「戦王の闇」
アルフヘイム王都マーロ
オレの名前は“エルフ王”オヴェイロン。今年で26歳になる。アルフヘイムは全土が20mを超える木々に囲われ、人口3億人の緑豊かな国だ。オレ達エルフは砂漠に住む獣どもと三、四年に一度戦争をしている。今年も奴らに戦争を仕掛けることにしたが、気掛かりが1つある。それは、新国王率いる人類が獣どもの味方をして宣戦布告してきたことだ。いくら人類の新国王とてエルフと獣の戦歴ぐらいは調べただろう。オレが人類の新国王ならよっぽどな策がない限り、勝ち目無しと見て静観するだろう。それでも宣戦布告してきたということはよっぽどな策があるのか?それとも、己の腕に自信があるのか?あるいはそのどちらもあると言うのか。
「ありえない話だ」
所詮人類はどこまでいこうが最弱の種族なんだ。防衛戦においてエルフが負けるわけがない。いざとなれば王の象徴である宝剣「グラム」を使い森の土にしてやればいいだけだ。
オレが馬鹿げたことを考えているとゴンゴンゴンと騒がしくドアが叩かれる。
「騒がしい!何事だ」
「失礼しましたオヴェイロン様。入ってもよろしいでしょうか?」
「入れ」
「失礼します」と言ってティファニーが入ってくる。
ティファニー・オベルタス、彼女はエルフの中でも随一の弓の使い手で、得意の風魔法と組み合わせることで300m先の敵を射抜くことができる。
「では、話を聞こうか」
オレは木製のイスに腰掛け、ティファニーにも座るように促す。
「報告します。先程上空に偵察術式と思われる式神が4つ襲来。うち1つを撃墜、2つは術者がリンクを切断、1つは王宮上空を未だ飛行中です」
「術者の位置は特定できたのか?」
式神は五感を同調できる分扱いが難しい。オレが知る限り式神の最高使役距離はせいぜい40km。これは俺たちより魔法適性の高い龍人のものだ。獣如きが龍人を超えることはできんだろう。さっさと術者を特定して始末してしまえばいい。
「それが……あまりにも遠い所から術をかけているらしく、術者の位置が特定できないそうです」
「それは40kmを超えているか?」
オヴェイロンは立ち上がりティファニーに詰め寄る。自分たちより上位種族が今回の戦に絡んできているかもしれないその恐怖がオヴェイロンを焦らせた。
「恐らくは」
「クソッ」
オレは宝剣「グラム」を左腰に下げ王宮の屋上へと駆け上がる。屋上に上がるとオレは知覚系魔法を行使して、敵の式神を探る。
どこだ、どこだ、どこだ。
オレは目をつむり徐々に知覚範囲を広げていく。170m上空で見たこともない術を発見する。誰が覗きをしているかわからない以上、問答無用で落とさなければならない。
「森よ!侵略者の使役する式を打ち払え!」
オヴェイロンは「グラム」を抜き空に掲げる。木々の枝が上空170mを飛行する式神に向かって高速で伸びていく。式神は追ってくる枝を右へ左へ大きく旋回してかわす。3、4回旋回を繰り返した後オヴェイロンの魔法が式神を捉える。彼は捕らえた式神を手に取る。
見たことのない文字に、見たことのない術式だ。残留神力から推測するに、この式神は信じられない程少量の神力で動いている。この世界の術であるかわからないが、恐らく高位の天使、あるいは低位の神々から力を賜っている可能性が高い。
案外新人類王は警戒すべきなのかもしれんな。
メンフィス王宮
マーロに放った式神が迎撃される瞬間にリンクを切断した戦王はイスに深く腰掛け、得た情報を整理する。最初に式神を撃墜された時の反動でまだ目が痛むが、完全に痛みが引くまで待っているわけにはいかない。
エルフ王の宝剣「グラム」の能力は植物を自在に操るもの。どれくらいの防御力があるかはわからないけれども、ほぼ確実に彼の防御をすり抜けてくるだろう。防御に使う能力は故人の恋人から受け継いだ力学操作。後天的能力ゆえに、4m以上離れ、時速30km以上の速度を持つ物体にしか能力を発動できない。さっきの感じからして、速度の方はクリアしているが、距離の方が問題だ。枝を伸ばして来る分には問題ないが、足元に埋まっている木の根には当然作用できない。
「何か対策を打たないとなぁ」
戦王はベットに寝っ転がり目を瞑ると視線を感じる。人払いの術を解除した覚えはないし、正しく作動している。となれば、導き出される答えは一つだ。
認識阻害系の術を気付かれずに破ることが得意な間者が盗み聞きをしている。
「傀儡よ!間者を拘束せよ!」
戦王は人型を一枚取り出し空中に放る。命令を受けた人型は式神となって、床とドアの隙間を通り抜け部屋の外に出て行く。戦王にバレたことを察知した間者が廊下を駆けていく足音が聞こえる。
「逃すか」
戦王は落ち着いた口調で言うとホルスターから「雷」を抜き間者に向け照準する。アヌビスいわく、彼の術は神力に満ちていて魔法を使ったのが分かりやすいらしい。本当はやりたくなかったが、式神だけでは人払いの術の外に逃げられそうだったので仕方がない。
出力は最小限に絞って右大腿部を麻痺させる。彼は最小限の神力を込めて雷撃を放つ。彼の雷撃は銃身から放つことが多いが、発射地点を座標として入力をすれば敵の直上だけでは無く、全方向から雷を落とすことができる。
「クソッタレっ!」
部屋の外から間者の悲鳴と床に倒れる音が聞こえる。
「傀儡よ、この領域を閉ざせ」
「傀儡よ、この領域を秘めよ」
戦王は新しく2体の式神を取り出し人払いの術と絶縁結界を張る。扉を開けて廊下に出ると女が一人、式神に拘束されている。
「誰か!助けてくれ!」
「人払いの術を破ろうとしても無駄だ、その内側に張った絶縁結界でこの部屋を疑似亜空間としてある」
外から破るのは難しい人払いの術だが、内側から破るのは意外と簡単で、術者の力量を超えた衝撃を与えれば術は自然消滅する。さらに、戦王は人払いの術を苦手としているので、彼の術は脆弱で大声を出されただけで解けてしまう。しかし、絶縁結界は術者の認識を要として一定領域を疑似的に虚数世界化。つまり異空間にすることで、普段住む実数世界からのすべての攻撃から身を守る究極の防御魔法である。完全に虚数世界に行ってしまうと実数世界に戻れなくなるので高度な計算が必要な術である。他にも中から外の様子が伺えなかったり、再使用まで3時間のクールタイムを要したり、実数世界で空間を歪めるほどの超強力な力が働くと強制的に解除されたりと、結構弱点が多かったりもする。
戦王は手足を縛られて床に横たわる女を担ぐと部屋に連行する。僕に加虐趣味や性的暴行を加える趣味はないが、女だからといって殺めることを躊躇うことは一切ない。どうやら、女の拍動する心臓はそれを理解しているようだ。
戦王は女を椅子に縛り付けベットに腰掛ける。女の緑眼からは彼に対する殺意と怒りが感じられる。先に喧嘩を売ってきたのはそっちなのにおかしな話だと思う。
「貴様の名はなんだ?」
僕は背後からコルトガバメントを抜き右手に持つ。
「覗き魔に名乗る名はねぇよ」
「覗き魔はそっちもだろ?」
「っつー!」
女は図星を突かれて戦王から目を逸らす。
「もう一度だけ聞く、貴様の名は?」
戦王は女の額に銃口を当てる。女は俯きしばらくの間考えると観念したかのように口を開く。
「私の名前はテレサ・ラトリシア。こっちは名乗った、テメェの名は?」
女の子のくせにまるで不良のような話し方をするなと戦王は思う。これでは、見た目はいいのに中身がこれではなかなか結婚できそうにないだろう。
「哀れんでんじゃねぇよ!さっさと答えろ!」
別に間者が戦王に捕まったのは彼女の実力不足が原因だから哀れんでなんかいないんだがなと思う。
「我が名は戦王。別に取って食おうというわけではないんだ、そう騒ぐな」
「それは名前じゃねぇだろ」
テレサは戦王を睨むように見上げる。
「そうだな、我が真の名は佐藤昭一だ」
「嘘を言うな!」
どうやってかはわからないが、テレサは一目で戦王の嘘を見抜く。カマをかけている可能性も否定しきれないが、心拍、呼吸、の変動からして真実だろう。面倒だが、どうやって嘘を見抜いているか少し探る必要がありそうだ。戦王は「雷」を使わず静かに自分自身に魔法をかける。
「本名なんてどうでもいいだろう、名前なんてワインラベルみたいなものじゃないか」
「あたしらにとってはそうかもしんねぇけど、お前はそう思ってねぇよな」
なるほど、能力か。もし、テレサが観察によって戦王の嘘を見抜いていたなら今の嘘は見抜けなかっただろう。なぜなら、今僕は脈拍、呼吸、手足の動き、その他すべての身体行動を自分の魔法で支配しているからである。脳からの電気信号をブロックし、魔法で運動神経に直接電流を流して体を動かす。一歩間違えば地獄行きの危険な技だ。しかし、彼女の力を見破るにはもう一計必要そうだ。
「確かにそうだ。我は己の名をワインラベルだとは思っていない。むしろ、誇りに思っているさ」
「嘘はつくもんじゃないぜ?お前は幸せ者だ」
「口を閉じろペテン師め!」
戦王は自分にかけた魔法を解除すると彼とテレサの間にあった机を蹴り飛ばす。憤慨した彼はテレサの眉間にゴリゴリと銃口を押し付ける。
「俺の心を読んで優位に立っていたつもりだったんだろうが、残念だったなぁ」
「なっ、なっ、何故それを」
テレサの声と足はガクガク震えている。目の前に立つ男が普通の生き方をしていては得られない屍の匂いを漂わせる。並みの兵士ならこの殺気だけで失禁して動けなくなってしまうだろう。
テレサは唇を噛み締め目の前の恐怖にかろうじて立ち向かう。
「電気で感情を操っただけだ。貴様の能力は『読心』。何を考えているかまではわからないようだが、表面的感情を読むことができる。能力を過信していてくれたおかげですぐに炙り出せたよ」
戦王は高笑いすると、『雷』を抜き数式の書かれた銃弾を装填し、自分の頭に当て、引き金を引く。弱い電流が流れた途端放たれていた殺気が消える。
「お前!自分の心を押さえつけているのか!」
「いやはや、久しぶりに能力で感情を操ったらうっかり封印まで解いて仕舞うところだったよ。いけない、いけない」
戦王は軽快に笑う。さっきの気配を見せられてはこの笑いにすら恐怖を覚える。
「何のために感情を抑えてるんだ?」
「同じ過ちを犯さない自信がつくまでのお守りさ」
テレサはさらに追求しようとしたが、戦王は話題を変える。
「そんなことより君の処遇だが、どうしたものかな?」
「大人しくお前の国に連行されてやるよ」
妙な安心をしているテレサを見て戦王は笑う。
「アヌビスがうちに送ってきた間者に助けてもらうつもりなら諦めた方がいいぞ」
「お前!あいつらを殺したのか!」
テレサは顔を真っ赤にして憤慨する。彼らがやろうとしていたのは産業スパイで立派な犯罪だ。人類の国防は魔法ではなく産業力だ。したがって、機密保持のために殺されても文句は言えない。むしろ生かされている方が不思議なのだ。
「彼らは僕の忠実な諜報員として勤めてくれているよ」
「嘘だ!あいつらがアヌビス様以外に忠誠を誓うわけがねぇ!」
この女は自分の思っていること以外信じられないのかと僕は思う。直情的で諜報には向かなそうな性格だ。
「事実だ。人道に反するけど、国に返すわけにはいかないから、僕の魔法で記憶と感情に手を加えたんだ」
「てぇめぇ!」
テレサは椅子をギシギシと揺らして拘束を解こうとするが、物理的に拘束しているわけではないので、魔法力の弱い彼女には抜け出せない。
戦王は「雷」を抜くとテレサに向ける。
「お前!絶対殺してやるからな!覚えてろ!くそったれぇ!」
「やかましい」と呟いた戦王は「雷」の引き金を引く。彼女は諜報には向かない。魔法で手下にしたとしてもボロを出すに違いない。そう判断した彼は、捕まって尋問された記憶だけを消す。起きた後で辻褄が合わないと魔法が解かれる原因になりかねないので、任務には失敗したと偽の記憶を刷り込む。
「あまりいい気分ではないな」
魔法をかけ終わってベットに腰かけた僕は自虐する。人の心や思いを捻じ曲げるのは殺人を禁忌としていない程度に倫理観が崩壊している戦王でも抵抗がある。腐っても僕は自らの名誉を最も尊ぶ大和民族だ。忠義や誇りを汚されるなら殺される方がマシだと考えるのもよくわかる。しかし、戦争をしている以上そう言ってもいられない。
「傀儡よ、無に還れ」
彼女の記憶の消去と書き換えを行った戦王は絶縁結界と人払いの術を解く。彼は懐から新しい人型を2つ取り出し、それぞれに伝言を刻む。
「傀儡よ、汝が命を果たせ」
戦王が人型を空中に放ると2つの式神は別々の方向に飛んでいく。1つはウルクで留守番をしている白兎へ戦略と戦術を伝えるために、もう1つはこの王宮内で働いている彼の部下に対してテレサの後始末を頼むために。
ドアが3度ノックされ、外から落ち着いた声が聞こえてくる。
「エリザベスここに参上仕りました。戦王様」
「入れ」
「失礼いたします」
メイド服を着た人間が部屋に入ってくる。彼女は表向き、メンフィス滞在中の戦王の身の回りの世話をする使用人である。しかし、本当の目的はメンフィスの監視にある。裏切りの画策や諜報員が送り込まれていないかなどを逐一戦王に報告している。
「この者の記憶を改ざんした。こいつの部屋で寝かせておけば大丈夫なはずだ」
「承知しました」
エリザベスは深い事情は聞かず、すぐに行動し出す。彼女も決して事情が気になっていないわけではないが、聞かない方がいいこともあるとわきまえているのだ。
「では私はこれで失礼します」
「いつもすまないな」
エリザベスはテレサを抱えて部屋を後にする。誰もいなくなった部屋のベットに僕は寝っ転がる。五感を同調して神経をすり減らした僕はしばらく休むことにした。
あけましておめでとうございます。これからも本小説を読んで頂ければ幸いです。