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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
五 信用と友人
38/96

5ー6 こんなことって…… 後

 





 講義の後、今日もサッセン家にお邪魔することになった。

 とりあえず、クサンデルとサッセン隊長を交えた話し合いと、認識のすり合わせが必要だ。


 クサンデル以外の生徒相手にオレの正体を明かすことは許されていない。

 その理由を考えるまでもない。


 クサンデルがオレの情報を漏らせば、サッセン隊長に懲戒処分が下される。

 父親であるサッセン隊長を、最悪の場合は一般隊員に降格させかねないようなことを、息子がしないだろう、という目論見を含んでいるのだ。


 他の学院生にはこの手が使えない。

 だからこそ、相手がクサンデルでよかった、とも言える。




  ◆




 昨日と同じように、帰り道で適当に買い物をして、五階建ての賃貸住宅に到着した。


「ただいま」

「お邪魔いたします」


 サッセン隊長は肩書き上は同格扱いになるが、年齢は親子ほど離れている。

 クサンデルの年齢を考えれば、言わなくても分かるか。


「よく来られました、ギュエスト隊長」


 あれ、どうしよう。

 単語喋りじゃない対等な会話をどうやってしようか、と思ってたのに、どうしてサッセン隊長は正装なんだ?


 オレは学院の制服姿のまま、玄関で待ち構えていたサッセン隊長を見上げた。

 ずっと見上げていると首がつりそうだ。


 式典などでしか使われない白を基にした正装制服は、広い肩幅と分厚い胸板、人よりも恵まれた体格のサッセン隊長に威厳をもたらしていた。

 風雨にさらされ、日焼けして荒れた肌が白い制服で引き立てられているし、男らしい顎や凛々しい眉は隊長にふさわしい風格をかもしだしている。

 男らしさを求めるオレの理想がここにある!と言ってもいいかもしれない。


「親父、なにその格好」

「デル座れ、ギュエスト隊長はそちらへどうぞ」


 クサンデルをソファの自分の横に座らせたサッセン隊長は、対面に座ったオレに最敬礼をした。


「愚息がご迷惑をおかけ致しましたことお許し願いたい!

 全ては監督者であり保護者である自分の責任、どうか自分に償わせて頂きたい!」


 普段から部下に指示をしているだけあり、声が大きい。

 オレ?隊員への指示はニュマン副隊長とフィンケ副隊長がしてるから、声を張る機会なんてない。


 低音で腹に響くような声が、部屋の外まで聞こえてしまうのでは?と思いながら視線を彷徨わせると、机の上に静音結界を張る魔術具が乗っていた。

 準備は抜かりないらしいが、せっかくの休みなのに、オレのせいで気をつかわせてしまった。


「その必要はない……です?」

「………(なんで疑問?)」


 敬語か?不遜か?

 どっちの話し方なら、波風が立たないんだ?

 分かるわけがない、オレにコミュニケーション能力なんてないんだよ!


「昨日も言ったが、サッセン隊長との出会いが意図したものではない以上、漏洩を防ぐことはできなかった……はずです」

「ギュエスト隊長、普段通りに話していただければ結構ですが」

「すまない、会話は苦手なんだ」


 立ち上がり、サッセン親子に向かって最敬礼する。


「巻き込んでしまって、本当に申し訳なかった」


 なぜクサンデルがオレを家に招いたのか、昨夜本部に帰ってからその理由に気がついた。

 オレが本部の隊員を目指している〝支部の見習い〟だから、本部実働部隊の隊長である父親に会わせてやろう、と良い意味でのサプライズを演出したかったのだろう。


 オレが本当に支部の見習い隊員だったら、本部の隊長に出会える機会に泣いて喜んだだろう。

 隊員以下の見習いが直に本部の隊長に会えるなんて、偶然でもありえない。


 支部と本部の間には〝ドブさらい〟以外には、ほとんど交流がない。

 そんな時間があるなら鍛錬に励むか、住民への奉仕活動に還元するべきだ、と誰もが思っている。


 実働隊大好き?のアルナウトがクサンデルへ向ける態度を見ていると、級友にも父親の職業の話をしていないことがわかる。

 ギュエスト隊長!と騒いでる時と同じように、サッセン隊長!!と騒がれて英雄のように扱われるのが嫌だというよりも、父親の仕事を邪魔しないためだろうとは察することができる、だが、それなら何故オレに教えたのか。

 出会って半巡り程度なのに、そこまで信用してもらえるようなことを、オレはいつしたのか?


 学院では他の学生と同じように過ごすことを気をつけているので、なに一つ思い当たらない。

 信頼されている根拠が思いつかない。


「御二方へ情報開示の許可が下りているが、構わないだろうか」

「はっ」

「望むところだ」


 オレは学院へ通っている理由を話す前に、クサンデルに向けてきっちりと告げた。

 こけ脅しではなく「お前がこの話を漏らすと、サッセン隊長が降格させられる可能性が高い」と。

 特例としての開示許可が下りたのは、父親がサッセン隊長であるからだろう、だと。


 青ざめてしまったクサンデルだが、サッセン隊長が「お前、親父を破滅させたりしねえよな?」と茶化した様子で聞くと、割と本気で怒っていたように見えた。




 オレは任務の内容に先駆けて、自分の生い立ちを二人に話した。

 本当は、ただ学院に通って卒業証明書を発行してもらうため、と話すつもりだったのに、口を開いたら全く違う話になってしまったのだ。


 多分、誰かに聞いて欲しかったんだろう。

 これまでに自分の生い立ちを人に話す機会なんて、一度もなかった。

 ヘタレて甘えているなと思っても、この時間はとても甘美だった。


 物心つく前に両親は亡くなり、両親がいた傭兵団の傭兵たちがオレを育てた、と。

 流れ者の両親が所属していたのは、もちろんこの国の傭兵団ではない。

 オスフェデア王国に傭兵団があるのか、知らないけれど。


 オレの教師であった傭兵たちも国外出身者の集まりであり、戦闘に関しては文字通り化け物じみていたが、どこまでも傭兵でしかなかった。

 戦場を渡り歩く傭兵たちが乳飲み子をまともに育てられる、と父は本当に思ったのだろうか?



 オレが十二歳の誕生日を迎える数日前、雨期の終わりごろ。


 オスフェデア王国において、雨期の終わりは一年の終わり。

 オレはその頃には、ある程度の戦闘技量を習得して、位階十程度ならば魔術も行使できるようになっていた。

 戦うことしか教わっていないのだから、できるようにならないはずがない。


 そんな日々の中、突然「もう教えることはない」と教師たちは出ていってしまった。

 悲しむ気にも怒る気にもなれなかった。

 金と契約にしか縛られない彼らにとって、一箇所に拘留されることが苦痛であるのは、共に過ごした時間の中で感じていた。


 嫌味を言う教師たちではなかったが、人に気を使うような繊細な人たちでもなかった。

 全員が健啖家であったため、毎晩のように大量の飯を掻っ込んで大酒を呑み騒いでいる時も、早く森の外に出たいって話ばかりしていたから、オレのせいで森に留められていることを痛感していた。


 仲間であった父の子供だからこそ、育て親になってくれたのだろう。

 分別がつく歳に育つまで、森の奥に閉じ込められることを耐えてくれたのだ。

 親らしいことをしてもらった記憶はないが。


 教師たちがいなくなってから、雨季が終わって年が明けるまでの間は一人暮らしに耐えたが、十二歳になったばかりのオレが、この先もずっと一人で暮らしていけるはずもない。

 問題は生活力じゃない。

 家のことは使用人が全てやってくれるのだから、教師たちがいない以外は今まで通りに暮らす選択肢もあった。


 自己鍛錬をして、本を読んで、飯を食って寝る。

 ずっと代わり映えのない生活だって、できたはずだ。


 しかし、無反応の使用人だけに囲まれて死ぬまで暮らすことなど、考えられなかった。


 その日もいつも通り起きて、用意されていた朝食をとった後に、もう無理だ、と感じた。

 適当な食料を詰めた鞄を背負って、適当な方向に森を抜け、轍がついた道を見つけてからは、あてもなく歩いていたところを衛兵に捕縛された。


 これまでのオレの生活に関して、報告がされていたらしい。

 誰が報告していたのかは知らないけれど、あのいい加減な教師たちじゃないだろう。

 偶然思い立って森を抜け出した日に、衛兵たちと出会ってしまったのは偶然とは思えない。



「——で、今までの養育費を払え、金がないなら働け、と本部実働部隊に配属された。

 戦闘しかできないので、氏素性を秘匿するために隊長をしている。

 今になって卒業証明書が必要だと分かったらしく、それを発行してもらうために学院に通っているところだ」

「…………」

「…………なんだよ、それ」


 なんで、二人して硬直しているのか。

 オレよりもその辺の戦災孤児の方が、酷い生活をしているはずだ。


 整備された中央区には貧困層の住民がいないとはいえ、王都外の住民の生活は任務途中で見たことがある。

 やせ細ってはいないけれど、裕福にも見えない、がほとんどの場合の印象だった。


 第一次産業が主体のオスフェデア王国内では、食べ物だけは十分に得られるものの、それ以外は安価で溢れているとは言い難い。

 クズ芋や輸出や食用に適さない穀物を使用して作る酒は例外として、それ以外の贅沢品や嗜好品は他国からの輸入に頼っている、と教科書にも書いてあった。


 オレは記憶にある限りで、飢えに苦しんだ覚えはないし、雨や夜露に濡れて屋外の寒さや暑さで死にそうになったこともない。

 理不尽な暴力には常に晒されていたが。


 王都に来て一番驚いたのは、貧民街区があったことだ。

 中に入ったことはないけれど、貧乏人を一箇所に集めた場所なんて物語の中だけと思っていたから、道端で寝ている子供とかいるのか?と思うと複雑な気持ちになる。


 そこに住んでいる人々に対して、オレができることなどない。

 せめて王都内に魔物が侵入しないようにと、治安を維持するだけだ。


「そんなひどい——」

「それ以上はやめてほしい、少なくとも今の生活は嫌じゃない。

 自分が人並み以上にできるのは戦うことだけだ、他には何も知らない」


 眉を吊り上げたクサンデルに笑顔を向ける。

 ちゃんと笑顔になっているかは確認できないが、少なくとも怒っているようには見えないはずだ。


「学院に通わせてもらえるのは、自分の任務を肩代わりしてくれる隊員たちのおかげでもある。

 生かしてもらっていることに感謝している」


 特定の誰かへの感謝、ではないが。

 生きるというのは、そういうものだろう?

 関係を持った全てのものや相手がいて初めて、生きていけるのだろう?

 自分で農作物を作れずに料理もできないオレは、一人では生きていけない。


「だからこそ……は、初めての友人をうしゅないたくなぃぃ……っ」


 失敗した、声が上擦った、ものすっごい噛んだ。

 これは恥ずかしいっ!!クサンデルの顔がまともに見られない。


「へ?」

「こっ、これからも、その、友人として接してもらえると……うぅぅ、嬉しいっ」


 なんだよこれ、もっと洗練して落ち着いた様子で言いたかったのに。

 無性に恥ずかしい、顔が熱いっ!

 情けなさすぎるぅっ。

 しっかりしろよ、オレェェッ!!


「そんなの当たり前だろ!」

「あ、ありがとうぅ」


 なんとか礼は言ったものの、クサンデルとサッセン隊長の顔が見れなくて俯いてしまった。

 こんな気持ちになるのは初めてだ。

 嬉しいのに恥ずかしくて、胸がくすぐったいような、痛いような、何か溢れ出しそうな気がする。

 今すぐ鍛錬場に行って、魔力が枯渇するまでぶっ放したらスッキリしそうだ。


「……こりゃ、構ってやりたくなる訳だ(なんで第一隊の奴らが隊長べったりなのか分かっちまった)」

「親父、何一人でぶつくさ言ってんだよ!

 なあ腹減っただろ、一緒に飯食おう、な?」

「あ、ああ、ご馳走になる」


 クサンデルの笑顔に勇気づけられることが嬉しい。


 今日までが休暇だ、つまり日をまたいで深夜二時から勤務なので急いで帰りたいところだが、夕飯をご馳走になってからでも仮眠する時間くらいは作れるだろう。

 どうせ寝不足なのだから一日くらい続いても何も変わらない、と食事の準備を手伝わせてもらったが、まずサッセン隊長の「え、料理をしたことがない!?」発言に落ち込んだ。


 クサンデルだけでなく、サッセン隊長までナイフで器用にキャベツを刻んでいるのを見てしまうと、ものすごく悲しくなってくる。

 あんなにでかい手で、小さいナイフを上手に使えるなんて、誰が思うか。


「あ、鍋が焦げないように、木べらで混ぜてくれないか?」


 焦ったように言うクサンデルの好意で、涙が出そうになった。

 あまりにも情けなくて。

 オレって本当に戦う以外、なんの能力も持ってないって痛感した。



 

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