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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
一 難解な任務
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1ー6 いざ、学院へ

 





 鬱々とした気分のままで何もしないでベッドに寝転んでいると、室内に戸を叩く音が響いた。

 案内人が到着したらしい。


「はい」

「失礼します」


 慌ててオーバーコートを羽織ってフードをかぶり、訪問者を魔術で確認してから扉を開くと、先日総隊長室で出会った統括部隊の隊長さん?がいた。


「個人用転移陣の準備ができたので、案内をしにきました」

「はい」


 基本的に隊長のオレは、総隊長以外に敬語を使ってはいけない、と言われている。

 隊長らしく尊大に振る舞うことが求められているが、尊大な態度がどんなものかわからない。

 偉そうにしろと言われても、手本にできるのが総隊長しかいないので、ほとんど接点がなかったこれまでで参考にできる人に会うことがなかった。


 結果として単語だけの会話になってしまい、口数も減らすしかなかった。

 今からこんなんで、本当に学院生としてやっていけるのか。


「建物内で転移陣を用いますと、結界が反応して騒動になってしまいますので、緊急用の避難経路から外に出てから使ってください」

「はい」


 フードを深く引き下ろして荷物を背負い、総隊長室付き隊長さん?の後をついていきながら、緊急用の通路を日常的に使っていいのかな、と思う。


「これから毎日の使用に関しての許可は取ってあります、ご安心ください」

「はい」


 さすが総隊長室付き隊長さん?だ、全て想定内らしい。

 普段の外出用の変装とは違い、学院の制服を着た状態では、オーバーコートを羽織っていても隊員用の出入り口を使えないと思っていたので助かった。

 出入り口で警備に止められた場合、任務内容を離さずにその場を切り抜ける言い訳なんて、思いつかない。

 毎日のことなので、一般人のふりをして正面出入り口を使用するわけにもいかない。


 本部の緊急避難経路は、結界外部の備品用倉庫の前につながっている。

 ここは実働隊本部の敷地内だが、搬入の業者などが立ち入るため結界の外になっている。

 本当なら出入りに使ってはいけないと思うが、朝と夜は無人なので転移するには最適だ。

 本部への入場許可証を持つ業者以外の者が入ってくる可能性は、限りなく低いだろう。


「本日は説明も兼ねて同伴させて頂きましたが、明日からはこちらで転移してください。

 転移用の陣を設置してありますので、帰りの際も同様にしてください」


 備品倉庫の陰に隠れるように設置されている、長期利用の転移陣の動作確認を、総隊長室付き隊長さん?がしてくれる。

 設置されていると思うが、周辺には何も見当たらない。

 万が一にも盗まれないように、見つからないように地面に埋め込んでいるようだ。


「双方向転移の行先は実働隊の補佐部隊、王都北区支部内になります。

 転移陣の設置先は支部長室になり、支部長に話を通してありますので、他の隊員には学院生で隊員見習いの使い走りと思わせておいてください。

 支部所属の隊員への説明などはあちらに任せてありますので、隊員と接触なさらないようにお気をつけください。

 こちらが転移用のマーカーになります」


 渡されたのは往復二つの、使用者登録機能付きのマーカー。

 一見するときれいな涙型の装飾品だが、買おうとすると目がとび出るほど高い。

 これを紛失したら、弁償で半年分の給料が丸ごと吹っ飛んでしまうので、ベルト通しにしっかりと繋いでおくことにする。


 緊急避難経路の扉は、隊長権限の階級記章を所持していれば通過できるそうだ。


「有事の連絡は学院に?」

「はい、できうる限り有事が起こらぬようにするから、学院を楽しんでこい、と総隊長から伝言を受けております」

「……」


 楽しめって、何をだよ。

 そう思いながら、総隊長室付き隊長さん?の顔を見上げると、思い切り優しい微笑みを浮かべていた。

 なんというか、公園で遊ぶ孫を見守る爺様みたいだと思った。

 休日に買い物に行く途中でその光景を見かけてもなにも思わないのに、なんだろう、当事者になるのは落ち着かない。


「あー、その、行ってきます?」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 なんとなくムズムズする感覚に晒されながら、転移陣に魔力を流し込んで起動を確認すると同時に、視界が屋内へと入れ替わった。

 転移の時の揺さぶられるような感覚にはもう慣れているが、一瞬で視界が変わるのは何度体験しても慣れない。


「おいでま、い、いらっしゃいませ」

「初めましてギュエスト様!」

「ようこそおいでくださいました」


 あ、しまった、声を変える魔術具を持ってきていない。


「…………」


 挨拶をどうしようと悩みながら、目の前で最敬礼をする三人の人物の姿に、立ち尽くすしかない。

 当然ながら、三人ともオレよりも頭一つは背が高い、立派な成人男性だ。


 目を逸らすように、室内に置かれている双方向転移陣の魔術具に目を向ける。

 金属製の大きな机にボルトで固定されているのに、さらに鎖でがんじがらめにしてある。

 盗難防止目的……か?

 個人用でも高価な魔術具なのは間違いないが、ちょっとビビりすぎなのでは。


 フードはかぶったままで問題ないはずだ。

 オレが顔を見せていいのは本部の上級隊員だけ。

 彼らは支部(補佐部隊)の支部長クラスで、権限と肩書きとしては本部の隊員と同じ扱いだ。


「本部の隊長様が学院に通われるという、過去に前例のない潜入任務でございますので、総身の全てをもちまして援護させていただく所存でございます!」

「なんでもお申し付けくださいませっ」

「隊長様にお会いしましたことは、本部からの指示通り秘密にいたしますので、ご安心して任務にお励み頂けますように申し上げます」


 そうか、潜入任務ってことになってるのか……って、いやいや、これ、違うだろ。

 根回しできてないだろ!?

 確かに話は通ってるけど、オレを使いっ走りとして扱ってくれないと困るんだよ。

 ここにいる時点で、潜入中になるんだから。


 というか、学院に潜入って言ってるけど、支部長クラスにはオレが未成年だってことまで伝わってるのか?

 その辺を伝えてないと、そもそもなんのために学院に潜入するんだよ、って話になるだろうし。

 案外、総隊長のこれまでのやり方から考えて「説明なんていらん、ただの潜入任務だ」とか言って押し付けてそうな気もする。


「普通にしてくれ」

「はっ!畏まりました!!」


 精一杯声を低くしてみるが、声が掠れてまともに話せる気がしない。

 この北区支部に使いっ走りとして所属するなら、支部長と副支部長がこんな態度では怪しまれない方がおかしい。


 不安だ、不安すぎる。

 去年みたいに、変な報道とかに見つからなきゃ良いが。

 前途多難だ……。


 最敬礼を崩そうとしない、支部長と副支部長たちへの説明は諦めて、さっさと支部を後にすることにした。

 魔術具を忘れたせいで会話もできない。


 支部長室から足早に階下へ行くと、早番らしい隊員達が何事か?とこちらを見ていたが、誤魔化すのは支部長達に任せよう。

 総隊長室付き隊長さん?も隊員と接触するなって言ってたくらいだ。




 用意してもらった街区の地図を片手に、周辺の街路を確認しながら学院へと向かうことにした。

 歩きながら周辺を確認してしまうのは、ただの職業病だ。


 〝普段から、いつでもどこででも戦える緊張感を持て〟


 教師たちにそう仕込まれたせい、でもあり、自分自身が見知らぬ人が多い街中を歩くことに緊張しているから、でもある。

 自分がいる場所が危険ではない、己の手の内だと確認するまでは時間がかかる。

 国境付近の枯れ果てた荒野ならともかく、家々が立ち並ぶ王都の中で、攻撃系の魔術を使うような状況にはならないとしても、周辺の確認はしておくべきだ。

 広さがあり人が少なそうな戦いやすい場所を何箇所か決めておき、いざという時に誘い込むための道筋を構築しておく。

 それが終わらないと、周辺を安心して歩き回ることはできない。




 北区には四つの学院が集まっていて、学院地区なんて呼ばれるだけのことはあった。

 開店前であっても多くの店が〝◯◯学院の学生御用達!〟という看板を軒下にぶらさげている。

 すでに開店している店で扱っている品々も、実働隊本部のある中央区とは異なっている。


「らっしゃいらっしゃい」

「お買い得だよー」


 客の呼び込みも、中央区で見られる観光客向けのお上品なものではなく、もっと、気心の知れたお隣さんに話すような雰囲気だと思う。

 良く言えば友好的で親しみやすい。

 悪く言えば馴れ馴れしくてうるさい。


 歩いている大通りには、肉や魚などの生鮮食料品を扱う店は少なく、安価な値段で大盛りであることをウリにしているらしい食堂や、流行り物、中古品を主に扱っているように見える服屋、雑多なものを店の外にまで並べている雑貨屋が、多く軒を連ねている。

 魔物駆除用の道具や魔術具を扱う店もあるようだが、日が直に当たる場所に並べられている特売品を見た感想は、安かろう悪かろうのようだ。

 お徳用毒だんごなんて、ネズミ駆除くらいにしか使えないのでは?


 学生は技術と金がなく、社会人は時間と余裕がない、だったか?

 出張任務を終えた後の隊員達が、食堂でぼやいているのを聞いたことがある。

 その言葉を思い出せば、安価な販売価格を強みにする店が多く立ち並んでいるのも納得できる。


 北区での生活がどうなるかは、全く先が見えない。

 学院生ってのは、どんな日々を送っているのか、誰か教えてくれないだろうか。


 恥をしのんで部下たちにも聞いたのに、全員が示し合わせているように「習うより慣れろですよ」としか言ってくれなかった。

 接点がない他部隊の隊長たちには、とてもじゃないが聞けない。

 何よりも詮索された時に理由を説明できないし。

 こんな時に、対等にコミュニケーションを取れる友人がいれば、と思う。


 そんなことを思いながら、あっさりとたどり着いたフェランデリング学院の門を見上げた。

 灰色がかった石を積んだ門は高々とそびえており、風化してくすんだ表面がこの学院の歴史の長さを思わせる。


 ここの一員に?

 オレが?

 今更かもしれないが、とっくに決めていたはずの覚悟が、簡単に崩れてしまいそうになった。



 

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