7ー6 思わぬ転換
「もう一度言います。
どうして、自分が死ななくてはいけないのですか?」
「くっ、う……ああ、もうやめだっ×××××××××××、×××××××××××××××。
バケモノめ、ボクなど初めから、歯牙にもかける価値がなかったと言いたいのか?」
両手を広げて、初めに浮かべていた薄笑いとも、途中からの発作?らしき苦しそうな顔とも違う、諦めたような表情を浮かべると、剣を鞘に収めた掃除屋は深々とため息をついた。
髪の毛かと思っていたが、口元から血が滴っている。
転んで口の中でも切ったのか。
目の前に乱立している〝土槍〟が邪魔で、ほとんど掃除屋の姿が見えていなかったが〝土槍〟は精霊らしき気配に向けていたので、攻撃が当たったということはないはずだ。
「いいえ、精霊施行型魔術には、とても興味があります。
貴方の精霊は、戦闘には向いていないのですか?」
「……このわずかな時間でそこまで分かるのかい、ああ、天才ってのはどこにでもいるのだね」
掃除屋が独り言のように何かを言っているが、その内容には反論したい。
何か勘違いしているようだが、いつも教師たちにぼろ負けだったオレが天才のはずがない。
ただ精霊施行魔術の知識がないので聞いただけだ。
ムーンさんは、精霊に攻撃手段が少ないと言っていた。
あれはムーンさんの使っている精霊の、という意味ではなかったのかもしれない。
掃除屋は精霊に攻撃させたようだが、大型魔物相当の物理反射で防げる程度のものだった。
なんとも言えない気持ち悪さは感じたものの、あの程度の攻撃なら他の人に相手をしてもらってもよかったかもしれない。
オレの適性は〝火〟〝土〟〝日〟と同系統の副属性〝熱〟〝礫〟〝陽〟だ。
〝火〟は延焼の可能性があるので、使いたくない。
〝日〟属性の攻撃魔術は、発動範囲が広範囲のものしかないので使えない。
〝礫〟と〝陽〟は直接攻撃には向かない。
残る選択肢は〝土〟と〝熱〟。
しかし〝熱〟属性の身体強化をして、精霊と殴り合うことは可能か?が、見当もつかなかった。
消去法で〝土〟を選び、わざと鍛錬場を槍衾にした訳ではないとしても、このままだと鍛錬場を使うことができない。
これが鍛錬で、もっと時間があって、ゆっくりとお互いの手の内を探ることができるのなら良いが、今は鍛錬の時間ではないし、鍛錬場が数百本を超える上に大小様々な〝土槍〟で針山のようになっている。
ここで終わりにして、整地のための余力を残しておきたい。
あまり長引かせて、隊員たちの鍛錬の邪魔をするのも良くない。
「質問に答えていただけますか?」
掃除屋は、日焼けしてそばかすの浮いた頬が二つに割れて見えるような、満面の笑顔を作った。
それは無邪気そのものの笑顔で「一緒に遊んで楽しかった」とでも言うのか、と思ったほどだ。
「君を守ってあげたかった。
サイクス家のあやつり人形にされるくらいなら、殺してあげようと思っていたんだけど、必要なかったね」
意味がわからない。
それが、一番初めに思ったことだ。
オレは掃除屋に、自分の意思を持たない可哀想な甥っ子とでも、思われていたのだろうか。
これまで存在を知らなかった、会ったこともない相手に、同情をすることなんてあるのか?
知り合いでもないのに、勝手に憐れまれるのはごめんだ。
「××××××××××××××、××××××××××××××乙女よさようなら……がはっ」
もう少し詳しく教えてもらおうと、オレが口を開く前に、大量の血を吐いた掃除屋が、糸が切れたあやつり人形のように、鍛錬場へと倒れ込んだ。
うつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない。
踏み荒らされて泥状になった土に、血の色が広がっていく。
掃除屋の側にいた何かは周囲をしばらく回っていたが、空気に溶けるようにその気配を消していった。
一体、何が起きた?
オレは掃除屋には一切攻撃をしていない。
死んだ?
なぜ?
「そこを退きなさいっ」
聞きなれた声に、慌ててその場から下がってフードをかぶりなおした。
背後の本部建屋から、担架を担いだ隊員を引き連れてきたのは、いつもオレに手厳しいおっさん治療術士だ。
「心拍の停止、呼吸の停止を確認した。
気道確保してから、蘇生術式をのせるぞっ」
「はっ」
治療術士たちは、正確には本部の隊員ではない。
所属先の名前は知らないが、別の組織から派遣してもらっている、んだったか。
しかし実働隊の存続には必要不可欠な存在であり、適性を持たない隊員たちにも、現地での応急治療法などを細かく教授してくれる、命の恩人とも言える人々だ。
それでも、今現在こき使われている隊員たちが、嬉しそうってことはないな。
「何が起きた?」
「一番近くにいたお前が分からないのなら、他の奴に分かるわけがないだろう?」
変声用の魔術具を起動してから話しかけると、治療術士のおっさんは視線をこちらに向けないままで、素っ気なく答えた。
そりゃそうか。
オレが一番、何が起きたのか分かっていないのだ。
「邪魔になるから離れてなさい」
「……了解」
正直、何が起きているのかを知ることよりも、周囲の状況をなんとかしたほうがいいのだろう。
鍛錬場の半分以上が、オレの〝土槍〟で歩くこともできない有様だ。
発声発動をしたことで高威力発動をしていないにも関わらず、思った以上に槍の数は多かった。
最近では感覚で術式野に魔力を流し込んで発動していて、発生する槍の数まで意識していないとはいえ、これはやりすぎた。
大人しく鍛錬場の後片付けに回りながら、治療の進捗も見守ことにした。
◆
治療術士の懸命の蘇生治療の結果、掃除屋の心臓は再び動きだして自発呼吸を始めた。
しかし、意識が戻るかは、経過を見守ってみないとわからないそうだ。
掃除屋が血を吐いて倒れた理由も分からないので、慎重な判断が必要なのだろう。
オレは掃除屋の回復を待つ間に、鍛錬場に突き出ていた〝土槍〟を崩し終えて、今は泥たまりになっている場所に、他の場所の土を動かして均一にしている。
水属性に適性があれば水を移動できるが、適性のないオレにできるのは火属性の〝燃焼〟で周囲を加熱して蒸発させるくらいだ。
他の属性でも使えそうなものはあるものの、確実に他の隊員を巻き込むし、下手したら本部丸ごと魔術の発動範囲内に入りかねないので使えない。
地道に手を使って直すのが一番安全だ。
総隊長の命令どおり「派手にやった」のだから、後は知らない、と投げてもいいが、整地くらいなら簡単にできる。
それに、総隊長に「自分でケリをつけろ」と言われている以上、後片付けまでやっておかないと何を言われるか分からない。
以前の任務では、考えが足りないまま動いて倒れてしまったせいで、後片付けに加われなかった。
隊員たちに事後処置を丸投げしたのは、本意ではなかった、と伝えたい。
変な奴が多いとしても有能な第一隊の隊員たちが、何もかも未熟なオレを支援してくれるのは、優秀な副隊長たちのおかげだ。
いつもありがとうございます、と伝えたい。
ただ、偉そうな態度でどう謝意を伝えればいいのか、が分からないのが口惜しい。
なんかの話で出てきた偉そうな奴みたいに、上から目線で「いつもすまない、礼を言わせてくれ」とか言えばいいのかな、全然気持ちが伝わる気がしないけど。
それとも普通に「いつもありがとう」と言えばいいのか、でもこれは不遜な態度になるんだろうか?
整備係が真面目に仕事をしていても、屋外鍛錬場は隊員たちが入れ替わり立ち替わり、様々な魔術を使用するので、どうしても場内にわずかな凹凸な残ってしまうようだ。
魔素汚染を軽減する魔術具が複数設置されていても、鍛錬場内の魔素の乱れは外よりも顕著なので、整備する方も大変だろう。
今は寒いのでいいが、地面が平坦でなければ雨季に水たまりや泥たまりが何箇所もできてしまう。
そんなことを思いながら、淡々と地面を平らにしていると、ふと目の前に誰かが立った。
ゴーグルをはめたままなのでフードが取れても問題ない、と顔を上げると、そこには実働部隊の隊員間違いなしの体格の男が立っていた。
身長も高いが、何よりも肩幅がすごい。
第一隊で一番の巨漢のスメールデルスとは違う系のマッチョだ。
スメールデルスが全身を柔軟な筋肉で覆っているなら、この男性は全身を硬質な鎧で覆っているとでもいうか。
何を言っているか自分でも分からないが、とにかくガチガチの筋肉に全身を包んでいるのが、制服の上からでも分かる。
いいなぁ、どうしたらこんなに筋肉がつくんだろう?
服装は上級隊員の着丈……で、こいつは誰なんだ?
「我が名は、実働部隊第二隊副隊長フスターフ・ベーン。
ヨドクス・ギュエスト、貴殿に復讐決闘を申し込む」
「……?」
地を這うような低い声で名乗られても、誰だこいつ?のままだ、困った。
初対面の上に、聞いたこともない復讐決闘とかいう言葉を突きつけられて、一瞬理解が追いつかなかった。
第二隊の副隊長?
確か第二隊と言えば、四脚の大型魔物(熊、巨猪系)の駆除に特化した部隊だったよな。
「隊長!」
普段から聞き覚えのある声が背後からかけられて、視線だけ向けるとニュマン副隊長が駆け寄ってきたのが見えた。
あれ、なんかすごく安心した。
ニュマン副隊長の絞り込まれた筋肉標本体型を見てから、目の前の大男を再度見ると、鍛えすぎて動きにくそうだなぁとしか思えなかった。
オレが地ならしを始めた直後から、屋外鍛錬場に出てきた第一隊の連中が、スコップを手にして手伝ってくれている。
早くここから立ち去りたい願望からの幻覚かと思っていたが、自発的に集まって動いていたらしい。
いつものことながら、第一隊の隊員たちは本当に気が効くし働き者だが、これも隊長のオレが頼りないからだと思うと、複雑な気持ちになる。
オレ自身は掃除屋と戦っている最中から向けられている、見知らぬ隊員たちからの視線を確認したくなかったので、うつむいて地ならし作業をしていた。
なぜ凝視されているのか分からないし、聞こうにも周囲に顔見知りがいないので無理だった。
鍛錬場に散らばって地ならししている第一隊の隊員たちに、わざわざ聞きに行くようなことでもない。
オレが未成年だと周囲に知られないことが最優先なので、不特定多数の隊員たちに姿を見られるのは良くない、はずだ。
〝圧〟属性持ちの隊員が相手だと、顔を隠していてもサッセン隊長のように見抜かれる可能性が高いので、大勢の前で姿を見せるのは危険度が高い。
「ベーン副隊長、隊長が(魔術を使い続けて)疲弊している時を狙って、ですか?
やり方が小物臭いのではないでしょうか?」
「なんだと?
庶民上がりの泥臭い副隊長が、我を愚弄するか!」
おお??ニュマン副隊長がこんなに辛辣な物言いをするのを、初めて聞いた。
思わずまじまじと顔を見上げてしまう。
どちらかというと奇妙な威圧感を持つフィンケ副隊長の方が、皮肉な話し方をしていそうな思い込みがあるので、ニュマン副隊長の言動に驚いた。
あれ、いや、フィンケ副隊長は言外に匂わせるのが上手いんだったか。
オレの思惑など知るはずもなく、ニュマン副隊長がオレとベーン副隊長の間に体を割り込ませた。
他の隊員よりも細く見えるとは言え、頭一つ以上背が高い成人男性が前に立てば、ほとんどの視界が塞がれてしまう。
会話をさせないためにだろうか。
今の会話から、一つだけ知ることができた。
このベーン副隊長という男性は一般庶民ではなく、貴族階級の出身かそれに準ずる特権階級の肩書き持ちなのだろう。
だからと言って、オレの部下を馬鹿にすることを許す気はない。
隊長として、ここは一言きつく言ってやらないといけない、よな?
ニュマン副隊長の後ろから、フードを跳ね上げて大男のベーン副隊長を睨むが、ゴーグル越しでも睨んでるってわかるのかな。
頭二つは上にある相手の顔を睨むってのは、なかなか首が痛い重労働だ。
「自分は構わない」
「隊長っ!」
「そうか、第一隊の隊長は部下よりも人ができているらしい」
この副隊長がオレに喧嘩腰な理由も、そもそも〝復讐決闘〟とはなんなのか、も全く分からないけれど、問題ないだろう。
掃除屋との戦いよりも、鍛錬場の地ならしで魔術を使った気がするが、内在魔力はまだ三割ほど残っている。
人間相手の戦いで、竜種相手と同じような立ち回りが必要になるとは思えないので、これで十分だ。
こっちについてこい!と言いたそうに肩を怒らせ、ベーン副隊長は鍛錬場の中央へと歩いていく。
その場に立ったまま、普通に話しても声が届かない距離になったことを確認して、ニュマン副隊長に肝心なことを確認した。
「……ニュマン、復讐決闘って何?」
「ええええっ!?
し、知らないで受けたのですか!?」
普段の冷静さはどこいった??と言いたくなる慌てっぷりで頭をかかえこむと、ニュマン副隊長はものすごい勢いの早口で答えてくれた。
「復讐決闘というのは〝家尊守秘〟という貴族や上流階級向けの特殊法律にのっとって行われる決闘のことです。
貴族階級所属者が卑劣な行いで誇りを傷つけられた場合に代理人を立てて傷つけられた誇りを回復するための決闘を見届け人立会いの元で行うという古くからある血生臭い上に碌でもない決まりですよっ」
「……よく分からん」
ニュマン副隊長の、いつになく激しい口調に込められた熱量に圧されながら、言われた内容を考えてみる。
〝卑劣な行いで誇りを傷つけられた〟ってどういう意味だ?
申し訳ないが、ベーン副隊長と会話したのは初めてだ。
もしかしたら会ったことさえないかもしれない。
ベーン副隊長は、実働部隊隊員の中でも群を抜く上背と、岩のように硬く分厚い肉体を持っていて、いかにも貴族ですって感じの傲岸さも持っているように見える。
同格の上級隊員で、なおかつあれだけ存在感のある体格をしていたら、いくら人と会話をするのが苦手なオレでも、覚えているはずだ。
つまりベーン副隊長は、風呂場や食堂で見かけない人物ということになる。
本部の設備を使用しないということは本部にいないってことで、本部にいないということはいつも仕事をしているすごい人なのかもしれない。
「隊長、どうするんですか!?
ベーン副隊長は、ベーン伯爵家の誇りを汚されたと言ってきてるんですよ、どこで何をしたんですか!!」
「……それも分からん」
また伯爵家か。
掃除屋といいベーン副隊長といい、伯爵家というのは貴族の中でも特に問題を起こしやすかったりするのか?
「何をしている!恐れをなしたのか!」
考えていると、待ち飽きたらしいベーン副隊長が、かなり先の方で両腕を胸元で組んで仁王立ちしている。
その姿を見て思うのは、整地が終わるのを待っていたのかもしれないってことだ。
周りがトゲだらけじゃ話をするのも落ち着かないだろう。
手伝ってくれれば、もっと早く決闘?ができたのに、と思いつつ縦にも横にも幅のある体を見つめた。




