2ー1 潜入?
「そこの君?」
ぼんやりとしていた所に凛とした響くような声をかけられ、反射的に魔術を展開して相手を解析してしまう。
こんなところで気を抜いてはいけなかった。
あ、街中の魔術使用は違法になるので、解析を使ってはまずかったか?
それとも人間を相手にしての解析系魔術は、使ってはいけないんだったか?
解析は良くて、鑑定はダメ?それとも魔術全部?
困った、四年の間に街中での対人任務を受けることがなかったために、ど忘れしている。
フードを深く被っているので〝解析〟を使った一瞬、髪と目の色の偽装が解けてしまったことには気がつかれていないと思う。
「何か?」
「門の前で立ち尽くしているから、声をかけただけよ。
学院生?学年とクラスは?」
「分からない」
振り返りながら、声をかけてきた人物を目視で確認し、魔術で得られた情報との差異に戸惑った。
魔術による対人の解析でわかるのは、相手の属性使用適性、魔術耐性、そしておおよその身体能力。
魔術による身体能力の値解析は、補佐部隊の隊員であってもおかしくない数値であるのに、実際にオレの前にいるのは日焼けを知らない青白い顔の痩身の女性だった。
これはどういうことだろう。
学院側の教員や要注意学院生の情報はもらっているが、故意なのか偶然なのか絵姿が添付されていなかった。
オレ個人の見解としては、絶対にわざと情報を欠落させた、と思っている。
こちらからは関わりたくないとはいえ、学院生活を円滑に送るためには一人ずつ本人確認をして、情報とのすり合わせをしていくしかない。
女性は解析結果だけを信じるならば、身体能力を上昇させる〝冷〟属性の使用適性を持っている。
〝冷〟属性は相半属性である〝熱〟と違い、筋力や瞬発力を上昇させることはできないが、皮膚を硬化させたり、外傷系の治療魔術との相性がいい。
もちろん治療術士になるには〝冷〟属性への適性が必要だ。
門の中から出てきたということは学院の関係者だろう、学院所属の治療術士だろうか。
「分からない?
どういう意味なのかしら?」
「今日から通うことになってる」
「!?、まさか君が」
女性が目を見開き、何事かを口にしようとしたその時、にわかに背後が騒がしくなり、大勢の制服を着た学生達が姿を見せた。
どうやら乗合馬車の乗降場が、近くにあるようだ。
この学院は寮と通いのどちらかを選べるらしいが、寮に入るには金がいるのだろう。
もしくは、通えないほど遠方に住む者が寮に入るのか。
「……転入生君、よければ学院長の部屋まで案内しますね」
人混みの中であっても、美しい金属の響きを持った声はよく通った。
金属製の楽器の共鳴音にも似た音楽のような声は、とても耳馴染みが良かった。
「頼む」
こうして、オレは順調?に学院生としての第一歩を踏み出すことになった。
楽しそうに笑いさざめく学生たちの間をすり抜けて、女性に案内されたのは、六階建ての学院の最上階。
どこの建物でも、肩書きを持つ人物の部屋は上階に作るらしい。
個人的には出入り口に近い方が便利だと思うけれど、実働隊の本部のように一般人や学院生との遭遇率が上がるのを避けるためなのかもしれない。
オレの部屋が最上階なのは、他の隊員との接触を防ぐためであり、総隊長の執務室と同じ階なら、不埒な隊員も忍び込まないからだ、と言われた。
忍び込む隊員と聞いて、何をしに最上階に来るのかすごく気になった。
景色でも見に来るのかもしれないが、仕事中に景色なんて見ないか。
そんなよそ事を考えていると、室内にいた人物に声をかけられた。
「ようこそ、えー、と」
「初めまして、ヨー・ビズーカーと呼んでほしい。
書類が間違っている時は訂正を願う」
総隊長の執務室にあるものと同じような大きな執務机に座っているのは、針金のような爺さんだった。
ぱっと見では少々頼りない外見だが、学院の長をしているのだから、それなりに世渡りや駆け引きを知っているはずだ。
渡された情報で学院長は要注意人物とは書かれていなかったが、気を抜くことはできない。
針金のような細い体格に少しだけ親近感を覚えたが、オレはこれから来るであろう成長期で、身長も体重も挽回するつもりだ。
小さく息をついてから周囲に意識を向け〝解析〟を使用した。
魔術で学院長と室内の解析を済ませて、最上位職者の部屋だというのに、魔術使用を感知する魔術具さえないことに驚く。
学院というのはなんて無防備な、いや、平和ボケ?している所なのか。
本来なら学生として敬語を使うべきなのだろうが、オレはこの針金学院長と交渉をするつもりでこの場に来ている。
当座のところは対等な口調で構わないだろう。
「いいえ、間違っておりません。
ビズーカーさん、フェランデリング学院へようこそ」
「これからよろしく頼む」
学院長は卓上の書類を数枚めくり、目的のものがあったのか、何度も頷いてみせる。
どこで誰が聞いているか分からないので、オレが誰なのか特定できるような発言は控えてほしい。
本名を口に出すなど問題外だ。
むしろ、可能なら今すぐ卒業証明書を受け取って帰りたい。
「失礼ですが、フードをお取りいただいても?」
「その前に一つ確認をさせていただきたい、自分は本日付けで当学院に学生として配属される任務を拝命している、そして貴方は学院長で間違いないだろうか?」
「ええ、はい、そうですとも」
不安になる程に学院長からは何の迫力も感じない、筋肉ダルマの総隊長と比べるのが間違っているのか。
ともかく、うろたえているように見えるのが演技の可能性もあるので、気を抜くことはしない。
まったく演技に見えなくても、プロ並みの演技力の持ち主なのかもしれない、よな?
学院側の要望は辞令書として受け取っているが、内容が受け入れられないものが多すぎる。
特に困るのが、魔物の襲撃が起きた場合は迅速な初動が一番大切なのに、学院をでられないのでは仕事にならない。
舐められないように交渉をして譲歩を引き出したい所なのに、こんなに気弱そうな学院長では、いざという時に頼りにならない気がする。
「学生として行動するにあたって、いくつかの点において話し合いの必要性を感じている。
が、まずは、一学生として扱って頂きたい。
教員は学生に対して敬語を使うのか?」
約三年間だが、大筋では学院からの要望通りに振る舞うつもりだ。
目立たないようにするためにも、分かる範囲内で学院生らしく振る舞うつもりでいる。
何かを成すときは〝可能な限り正しい方法で、できうる手段を全て用いて、徹底的にやる〟だ。
教師たちの教えは常に実践を根底においたものであったため、間違っていないはずだ。
「は、い、いいや。
こちらからそうしなくてはいけないのに、気を使わせてすまないね」
学院長が気を取り直した所で、ようやくフードを取る機会がやってきた。
口調を目上の相手用に変える。
「いいえ、未熟者であります自分にご指導ご鞭撻いただければ幸いです」
顔を出すのはいいけれど、ただ、顔を見せるとナメられるんだよな。
本部近くの商店街のパン屋に朝食を買いに行くと、いっつも子供扱いされる。
おまけを押し付けられて「毎日お手伝いして、坊や偉いねー」は勘弁してほしい。
ああ、黒熊と見紛うほどの、顔の全てを覆うような立派なヒゲが生えないものか。
モジャモジャで地肌が見えないくらいごわつくもみあげや、渦巻く濃い体毛が生えないものだろうか。
オレの髪の毛は、量はあるのにふわふわと頼りない。
「あ、あのっ」
フードを外すと同時に、声をかけてきた女性の方を見る。
学院長の方はなんとも言えない表情を浮かべており、やっぱり顔を見せるとこうなるよな、と思った。
「何か?……いえ、何か気になりますか?」
「髪と瞳の色が、その」
「(ゴシップ誌で晒された)絵姿と違う、ということですか?」
「あの……はい」
学生に正確な情報を教えるべき教職の身でありながら、真贋入り混じりのゴシップ雑誌を読んでいることを恥ずかしがっているのか、女性に視線を逸らされた。
ここでイヤカフを外して、本来の髪と瞳の色を見せてもいいが、情報漏洩の可能性は限りなく低くしておきたい。
そのうちに信用を築くことができれば、見せる機会もあるだろう。
「変えています」
「そ、そうですか」
なんとなく納得していないようだが、与えられる情報としては、これで十分だ。
見せたところで得することもない。
「伺いたいことがあるのですが、構いませんか?」
「はい」
「どれだけの教員、職員、学院生が自分のことを知っているのでしょうか?」
オレが学院に通うのは、あくまで卒業証明書の発行が目的だ。
学院が何かの企みに加担していたとしても、それに与することはできないし、有事になれば一番の優先は人命、つまり魔物の駆除任務になる。
つまりは、あまり大っぴらにオレのことを吹聴されては困る、と言いたい訳だ。
「それはご心配なく、私と学院長先生の二人のみです。
実働隊のハーヘ様から、今回の件は重要機密を含む任務として話を伺っております。
ですが、その、今後のことを考えまして、他の者にも広く周知を徹底しておきたいと思っているのですが」
先ほどから、学院長を差し置いて、女性が口を挟んでくる。
学院長は、弱みでも握られているのだろうか?
このまま、少しずつお互いに情報を小出しにしている間に、話を終わらせられるのではないか?
話を長引かせるのは交渉や作戦をこねくり回す、統括部隊の役目だ。
力技一辺倒の実働隊本部、実働部隊第一隊は、可及的速やかに事態と現場を制圧するのを専門にしている。
これ以上、くだらない会話劇を見せられるのはごめんだ。