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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
四 無理算段
31/96

4ー8 学院生活再び

 





 月が変わって寒月六日、橙の日に無事に学院に戻ることができた。

 竜種暴走があったのが枯月の三十二日だったので、学院の休みが間に二日あったことを考えても、六日は休み過ぎだと思う。


 復帰できるまでの流れは、寝台から起き上がるのに二日、普通に動けるようになるのに一日かかった。

 麻痺が治って、回路に魔力が通りだせば回復は早かった。

 治るまでが三日なのに休んでいた日数が長いのは、いつも口うるさいおっさん治療術士に説教されつつ、不味すぎる〝魔力回路の回復を促進する(らしい)栄養剤〟??を延々と飲まされつつ、全身のマッサージ治療によるリハビリを受けていたからだ。


 これが頭の先からつま先まで、魔力の安定供給が確認されるまで続けられた。

 飲まされて治療されて魔術具で検査、飲んで治療して検査、飲む治療検査を繰り返して、これで二日かかった。


 魔力の供給が滞って足が動かなくなった、なんてことになったら確かに困るが、治療があまりにも厳しい。

 マッサージをされている間も内心で、怒り狂うおっさん治療術士に関節を引っこ抜かれるのではないか、と戦々恐々としていた。


 感覚が戻ってくるにつれて、マッサージをされると涙が勝手に出てくるほど痛かったが、魔力回路も体も問題なく動くようになった。

 ガミガミ口うるさいし、手荒なくせに腕はいいんだよ、このおっさん治療術士は。


 本部所属のおっさん治療術士が、オレにだけやけに厳しい件。

 これを、ぜひ一度総隊長に問い合わせてみたい。


 リハビリの他にも報告書を提出したり、方針説明という形の言い訳をしたりと忙しかったが、死者ゼロで中級竜種を(おそらく)二十以上駆除した事実のお陰で、オレの無謀な魔術発動と竜種の確認を怠った不備は、厳重注意と三巡りの半額減給で済んだ。

 現状で給料の半額が借金返済で天引きされているので、三巡りの間は給料なしと同じだ。

 今回の任務は失敗だった、と痛感しているので反省はしているし、決定に文句を言える立場じゃない。


 その上で総隊長にまで治療術士のおっさんと同じように、説教された。

 普段はオレになど興味なさそうなのに、隊長としての覚悟と考えが足らん、と正論を淡々と論じられた。


 冷静になった今なら、竜種の等級を確認してから一体ずつ数を減らす効率的な方法も思いつくが、あの時は一気に叩かないといけない、と思い込んでいた。

 早く終わらせてしまいたい、と思っていた。

 理由は考えなくてもわかってる、今は本当に後悔している。


 今回の失敗の大元はオレが一人でやりすぎたせいであり、総隊長のいうとおり、部下である隊員たちを信用してないように受け取られたかもしれない。

 次は連携を忘れないようにしよう、と思う。

 竜種暴走の規模にもよるが。




 学院に戻ることができたとはいえ、好きで学院に戻ったわけではない。

 学院に通うのが嫌だという意味ではなく、まだ任務途中なのに学院に行くようにと強制されたことが嫌なのだ。


 無事だった第一隊の隊員隊は、事後処理が終わっていないせいで、まだ現地に詰めている。

 統括部隊所属の素材回収や魔物素材のエキスパート部隊が合流しているとはいえ、二、三日で終わるとは思えない。

 そちらに合流しようとしたのに、総隊長命令で学院へ通えと言われてしまったのだ。


 オレは能力不足が多い上に子供だが、隊長の椅子に据えられた以上、できることはやっておくべきだと思っているのに。

 魔物相手の戦いでしか、役に立てないのはわかっている。

 事後処理では役に立たないからいらない、と追い払われたのだとしたら悔しい。


 それとも、そんなに卒業証明書ってのは大事なのか。




  ◆




「おはよう」

「ヨー!?」

「お前、なんで何日も休んでたんだよ?!」


 挨拶をしながら教室に入ると同時に、クサンデルたちに囲まれた。

 こんな風に囲まれることをした覚え……あった。


 そういえば、説明も何もしないで学院を後にした。

 任務後は動けなかったので、フィンケ副隊長に生存報告と今日から登校するという連絡をしてもらったけれど、クサンデルたちの連絡先は知らないので特に何も伝えてなかった。


 ラウテルさんが、適当にうまくごまかしてくれた、という都合のいいこともなかったらしい。

 確か〝死んだらよろしく〟としか頼まなかった。

 だめだ、どう考えてもオレが悪い!


「え、あの、任務で、その、倉庫整理の準備を泊まり込みでやってた」


 明後日から数日かけて、事務部隊と統括部隊でやるはずの倉庫整理の予定を思い出し、苦し紛れの言い訳に使ってみる。

 しかし口にしてから後悔した。

 任務で抜けることの多い実働部隊隊員は間違いの原因だから、と倉庫整理に参加させてもらえない。

 つまり実際のところ、何をしているのかが分からない。


 詳しく踏み込んで聞かれたらどうしようと焦りながら、級友たちの反応を伺った。


「なんだ、そういう仕事かよ、心配して損した」

「ラウテル先生がもったいぶってたせいで、何かあったかと思った!」


 ラウテルさん……。

 頼むから、もう少しうまくごまかしてくれよ。


 何はともあれ、何もなかったのだと伝える。

 オレは支部見習いのパシリで、正式な隊員ではないのだから戦ったりしない、と説明する。

 こき使われて残業になって、疲れて昼間は寝こけていたから学院に来れなかった、と。


「おはようございま……っあ!!ギュ、じゃなくてっ」


 そんな最中にラウテルさんが教室にやって来た。

 あ!!じゃなくて、なんで、誰よりも驚いてるんだよ。

 しかも一切学院では口にしてない、本名を呼ぼうとしたな?


「出席後に教職員室へ来てくださいね」

「はい」


 慌てて取り繕って、引きつった笑みを浮かべたラウテルさんを見たら、平和だな、と一気に気が抜けた。

 少しだけ、他の隊員たちが家に帰る前に、意識のギャップを解消したいと願う気持ちがわかった。


 王都外での任務は心が荒む。

 荒廃した土地で命がけで他者の命を奪った後で、こんな呑気な笑顔に囲まれていたら、現実を受け入れるのが苦痛になる。

 日常と任務を切り離し、意識を切り替える方法を見つけないと、どちらかを受け入れられなくなりそうだ。

 まさか自身がそれを体感する日が来るとは思わなかった。


「ヨー、後でな」

「ああ」


 始業の鐘と共に自分の席へと散らばっていったクサンデルたちを見ながら、オレにとって、受け入れられないのは学院生活と隊長としての日常のどちらなんだろうか、と少しだけ考えた。




  ◆




 ラウテルさんに言われた通り、一時限目が始まるまでの間の時間で教職員室へと向かった。


「一年四組、ヨー・ビズーカー入室いたします」


 なんと言って扉を開けて良いか分からず、唯一知ってる作法通りにする。

 扉を開いた途端に、室内にいた教職員の視線が集中する。

 何か間違えたのだろうか。


「あ、こちらへどうぞ」


 何事もなかったかのように、手招きするラウテルさんを見て、この人、意外と大物なのでは?と思った。


「失礼いたします」


 教職員室の奥にある、ソファが置かれた区画に案内される。

 ラウテルさんは、そわそわしながら対面に座るようにと手振りで示してきた。


「あの、言えないのは存じておりますが、本当に何も問題はないのでしょうか?」


 それ、ここで聞くことか?


 王都内で何も問題が起きていないことは、わかっているはずだ。

 まだ事後処理の途中で、確実に問題が起きていないとは言い切れないが、隣国との国境近くの騒動で、王都の街中に問題が起きることなどない。

 今回は集落が一つ壊滅してしまい、人的被害の大きさから事後処理の時間はかかるだろうが、王都の住民の命が危険にさらされるという事態は起きるはずがない。

 問題があるのは、傷ついた隊員たちの見舞いや事後の後始末に参加をさせてもらえない、オレの精神状態だ。


「さあ、どうでしょう」

「え、ええと、あの」


 表情を作る気にもなれないままに、答える気はない、と視線を送っておく。

 この人は何がしたいんだ。

 なんともいえない雰囲気になってしまったが、そのまま立ち上がる。


「失礼いたしました」

「え、何か勘違いされてますよね?そうじゃなくてっ」

「失礼します」

「……はい、すいません(体調を聞きたかっただけなのに)」


 オレは卒業証書のために学院に講義を受けに来ているのであって、機密漏洩をしに来ているわけじゃない。

 教職員室を出て窓の外へと目を向けると、そこには雪虫がふわふわと群れていた。


 寒季は、竜種の活動が活発になる。

 一見、蛇やトカゲの近似種に見える竜種だが、その正体は魔物であり、動物と同じように考えることはできない。


 人で言うところの拵臓(ソンゾウ)のような魔力生成器官が、竜種からは見つかっていない。

 心臓などの臓器も、動物とはあまりに違いすぎる。

 近年の異常繁殖で入手できるようになった素材が増え、研究は進んでいるが、まだまだ謎は多い。

 体内に魔力生成器官がないのに、どうやって魔力を魔核に溜め込んでいるのかは解明されていないのだ。


 湿った海からの風で吹き散らされる、積もらない雪が降り始めれば、特に気が抜けない時期だ。

 荒野に薄く積もった水っぽい雪を、炭を溶かした油のように黒く七色に光る竜種の体液が汚す。


 いつのまにか、死を間近で見ても何も感じなくなった。

 いつか、人を殺さないといけない時が来るような気がする。

 オレは、ここにいて良いんだろうか。


「ヨー、どうした?」


 気がつけば教室の前にいた。

 考え事をしながらでも戻って来ていたらしい。

 まだ四日しか学院に通ってないので、内部構造は覚えていないはずなのに、無意識がすごい。


「なんでもない」


 声をかけてくれたアルナウト(黒縁メガネ)に笑顔を返す。

 ……笑顔になっていた、だろうか。



 

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