1ー4 ヨドクス・ギュエストとは
学院に潜入、いや通学することが決まってから、通常任務中にやけに絡まれるようになった。
もちろん部下である第一隊の隊員たちに。
部下以外には隊長、副隊長などの肩書きを持つ上級隊員しか、オレの顔や姿を知らない。
風呂くらいでしか素顔を出さないので、上級隊員でも女性だと知らないかもしれない。
第一隊の隊長に配属された時に紹介もされていないし、合同任務が少なすぎて知り合う機会もない。
仕事内容(通常任務のほとんどが巨躯魔物の駆除)のせいで、未成年を雇っていますと知られるわけにいかないんだろう。
世間知らずを自認する身としても、森の家に大量にあった蔵書で世間を学んでいるので、子供に生き物を殺させるのが普通じゃないことは分かる。
感動系の成長物語で、可愛がっていた小動物を望まずに殺してしまった主人公が、後悔と懺悔の後に悔い改めて、世界を救う司教様になったとかいう話があった。
物理的に魔物を狩る司教様で、動物は慈しんで守るけれど魔物には苛烈なまでの殺意を持つとか、改めて考えると恐ろしい二重人格者だった気がする。
未成年が魔物を殺すことが合法かどうかは知らない。
今回の話を聞くまで、自分がこの国では未成年であり、学院に通わないといけない年齢であることを知らなかったので、やっと隠そうとする理由がわかった。
本部に同年代の子供がいない時点で、あ、これ秘密にしとく系だ、とは思っていたけれど、理由がわかったことで少しスッキリはした。
理由を知っても隠れるつもりはない、普段から他の隊の隊員とは接点がないので、大丈夫だろう。
隊によって駆除する魔物の系統が違うので、部隊同士の合同作戦は数年に一度あれば多い。
第一隊は巨躯魔物駆除の特化部隊であり、オレが入るまでは隊員の入れ替わりが激しかったらしいが、オレが入ったから死傷者が減ったわけじゃない。
根拠もない自惚れに浸っていられるほど、のん気ではないつもりだ。
総隊長の大鉈を振るった人事異動と、統括部隊の根回しが身を結んだのだと考えている。
「隊長くんー、学院生活の基本をお教えするよー」
「……(信用できない)」
「学院一の学生でありました我がっ、直々に愛の講義をさせていただきますわっ」
「……(学院一の基準はなんだよ)」
「隊長閣下!学院恋愛モノのオススメをお持ちしました!」
「……(恋愛とか言われてもな)」
第一隊の三バカトリオに絡まれて無言でもみくちゃにされながら、学院に行ったらもう少し静かになるのかなと思う。
三バカトリオも含めて第一隊の隊員たちはとても有能だし、いい奴らだと思う。
子供のオレを蔑むことも軽んじることもなく、実力で判断してくれていると思う。
全員が年上で、見上げる首が痛くなるほど背が高くなければ、もっといい。
最年少の新人隊員であっても、将来が隊長、副隊長の期待の新人で学院卒の十九歳。
有能な隊員なら、学院卒業後に支部勤務で鍛えられてからの二十三歳入隊が最速になるので、年齢ばかりはどうしようもない。
普通の隊員は、実働隊に入って実働部隊の各部隊に配属されるのにさらに数年かかる。
実生活では教師と使用人にしか囲まれていなかったのに、いきなり同等や目下の者に相応しい態度で接するなんて無理だ。
年上、しかも肩書きが下の相手との会話術なんて、誰も教えてくれなかった。
「いらない」
「ええええー」
「うるさい」
「えええええっ」
「前の読んでない」
「左様でございますか!」
「もう行く」
「はい、いってらっしゃいませー」
「はい、いってらっしゃいませっ」
「はい、いってらっしゃいませ!」
本当にこの三人はいつも元気だ。
っていうか、任務ではツーマンセルのはずなのに、なんで無関係な三人でいつもつるんでいるのか。
本来の相棒はどうした?
どう絡んでいいのか分からないから、いっつもこんなんでいいのか、と思いながらほとんど単語でしか意思の疎通もできない。
絡んでくるのだって面白がられているのか、からかわれているのか。
悩みながら、呼び出された本部二階の事務へと向かう。
市街地用制服の上に羽織ったオーバーコートの大振りなフードをかぶって、顔を隠しておく。
事務部隊には、オレの顔を知っている者はいない、と思う。
事務を仕切っている事務部隊長だけが、書類上の情報でオレのことを知っているはずだが、会ったことはない。
「失礼、実働部隊第一隊隊長のギュエストだ」
「お忙しいところ、お呼び立てして申し訳ありません、ギュエスト隊長宛てに、荷物が届いております」
「そうか」
事務部隊隊員のきれいなお姉さん方と、目を合わせて会話するなんてできっこない。
本部で採用されているので、美人なだけでなく有能なのだろう。
フード越しの会話は、オレ自身の挙動不審さを見せない意味でも役にたっている。
建物の中だっていうのに、一人だけフードをかぶってるのは、周りから見るとすごく怪しいだろう。
声は偽装用魔術具で変えて、将来はこんな感じで!という希望込みで、渋くて低めな男の声にしている。
でも、身長がな。
実年齢で考えても平均以下だし。
これから成長期が来る、絶対に来るはずだ。
毎朝見る鏡の中の顔も、いつになったらヒゲが生えてくんのかな、って思うくらい、ここ数年は変化がない、
日焼けすると腫れてしまうので日焼け予防が必須で、屋外任務が続いても顔はなまっちろいままだ。
変声期は過ぎたはずなのに声がほとんど変わらなかったし、喉仏も触ってやっとあるかも?ってほど目立たない。
もしかしたら、このまま成長しないとか?
こんな時に両親や同年代の友人がいたら、相談できるのか。
「差出人の確認をお願いいたします」
「……間違いない、連絡ありがとう」
「お疲れ様です」
ひと抱えはある箱を受け取る直前に〝身体強化:筋力強化〟を発動して、片手で持ち上げる。
何があるか分からないから、常に片手だけでも自由にしておけというのが十二年間で叩き込まれたことだ。
教師たちなら頭の上にでも乗せて運びそうだ。
なんか事務方がざわついてるな、と思いながら最上階の自室へと戻っていった。
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オスフェデア王国において、国土安寧、国家鎮護を司る特務部隊〝実働隊〟本部で働くことは誉れであり、自分の能力を周囲に示すことにもなる。
運動能力、魔術に才を持つものは実働部隊の隊員として。
それ以外を得手にする者等は、裏方である統括部隊隊員や事務部隊隊員として。
本部実働部隊の下部組織に当たる〝王都支部補佐部隊(補充要員部隊)〟の隊員隊も、王都の治安維持、周辺警備に忙しくしながら、いつか本部勤務の部隊員になることを夢見ている。
故に本部の〝実働部隊〟の中でも最強の一角である隊長達は、全隊員たちの憧れになっていた。
曰く、最強。
曰く、最恐。
隊長という肩書きを持つ全員が、単騎で上級の魔物を屠る、恐るべき人々。
上級魔物の中で最も恐ろしいのは、一体で街を滅ぼすと言われている竜種だ。
近年では竜種を含む魔物の異常繁殖が各国で報告され、国土の狭いオスフェデア王国の国境周辺でも竜種暴走の発生が確認されている。
見上げるほどの巨躯を誇り、呼吸をするように魔術を使う生き物を、一対一で駆除する絶対なる強者。
それが本部実働部隊の隊長だ。
その中でも類を見ない、他の追随を許さない猛者、と言われているのが第一隊の隊長である。
オスフェデア最強の人物と謳われる、彼の者の名はヨドクス・ギュエスト。
出不精で人嫌いな性格なのか、本部の中であっても姿を見かけることは少なく、常にコートを着込んだ上にフードを深くかぶっているせいで、顔立ちは知られていない。
分かっているのは、最強の猛者であるのに驚くほど背が低く、目が痛くなるほど鮮やかな黄色の髪をしている、ということだけ。
髪の色は昨年の寒季に、街中で起きた魔物騒動に駆けつけたギュエスト隊長が、勇猛果敢の呼び名通りに戦う姿を、駆けつけたゴシップ誌が絵姿で公開して、初めて判明した。
ほとんどの民が、青や緑に近い髪色と瞳色を持つオスフェデア王国において、黄色を身にまとうということは、特別なことだ。
戦時中、護国の英雄と呼ばれた、傭兵の夫妻がいた。
戦争で没した英雄夫妻には、子供がいたという。
夫妻は共に光の精霊であるかのように見目麗しく、輝く太陽のように眩しい黄色を髪と瞳にそれぞれまとっていた。
オスフェデアで戦いに身を投じる者は皆、一度は憧れとともに夫妻の英雄譚を語るとまで言われている。
英雄夫妻の家名はギュエストであり、第一隊の隊長もまたギュエスト。
そこに血の繋がりがあることは間違いなく、誰もがギュエスト隊長は英雄の子なのだ、と周知している。
しかし、ギュエスト隊長の実年齢と容姿は、世に知られていない。
声を聞いた者の証言によれば、成人後の男性であるのは間違いないが、無口な質であるのか、誰とも必要以上の会話をすることはないという。
職務の内容上、現場に出ることがなく、隊長格の隊員たちの能力の一端さえも見たことがない事務部隊の隊員たちは、驚きとともにギュエスト第一隊隊長の後ろ姿を見送った。
数人の男性隊員などは、ぽかんと口を開けている。
荷物を受け取ったギュエスト隊長は、配送係が二人掛かりで運んできた重くて大きな荷物を、青黒い革手袋をはめた片手で持ち上げた。
しかも抱えるのではなく、片手で掴んだ後で手のひらに乗せるように軽々として運んでいた。
非戦闘職の女性事務部隊隊員より低い身長でも、鍛えればできることなのか。
それとも何かコツが?
世には魔法や魔術がある。
しかし魔法はともかく、魔術は日常的なものではない。
制限はあっても、ほとんどの人が知識がなくても使うことのできる〝生活魔法〟と特殊技能である〝属性特化型魔術〟はまったくの別物だ。
オスフェデア王国では、属性特化型魔術を収めるには適性と血の滲むような鍛錬が必要だと、幼年学科に入ってすぐに習う。
属性特化型魔術の適性を持つものは少なく、鍛錬は難しいとなれば、日常的に魔術を使うものはいないし、魔術を見たことさえないのが普通だ。
最低位階の魔術と同等と言われる生活魔法でさえも、日の内に一、二回使うのがやっとという者がほとんどなのが当たり前という状態。
つまり、戦えない普通の人々とほぼ同列である事務部隊隊員らにとって、片手を開けておくためだけに〝魔術〟を使うギュエスト隊長の行動理論は理解できない。
こうして、何も知らない事務部隊隊員らは、ギュエスト隊長すごい!かっこいい!と理想化していく。