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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
二 学院生生活
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2ー2 初めてのテスト

 





 どうやって話を進めようか、と思ってから、なぜこの二人だけが自分のことを知っているのかという点を考える。


 学院長が転入生について知っているのは当然だが、普通ならもっと重役っぽい人物に詳細を話すのではないだろうか。

 これだけの規模の学院なら副学院長とか秘書とか、学院長を補佐する人物がいて当たり前なのに、この場にそれらしい人物はいない。

 この若すぎる女性が副学院長だというのは、下衆の勘ぐりを招きかねない事態だ。


 だが、この女性は学院長の愛人などではないだろう、事前〝解析〟の結果、学院長は女性と同じ〝冷〟属性の適性を備えている。

 それだけでなく、耐性を持っていないところまで同じだ。

 適性や耐性は親から子へ受け継がれることが多く、二人が年齢の差の割に、やけに近い距離に思える理由として妥当な考え方は、血のつながりのみ。


「お二人は血縁者ですね」

「!、なぜ、それを?」

「話の腰を折って申し訳ないのですが、無駄な会話をするつもりはありません。

 他に自分のことを知る者がいないのであれば、具体的な話を進めて頂きたいと思います」


 慇懃無礼だと激昂されても文句が言えない。

 口調だけは丁寧だが、明らかに喧嘩腰で「無駄話はやめてくれ」と言っているのだから。


「何をどうすべきであるのか、手早く教えていただけませんか?

 時間は有限ですし、自分は任務を優先する必要があるので、卒業証明書発行への最短の道筋を示して頂きたいのです」


 送られてきた学院側の要望に真っ向から喧嘩を売っているが、総隊長からは要望自体が逃げ道だと教わっている。

 先ほどまでは、譲歩の条件を引き出すつもりだったが、交渉をする気が失せた。


 少なくとも学院長の血縁者である女性に関しては、安いゴシップを鵜呑みにする単純な人物、と自分で言っているようなものだ。

 年齢的には孫娘、と考えるのが妥当。

 孫は目に入れても痛くない、なんて聞いたことがあるけれど、血縁であるという理由だけで、思慮の足らない人物を秘密の共有者に選ぶ学院長は信用できない。


 オレの髪と瞳の色が絵姿と違うと思っても、それを口に出さない選択だってある。

 深く考えなくても、ゴシップ誌の内容なんて真実に大ヒレ小ビレをいくつもつけて、耳触りよく飾り立てているものだと分かりそうなものだろう。

 さらに、総隊長が学院に問題を呼び込まないように、と気を使って重要機密扱いしたことに気が付きもしないで、オレが学院にいることを宣伝する?


 これが人を導く職業に就く者の姿なのか?

 オレが未成年だということを知っているにも関わらず。

 自分たちの利益のために、オレの個人情報を広めたいと思う程度には愚かだ。


 学院長にしても、姿を見せた程度でうろたえられては困る。

 演技かと思っていたが、どうやら本当に小心で頼りない人物のようだ。

 せめて内心を隠すくらいはしてもらいたい。


 学院をナメきっていると言われればその通りだ。

 現状において学院通いを生活の主軸にする気がなく、避けられずに惰性で行う消化試合も同然なのに、好意的に振る舞えるわけがない。

 器が小さい子供で結構。

 成り行きで隊長なんてものはやっているが、世間知らずの未成年者に懐の深さと鷹揚さを求められても困る。


「ごめんなさい」

「申し訳ありません」

「謝罪は不要です、最短期間での履修計画表などはないのでしょうか?」


 オタオタする両者を見ていると、手際が悪くて苛立って来た。


 学院長と暫定孫娘を見ながら、普段のオレは部下に恵まれているな、と実感した。

 今までは普通だと思っていたが、事務から隊員まで、全員がとても有能なのだと知った。




  ◆




 当初こそ目的のない会話になりかけてはいたものの、発破をかけた甲斐があったのか、そのまま学院長室で学力試験を受けることになった。

 具体的には、通ったことのない幼年学科四年分、中年学科四年分のどこまでをオレが理解しているか、という試験だ。


 本来なら十六歳からは高年学科へ通い、今までの積み重ねを前提とした講義を受けて、実技演習を行うという。

 しかしオレの場合、一度も学院に通ったことがないので、どこまでの知識があるかを調べたいらしい。


 年齢を鑑みて、高年学科一年への配属は決まっているものの、試験の結果次第では、足りない部分の補習が必要になるそうだ。

 あまりにも知識が足りない場合は、必要な内容だけ他の学科の講義に参加することになるという。

 それも無理なら、補習という名のマンツーマン講義を受けないといけないらしい。

 魔術や身体操作の実技に関しては、どうやって補習を行うのか不明だ。




「できました」

「え、もう?」

「はい」


 渡された試験は半分は見覚えのある内容だった。

 幼年学科の必修内容が、言語、演算基礎、魔術基礎、国歴、運動能力。

 中年学科の必修内容が、言語、演算発展、魔術発展、国歴、第一外国語、身体操作、運動能力。


 オスフェデアと周辺国家の言葉に関しては、日常生活の中で会話のみを叩き込まれているので、近隣数カ国ならなんとか聞き取れる。

 だが、全て教師たちに習ったものであり、国を出たことのないオレには現地人との会話が可能かまでは知りようがない。

 さらに文章にして書いてくれと言われると、全く自信がない。

 教えられた単語のほとんどが現実的な金銭交渉時に必要なもので、周辺の国に放り出されても最低限の自活ができるように、と教えられたの単語の数は百前後だ。


 最後に勉強したのが四年以上前なので、忘れていたり間違えている可能性もあるが、演算や国家言語、魔術関連は数年で変わることもないだろう。

 筆記試験を受けたのが初めてなので、これも確実ではない。


 身体操作に関しては、魔物の内部構造などは実物を用いて事細かに教え込まれたし、今でも日常的に見ているので、もっと詳細を書くべきか?と困るほどだった。

 図解の魔物の種類が不明瞭で、拵臓の位置が明らかにおかしいと指摘したが、ひっかけ問題だったりするのか。


 改めて考えてみると、教師たちは戦闘以外にも色々と教えていてくれたのだ、と気がついた。

 何を習っても、最後には戦闘訓練へつながっていくので、まともな生活ではないと思っていたのに。




 採点に手間取っているのか、なかなか試験の結果を教えてもらえず、座っているだけという状態にも疲れてきた頃。

 女性が、ようやく顔を上げた。


「……言語、国歴、外国語以外は満点です」

「そうですか、どこに配属されることになるのですか?」


 言い方を悩んでくれたようだが、その三つに関しては自信がない。

 つまり、言葉にできないほどひどいと言われても傷つきはしないし、わざわざオブラートに包んでもらう必要はない。


 オレは自分の実力を、第三者に判断してもらうことを嫌っていない。

 自分は何もかもできる、なんて傲慢な考えを持ったことはないし、自分の力量を知っておくことは生き延びるのに必要だ。


「ええと、ですね、その前に」


 まず試験内容の確認として、できていない教科の理解していない理由の話し合いから始まった。


 言語に関しては、国家言語、外国語共に、文章読解と報告書提出の書式記入や会話ならともかく、試験の経験がなく解答欄を埋められなかった。

 当然ながら読み書きはできるし、日常生活を送るのに困ったことはない。


 求められていることの意味が、良くわからなかった。

 幼年学科の国家言語で〝ベン君は、なぜそう思ったのでしょうか?〟なんて問題があったが、ベンとかいう見知らぬ他人の心の内など、知るわけがない。

 〝ベン君の行動を見て、あなたはどう思いましたか?〟なら、答えようもあるのに。


 あと第一外国語のイルギジャラン帝国公用語で書かれた〝これはペンです〟をオスフェデア語に訳せってのは、なんの意味があるのかすら不明だ。

 『これはペンです』をどう意訳しろと?

 ペンかそうでないかなんて、実物を見れば分かる。

 一見してペンと見せかけていても、中にアイスピックのような武器が隠してあるというなら話は別だが、問題に〝何が隠されていますか?〟なんて一言も書いてなかった。


 国の歴史に関しては、未知の分野すぎた。

 今の国王の名前だって総隊長に教えられたのだ。

 教師たちに教えてもらった記憶がないのは、魔物や人相手の戦闘に必要ないからではないか。


 話が終わると、困ったように顔を曇らせた女性は、言いにくそうに説明を始めた。


 ——高年学科一年には現在四つのクラスがあり、成績順で組分けされている。

 試験の点数はともかく、先ほど話した内容が理解できているのならば、国歴を一から履修することを考えても、もっとも成績の良い一組に入ってもらいたいそうだ。


 しかし、一組には貴族家の子息令嬢もいるため、行動に気をつけてほしい、と。

 成績が良い=選民意識を持っている者もいるため、講義中に抜け出すことは許可できない、と。


「その組は困ります。

 本部から出動依頼があれば、その場で退出するつもりです」

「ですが、成績が」

「成績など、どうでも良いです。

 自分に必要なのは卒業証明書だけなのですから、講義中に抜け出しても問題のない組に配属して頂きたい」


 頼りない学院長と暫定孫娘の女性が、困ったように話し合った結果。

 オレの配属されたのは高年学科一年四組。

 成績最底辺だが自由の得られる、希望通りの組になった。


 学院生というのがどんなものなのか、暇つぶしに観察でもするとしよう。

 あとは、学院の近くで美味い飯が食える店を教えてくれる人物がいれば十分だ。




  ◆




 昼前になって、ようやく学院長室から解放された。


 気疲れして腹が減った。

 食事をどうするのか?と聞いたら、暫定孫娘はオレが腹を減らしていることに気がついたらしい。


「まだ昼食の時間ではないです」

「え、そうですか、決まっているのですか」


 とても困ったことに、学院では昼食の時間が決められているらしい。

 実働隊では任務や鍛錬の間に食事を取るので、これだけでも大違いだ。

 これまでは、腹が減ったら暇を見つけて食事という流れだったのに、学院にいる間はすきっ腹を抱えたまま講義を受け続けなくてはいけないらしい。


 新事実に愕然としていると、暫定孫娘がこちらを見て口元を笑顔に変えた。


「それでは今から学院の設備を案内しますね、まずは食堂にしましょうか」

「はい、お願いします」


 ゴシップ雑誌の内容は鵜呑みにするのに、気遣いはできるらしい。

 どんな献立があるのかなー、と期待しながら、暫定孫娘と一緒に食堂へ向かう。

 言動は部下よりも頼りないが、彼女はオレの部下ではないので気にすることはない。


 関わると心労が増えそうなので、今日だけの関係であることを願う。



 

突き放すような態度なのは、敵地における警戒態勢ゆえ(ただ単に人見知り)

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