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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
一 難解な任務
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1ー5 決意

 





 学院から届けられた荷物を開いて、制服や教科書などの品を一つずつ確認していく。


 面倒ではあるが、まずは全ての品に、魔術的な要素が隠されていないか。

 盗撮や盗聴の魔術を付与されていないかを、統括部隊の魔術管理隊から借りてきた魔術具と魔術で解析する。


 ここまで几帳面に確認をするのは、必要だからだ。


 去年、とある金持ちの虚栄心のせいで、街中で魔物が暴れる事件が起きた。

 一番近くにいたという理由で、単独帰還中だったオレに通信が入り、騒動そのものはあっさりと解決する。


 幸いなことに街中へ逃げ出した魔物は、四脚科中型の下級魔物(主に狐型、狗型、狸型など)だった。

 竜種のようにブレスを吐くことなく、噛み付くか爪で引っ掻くかしかできない相手に手こずる方がおかしい。


 しかし、街中で放出系の魔術を使って戦ったせいで、偽装が解除された姿を見られてしまった。

 詳しい話をすると長くなるが、魔術具を使用していてもオレ個人の体質のせいで、髪色や瞳の偽装は特定の魔術使用時以外は無効化されてしまうのだ。


 戦闘用制服の上に防寒用のオーバーコートを着て、頭を半分ほど覆うゴーグルとイヤーガードを装着し、顔の下半分を覆うネックウォーマーもつけていたので、顔を暴かれはしなかったが、どこからかオレの名前が出てしまった。


 連日この件は報道され、実働隊本部にも大勢の記者が駆けつけた。

 〝人前に出る時は髪色と瞳色を偽装する〟ことが必要なオレが、人前にさらされることを喜ぶとでも思ったのか。

 好奇心なのかなんなのか、うんざりするほどしつこかったし、報道陣のせいで外に出られなくて本当に困った。

 偶然その場に居合わせただけなのに、面倒に巻き込まれないといけないんだよ、と本気で思った。


 この騒動で理解した。

 一方的に押し付けられる要求や欲望に対しての反応、処置はやりすぎるくらいでいいのだと。



 実働隊本部の一階は、一般人でも入れる。

 王都近郊地域で出没する魔物の情報公開や、極小型〜小型の最下級の魔物、畑を荒らし家畜を襲う害獣の駆除法などの情報が、常に一般に解放されているからだ。


 実働隊の下部組織である支部が王都各所にあるとはいえ、それでも広い王都の全てを守ることはできない。

 本部と支部の隊員の数を考えても、魔物の集団暴走が王都内に入ってしまったら、手が足らなくなるのは目に見えている。

 下級以上の魔物を相手にできるのは実働隊だけなので、住民にも普段からそれなりの知識と備えをしてもらわないと、いざという時に困ってしまう。

 本意は、害獣に指定される弱い魔物くらいは自分たちで駆除してほしい、だろう。


 そんな情報を公開する場になっている上に、統括部隊の内の一隊である広報隊の詰め所が一階にあるので、本部には報道陣がやってくることが前提になっている。

 しかし記者も含めた一般人が入れるのは一階だけで、地階や二階に入るには、魔術具である階級記章が必要だ。

 つまり、隊員でないと入れない。


 それなのに、しつこく忍び込もうとする記者が後を絶たず、総隊長が「全面解放禁止にするぞ!」と広報を通して王都中の報道機関を脅して、騒動を沈静化させてくれた。

 拡声用の魔術具も使わずに(※)三クロタ周囲に声を轟かせているし、茹でたタコみたいに赤くなった頭には血管が切れそうな勢いで浮き出ているし、制服越しに筋肉も蠢いているしですごい迫力だった。



「よし」


 制服にも教科書にも、一切の仕込みは存在しなかった。

 魔術具と魔術で二重に調べたので、見逃していることは無いだろう。

 重量と嵩のほとんどを分厚い教科書が占めていたが、これは一年分なのか、それとも三年ぶんなのか。


 とにかく、あとは学院に行く日を待つだけだ。

 行きたくないけれど行かないといけないのだから、これも仕事、と割り切るしかないのか。


 本棚と扉の壊れたロッカーに教科書や制服を突っ込んで、夕食に向かうことにする。

 もちろんフードをしっかりとかぶって。




「こんばんは」

「あら隊長さん、今日の日替わりはポテトサラダと腸詰め、もう一つはコロッケと野菜スープだよ」

「ポテトサラダ、野菜大盛り、ゴートチーズ追加」

「はいはい、ちょっと待ってなよ」


 オレは本部内で生活しているし、偽装してまで一人外食をしたいと思わないので、出張任務時以外は、一日三〜四食の内の朝食以外を本部西棟二階の食堂で食べる。


 朝食をとる早朝の時間帯は、本部内食堂が仕込みを始める前なので、外の街区にあるパン屋に行くことが多い。

 パン屋の店主はちょっとお節介なおばちゃんで、いつも笑顔で迎えてくれる。

 簡単な飲み物と前日の残りを使った軽食程度なら食堂でも食べられるが、単純に物足りない。


 このパン屋は明け方の三時過ぎから店を開けてくれて、前日に仕込んでおいたパンと具を使った惣菜パンやホットサンドが用意されている。

 (※)深明当番明けの隊員の多くが御用達にしているし、店の方も隊員の利用を見込んで早朝から店を開くのだと思う。

 当日に焼いたパンは六時を過ぎないと並ばないので、明朝当番明けの時は休憩時間を利用して焼きたてパンを買う。


 食事の回数が安定しないのは、鍛錬の内容に合わせて変えているから。

 腹が減って四食目が必要な時は、腹に溜まって栄養価も高い〝芋と野菜の乳煮込み、黒パン付き〟か〝具沢山スープ、選べる芋料理(フライドポテト、ベイクドポテト、マッシュポテト)付き〟を頼むことが多い。


 オレが昼と夜で注文するのは、いつも二種類ある日替わり定食のどちらか。

 安いし、旬のものが食べられるから、借金生活のオレにはぴったりだ。


 借金生活といっても、死と隣り合わせの仕事である実働部隊の給料は破格で(と部下に聞いた)生活には困ってない。

 これといった趣味もないし使い道も思いつかない、先行きが不透明なので、慈善活動や寄付も考えたけれど、普通に貯蓄している。

 つまり、学院に行って金のかかる外食が増えるとしても、しばらくは困らないだけの貯蓄がある。


「はいよ、お待たせ」

「ありがとう」


 料理を乗せたお盆を受け取って、食堂の隅の扉をくぐる。


 本部内食堂では、風呂場と同じ理由で上級隊員専用スペースが分けられている。

 簡単な壁と仕切りで区切られていて、食堂の喧騒は聞こえてくるけれど、視線を感じることはない。

 居合わせた隊員達に物珍しそうに見られながら、一人で食事を取るのは辛いし、フードをかぶったまま顔を見られないように気をつけるのも辛いので、助かっている。


 左上腕の階級記章を飲み物コーナーの読み取り装置にかざし、保冷用魔術具のケース内に並べられている中から、発酵乳をカップに注ぐ。

 発酵乳に入れるシロップも少しもらっておいて、もう一杯は食後に口の中をスッキリさせるお茶。

 デザートにはホイップを乗せたアップルパイ。


 隊員食堂の飯は美味い。

 調理しているおばちゃん達の腕がいいのか、味付けが性に合っているのか。


 ——オレはここでの生活を、あとどれだけ続けるのだろう。

 養育費用の返済は、いつまでかかるのか分からない。

 偽装で使用する消耗型魔術具の代金が加算されていくので、借金全体は減りながら、定期的にちょっと増えるを繰り返している。

 使い道がない貯金のほとんどを返済に回せば短縮できるが、そこまでする理由もない。


 借金の返済のために働くのが、楽しいわけがない。


 と言っても自分の意思で、将来的にしたいと思っている仕事はない。

 今までそんなことを考える余裕がなかった。

 先のことを考えるのが苦手だから、なのかもしれない。


 オレにできるのは魔物と…………多分、人を殺すこと。

 これまでに人を殺す経験も必要も仕事もなかったのは、運が良かったからだろう。


 足りないことばかりのオレが、普通の同年代の人々に混ざって、学院などに行っていいのだろうか。


 悩みながら、野菜がたっぷりと混ぜ込まれたポテトを頬張る。

 刻まれて混ぜ込まれた葉野菜がほんのり甘くて、ポテトはクリームでも入っているかのように舌触りが滑らかだ。

 かけられたグレービーと一緒に付け合わせの温野菜をかじると、火が入っているのに歯ごたえ抜群で、うまい〜!と唸りそうになる


 燻製の香り高い腸詰めからは肉汁がたっぷり溢れだして、いくらでも野菜が食べられそうだ。

 腸詰めの後にポテト、ポテトの後にクセの強いゴートチーズ、そこで一息ついて箸休めをする。

 キャベツの塩漬けは、まだ浅漬かりで歯ごたえがある。

 食感が心地よく、ほんのりとした酸味が口の中をさっぱりと洗ってくれるので、もっと食べたいと思わせる。


 今日も美味しい。

 母親の味ってものを知らないからなのか、何を食べても美味しいと思ってしまうけれど。


 食後はシロップ入りの発酵乳とアップルパイを堪能してから、お茶で一息入れる。


 学院にも美味い飯があるといいな。

 それを心の支えにして、任務だと諦めて通ってみよう。

 もし学院で美味いものに出会えなかったら、北区で屋台巡りでもすればいい。


 こうして、オレは未知なる学院に通う覚悟を決めた。




  ◆




  ◆




 (※)枯月30橙の日、ついに学院に通う初日になった。

 はじめに話を聞いてから、転入の日までは一巡り近くかかったけれど、これくらいが普通なのか。


 自室の姿見の前で、服装を確認する。


 無駄に目立つ髪と瞳は、外出時にいつも使っているイヤカフ型魔術具で、黒っぽい青緑に変えている。

 魔術具の効力を固定してもらうことで、日常生活で使えるようにしてもらっている。

 染めているのではなく結界魔術の応用だが、詳しくは説明できない。

 大雑把に言うと光の反射を利用している。


 オレには〝影〟属性の耐性だけがあり、自身の意思とは無関係にかけられた魔術を防いでしまう。

 魔力を体外に放出する魔術を使うと、偽装が解除されてしまう。

 去年の寒季の騒動も、それが原因だ。


 身長や顔は変えようがないし、ほとんど知られていないので問題ない。

 念には念を入れて、いつもは適当に後ろに流している髪を、櫛を通さずにボサボサのままにしてある。

 寝癖じゃない、わざとボサボサにしてイヤカフ型魔術具を隠すのにも一役買っている。

 前髪が目にかかるほど伸びていて鬱陶しいが、自分で切ると後悔しそうなので、次の休みまでは我慢するしかない。


 学院の制服は実働隊の制服に比べると、重たくて動きにくい。

 生地の厚みはそう変わらないように見えるし、同じ寸法で作られているはずなのに、肩周りや首元が動くときに突っ張るような気がする。

 両腕を動かすと、背中も引っ張られているような違和感を覚える。

 実働隊の市街地用制服と同じような、前合わせのジャケットとスラックスなのに、どうしてこんなに着心地が悪いんだろう。


 さらに学院の制服は実働隊の制服とは違ってただの服なので、破損した時は買い直さなくてはいけない。

 学費、制服代、教科書代は借金に加算されてしまっているから、大切にしないと。

 これを着たまま戦う機会が来ないことを願うしかない。


 教科書と共に送られてきた学院の資料によると、魔術戦闘の実技や高度魔術という科目の講義があるようなので、愛用の杖も持っていくことにする。


 入隊した時からずっと使っているのは、教師から与えられた謎金属製の上腕ほどの長さの杖で、初めは目も覚めるような白銀色だったのに、いつの間にか魔物の体液で染まって鈍色になってしまった。

 これはこれで目立たないので、そのままで良い。

 持ち手だけは、魔術具整備士に依頼して新しい革を巻き直してもらうことにする。


 背負い鞄の中の荷物を、最後にもう一度確認して、腕章から外した階級記章に鎖を通して、ネックレスのように首にかける。

 紛失すると本部へ出入りできなくなるので、忘れるわけにはいかない。


 あとは転移魔術陣の使用を説明してくれる案内人を待つしかない。

 もう一度、鏡に映った姿を確認して、ため息が出るのを止められなかった。

 憂鬱だ。



 

※:三クロタ(約1300〜1400メートル)

※:深明当番(下記参照)

実働隊勤務時間:11時間の内休憩が3時間(食事二回+余暇)実働8時間(残業ナシ:有事と出張任務除く)

 朝夕勤務)07〜18時を一巡り(32日)

 夕明勤務)17〜03時を一巡り

 明昼勤務)02〜13時を半巡り(16日)

待機当番時間(緊急時対応要員、勤務時間の中に含まれる)初動が遅れるので風呂と睡眠は禁止

 朝夕勤務)朝昼:07〜13時(以下半巡りずつ)

      昼夕:12〜18時

 夕明勤務)夕深:17〜23時

      深明:22〜03時

 明昼勤務)明朝:02〜08時

 一日は約25時間、一巡り32日で休日8日、勤務時間変更時に連休はさむ、連続勤務は6日まで、有給休暇は各種あり

※:枯月30橙の日(暦上で秋の終わり頃)

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