8ー2 仕事は終わらない
騒動の後は、ひたすら後始末に徹することになった。
ベーン副隊長との決闘の件については、総隊長からの口頭の厳重注意のみで済んだ。
勢いと怒りに任せてやってしまったが、相手が貴族であったことで懲戒処分になるのではないか、と思っていたので複雑な気分になった。
注意だけで済んだ理由は、いつもと同じで教えてもらえない。
自分で考えろ、もしくは理解しているだろう?なのかもしれないが、貴族の慣習なんて何も知らないし理解もしていない。
とはいえ決闘をしたこと自体に、問題はなかったようだ。
いつも通り総隊長の側に控えていたヴュルフさんに「貴族が相手なのですから、安易に戦いを選ばないようにしてください」と注意され、総隊長には口頭注意の後で「よくやった」と褒められた。
何で褒められたのか?
裏であったことを一切知らせてもらえないので、自分の考えの及ばないところで何が起きているのかを推し量ることさえできない。
総隊長の考えを先読みするのは難しいが、とりあえずほめられたということは、想定内で動くことができたのだろう。
しかしその後、ニュマン副隊長とフィンケ副隊長に、半日近く説教されてしまった。
貴族と決闘するな、から始まり、貴族階級における決闘の種類と差異、細かい規約まで徹底的に叩き込まれた。
貴族階級で暗黙の了解と言われる内規や法律などを、次回に役立てられそうだと覚え書きしていたら、フィンケ副隊長にものすごい冷たい口調で「何のつもりです?」と言われた。
常に探究心と向上心は必要だと思っているので、新しい知識として蓄えようとしたのだが、決闘に備えるのはよくないらしい。
それなら、なぜ決闘の作法を教えてくれたのか?と聞こうと思ったが、フィンケ副隊長の眉間のシワが、恐ろしい深さになっているので、怖くて聞くことができなかった。
次に貴族に絡まれた時は、絶対に相手の主張を受け入れない、決闘を拒否し続けること!と、耳にタコができるほど繰り返して言われたので、大人しく頷いた。
ニュマン副隊長が言っていた〝家尊守秘〟とかいう法律の内容を知らないので、他に良い手を思いつくこともない。
知らないままでいることが不利益につながるようなら、学んでおくべきだと思うのに。
次の決闘の機会は期待していないが、また巻き込まれないとも限らないし、その時はニュマン副隊長やフィンケ副隊長に、二次被害が出るのを避けたい。
オレの至らない点を補助して余りある、有能で経験豊富なニュマン副隊長を、庶民出身だというだけで軽んじられるのは困る。
何も言わなくても不足を補って、自ら動いてくれる補佐官というのは、とても貴重な存在だと理解している。
オレはオスフェデアの住人であり、国民ではあるけれど、移民の二世だ。
つまり、オスフェデア王国民の血は、一滴も流れていない。
何が言いたいのかといえば、貴族相手にオレができることはない、ということだ。
実働隊の一隊長という肩書きはあっても、貴族社会への発言権はない。
庶民ですらない、まともな仕事を見つけるのすら難しい、移民の子であるオレが隊長をしているから、副隊長たちも疎まれるなんてのは嫌だ。
つまりは決闘に——いや、貴族に関わらないのが、一番。
すぐにそう判断ができるフィンケ副隊長は、とても理性的で合理的な人だと思う。
本人も貴族のお嬢様だというのに、オレのことを蔑みの目で見てこないのも、とても助かっている。
そうとはいえ、実働部隊の上級職の三分の二は、貴族階級出身者らしいので、今まで以上に接触に気を使わないといけないのかと思うと、気が重かった。
◆
総隊長(実際に説明をしてくれたのはヴュルフさん)の指示で、掃除屋が本部に侵入してきた件についての表向きの報告書と、対外向けの始末書を何枚も書く。
そんな風にして過ごしていた翌日、読売に乗せた公開鍛錬の予定日になった。
王都中に頒布される読売に、公開鍛錬する、と出してしまった以上、オレの参加をやめることはできない。
公開鍛錬は掃除屋を呼び出すための罠の一部で、すでに撤回記事が出されていると思っていたのに、撤回できなかったらしい。
オレが顔を出して記者たちに声をかけたのも、不味かったそうだ。
総隊長がゴーサインを出したくせに。
人前に顔を出したらまずいのだから、こんなものに参加するよりも学院に行きたい。
精神的な疲労が溜まっているのは、閉じ込められているからじゃない。
きっと、オレが弱くなってダメ人間になってきているからだ。
初めての友人ができて、同年代の級友に囲まれた生活を知ったせいで、確実に心が弱くなっている。
一人でいることには……慣れていたはずなのに。
そんなことを現実逃避しながら考えているが、オレは今、屋外鍛錬場に辟易とした気分で立っている。
見上げれば雲ひとつない快晴で、風が肌を切りそうに冷たいことを除けば、最高の寒季の晴天だ。
鍛錬場内を吹き抜ける風は、珍しいことに含む湿気が少ない。
「もう帰りたい」と言いたいのを飲み込んだのは、オーバーコートの襟元に声を拾う魔術具がつけられているからだ。
鍛錬場で隊員がどんな魔術を使ったのか、どんな魔術を使うことができるのか、を観覧席の観衆に明らかにするために、公開鍛錬では発声しての魔術発動が義務付けられていた。
普段の仕事とは別物の見せ物扱いをされる代わりに、実働隊は仕事をしてますよアピールになるのだろう。
公開鍛錬専用の、物理衝撃と魔術衝撃を吸収する幾重もの結界の外に作られている観覧席には、身動きが取れないのではないか、と心配するほどの人の数。
尿意を覚えても移動できないのではないだろうかと思うほど、ひしめきあって見える。
観覧席に何重にも張られた結界のせいで、そこだけ陽炎が立ち上っているようにも見える。
青みがかった髪色がほぼ十割を占める、オスフェデア王国民がひしめき合っているせいで、鍛錬場の北から東にかけての二辺が青く染まっていた。
観客席が発信元のざわめきが、低く唸りを上げるように壁に反射しているのは、まだ公開鍛錬が始まっていないから。
屋外鍛錬場の南側には本部の建屋があり、北側には高い壁。
実働隊本部の敷地面積の半分を誇る屋外鍛錬場に、ここまで多くの人が揃っているのを見るのは初めてだ。
もしかして今までの公開鍛錬もこんなに盛況だったのか?
自分には縁がないと思っていたから、これまでに覗いたことさえなかったのは失敗だったかもしれない。
何が人々の心をはやらせて、ここに集めたというのか。
暦通りなら平日の昼だというのに、ここにいる人々は仕事や学業をどうしたのか。
顔を半分以上隠しているフードの下から目だけで周囲を伺ってから、目の前で勢揃いしている戦闘用制服姿の人々を見つめ、こぼれそうな文句とため息を飲み込んだ。
下手なことを口に出すと、屋外鍛錬場中に拡散してしまう。
でも、せめて心の中でだけ叫ばせてくれ。
何で、公開鍛錬で|他部隊の(※)隊長、副隊長全員を相手取って、徒手格闘しないといけないんだよ!
上級隊員が全員本部に揃っているってことは、出張任務も王都内の治安維持任務も、何もかも放り出してるってことか?
支部の隊員だけで、王都内の治安維持ができるのだろうか。
いくら衛兵隊がいるからって、気が緩みすぎじゃないのか。
急に出張任務が入ったらどうする気なんだ。
実働部隊は魔物駆除専門だというのは、国民も知ってる……よな?
森を出てから四年の間、対人戦闘の訓練をほとんどしていない。
本当に、どうしよう。
※:実働部隊の八部隊は、各隊長一人と副隊長二人
第一隊副隊長二人は不参加のため、三人×七部隊で二十一人
さらに全身打撲と複数の内臓破裂、顔面と全身の多重骨折、亀裂骨折を緊急治療中のベーン副隊長を除いて二十人
王都の治安維持は衛兵隊の仕事
実働隊はハーへ総隊長の私兵なので、自警団
ヨドクスは実働隊が国営の特務機関だと勘違いしたまま四年目……(総隊長他は勘違いを知りつつあえて放置




