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異世界統一記  作者: 大原陸
第二章~メンフィス編~
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「仲直り」

  アヌビスが酔いつぶれたので自分の部屋に戻るとそこには意外な人物が横になっていた。艶のある茶髪、白兎より大きな胸、頭から生えた短い耳、間違いない。ケルベロスである。さらに困ったことに彼女は服を一切身につけていない。寝返りを打つと上半身の毛布がはだけ美しい裸体が戦王の目に入ってくる。

「全く、僕じゃなかったら襲われてるぞ」

 ため息混じりに戦王は呟く。風邪を引かれては困るのでケルベロスの側により毛布を肩まで掛け直す。数年前のある事情によりやましい気持ちになることがない体質が初めて役に立った瞬間であった。いくら襲う気がないとはいえ、流石に同じベットで寝るのはいろいろと誤解を招きそうだ。特に白兎が朝訪ねてきた時のことを考えると悪寒が走る。幸い部屋にはソファーが置いてあるので、痛い思いをして床で寝る必要はなさそうだ。

 辺りを漁ってみても掛けるものは何もなかったので、仕方なく着の身着のまま寝ることにした。一瞬、他の部屋を借りようか迷ったが、酔いつぶれたアヌビスを起こすのも悪いと思い控えることにした。王宮のソファーだけあってフカフカ度は羽毛布団並みにある。白兎と激しい戦闘をしたおかげで戦王は目を閉じるとすぐに夢の中に旅立った。

  戦王が寝息を立て始めた頃。ベットで寝たフリをしていた裸の少女が起き上がる。赤黒いガーネットのような輝きを持つ目が闇夜に妖しく浮かぶ。

「こんなに美味しそうな据え膳を前に手を出さないなんて本当によくできた人ですの」

 悪い笑みを浮かべたケルベロスはベットから立ち上がりソファーで寝息を立てている少年のそばによる。中性的な顔立ちの戦王の寝顔からはいつもの貫禄を感じない。あまりにも幸せそうな寝顔を浮かべるので、ケルベロスは彼の顔を触りたい衝動に駆られた。彼の顔まで後3cmというところで彼女は頭に拳銃を突きつけられ、押し倒されていた。

「痛いですの」

 ケルベロスは自分の首を押さえつけ、胸の上にまたがる少年の肩を叩く。

「なんだ、ケルベロスか」

 大きなため息をついた戦王は銃を腰の後ろにしまいケルベロスを解放する。「けほっ、けほっ」と咳をしながらケルベロスは立ち上がる。異性に自分の全てを見られていると言うのに彼女の頰はいつものままだ。

「びっくりしましたの。寝ているから口付けぐらいしてイタズラしようと思いましたのに」

 ケルベロスは可愛げな笑みを浮かべ、隣に腰掛けてくる。

「勘弁してくれよ」

 気が抜けた戦王はソファーに寝転ぶ。すかさずケルベロスが戦王の上に馬乗りになる。闇の中に浮かぶ彼女の裸体はとても美しく、柔らかそうな胸が怪しく揺れている。戦王出なかったら間違いなく手を出していただろう。

「発情期に入ってしまいましたの。楽しませてくださいますね」

 ケルベロスは戦王に顔を近づけ唇を重ねようとする。

「うにゃぁ」

 首筋に電流を流されてへんな声を上げたケルベロスは戦王の胸に倒れこむ。体が痺れてピクリとも動かない。特段強い電流を流されたわけでもないのに体が言うことを聞かない。指先を動かすのがやっとだ。

「僕にイタズラしようとしたお仕置きだ。運動神経を麻痺させたから朝までそこで横になっていなさい」

 戦王はケルベロスをソファーに寝かせると当然のように服を脱ぎ捨てて、ベットに横になる。

「にゃまごりょしですのー」

 体が痺れて口がうまく回っていないが、「生殺しですの」と言いたかったらしい。うめき声が不気味だったので、もう一度ケルベロスに電気を流すと静かになった。丑三つ時になる前に戦王は深い眠りについた。


  太陽が昇り、しばらくすると寝苦しさのあまり強制的に起床させられた。砂漠の夜は極寒だが、太陽が昇りしばらくすれば灼熱だ。日中の温度は50度近い。強すぎる日差しから普通の人間が半袖で外を歩けば重度の日焼けで皮膚がただれてしまうだろう。

  戦王の寝たところは寝汗でびしょ濡れだ。あまりにも体がベタついているので水浴びをしようと思いズボンを履く。上着は窓から飛び降りればいいという発想の元着ていかないことにした。

 ソファーを見ると、ケルベロスはまだ寝息を立てているのでほっとくことにした。戦王は三階の窓から飛び降り井戸まで飛んで着地する。ジリジリと日差しが背中に刺さる。井戸の影に隠れ服を脱ぎ、バケツのついた滑車を回す。水がなみなみと入ったバケツを頭の上でひっくり返す。水は冷たく、体の中に籠った熱を逃がしてくれるような気がした。

「朝から水浴びとはタフだなぁ」

 見るからに二日酔いで気だるそうなアヌビスがやって来る。さっきまで机に突っ伏していたのだろう。頰のあたりの毛が所々逆立っている。

葡萄酒(ぶどうしゅ)3本で二日酔いとはだらしない」

 かくいう戦王も所々昨日の記憶がない。見ていて気持ちいいぐらい自分のことを棚に上げているが、アヌビスがそれに気づくことはなかった。

「あー気持ち悪い」

 アヌビスは吐き気を催して井戸の淵に手を付きその上に頭を乗せている。ここで戻されたら水浴びができなくなると感じた戦王は二日酔いに効く魔法を考える。

「仕方ないなぁ」

 戦王はアヌビスの背中に手を当てると目を閉じ、魔法を構築する。今発動しようとしている魔法は、魔法発動補助装置「雷」に装填してある弾の派生形魔法ではないので、自力で全てを計算しなければならない。10秒程で全ての演算が終了し、魔法が発動される。二日酔いを治すのに今までで一番精緻な魔法を使うとは戦王も思わなかった。見違えるようにアヌビスの顔色が良くなる。

「スッキリした〜」

「それは良かった。今のはデリケートな魔法だからたま〜に失敗するんだ」

 戦王の右目は薄く金色になっている。

「どんな魔法なんだ?」

「秘密。でも、水を飲んだ方がいい、体の水分を使ったから」

 戦王は滑車を回し、水の入ったバケツを井戸のヘリに置く。大方体が乾いてきたので新しい麻の下着とズボンを履く。白兎が来なくて良かったと安堵する。もし、彼女が来ていたら1時間は正座させられていただろう。

  既に王宮の一部で戦王では無く、全裸王と呼ぶ者まで出て来ている始末だ。白兎が怒るのも当然といえよう。本人はなんと呼ばれようが気にしている様子がないので、最近は白兎も諦め、自分の部屋以外では服を着るようにと言っている。

「それで、今日帰るのか?」

「そのつもりだ」

「また酒を酌み交わすのを楽しみにしてるぞ」

 アヌビスと戦王は王宮の中に入って行った。


  戦王は王宮の中を歩き自分の部屋へ向かう。上半身裸だが、メンフィスではそれほど珍しくないらしく、いつもより視線が少ない。何事も無く自分の部屋に着いたが、中から2つの声が聞こえ立ち止まる。

「発情期だからって女性から夜這いをするのは控えなさい!」

「処女は黙っておくんなまし!」

 不穏な空気が漂ってきたのでドアを開けようか迷う。今ここでドアを開けてしまったら何か大切な機会を奪ってしまうのでは無いかと思う。察するに、今さっき偶然鉢合わせたわけではなさそうだ。そうだとしたら既に戦争が始まっているか、話そうともせず部屋を後にしているはずだ。今僕が部屋に入って仲裁すればたやすく2人は仲直りできるだろう。しかし、それでは形ばかりの和解になってしまうのは火を見るよりも明らかだ。

 否。もしかして白兎は僕が部屋に入るのを待っているのだろうか。白兎は僕がここにいるのに気づいているだろう。いつものようにお説教をして時間稼ぎをしているのではないか。迷いに迷ったあげく戦王はドアノブから手を離し壁に寄りかかる。

  白兎は戦王がドアから離れたのを感じ取る。決断を任された私は意を決して話し出す。

「ケルベロス、その……」

 考えれば考えるほど何を言えばいいのかわからない。謝ればいいのはわかっているのだがどうすればいいのだろう。

「さっさとしろ。謝罪の言葉を言えばあとはなんとかなる」

 外から戦王様の声が聞こえる。ただし、普通よりよく聴こえる耳を持っている私にしか聞こえない音量だ。心の中で戦王様に感謝を述べる。すると、肩の荷が降りたかのように言葉が紡がれる。

「昨日はごめんなさい」

 ケルベロスは一瞬キョトンとした表情を浮かべる。何を言われるかわからない恐怖が私を襲う。拒絶されても仕方ない。激情に支配されていたとはいえ、私はケルベロスを殺そうとした。決して許されることでは無い。わかっていた。覚悟していた。でも……。

  数刻の間部屋は静寂に包まれた。窓から日差しが入り込み、ケルベロスを照らす。逆光で彼女の表情を伺うことはできなかったが私にはケルベロスが微笑んでいるように思えた。

「それはおあいこだと思いますの」

 ケルベロスは立ち上がる。

「私も人間を下等生物と思い奴隷として扱った。それは決して許されることではありませんの。だから……私も貴女に謝りますの。これからは共に戦王様を支えていきますの」

 ケルベロスは私の方に歩み寄り手を差し出す。私はその手を取りケルベロスと仲直りをする。

  ちょうどそのとき戦王が入ってくる。

「帰ろうか、僕たちの国へ」


  戦王はウルクに戻ると密かに先代国王アルベルトの葬儀を執り行った。国葬にしようと思っていたのだが、白兎が強く反対したので王宮の裏に日本式の墓を建てるだけにした。白兎なりにケルベロスのことを思った結果だろう。

  葬儀を終えた後、戦王はアルベルトの置き土産を受けとるために王宮の地下へ向かった。書庫の扉が隠し扉になっており、アルベルトに言われなければ気づかなかったかも知れない。松明を右手に持ち白兎と共に階段を下る。螺旋状に続いた長い階段を降りて行くにつれ、ハンマーで鉄を打つ音、人の話し声が聞こえる。

「凄いな……これは」

 最下層まで降りた戦王は立ち尽くし、ただただ驚いていた。王宮の地下にあったものは巨大な工房だった。地上の科学レベルは明治時代初期ぐらいなのに対して、ここでは第一次産業革命が起こっている。車や飛行機、鋼鉄船と言った類いのものは一切ないが、非力なエンジンや蒸気機関は開発されている。何より照明で照らされ明るい。

「お久しぶりです!白兎さん!」

 威勢のいい声で若い男が話しかけてくる。長い間地下にいたせいか、肌がだいぶ白くなっている。

「お久しぶりです。ベイカーさん」

 ベイカーと呼ばれる青年は自分より小柄な戦王をチラチラと見ている。

「こちらは初代ウルク国王戦王様。アルベルト様の遺志を継がれた再起の王です」

「よろしく頼むよ」

 白兎が戦王の紹介をすると作業員達は手を止め集まり出す。その中でヒゲを蓄えたリーダー格の大男がこちらによってくる。

「俺はここのボスを任されてるラインハルト・ハイドリヒだ。歓迎するぜ!戦王様!」

 ラインハルトと戦王は握手を交わす。

「アルベルト公は亡くなった。我は彼の遺志を継ぎ、人類に繁栄をもたらすものである。そのためには貴殿らにより一層精進して貰わなくてはならない。もしかしたら他種族の傀儡国家でいる方が楽かもしれん。しかし、我はあえて苦難の道を選択する!上座であぐらをかく強者どもを引きずり下ろし、対等に話し合えるその日まで!我は戦王として血塗られた道を歩み続けることを誓おう!たとえ道半ばで倒れた者が出ても我は進むことをやめない!其の者の願いを背負って前に進もう!自由と平等と平和の為に戦う意志があるならば我と共に進もう!」

 戦王が高らかに宣言をすると工房のもの達が平伏する。

「仰せのままに我らが王よ」

 かくして戦王は優秀な技術者1000人を手に入れた。これにより戦王が計画していたウルク王国軍の近代化計画は大きく前進することとなった。無論すぐに強力な軍を作ることはできないだろう。しかし、彼が元いた世界で唯一の「友」から学んだ技術を総動員すれば、近いうちに他国から自分の身を守ることが出来るようになるだろう。

 

  うまくやってるか越野?僕は自殺しようとしていたらとんでもない世界に迷い込んでしまったよ。君から学んだこと使わせてもらうよ。


 

  国連軍基地本部 南極

「ふえーくしょーい」

「Dr.Kosino.what happened?」

「Sorry.No problems.」

 キーボードを叩く手を止め、戦王あたりが噂しているのだろうかと越野は思う。そんなことは非科学的だ。彼は世界のために表舞台から降りたのだ。でも、どこかで彼が生きているのなら。

  ーー彼に幸があらんことをーー




毎度毎度1週間に1つ投稿しようと思い執筆してますが、なかなか思うように行きませんね。

さて、今回で獣人王国〜メンフィス編〜は終了となります。次回からはエルフ王国〜アルフヘイム編〜をお送りしたいと考えています。いよいよ戦王や白兎だけではなく軍を巻き込んだ戦いになる予定ですので、「戦術」だけではなく「戦略」にもご注目ください。

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