「ライト平原の戦い1」
陽が傾き空が橙色に染まった頃、戦王は長い昼寝から目覚めた。ベットから起き上がり体を伸ばすと、関節からパキパキと音が聞こえる。
護衛無しで昼寝をした数年ぶりだ。大日本帝国軍に所属していた時はスパイや暗殺を警戒する必要があったので、オチオチ昼寝もできない窮屈な生活をしていた。今もいろいろ忙しいが、命を狙われるほど警戒されているわけではない。そもそも、この世界のルール上全面戦争の宣戦布告をしない限り、暗殺をすること自体が難しい。
2ヶ月前、戦王は北西にある少数部族の国を戦争をせずに大平和共栄圏へ組み込もうと画策した。もちろん、最初は平和的に解決するつもりだった。もし、交渉が決裂した場合。というかほぼ確実に決裂すると思っていた戦王は白兎かケルベロスを送り込み反対勢力を暗殺させるつもりだった。
しかし、このことを2人に話したら辞めるように猛抗議されたので、北西の部族を仲間に引き込むのは先延ばしとなった。
未だかつて戦争のルールを破った者がいないため、どんな罰が下るかわからないけれども、2人の様子からして周辺諸国から総攻撃を受けそうな感じはする。
「戦王!策が練れたぞ」
ガチャりと戦王の部屋のドアが開けられ、アヌビスが入ってくる。
「所詮偵察だ。力まず座ってくれ」
戦王に促されたアヌビスは椅子に座り、テーブルに作戦図を広げる。作戦図によれば守備的な装備を基本とした兵士による、守備的な配置。戦王の意を汲み、よくできた作戦だ。
ただ一つ気になることがある。
「総司令官が僕なのはどうしてだ」
「君が盟主なのだから普通に考えて君が総司令官を務めるべきだろう?」
アヌビスは戦王の疑問に対して疑問で返す。
「今回の戦の目的は偵察。兵の5%を損失して撤退する時。もしくはエルフ王が前線に出て来て撤退する時。アヌビスは殿を務められる自信があるのか?」
総司令官は全軍の指揮をとらなければいけない。確かに、士気を上げるため前線で兵を率いるなら戦王が総司令官を務めるべきだろう。それを見越して、決戦の時は戦王が総司令官を務めるつもりだ。しかし、そうすると戦王は殿(撤退までの時間稼ぎの軍)を請け負うことができなくなる。なぜなら、総司令官は撤退を指揮しなければならないからである。
少なく見積もってもエルフの王はアヌビスより強いと戦王は思っている。また、エルフ王が前線に出てこなかった場合、彼の実力を推し量るために前線に引きずり出さなければならない。はっきり言ってアヌビスでは実力不足だ。
「確かに、私では実力不足かもしれない。しかし、万が一君を失ったらウルクは大丈夫なのか?」
「いざとなれば切り札を切るさ。別に極大魔法を使わなくても1000人ぐらいなら一撃で葬れる。ビビってるうちにトンズラすればいいだけさ」
「わかった。私が総司令官を務めよう」
完全に納得してはいなそうな感じだが、アヌビスは理性的に考えて戦王の案を採用することにした。うちの兎さんとワンちゃんのように感情的で無くて助かった。
「では、私は先に行って地形を把握しておくよ」
「武運を」
戦王はバックを一つ持つと窓から飛び降り上空へと消えて行った。
5日後、アルフヘイムのライト平原にて両軍は対峙した。オヴェイロン率いるアルフヘイム軍の数は3万。兵達は森の中に弓を構えて大平和共栄圏軍が攻めてくるのを待っている。防衛戦をする構えだ。
対してアヌビスと戦王率いる大平和共栄圏軍は1万。兵士の背丈ほどある金属の盾を隙間なく並べた重装装甲歩兵部隊が最前列に5000人。後列には牽制のための弓兵部隊を3000人、万が一接近戦になった時ように槍兵部隊を少し置いている。各部隊の指揮官は弓から頭を守るために鋼鉄の兜をかぶっている。
戦王とアヌビスは森から5km離れた国境の壁の上に立っている。
「砂漠が急に終わって森が形成されているというのも不思議だな」
「これも『グラム』の力なのだろう」
アヌビスは右手に持つ杖で地面を数回叩く。
「不死者よ沸き起これ」
アヌビスの魔法によって地面から剣と盾を持ったスケルトンが這い出てくる。その数1000体。スケルトン1個体あたりの戦闘力は人間より少し強いぐらいだが、数がすごい。さすが、南大陸で3本の指に入る死霊術師だ。
「準備はいいか?戦王」
「ああ」
2人は目線を合わせると眼下の兵達に向かってアヌビスは口を開く。
「皆の者!今回の目的を重々理解し、戦に臨め!我ら獣人の強さを盟主様に示すのだ!」
「おおー!」
メンフィス王国軍の兵士たちは武器を掲げ鬨の声をあげる。士気が高いのはいいが、それが転じないか少し不安だ。
「戦王、号令を」
促された戦王は手を掲げ、素早く下ろす。
「攻勢をかけよ!」
「突撃!」
午前11時24分。大平和共栄圏初の戦いである、ライト平原の戦いが始まった。
大平和共栄軍からの鬨の声が大きくなるとオヴェイロンは弓による制圧射撃を命じた。獣人種の身体能力はエルフより高い。重い盾を担いでいるとはいえ、少しでも制圧射撃を緩めれば一気に距離を詰められる危険性がある。
そこでオヴェイロンは絶え間なく制圧射撃をするため、3部隊に代わる代わる弓を撃たせた。そのかいあって大平和共栄軍は森から200mのところで侵攻を止めている。
「いつもなら痺れを切らして突出するものが出てくる頃だが、今回は出てこないな」
オヴェイロンは木の上に腰掛けながら戦況を眺めていた。式神をよこしてくれたであろう新人類王が現れるのを彼は今か今かと待っている。
「報告します」
オヴェイロンの側近の女が膝をつき戦況を報告し出す。
「敵は森の入り口150mまで接近。鋼鉄の盾が予想以上に厄介です」
「なぜだ、矢に魔法を纏わせて放っているはずだろう」
オヴェイロンは驚きを隠せていない。
「それが、アヌビスが召喚したスケルトンを積み重ねて壁を作っており、威力が弱められているようです」
姑息なとオヴェイロンは思った。確かに、アヌビスは今までもさまざまな軍略を練りエルフに対抗してきた。ある時は戦死した者をアンデットとして戦わせ、ある時は1点突破を狙い突撃をかけてきたりした。しかし、召喚したスケルトンを壁とするなどと奇抜な発想を思いつく頭はなかったはずだ。
「人類王め!」
オヴェイロンは唇を噛み締めると立ち上がり、剣を掲げる。
「聖なる森よ!侵略者達に聖なる鉄槌を下せ!」
オヴェイロンが叫ぶと冷たい風が吹き始める。やがて、地面を這っている木の根が動き出す。彼自身が戦の最前線に出るのはいつ以来だろう。まして、人類ごときにその気にさせられるとは思いもしなかった。
「人類王、その面を拝みに行ってやる」
オヴェイロンは木の上をつたい前線に向かって疾走していく。
オヴェイロンが自ら出陣を決める前、戦王はアヌビスに面白い提案をした。
「アヌビス、召喚したスケルトンを積み重ねて壁みたいにできないか?」
「難しいな。私は細かい魔法の制御が苦手なんだ」
「そうか……」
戦王は戦況を分析する。
現状兵の損失具合は2%。このままいけば後15分で撤退ラインである5%に達するだろう。しかし、このまま戦って、エルフ王を引きずり出せるかと言われると微妙なラインだ。もちろん、僕が出陣すれば確実に出てくるだろうが、もう少し獣人達の実力を見ておきたい。
「よしアヌビス、僕がサポートするから骸骨の壁を作ってみよう」
「サポートと言ってもお前さん死霊魔術は使えないだろう」
「死霊魔術は使えなくてもサポートはできる」
戦王が笑顔を浮かべている一方で、アヌビスは不安そうな顔をしている。
「案ずるより産むが易しだ」
アヌビスの不安を無視して、戦王は魔法を組み立て始める。
電流は40mA、副腎髄質を刺激してアドレナリンの分泌を促す。そうすることで脳のリミッターを解除し、潜在能力の全てを引きずり出す。俗に言う火事場のバカ力だ。
ほとんどの生物は普段、持っている力の3割しか出せないようにリミッターがかけられている。だから、窮地に陥った時、想像できないほどの力を発揮する。いつもは2桁同士の掛け算が限界でも、火事場のバカ力なら4桁同士の掛け算ですら一瞬で解くことができる。
こんな魅力的な力なら、初めから引き出しておけばいいと思うかもしれないが、それは危険な行為だ。なぜなら、もともとこの力はピンチの時に発揮されるものだ。そんな力を普段から使っていては体がもたない。
事実、火事場のバカ力を使った後は強い疲労感や空腹感に襲われる。アヌビスには悪いが、我慢してもらおうなどと勝手なことを思い、彼は魔法をかける。
「さぁ、アヌビス。君の演算能力を強化した。今なら骸骨の壁を作れると思うよ」
戦王に魔法をかけられたアヌビスは違いを感じ取っていた。いつもより頭の回りが早い。さっきまではスケルトンの召喚だけでいっぱいいっぱいだったけれども、今は余裕がある。
ーーこれならいける!
「骸骨の防壁!」
最前線で矢を受け止めている兵士たちの前に縦5m、横50mの紫色の魔法陣が現れる。次の瞬間、ゴゴゴと大きな地鳴りがし、地面からスケルトンの壁が構築される。構築された壁は魔力を込められた矢から兵を守っている。
「お見事!そのままジリジリと壁を前進させて」
「オーケー」
アヌビスは額に汗を滲ませながら壁を動かす。
「メンフィスの兵達よ!沸きたて!貴様らの王であるアヌビス殿が意を示したのだ!それに答えずして何が臣民か!」
「突撃!」
鼓舞されたメンフィスの兵達は壁の前進に合わせて突撃していく。得意の弓を封じられたエルフ達は指をくわえて迫ってくる敵を眺めている。
森まで後100mと言ったところで骸骨の防壁が崩れ去る。エルフ達の先陣で白銀の髪を持つ男が銀色の剣を振るっている。
「来たな」
戦王はコルトガバメントに弾が装填されていることを確認する。次に『雷』の装填魔法を確認する。最終確認が終わると後ろに控えていたメンフィス王国軍親衛隊に指示を飛ばす。
「陣貝吹きならせ!予定通り殿は我が務める」
ぶおおと陣貝が吹かれたのを確認した戦王は壁から飛び降りエルフ王の所へ急行する。
「敵は引いていく!追撃の一手を加えろ!」
オヴェイロンの号令を聞いたエルフ達は獣人達の背中めがけて矢を放つ。いくら頑丈な盾を持っていようと背中を向けては意味がない。オヴェイロンの顔には笑みが浮かぶはずだった。
「弓がそれただと……」
彼らが放った矢は獣人達の背中を穿つ前に、あらぬ方向へ飛ばされていく。
「陛下!1人突っ込んできます!」
オヴェイロンは200m先で左手を突き出している少年を確認した。
「あの男を射貫け!」
オヴェイロンの号令で戦王に一斉射撃が加えられる。
1万を超える弓が迫って来ているが戦王は余裕の笑みを浮かべる。「流射」で受け流すだけでは面白みがないかと思った戦王は上空50mで矢が持っている運動エネルギーをゼロにする。続けて矢の先5mの所に2000万Vの高圧電流を流す。
矢の鏃は鉄なので、高圧電流に引かれ亜音速でエルフ達に降り注ぐ。わかりやすく言えば電磁誘導砲だ。
ズドドドと矢とは思えない音がし、土煙と血しぶきが上がる。オヴェイロンはとっさに木の根で兵達を守ったが、亜音速の矢に貫かれた者は首や四肢が千切れ飛んでいる。
ーーもう少し数を減らそうか
戦王は雑兵に「雷」を向けると雷撃魔法「神罰」を8回同時に発動する。上空30mから2億Vの雷がエルフ達に襲いかかる。
森の木々は砕け、直撃を食らった者は真っ黒に炭化している。直撃を受けなくても近くにいた兵の多くは誘電で息絶えた。少なく見積もっても今の2回の攻撃で1000人は戦死した。
これだけの兵を殺しても戦王は攻撃の手を緩めない。殺人を躊躇することは味方を危険にさらす。無慈悲に、冷酷に、粛々《しゅくしゅく》と、戦王は魔法を放つ。
「皆森の中へ退避せよ」
オヴェイロンの指示に従いエルフの兵は森の中へ消えていく。敗走したかのように恐怖心で森の中を駆けていく者がほとんどだったが、オヴェイロンは咎めなかった。
「下等種族にしては見事な腕だ。素直に賞賛しよう」
オヴェイロンは戦王に剣を向ける。彼の目には同胞を殺されたことへの執念の炎が灯っていた。しかし、強い怨念を持ちながらも、飛びかからないとこを見るに感情で動く愚か者では無いようだ。
「では問おう、下等種族からの攻撃を防げなかった貴様は一体何者なのだろうな」
戦王は鼻で笑いオヴェイロンを挑発する。
「口を慎め下等種族。私たちはいと気高き北欧主神オーディーン様から作られた者だ。どこの神から生まれたかもわからない人間とは格が違うのだ」
「人も神も皆原点は変わらぬ。故に皆平等である。誰もが自由に生きその生を全うする。それが我ら大平和共栄圏の目指す世界である」
オヴェイロンは戦王の話を聞いて笑いだす。最弱の種族である人間が新たな世界を作ろうとすること。すなわち、神に挑むことがおかしかったのだ。どんなに努力しようとも自分より上位種族には勝てないと言うのがオヴェイロンの持論だ。
「ぬかせ。夢を抱き哀れに朽ち果てるがいい」
これ以上の会話はお互い無意味だと悟った2人は実力行使に出ることにした。
センター試験を終えた勢いで書き上げてしまいました。試験そのものは体調不良もあって思うように結果が出ませんでしたが、なんとかなったとは思います。
いよいよ初めての全面戦争が始まりました。次は戦王とオヴェイロンの戦いを描いていけたらと思います。その前にBLACK HAWK を投稿しますのでそちらもよろしくお願いします。
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