「ライト平原の戦い2」
砂漠と森の混じり合う不思議な空間で2人の王は魔法を打ち合う。戦王が閃光を放つとオヴェイロンは木の根を急成長させ身を守る。オヴェイロンが植物を操り攻撃すると、戦王はより一層左目を輝かせ、1億Vを超える電流を広範囲に放ち迫ってくる木の根を片っ端から焼き払う。
その際、流れ雷に当たってしまったエルフの兵は真っ黒になって地面に転がる。
この世界に来てから始めて人を殺める戦王の姿は無慈悲と言うほかない。もういくつ黒焦げの死体の山を築いたかわからないが、彼は表情一つ変えないで魔法を放ち続ける。
「這い寄る森」
オヴェイロンは右手に持つ「グラム」を地面に深く突き刺す。すると、戦王の足元から尖った木の根が飛んでくる。
ーークソッ!地中からだと力学操作じゃ防げない。
戦王は尖った木の根の側面を蹴って回避する。
「追撃せよ!」
オヴェイロンが叫ぶと木の根が戦王を追いかけるように、次々と襲っていく。戦王は空中でバク宙や前宙を繰り返し攻撃をかわす。
オヴェイロンはその隙を見逃さず、背中から弓を取り出す。
「黒き矢よ!清き魂に卑しき闇をもたらせ!」
彼は弓弦を引きしぼり魔力のみで構築された矢を戦王の心臓めがけて放つ。純粋な魔力だけで作られた武器はいかなる物理法則の影響を受けない。つまり、戦王の力学操作でこの矢は決して止められない。放たれた矢は黒い尾を引きながら戦王に迫る。
ーー終わりだ
心臓への命中を確信したオヴェイロンは弓を下ろす。
「光をもって闇を照らせ!」
戦王が放たれた弓を指差し詠唱すると漆黒の矢が光に包まれ消滅する。
「ディスペル……面倒なことを!」
オヴェイロンは苛立たしげに吐き捨てる。ディスペルは打たれた魔法に魔力や神力を直接ぶつけて、ありとあらゆる魔法を打ち消す対抗魔法である。しかし、どんな魔法でも無効化することができる反面いくつかデメリットを抱えている。
一つは魔性魔法に対しては神力、神性魔法に対しては魔力と対になる力をあてがわなければならないこと。もう一つは放たれた魔法と同じか、それ以上の力をぶつけなければならないことだ。
「神樹の威光をもって、森に害なす者達を討ち滅ぼせ!」
オヴェイロンが詠唱を唱えると神力を纏って煌めく「グラム」を振るう。白き閃光が戦王に向かって飛んでいく。普通の人間相手ならオヴェイロンの勝ちで勝負がついていただろう。しかし、戦王は違う。
「闇をもって光を染めよ」
飛んでくる光の刃をディスペルで無効化した戦王はズボンのポケットに手を突っ込みながら堂々と立っている。
「貴様、神装兵器なしで何故二つの力を扱える」
オヴェイロンは驚愕の表情を浮かべる。なぜなら、この世界で神力と魔力を同時に持ち得ることはできないのが常識だからである。
ーーなるほど、おそらく神装兵器とかいう「グラム」を持っているからオヴェイロンは魔力と神力という相対する力を使えるのか。
「使えたらなんだと言うのだ?戦において重要なのはどうして力が使えるかではなく、使えるという事実だろう」
戦王は自力で理屈を解き明かすことのできないオヴェイロンに哀れな視線を送る。実際、戦に勝つために最低限必要なのは相手がどんな力を使って、どんな戦いを得意としているのかの二つだけである。たしかにどのように力を使っているか解き明かせれば有利に立ち回れるが、根本的に解決できないものも多い。
例えば戦王の力学操作は魔力を糧として演算を行うことで発動する。魔力切れしない限り効果が続くためどのように能力を使っているか解き明かしても意味がない。それを解いてできることといえば集中力を削いで演算を乱すぐらいだ。
そんなことをするより時速30km以下の物体には作用できないという弱点を突いた方がいいに決まっている。
「下劣な種族め!肉片一つ残さんぞ!」
オヴェイロンの体から大量の紫色の粒子が放出される。戦王は経験から強力な魔力攻撃の前兆だと感じた。
ーー冬美より量は少ない
戦王は本来の力学操作がいかに強力な能力だったかを痛感する。それに対して自分の魔力はオヴェイロンにも遠く及ばないと感じる。
「生を喰らう者」
オヴェイロンの手から漆黒の霧が放たれ、それが蛇の形を模して戦王に迫る。彼は金色に染まった左目を輝かせ、「雷」の引き金を漆黒の霧めがけて引きしぼる。放たれた閃光と闇がぶつかり合い霧散する。
「神罰」
戦王は無感情に呟くと閃光が降り注ぐ。
「神樹の盾」
オヴェイロンは地面に剣を突き立てると木を急成長させ雷撃から身を守る。緑色だった木々は一瞬にして黒焦げになる。
「我の攻撃をここまで凌ぐ奴は久しいな」
「ぬかせ。俺も人間如きがここまでやるとは思わなんだ」
さっきまで怒号が飛び交っていた戦場は静まり返っている。黒く焦げた死体からは肉の焼けた嫌な臭いが立ち込め、青々としていた木々は黒く染まっている。
単騎で1000人以上のエルフを葬った男に後悔の念は一切ない。それどころか、久しぶりの強敵との出会いに喜び笑みさえ浮かべている。
ーー僕は数々の戦場で屍の山を築き英雄となった。そんな僕に匹敵する実力者は彼女以外いなかった。日本人とは思えない金髪碧眼に長身の美少女。その子を失った僕は文字通り最強となった。そんな世界が僕にとっては退屈で苦痛だった。
それがこの世界はどうだ。俺と渡り合えそうな奴がごまんといる。そいつらと戦い競い合うのを想像するだけで楽しくてしょうがない。
「感謝するぜ白兎」
戦王は目を輝かせ感謝を述べる。
「随分と余裕そうだな戦王!」
唐突に放たれた魔法を戦王は無効化する。
「名前を覚えてくれて嬉しいよ。オヴェイロン」
「貴様ぐらい腕の立つ者なら当然の礼儀だ」
「さすがは王と言ったところか」
「世辞はいい。さっさと蹴りをつけよう」
オヴェイロンは「グラム」を構えて決着をつけようとする。しかし、戦王は踵を返し戦場から去ろうとする。
当初の目的であるオヴェイロンの実力は大方理解できた。ここで雌雄を決するのも悪くはないが、それでは大平和共栄圏の力を知らしめることができない。この大陸で確固たる地位を築き上げるためにはなるべく大勢の前でオヴェイロンを討ち取る必要がある。
「貴様!戦いを愚弄するのか!」
オヴェイロンは激昂し声を荒げる。
戦王は楽しそうな笑みを浮かべるとノーモーションで本気の雷撃を落とす。10億Vを超える雷撃は地面に深い穴をあける。彼が当てる気で撃っていたらオヴェイロンは確実に昇天していたであろう。
「もっと強くなっておけ。今の貴様では我の相手にもならん」
オヴェイロンは何も言えずにただ戦王の背中を見ていた。今日のことを踏まえて、彼に勝つためにしっかりと対策を立てなければ自分は確実に負ける。己が井の中の蛙であったことを痛感した。
「次戦場であったら必ず殺す」
オヴェイロンは固い意志を持って森の中へ帰って行った。
アルフヘイム対メンフィス&ウルク連合軍の戦いは連合軍の撤退によって終結した。連合軍に被害は死者480人、軽傷者300人、重傷者100人と計画の範疇に収まった。対してアルフヘイム軍の被害は死者3400人、軽傷者230人、重傷者235人。3倍以上の数を揃えておきながらこの被害を出したことは到底納得のいく結果ではない。事実上の敗北である。
中でも単騎で3000人以上のアルフヘイム兵を葬った戦王の力はアルフヘイムだけではなく、周辺諸国にも大きな影響を与えた。今まで軽蔑していた人類からあなどれない実力者が生まれた。この者が従える軍がいかなるものか見極めるため、次の連合軍対アルフヘイムの決戦には多くの目が向けられることであろう。
アヌビスが兵を従えて王宮への撤退を開始した頃、戦王は国境の上の壁に腰掛けていた。
水平線に沈む夕日が空をオレンジに染めていて美しい。時折北から吹く風はここが戦王の戦った土地であることを示すように肉の焦げた臭いを運んでくる。
風に戦場の臭いを運ばせるほどの人を殺めたが、戦王の心には罪悪感や後悔のカケラもない。初めて人を手にかけた時は罪悪感に押しつぶされ、何度も何度も胃の中のものを地面にこぼした。戦場で多くの人を殺した時、手が血にまみれている幻覚や、殺した人の呼び声が聞こえることもあったが今はもうない。
何万、何百万、何千万と人を殺めるうちに血に染まった手と自らを恨む声に慣れていった。あってはならないことではあるが、何度も何度も繰り返すとどんなことでも慣れてしまうのだ。
「お疲れ様ですの。戦王様」
「ケルベロス、帰らなくていいのか?」
ケルベロスは可愛らしい笑みを浮かべると戦王の横に腰掛ける。いつもと変わらない刺激的な服を着てケルベロスは彼によりかかる。
「私の王は貴方です。王を置いて帰る家臣はいませんし、未来の夫となる方ならなおさらです」
ケルベロスは少し頰を赤らめ悪戯っぽく笑う。
「君を娶る気は無いし、僕は金髪碧眼のお淑やかな子が好きなんだ」
「釣れませんねぇ〜」
ケルベロスは頰を膨らませぶぅ〜と唸る。そんな彼女を気にすることもなく、戦王は水平線に沈んで行く太陽を眺めている。
「それはそうと今回の戦、勝てるでしょうか?」
「正直五分五分だな」
戦王は難しそうな顔をする。
エルフの守りは強固だ。今回はオヴェイロンが自分を過小評価していたから簡単に前線を崩すことが出来た。しかし、次はエルフキングも自分がいることを前提に、より強固な防衛ラインを築くだろう。それを崩すのは容易ではない。
「例の極大魔法とやらを使ってもでしょうか?」
「あれは連発できない上にゴッソリと神力を持って行くから、使いどきを考えないとオヴェイロンを抑えられなくなるからなぁ」
極大魔法は一番早く構築できるものでも、発動まで3分かかる。その間はいかなる魔法も使えないし、魔法強化の陣をしくため動くこともできない。使うときは強大な魔力を発するのでバレないようコソコソ使うこともできない。
戦王は何か思いついたのか立ち上がる。
「何か思いついたのですか」
「少し作っておきたいものができたからね」
戦王は壁から飛び降りると鉱山に向かって飛んでいく。ケルベロスは残念そうに彼を見送る。
アルフヘイム王都マーロに帰還したオヴェイロンは不機嫌そうに王座に座る。下級種族である人類と獣人に大敗を喫したのだ、不機嫌なるのも当然といえよう。
「クソッタレ!」
彼は近くにあった椅子を蹴飛ばす。椅子は壁に当たって粉々になる。
「全軍に伝えよ!1ヶ月後の決戦では奴らを完膚なきまでに潰し尽くすのだ」
「あなた、燃えすぎよ。少しは落ち着いて」
オヴェイロンの妻であるティターニアは彼の肩に絡みつく。彼女の温もりを感じたオヴェイロンは一呼吸置くと落ち着きを取り戻す。
「ありがとう」
「いいのよ、私にはこのぐらいしかできないのだから」
ティターニアは夫から離れ笑顔を浮かべる。彼女は王座の横に椅子を置くとそこに座る。その姿は美形のオヴェイロンに引けを取らない姿である。
「貴族達は周辺諸国と不可侵条約を締結せよ。今回の敵は人類だが侮ってはならん!不安材料はなるたけ消しておけ」
「仰せのままに」
オヴェイロンは1ヶ月後の決戦に向け着々と準備を進めていった。
偵察合戦から3日後、鉱山でやるべきことを終えた戦王はメンフィス王宮に戻りアヌビスと合流した。合流した戦王はアヌビスとケルベロスを呼び軍議を開く。
「今回の戦でわかった。エルフに勝つには弓隊を我々ウルク王国軍が潰し、君たちメンフィス王国軍に森の中に入ってもらうしかない」
「魔法的性の低い人類がエルフの弓隊を抑えられるのか?」
アヌビスは人類がエルフの弓に匹敵する力を持っているのか不安で仕方ない様子だ。そんな不安を解消するため、戦王は持ってきた荷物の中から一丁の銃を取り出す。
「三八式狙撃銃。これを使えば400m先の敵を正確に撃ち抜くことができる」
三八式狙撃銃は三八式歩兵銃に6倍率望遠鏡を乗っけたものである。高初速かつ低反動で遠くの目標にも高い命中率を誇る日本の名銃である。
アヌビスは銃を手に取るとボルトをカチャカチャ弄ったり、スコープを覗いたりする。しばらく銃をいじった後、首を傾げながら銃を返す。
「よくわからないが、信じよう」
「任せろ」
アヌビスには戦王の目に炎が灯っているように見えた。
「それと、神装兵器とはなんだ?」
「神装兵器とは神々がその御子に与えた自らの武器だ。生まれ持った魔力、神力にかかわらず、握って振るえば武器に宿った力が使える便利な兵器だ」
アヌビスから説明を受けた戦王は欠けていたピースが埋まりスッキリしたようだ。
「2日後に作戦を言う。それまではのんびりしていてくれ」
戦王は会議室を出て自分の部屋に向かう。その顔には汗が滲んでおり、決して体調がいいとは言えない表情だった。
最近は雨が降りませんね。ニュースによれば川が干上がったりしているようですが皆さんの所は大丈夫でしょうか。
さて、今回は長くかかるといっていた割に早く書き終わりました。次回閑話休題を挟んでいよいよ本戦に入って行く予定です。