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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
一 難解な任務
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1ー3 多すぎる問題

 





 オレは今、寝台に突っ伏してうなっている。


 あの呼び出しから二日後、正式な辞令書が発行された。

 執務室への呼び出しは、本当に口頭で通達するためだけの呼び出しだったということになる。


 総隊長殿が学院側と何を話したのかは知らないが、渡された辞令書の記載内容がおかしい気がするのは何故なんだ。

 もう通って欲しくないって書いて欲しい。

 学院側からのオレへの要望をいくつか抜粋してみる。


 —当学院に在籍中は学生としての本分に則り、学生らしい行動規範に従うこと—


 学生らしいってなんだ、見当もつかない。

 学ぶ生徒って書くくらいだから、学院に通う間は寝食を惜しんで勉学に励めばいいのか。

 仕事だけで手一杯だってのに、もっと寝食を削ったら死んでしまう。


 これまでに学生だったことなんてないのに、本分とか行動規範とか言われても知るわけがない、学生の本分ってのがなんなのかも書いておいてほしい。

 こちらは学生初心者なんだ。


 —在籍中は一学院生として振る舞い、教員、職員を敬うこと—


 まあ、当たり前だよな。

 一学院生としての振る舞いがどんなものかは知らないけれど、教職員を敬うのは当然のことだろう。

 実働隊だって、外を飛び回る実働部隊の隊員たちを補佐してくれる本部の職員や、新人隊員がいるから回っている。


 でも、どれくらい敬えばいいんだ。

 鍛錬後の教師たちみたいに、酒でも渡しておけばいいのか?


 まあ、そんな感じで、渡された辞令書の中身をつらつらと読んでいったが、後半に行けば行くほど、変な項目が増えていく。

 どう読んでも達成困難な任務だという印象しか持てない。

 今までの任務の中で、一番の難易度だ。


 文章が堅苦しいので、要約しておくとこんな感じだ。


 —英雄の子とか、実働隊の隊長だとかは学院生活には関係ないので、特別扱いしない—


 これはまだ良い、特別扱いされると困る。


 —どんな理由があっても、休む時は欠席扱い(特別例は忌引き、国家指定の感染症罹患時)—


 国の一大事でもだろうか?


 —全課業終了予定時刻まで校外に出ることは、原則禁止—


 任務が突然入った時にどうしたら良いんだ?

 原則と書いてあるが、例外に当たる内容がどこにも書いてない。


 —出席日数が総日数の三分の二に満たない場合は、単位の喪失、留年もあり得る—


 どう考えても出張任務が続いたら、出席が足らなくなる!

 とまあ、仕事との両立がどんどん難しくなっていくし、実質この条件を守ろうとしたら仕事と学業は両立できない。

 オレ自身は学院に通いたいなんて一欠片も思っていないから、全ての項目を守ろうとすると窮屈すぎて肩が凝りそうだ。


 あんまり条件がひどいので、お叱り覚悟で総隊長殿に確認しにいったら〝学生は学生たれ〟とかいう学院規範が根底にあり、それが在校生にとっての最優先になるそうだ。

 初めから、副業するな、って明記しておけばいいのにと思っていると、総隊長に心を読まれた。


「職人の弟子や高位専門職を目指す者に、辞めろとは言えないから、これが限界だ」


 なるほど、才能や適性が千差万別だからこそ、万人を同じように扱うことができない前提の、批判を受けた際の逃げ道なのか。

 それにしても学院の運営者達が、自分たちの首を絞めかねない規範を、後生大事にしておく理由がわからない。

 まさかとは思うが、竜種の暴走で王都が襲われても学院を抜け出したらダメ、とか言わないよな?


「悪いが学院に通うのは決定事項だ。

 通学に関しては、個人転移陣の使用許可をだすから心配するな」

「はっ」


 ぜんぜん納得してなくても、返事だけはいつも通り。

 集中屋外教練みたいに、半巡りくらいの泊まりこみの詰め込みで証明書を発行してくれないだろうか。


 他にも学院に通うのに問題が起きてないか、通うのを先延ばしにできないか、と詰め寄ってみたが、総隊長室にいる謎の統括部隊の隊長さん?の手際の鮮やかさを知ることしかできなかった。

 見てると穏やかな気持ちになる眠り猫顔なのに、ものすごい有能なんだろうな。


 学院には現在の制服を作った際の測定値を送信済みで、制服は数日中に届けられる。

 手続きが事務で完了し、学院側と国王陛下の許可が出れば、すぐにでも学院に行けるようになるという。

 行きたくないのに。


 とりあえず、一方的な押し付けを全て受け入れる気はないので、学院側の情報提出を求めておく。

 全教諭の詳細な個人情報一覧から、学院生の中で注意をすべき人物の一覧の供出を強制させてもらった。

 学院内が安全かどうかくらいは、確認しておいて問題ないはずだ。




 執務室を後にして、必要なものを揃えておけと言われたので、そのまま自室に戻る。


 オレは本部の建屋内に住んでいる。

 未成年であり、身元を保証する保護者がいないので、街中に家を借りることができない。

 それで配属されてから四年間、ずっと本部の一室を賃借している。


 借りているといっても、寝に帰るような生活しかしていないので、部屋の中にはほぼ空の本棚と医療室のお下がり寝台、机に椅子しかない。

 あ、服を入れている扉が壊れたロッカーもある。


 実働隊からオレに払われている給料の半分は、養育費の返還という形で天引きされている。

 私生活で金を使わないので、約半額の給料でも困ったことはないし、それなりに貯蓄もしてる。

 生まれてこのかた戦うことだけを教えられてきたので、趣味らしい趣味もない。


 ここでの生活で必要なのは、給料から天引きされる食堂での食費と、外食費、部屋の賃料、下着や私服などの服飾費程度。

 制服や戦闘補助魔術具は、任務で使用するものなら国からの補助があり、残額が給料から引かれる。

 オレが普段から身につけている容姿偽装の魔術具は、戦闘に関係ないため全額実費になり、かなり高い買い物になった。


 最近では部下の影響で、庶民の読む若者向け荒刷り冊子を買うこともある。

 そうはいっても、勧められた〝俺は勇者様!〜チョロイン達と楽々魔王退治〜〟ってやつを半分読んだくらいだ。

 ものすごい売れてます!激推し!と勧められたものの、読めていない。

 任務で読む暇がない、と自分に言い訳をして放ってあるが、内容がちょっと読みにくい。


 同年代の女の子に囲まれて、風呂もトイレもない放浪生活?

 狭いテントの中で、赤の他人とくっついて寝る?

 ちょっと待ってくれ、それはなんのための苦行なんだ。

 勇者ってのは、徳の高い僧侶みたいなもんなのか、こっちは同性年上との会話にだって苦労してるのに、異性の同年代なんて正面から顔を見ても大丈夫か?って所から教えて欲しい。


 それでも、本を勧めてきた部下に感想を聞かれたら困るので、暇を見つけて読もう、と本を背負い鞄の中に入れた。


 あとは普通に筆記具に冊子。

 教科書は学院側で用意して送ってくるはずだし、制服はまだ出来上がっていない。

 ブーツやオーバーコートは、普段着ているやつでいいだろう。


 準備は終わった。

 今日はもう、風呂入って寝よう。






 本部の本棟から、渡り廊下で繋がる東別棟の二階には、全隊員用が使えるトレーニングルームと屋内鍛錬場がある。

 全隊員が対象なので、実働部隊の隊員でなくても、統括部隊や事務部隊の隊員も利用できる。


 たまに見かけるのが、トレーニングルームでひたすらパンチングバッグをぶん殴ってる(所属部隊不明の)お姉さんたちだ。

 ワンツーパンチが鮮やかすぎて怖い、絶対にヤる気だ。

 表情が鬼気迫ってるから、近づかないほうがいいと思ってる。


 実働部隊の隊員は、屋内鍛錬場やトレーニングルームを実務前の肩慣らしや、帰還後に利用しているため必死さがない。

 で、体を動かしたら当然汗をかくから、東別棟の一階にはシャワールームと浴室があって、洗濯場もすぐそばにある。

 この辺の設備は上級隊員専用、つまり肩書きがある隊員用男女と、一般用男女に分かれている。


 上司と裸の付き合いとか、気疲れしてしまうだけという配慮で分かれている、とニュマン副隊長に教わった。

 その後で「隊長と風呂に入りたくない、とかじゃないんですよ」とフォローされて、情けない隊長でごめん、って申し訳なく思った。


 男女別は、説明するまでもないと思う。

 そんなわけで一人暮らしならともかく、家族がいる実働部隊の隊員は帰宅時に「汗くさい」と言われるのが嫌で、一風呂浴びて帰るらしい。


 どこかの研究職の博士が〝湯船に入った方が疲れが取れる、身体能力向上、魔力回復促進、傷病軽減効果あり〟とかいう論文を出してから、湯船が増築された。

 この件については、英断した総隊長に感謝している。




 上級隊員用の浴室へ向かうと、任務上がりらしい数人がちょうど、シャワー個室で湯を浴びていた。

 個室といっても、成人男性の胸元から膝上程度までが隠れる、仕切りでしかない。


 個人的なことだが、身長の問題で全身が見えないようにできないか?と頼んでみたが、出来ないと言われた。

 理由は教えてもらえなかったが、予算の問題ではないらしい。

 今はシャワー個室の仕切りが高すぎて、下から尻が見えてしまう。


 見事に畝をつくり盛り上がった上腕二頭筋、僧帽筋、広背筋を泡で飾って見せびらかしながら、頭や体を洗っている男たちの横を通り過ぎる。

 はちきれそうに発達した筋肉や血管を見ても、羨ましいとか思わない。

 思ってないから。

 ……いつになったら、オレは二次性徴期に入るんだ?とは思うけどな。


 魔術があれば、鍛えても筋肉にならない子供のような体でも、上級竜種を屠ることができる。

 それでも、周りに舐められないような体格は必要だと思う。



 竜種のみならず、魔物の暴走や出没は先読みできず、いつ起こるかわからない。


 読売各社は、実働隊があれば魔物は人の生活を脅かすことはない、と再三に渡って記事にする。

 戦時下の緊張状態を再現しないように、国民の不安を拭いさるために。


 実働部隊の何隊がどこへ出動したというのは、開示されている情報なので、誰でもすぐに知ることができる。

 国の〝復興だけでなく平和維持も頑張ってます〟アピールなんだろう。

 その中には、オレの名前も当然のように入っている。


 実働隊本部実働部隊所属、第一隊隊長ヨドクス・ギュエストは、その名前だけが一人歩きしているのが現状だ。

 オレが未成年であることもあって、姿を衆目にさらしていないものの、名前だけは知れ渡っているという。


 姿を晒す必要が出てくる成人年齢になるまでに、あと頭一つ分は背が伸びないと困る。

 いっそのこと、魔術で身長も体重も倍以上にできればいいのに。


 自分の貧弱な体格は理解していても、他人に見せたいものではないので、急いで頭と体を洗ってから、広々とした湯船に浸かる。

 湯に浸かっている時の、なんとも言えない浮遊感や、体が溶けてほぐれていくような感覚は好きだ。


 今日の湯船は乳白色に濁っている、乳湯?なのかもしれない。


「あれ、隊長?」

「お疲れ」


 頭にくるほど筋肉質な男が、乳白色の湯船に身を沈めた。

 美術彫刻でも目指してるのか?と聞きたくなる、見事なまでの筋肉標本体型の男の名前は、アダム・ニュマン。

 一番隊の副隊長その二で、オレの部下の一人。


 全方向、どこから見ても完成された肉体の持ち主だ。

 おそらく実用的な筋肉だけなので、服を着ると他の隊員より細く見えるくらいだ。


「隊長、どうかしましたか、元気がないようですが」


 ニュマン副隊長はストイックに鍛えすぎてるから、体脂肪率が低すぎて水に沈むに違いない、と思っていると思わぬ言葉をかけられた。

 元気がないというよりも憂鬱の方が正しいが、思わずその問いに答えていた。


「学院に通うことになった」

「え、学院に?隊長がですか?」


 驚いたように言われたので、総隊長からの話を繰り返した。


 質疑応答以外の会話は苦手だ。

 本当なら任務内容を話す必要もないけれど、今のオレには何かはけ口が必要だった。

 口止めはされていないけれど、そもそも相談する相手がいないし、どんなことを相談をすればいいのかもわからない。

 全く未知の領域に足を突っ込むのに、調べようがない。


 鬱屈としたオレの気持ちに気がつきもせず、ニュマンは笑った。


「へえ、そんなことがあるんですねぇ、八歳になったら学院に行くのが当たり前だと思ってました」


 やっぱり、学院ってのを知らないことがおかしいのか。

 いきなりの学院通いのために、統括隊の策謀を得意とする優秀な隊員たちが設定を作ってくれた。

 思い切って全部ニュマンに話して、意見を求めてみた。


 〝戦争で両親を失い、国内には他に身寄りがなく、国内外で行商をする親戚に育てられた。

 親戚が他国で永住を決めたのを機に、十六歳で独り立ちして、出生記録のあるオスフェデア王国へ帰国して、住み込みで働くことになっている〟という設定だ。


 職場は伝手と適正で実働隊の支部の使いっ走り、とすでに決まっていて、オスフェデア王国に戻ってきたものの、未成年である上に学院の卒業証明書がないので、雇用に必要な書類が揃わない。

 出生証明書はあるので、国民であることは間違いない。

 そこで、働きながら三年間で卒業を目指す、ということになった——という建前だ。


 まあ、普通ならそんなややこしい背景を持つ奴を、下部組織の支部とはいえ、国の特務機関である実働隊で雇ったりはしないだろうな。

 もしも自分が上司なら、そんな不確かな身元の人物に背中を預けたいとは思わない。

 どこかの国の間諜や草ではない確証もないのだから。


 話を聞き終えたニュマンは、明らかにしかめっ面になってしまった。


「隊長、十一年間かけて習う事を、たった三年間で詰め込めるのですか?」

「さあ、どうかな」


 学院から入学許可が下りたのならできるのだろうと、そっちは深く考えていなかった。

 まあ、読み書きはできるし、ある程度の演算なら、魔術の基本のさらに基礎として習った。

 魔物相手の戦闘に関してなら、それなりに自信もある。


 何もかも全て、ゼロから始めるわけではないのだから、学院通いを短縮してもらえるはずだ。


 それからも、これまで任務以外でほとんど会話らしい会話をしてこなかったニュマンと、それなりに会話ができた。

 オチもイミもない雑談は苦手だが、要件があれば話せる。


 そんなこんなで、重要な?潜入任務〝学院生になる〟は着々と進んでいった。



 

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