「平和との別れ」
1948年8月10日。今日この日を持って全ての核兵器は廃棄をされ、世界の軍事力は全て地球の両極に置かれた。国には国際連合によって個別の軍事力を持つことを禁止された。つまり、事実上の世界平和が成し遂げられた。
「我々はついに成し遂げた!敗戦確実と言われた大戦に勝利をし、世界平和を実現することを!」
皇居の上に立つブラックスーツの少年は高らかに宣言をすると、民衆は沸き立った。彼の名は通称「戦王」広島に原爆が落とされた日に突如現れ、わずか3年で日本を勝利に導いた立役者の一人である。
「戦の時代は終わり、世界では黒人大統領が現れ、アジア、アフリカ諸国は西欧の支配から独立をした!これからは産業の時代である!軍事に向いていた力が経済に向き今まで虐げられてきた秀才たちも頭角を表すだろう!今は一時の勝利に浸るのもいいだろう!しかしいつまでも過去の栄光に縋るのはやめよ!これは日本だけではなく世界中の国々に対して言いたい!今まで西欧諸国が我々を苦しめてきたからと言って同じ目に会わせようとは考えてはならない!何のために我々が列強各国から植民地国を解放したのかを忘れるな!我々人類は互いに文化を産業を風土を尊重し会い生きて行くことができるはずだ!全ての人間原初は同じ!故に!誰であろうと差別をせず!民族自決を尊ぶのだ!戦なき世界に栄光あれ!」
戦王は両手を大きく広げ民衆に呼びかけると、彼らは国旗を振り盛大な声援を送った。しばらくの間手を振ると、彼は皇居の中に姿を消した。
国会議事堂総理大臣室。
「お疲れ様です。戦王様」
「よせ越野、僕と君の中じゃないか」
ノックもせず部屋に入ってきた男は戦王の前に座る。彼の髪はチリチリしていて、四角いメガネをかけている。いかにも技術職についていそうな男である。
「それで、これから君はどうするつもりなの?」
越野はそれまで浮かべていた笑みを消し質問する。
「僕は北極に行くよ、君は南極で飛行機を作り続ければいいさ。」
「君は嘘をつくのが本当に下手くそだね」
越野は手を広げ呆れて言う。一方の戦王は足を組みその上に手を置き、神妙な面持ちで前に座る男を見据える。
「何のことかさっぱりわからないなぁ。大体僕は唯一残った核兵器だぜ?この国に居座っちゃ各国が平等な対話がしにくいだろ?北極に行くのは自然だろ?」
第二次世界大戦終戦後、日本が主導となって確立した世界体制は国際連合が対話によって全てを決めると言うものだ。戦前の国際連盟にはあった常任理事国制度は廃止され、戦勝国、敗戦国を問わず一国一票を持っている。つまり、各国が平等な対話ができるシステムになっている。
「だから、君は死ぬつもりなんだろ?」
「なんでそんなことが言えるんだい?」
戦王は表面上平静を保って見せているが内心は焦っていた。
「君は亡き冬美さんの願いを叶えるためだけに日本を勝たせ、世界を平和へと導いた。圧政、差別、脅しを最も嫌う君が核兵器…自分自身を存続させるわけがない。だから…平和のために君は君自身を殺すつもりなんだろ?」
自分の心を言い当てられた戦王は下を向き長いため息をつく。
「この世界での僕の役目は終わったんだよ。平和な世界では破壊の象徴たる僕はもういらないんだよ。」
戦王は天を仰ぎ他人事のように言う。その言い方からは死に対する恐怖が全く感じられない。
「そんなことないよ、君は私にとって唯一の友だし、これから先も世界は君を必要としているはずだよ!第一!冬美さんとの最後の約束はどうなるんだ!」
越野は額に汗をにじませ必死に説得するが、戦王は首をゆっくりと横に振る。
「冬美との約束は果たせないけど、兵器の役目は戦場にしかない。戦が無くなったこの世界で僕のすべきことはもうないよ。それに、これからは産業の時代だ。世界に必要なのは天才飛行設計士越野二郎、君だよ。」
最後の言葉を強調すると戦王は立ち上がり越野の肩に手を置き続ける。
「先に冬美と向こうで待ってるからなるべくゆっくりきやがれ、ばーか。」
戦王は微笑むとドアを開けっ放しにしたまま去って行く。
「死ぬ前に笑顔を見せられちゃたまんねぇんだよ、クソッタレ」
越野はただ1人残された部屋で涙を流していた。
国会議事堂地下3階元大日本帝国軍総司令部
「戦争を引っ張ってきた奴が最後を迎えるのはここが最適か…」
核爆弾にも耐えられるように設計された総司令部には日本が原爆を落とされてからの反撃の軌跡が残されている。戦王は中華民国の大連にある印を見つめる。
(冬美、君が僕に託して逝った三つの願いのうち二つを叶えたよ。三つ目は叶えられて無いけどそっちに行くことを君は許してくれるかな?君は相当怒ると思うけど僕はやっぱり…冬美以外の人と結ばれるなんて考えられないんだ!)
戦王はブラックスーツの胸ポケットにしまっていた小刀を抜き、首に当てる。
「冬美、今からそっちに行くことを許して欲しい」
目をつむり手を引こうとした瞬間、世界が灰色になった。慌てた戦王は灰色になった世界を見渡し首を触る。斬れた形跡が無いことを確認し、あたりを見回していると向こうから白いウサギの耳を持った少女がやってくる。
「初めまして、私の名前は因幡白兎。やっと見つけましたよ?人類最後の希望を」
因幡と名乗る少女は女性にしては低めの声で話しかける。
「貴様は何故我の前に立つ」
戦王は警戒心をあらわにし、ホルスターに入れた自動小銃を左手に握る。
「そんなに警戒なさらないでください。私はあなたにお願いをしに来ただけなのです。」
因幡は両手を挙げ敵意がないことを示す。
「願いを受け入れる気は無い、早々に立ち去れ!さもなければ多少痛い目を見るぞ?」
戦王は因幡の願いを冷たく突き返し、相手の太ももに狙いを定める。
「では、あなたは差別を受けている人類を見捨てるのですか?」
因幡は冷静を取り繕って戦王の目を見つめる。
「待て、話を続けろ」
戦王は拳銃をしまい近くにあった木の机に座る。古い机でギシギシと音を立てているが、戦王の体重は55キロ程しかないので壊れる心配はない。
「私たちの住む世界では戦で全てが決まり、様々な種族が暮らしています。その中でも最弱の種族が人類です。多種族より圧倒的に戦闘力の低い人類は戦に勝てず土地を奪われ、今では生きて行くのも厳しい状況です。私は…私は…私は亡き主大国主様の命に従いそんな彼らを導いてくれる人を探してここまでやって参りました。国際連合軍CEO戦王様!どうか我らにお力添えを!そのためなら私はこの身を捧げる所存でございます!」
因幡は目に涙を浮かべ白い耳を赤くして頭を下げる。少女の必死の願いを聞いた戦王は耐え切れず大きく息を吐き机の上に寝転ぶ。やがて、彼はある出来事を思い出す。
「あなたなら…平和な世界を作れるわ…だから…平和になった世界で…誰もが平等に幸せを享受できる世界で…あなたも結婚して…幸せになって…これが私からの…最後の願いよ…しばらくしたら…向こうで会いましょう…愛してるわ…」
戦王の腕の中で息絶えた銀髪緑眼の少女の顔は幸せそうであった。
回想を終えた戦王は起き上がり因幡に顔を上げるよう指示する。
「因幡白兎、君の願いは私が最後に託された願いに一致する。故に!私は君たち人類を救い、その世界に平和と平等をもたらそう」
白兎の顔がわかりやすく明るくなる。
「感謝します。あなたの行く道に栄光があらんことを」
白兎は右手をあげると眩い光が戦王と白兎を包む。
しばらくすると、そこには見慣れない光景が広がっていた。眼下に広がる青い海、そびえ立つ崖、遠くに広がる砂漠の大地、どれも日本では見られない光景である。
「ようこそ、私たちの世界へ。お気に召しましたか?」
「あぁ、日本に引けを取らない素晴らしい土地だ!」
戦王は手を大きく広げ楽しげに二、三度クルクルと回る。
「やめてください、娘だけは、どうかご慈悲を」
「白兎、あれは何だ?」
戦王は顔を真っ青に腫らして狼男に土下座をする人間を見て言う。
「あれは決闘に負けたのだと思います。あの狼男はこの辺りでは一番の実力者ですから…誰も逆らえないのです」
戦王は右側の腰に収めてあるリボルバー拳銃のようなものを抜き、狼男の元に詰め寄る。
「戦王様!」
白兎は注意をしようとしたが遅かった。
「おい貴様、少女を攫って何をするつもりだ!」
狼男は戦王の腕を払いのけ対峙する。体格だけで見ると戦王と狼男の差は物凄い。隆起した肩、大木のように太い手足を持つ狼男。対して、小柄な体格にほっそりと健康的な程度に鍛え上げた体の戦王。まるで、プロレスラーと美少女モデルが対峙しているようだ。
「俺はこいつとの決闘に勝ったんだ!その対価としてこの娘を貰うだけよ!戦の勝者が全てを決めるこの世界では強いものが正義なのさ!」
(なるほど、因幡の言っていた戦が全てを決める世界とはこう言うことなのか)この世界のルールを把握し始めた戦王はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「何笑ってやがるんだぁ?この人間風情が!俺様に勝てるわけがないんだからとっと失せな!」
狼男は戦王を突き飛ばすが、彼はフハハハと高らかに嘲笑う。
「何がおかしいんだコラァ!」
狼男は体重の軽い戦王の胸ぐらを掴み片手で軽々と持ち上げるが、彼の余裕は全く崩れないばかりか増しているようだ。白兎には身長が50センチ程大きい狼男と戦王が対峙していても全く身長差が感じられないように見えた。
「いいや、貴様ごときがこの戦王に勝てるとは冗談にしても笑えないと思ってな」
「何ならテメェ、この俺と一戦交えるかぁ?」
狼男は持ち上げた戦王の顔を近ずけ威圧する。獣臭さに顔をしかめた彼はかかった!と言わんばかりに挑発する。
「よかろう、最弱の種族に負ける屈辱を味わうがいいぞ」
狼男は戦王を地面に下ろし、2人は10メートルほど距離を取り対峙する。
「ルールは簡単だ。俺様かお前が戦闘不能になるか、どちらかが降伏した時点で終了だ。俺様はこの娘を賭けるが、お前は何を賭ける?」
「あいにく私が賭けられるのはこの身だけだ」
「ボコした男を貰っても金にならねぇだろ!」
「ならば、貴様は何を望む」
狼男は白兎を舐めるように見つめる。
「その神獣種の女兎を貰おう。」
「よかろう、私が負けたら白兎と私の全てをやろう!まぁ、そんなことは億に一つもあり得んがな」
その言葉を境に2人は戦いの構えを取る。
「白兎、はじめの合図を!」
「は、はい」
解せぬ……と思い立ち呆けていた白兎は我に返り、心配に満ちた顔で右手を挙げる。
「始め!」
合図と同時に狼男は轟音とともに人間には捉えきれない速度で突進を繰り出す。避ける素振りを見せない戦王を見た狼男は『獲った』と思った。
「なるほど、これは捉えられないな」
渾身の突進を逸らされた狼男は驚きのあまり震えて硬直している。戦王はバックホルスターから拳銃を抜き背中を向けいる狼男に向け発砲する。狼男は体をひねり紙一重で銃弾を躱す。
「テメェ!一体何の能力者だ!」
狼男の問いを無視して指を立て、自らの方向へ指を向ける。その動きは飛んで行った銃弾を呼び戻すかのようだ。
「我が力はあらゆる力学エネルギーを意のままに操るものだ。これは後天的能力故、冬美ほど上手くは使えないが銃弾を呼び戻すことくらいはた易い。」
狼男が危機を感じ振り返ったが銃弾が彼を貫く方が早かった。衝撃で動かなくなっていることや、地面に空いた穴から察するに銃弾は音速をゆうに超えているように見える。
「僕の勝ちだ」
戦王は白兎に向け満面の笑みでピースする。