめながらゆっくりと歩を進めていく。
頰を撫でる風がなんとも心地いい。いつまでもここにいたいそんなように思えてくる。
「おーい」
3分ほど歩いていると後ろから声が聞こえてくる。僕は声の聞こえた方向へと走り出す。
聞き間違うはずがない、だって、この声は僕が愛した少女の声なのだから。
「冬美!」
日差しの中に立つ金髪碧眼の少女に僕は呼びかける。
空想でも夢でもいい。どんな形であろうと、彼女に会えるなら僕はどんな代償を払っても良かった。
空想の中の少女は僕の呼び声に振り返ると笑みを浮かべる。風になびく美しい金糸に光を反射させ、微笑む彼女は口を開く。
「久しぶりね。澪」
「本当に冬美なのか?」
僕の声は嬉しさのあまり震えている。期待とともに落ち着いたはずの息も再び上がりはじめる。
「そうよ。元あなたの婚約者、豊葦原冬美よ」
抑えていた感情が決壊する。
1年ぶりに抱くこの感情の名は『愛』。たかぶった感情は彼の脳にかけられた感情の枷をいとも容易く壊し、身体を動かす。
「冬美、冬美……」
僕は冬美に飛びつくと何度も何度も彼女の名前を呼び、雫を零す。
彼女は泣き崩れる戦王こと澪を優しく胸に抱える。
いつもはみんなの期待を背負って気張っているけれど、本当は年相応の少年でしかないのよね。
愛する人の温もりを感じた冬美は薄紅色に頰を染める。華奢ながら引き締まった筋肉、自分以外には決して甘えない澪が愛おしくてたまらない。
「そんなに泣かなくてもいいんじゃない?これは夢なのだから」
「うるさい。嬉しくて涙を流したことなんて初めてだよ」
僕はより一層強く彼女を抱きしめる。一度失った彼女を感じられる、そのことがどうしようもなく嬉しい。
一方の冬美はその場に座り胸の中で好きなだけ彼を泣かせる。少女のようにサラサラとした澪の黒髪を撫で、自分より小さい身体を優しくさする。
可愛いなぁ。私だけに見せてくれる澪の弱いところ。いつかは私の代わりにこの子を支えてくれる人が出てきてくれるといいのだけど。
私が死んでしまったばかりに、辛い思いをさせてごめんなさいね。
いつのまにか彼女の目にも涙が浮かんでいたが、それを零すことは決してなかった。
「また無理したんでしょ?無理しちゃダメって言ったのに」
五分ほどして泣き止んだ澪の肩に冬美は寄りかかる。絹糸のように柔らかい髪が首筋を撫でてこそばゆい。
「ちょっと魔法の実験で失敗しただけだよ」
「もう!」
冬美は澪に絡みつく。彼女の柔らかなところが当たって自然と顔が赤くなる。前なら平然と受け流せたはずだが、久しぶりに愛情を抱いたせいでうまくいかない。
「ごめんよ、色々忙しくて」
「全く、心配ばっかりかけるのは変わらないね」
澪は体を捻ると冬美を正面から抱く。髪から微かに香る花の匂いが彼の心をくすぶる。彼は彼女の顎をクイっとあげると優しく唇を押し付ける。
「そろそろ行きなさい」
唇を離した冬美は超至近距離で言う。
「もう少し甘えていたいか……んん」
今度は彼女から深いキスをする。舌を絡ませ、彼の口内をめちゃくちゃにする。時折甘い声が聞こえるが彼女は、気にせず唇を貪る。
澪の腰が砕けたところで冬美は彼の唇から自らの唇を離す。
「これで十分でしょう?続きは新しいお嫁さんとやりなさい」
冬美は立ち上がり陽だまりの中へと消えていく。ヘロヘロになった澪は愛しい人の背中を地面に這い蹲りながら見送るしかなかった。
目覚めた。どれくらい眠っていたかわからないが、外から差し込む光のせいで状況が掴めない。頰にポツポツと熱い液体が落ちてくる。雨でも降っているのかと寝ぼけた考えを浮かべる。
「白兎……どうしてここへ?というか僕はどのくらい寝てたんだ?」
「3週間です!本当に心配したんですから」
白兎は僕の胸に覆いかぶさって泣く。彼は彼女の頭を優しく撫でてあやす。柔らかな髪が指の間を通る感触が心地よい。
「おい決戦までは何日だ?」
戦王は焦りのあまり勢いよく起き上がる。白兎が来ているということは完全武装でウルク王国軍も来ているだろう。急いで作戦を立てなければと思う。
「3日でございます」
「わかった、作戦を考えるからすぐにアヌビスとケルベロスを呼んでくれ」
幸い大方の案はできている。書面に起こして周知させるだけならなんとかなる。本当は頭だけではなく、兵士の体にも覚えこませたかったがこの際仕方ない。
「ご安心を戦王様。誠に恐縮ながらすでに私がこのような策を練らせていただきました」
彼女は机いっぱいに大きな紙を広げる。
僕は彼女の立てた作戦を見て驚いた。
これは自分が頭の中で組み上げたものとほとんど変わらない。2000人の兵士には拳銃と役割に応じた銃が配備されている。ラインハルトの力の入れようが行動でわかる。
よくぞここまで成長した。
「すごい……」
「それにグレーテに兵を配置済みです。後は戦王様がグレーテで攻撃開始を指示すればいつでも開戦できます」
褒められた白兎は頰をピンク色に染める。雪原を思わせる真っ白な肌に浮かぶ紅葉はとても可愛らしい。まるで冬美のようだな。少しツメが甘いところもあるが、白兎はいい軍師になるだろう。
「白兎、何かしてほしいことはあるか?」
「それなら、抱きしめていただけませんか?」
「そんなことでいいのか?」
今回彼女が立てた功は領地を与えられてもいいくらいのものだ。にもかかわらず、抱きしめるだけでいいのであろうか僕は不思議に思う。
白兎は目を瞑り手を広げる。顔を真っ赤に染めているのが初々しくて、正直かわいい。夢の中ほど感情が解放されているわけではないが、やはり感情抑制の魔法が弱まってきている。
「いいんです。ものなんてどうせなくなっちゃいますし」
「そうか」
僕は白兎を優しく抱きしめる。彼女の長い耳はせわしなく動き彼の頰をくすぐる。彼女の体から伝わってくる温もりは冬美のものとは異なるが、なんとも言えない安心感が得られる。もう少し感情抑制の魔法が解けていたら危なかったかもしれない。
もともと僕の自制心はかなり強力なものだが、年相応以上の性欲を冬美に鍛えられてしまったのだ。身体には現れないがいろいろ思うところがある。
「ありがとうございました」
白兎は嬉しそうに離れる。
僕は立ち上がりスーツを羽織る。
「少し身体をならす。付き合ってくれるかな?」
「はい、どこまでも」
アルフヘイム王都マーロ
戦王が眠っている時、オヴェイロンは着々と戦の準備を進めていた。王座に集まった貴族たちは各々がオヴェイロンより賜った命の報告をしている。
「巨人との不可侵条約の締結は完了しました」
「龍人、鬼、蜥蜴人とも何事もなく締結しました」
「ご苦労であった」
オヴェイロンは臣下たちに座るよう促す。
「陛下、恐れながら申し上げますが、なぜ獣と人間に対してここまでしなくてはならないのですか」
「北を治めるレゴラス卿は先の戦いには出ておらぬな?」
オヴェイロンは確認すると先の戦いについて説明する。メンフィスとアルフヘイムの国境はアルフヘイム視点で南側にある。北側の貴族たちは参加しなかったので、結果を知らないのも無理はない。
戦いの結果を知らなかった貴族たちは結果を聞いて驚く。
「その戦王とやらはどのような魔法を使われるのですか」
「神性由来の雷魔法だ」
「なんと……」
テーブルに腰掛ける貴族たちは言葉を失う。雷魔法自体はそれほど珍しい魔法ではない。むしろ、誰もが使える魔法の代表のようなものだ。しかし、それは自然魔法由来の雷魔法の話である。
「ありえない!この世界の頂点に立つ第二創世神の中でもゼウス様にしか使えない魔法を人間如きが使うなど」
「口を慎みなさい、ユグドラシル卿」
エルフ王の正妻であるティターニアは間髪入れずに注意する。高い身長にスラリと長い手足、王妃という言葉はこの人のためにあるように感じられる。
「信じられないかもしれないが、事実なのだからどうしようもない」
「陛下、私から2つ提案があります」
ティターニアは真剣な面持ちで手をあげる。
「まず1つ目に不可侵条約を結んでくれた国々に働きかけ戦王なるものを南大陸の平穏を脅かす者として討伐指定人物にします。そして、2つ目に大平和共栄圏の相対する組織を作り上げるのです」
「わかった。ティターニア、君は戦が始まると同時に国を離れよ。」
「かしこまりました」
彼女は一礼すると部屋を後にする。ニヤリと笑みを浮かべた彼女は心底楽しそうだった。
私はこの世界が退屈で仕方ない。オヴェイロンの王妃として過ごして来たけれど実につまらなかった。第一創世神が居なくなって、神々は覇権争いをやっていたと言うのに亜人は争おうともしない。獣人種との間に火種をこしらえたと言うのに一向に森から出て戦おうとしない。
しかし、新人類王は余の退屈を打ち破ってくれた。目指しているものは甘っちょろい戯言にすぎんが、おそらく南大陸の覇権を握る気だ。
だが、余は人類など下劣な種族に絶対に覇権は握らせん!迎え打って余がこの大陸をいただく。
「さぁ始めよう。この大陸をかけた大戦争を」
この時、戦王とティターニアという2人の策士が南大陸の覇権をかけて争うことになると、戦王はまだ知る由もなかった。
決戦の日グレーテ平原
1日前にグレーテ入りした戦王は高さ30mの壁の上に立ち、平原を一瞥する。エルフの森までの距離はおよそ5km。奥2kmのあたりには矢避けの土壁が大量に築かれている。400mのところには狙撃用の矢倉とその上に兵達が300人、バイポットとスコープ付きの三八式狙撃銃を携えて立っている。
対するエルフたちは森の入り口付近で狙撃体制を取っているものと突撃体制を取っている者が見える。いつもと違って指揮官を狙い撃ちして各個撃破する戦略だけではなさそうだ。中距離で数を減らすつもりだろう。
兵数は僕率いる大平和共栄圏軍が80万、メンフィスと他国の国境警備には最低限必要な人数しか残してきていない。ちなみにどさくさに紛れてメンフィスに侵攻するための兵を集めている国が無いのは戦王が偵察済みだ。アルフヘイム軍の数は100万。言うまでもなく全軍投入だ。
「戦王様、兵たちに激励をお願いします」
「わかった」
僕は壁の中央に立ち兵達を見下ろす。右にはメンフィスの国旗を持つアヌビスが、左にはウルクの国旗を持つ白兎が立つ。戴冠式の時とは違い、すでに皆の目には灯火がある。後はガソリンを入れて灯火を業火にすれば良いのだ。
「注目せよ!」
魔法で増幅された僕の声は戦場の全てに響き渡る。
「向こうに見えるのが我々が討つべき侵略者である」
僕は左腰に差していた日本刀を抜きエルフの森を指し示す。
「もし万が一我々がここで敗走することになれば諸君らの家族や恋人が辱めを受けることになるであろう。兵士諸君!
諸君らはこの壁の向こうにいる国民の盾であり、矛であり、希望である!故に我は同士諸君らにただ一つ命じよう」
刀を鞘に収め少しの間口を閉じる。僕が口を閉じていたのは数秒のことだったが、ケルベロスや白兎には数分に感じられた。
「生きよ!生きて故郷へと赴きその口で我々の勝利を伝えよ!惨めでもいい、這ってでもいい、手足がもがれようとも生きよ!生きて勝利を掴め!そして故郷に希望を届けるのだ!」
「ウォォーー!」
兵士達から大きな鬨の声が上がる。
「フサツグリの旗を掲げよ!得るべき幸福を我らの手で勝ち取りに行くぞ!」
僕は自ら旗を掲げる。それに対して兵士達は鬨の声で答える。士気は十分に高まった。灯火は業火となり燃え広がる。
「攻勢をかけよ!」
「突撃!」
「撃ち方始め!」
戦王に続いてアヌビスが、それに続いて白兎が攻撃指示を出す。こうして後にグレーテの戦いと呼ばれるようになった戦の火蓋が切って落とされた。
最近、最強寒波が来て寒い日が続いていますね。どうも大原陸です。
さて、今回は意外と執筆に時間がかかりました。とゆうのも他の方の小説をみて書き方を変えた方がいいかなと思いました。主人公の気持ち中心でこれからは書いていこうと思います。
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