3ー7 自分に戸惑う
北区支部に到着したので、フードをかぶって支部長室に入ろうとしたら、声をかけられた。
「ちょっと待って、そこの子」
あまりに突然なことで、失礼な奴だ、と思いつつフードの下から相手を見る。
平均より背が低いのは認めよう、だがオレは子どもじゃない。
これから成長期を迎える予定だ!!
「ここは関係者以外進入禁止の建物なんだよ、一般人は入れないの、さ、帰った帰った」
シッシッ!と猫の子供でも追い払うような仕草で手を振られ、新鮮な扱いの悪さに驚いてしまった。
いや、実働隊に配属になるまでは顔見知りしかいない環境で育ったし、実働隊に配属されてからは配下の隊員に囲まれていても、知らない人と触れ合うことはなかった。
つまり、ごく普通の子供みたいな扱いを受けたのは初めてだった。
「なに突っ立ってんだよ、ほら帰れって」
「……支部長の許可は得ている」
なんと説明したものか、と悩んで、一般隊員に関わるなと言われたことを思い出した。
隊員の脇をすり抜けていってもいいが、下手に騒ぎになるのも困る。
それにしても、オレのことを隊員に周知してないのか?
フードかぶったやつが三年間出入りするからな、じゃ全員を納得させられてないのかもしれない。
「そんなわけないだろ?
仕事の邪魔をすると捕縛しちゃうぞ〜?」
子供扱いに怒りを覚えることはなかったが、笑いながら帰れと言われても、支部長室の中に転移陣があるので、そこに行かないと帰れない。
「申し訳ないが、支部長か副支部長に話をしたい」
「はいはい分かりました、わたくしがエライ人ですよー、ほら聞き分けないこと言ってないで、お家の人が待ってるだろう?」
子供扱いしてくるのはいいが、小馬鹿にされるのは嫌だ。
階級記章を見せるか?
絶対に大騒ぎになるし、騒がれるのも嫌だ。
「両親はすでにない、支部長に話を通せ、と言っている」
「え、そいつはご愁傷様、すまなかったね、孤児なのかい?
じゃなくて、口の利き方に気をつけないとダメだぞ?
ここは天下の実働隊なんだからな」
ふざけているのはそっちだろう。
ここは王都内の治安を守る任務に従事しているとはいえ、有事の際の実働隊の補佐部隊(補充要員部隊)でしかなく、しかも八つあるうちの支部の一つでしかない。
そこの一般隊員が、本部実働部隊の第一隊隊長のオレと会話をすることなんて、一生に一回あればいい方だ。
って、別に自分が特権階級とかすごいとか思ってないけど、軽んじられるのは嫌だというか。
もうこれ、なんて言えばいいんだよ!?
「何度も同じことを言うのは好きではない」
「はあ?なに言って」
「ファビアン、何ご——!?」
上階から降りてきた女性は、オレの姿を見るなり、感電でもしたように痙攣して最敬礼をしようとした。
「ドレース副支部長?」
ファビアンと呼ばれた若い隊員は、一瞬見せた憧憬の表情を不思議そうなものに変えて、フード越しに「敬礼するなよ!」と睨んでいるオレと眉を寄せて困っている副支部長を見比べた。
「ギュエ、ええと、ビ、ビズーカー殿、お待ちしておりました、こちらへ」
なんとか敬礼はせず、名出しと隊長呼びもしないで、副支部長はオレを支部長室へと案内してくれることになった。
しまった、そういえば声を変えてなかった。
少なくとも大人の男らしい渋い声なら、案内してもらえたかもしれない。
そう思うと、態度は失礼だったが職務に忠実なファビアン隊員に悪いことをした気になった。
「申し訳ありませんでした!」
支部長不在の支部長室に入るなり、最敬礼で直立不動してさらに冷や汗を垂らす副支部長。
声を変える魔術具を起動してから口を開く。
「気にしていない、とは言わない。
隊員への情報伝達と対応の徹底は、支部側に任せてあるはずだが?」
「は、はひっ」
毎日学院に通うのに、毎回のように問答をする気は無い。
しょっちゅう不審人物扱いはされたくない。
「次は無い、責任の所在についての話し合いを推奨する。
任務があるので失礼」
「た、大変申し訳ありませんでしたっ!!」
うわ、こんな言い方をすると、オレがすっごい傲慢な隊長っぽい。
対応は支部に丸投げして、あまり関わり合いたくないので、そそくさと転移陣に魔力を流し込んで逃げ出した。
◆
本部に戻ると、食堂にお土産を持って行く前に、お土産と報復の心意気を持って総隊長室に訪れた。
もちろん学院の制服は、実働隊の市街地用制服に着替えて、フード付きのコートも羽織っている。
私服で総隊長の執務室には入れない。
「ヨドクス・ギュエスト第一隊隊長、入室いたします」
総隊長はいつも通り、執務机にかじりついていた。
屈んでいても、肩や背中の筋肉が盛り上がっているのが見える。
もう爺さんと呼んでもおかしくない歳で、その筋肉はずるいと思うが、いつ鍛えているんだ。
最敬礼で直立しているオレを見ることなく、総隊長は声をかけてきた。
「学院は楽しんでいるか?」
「いいえ。
資金援助の名目で自分の借金が増えているようなので、任務に赴けないことが心痛になっています」
ただの嫌味だ。
面と向かって文句は言えないから、これくらいは言わせてほしい。
学院通いなんてどうでもいい、というわけではない。
クサンデルたちや級友との会話は悪くないし、絡まれるのが辛いとはいえ術式整理を進められて、コミュニケーションの練習になると思えば、学院に通うのも悪くないと思い始めているほどだ。
総隊長がどこまで考えていたかは知らないが、やられっぱなしは嫌だ。
命のやり取り以外で細かいことを言うつもりはないが、頭を押さえられたからといって、へこへことゴマをするように従うのは性に合わない。
「そうか、そいつは大いに結構」
何を聞いてたら、そういう返事になるんだよ!
内心の苛立ちを外には出さぬようにしながら、露天の焼き菓子を総隊長と統括部隊の隊長さん?に贈呈した。
残念ながら、隊長さん?が受け渡しの間に入ってしまったので、手が滑ったふりして、総隊長の禿頭をアザでまだら模様にすることはできなかった。
減俸されても叩いておきたかったのに。
「ギュエスト隊長、これからも定期的に学院生活の内容を報告していただけますか?」
悔しがりながら退室しようとしたら、隊長さん?に声をかけられた。
「なんのために、でしょうか?」
学院に通わせることに、卒業証明書を発行してもらう以上の目的でもあるのだろうか。
そうでなければ、ただの個人情報の漏洩になる。
いや、そもそも学院に通うのは任務だから、私情を晒すことにはならないのか?
「任務だからです」
「了解致しました」
これ以上聞くな、教える気はない、と言いたげな切り捨て台詞のせいで、顔が無表情になったのがわかった。
仕事仕事、全て国の鎮護のために、だ。
流れの傭兵である教師たちに育てられたオレは、この国への愛国心なんて持ち合わせていないし、失って悲しむような相手もいない。
居場所のない国のために無茶な命令を聞いて、命がけで働いて任務をこなす必要があるのか?
身一つで国を飛び出したって、構わないんじゃないだろうか?
名前と絵姿しか知らない両親だって、どこかの国からの移民なのだから。
「ギュエスト隊長、お疲れ様です」
「はっ、失礼致します」
総隊長室を後にして、空腹を訴えてきた腹にため息をつく。
こんな嫌な気分は、食べて忘れるに限る。
食堂のおばちゃんたちなら、きっとお土産を喜んでくれるはずだと思いながら、遠くに聞こえる喧騒へと足を向けた。
◆
「こんばんは」
「あら隊長さん、今日の日替わりは鳥肉と芋のシチューか、コロッケと豆スープだよ」
「シチュー、野菜大盛り」
「はいはい、隊長さんはいつも変わんないね」
呆れたように笑う食堂のおばちゃんに、思い切ってお土産を出した。
「王都内へ赴く用があったのでお土産を、……いつもありがとう」
おばちゃんたちは職員雇用であり隊員ではないので、上から視線の傲慢な態度をとる必要はないと思う。
しかし、どこからオレの正体やら、なんやらの足がつくかわからないので、極端に態度を変えるわけにもいかない。
「まあ、わざわざあたしらのために?良いのかい?」
「美味い食事の礼として受け取ってもらいたい」
「あらあら、ありがとね、みんなで休憩の時に食べることにするよ」
にこにこと目尻にシワを寄せた笑顔を向けられて、思わず恥ずかしくなって俯いてしまう。
なんでだ、フードも被っているし声も変えているのに、色々と見透かされているような気がする。
「はいよ、お待たせ」
「ありがとう」
理由のわからない気恥ずかしさに悶えながら、上級隊員用のスペースへと逃げた。
飲み物コーナーで乳とお茶をカップに注ぎながら、何が恥ずかしかったのかを考えてみる。
別に恥ずかしいことなんてしていないのに、ひどく気恥ずかしい。
今まで、そんな風に感じたことはなかった。
よく分からない気持ちになるのは、落ち着かない。
なんとなく落ち着かない気持ちのまま、一人で夕食を食べた。
今日も食堂の日替わりは美味かった。
……美味かったのに、満足できない。
一人で食べる食事は何かが足りない、そんな気持ちに気がつかないように、蓋をした。
夕食後は食休みを挟んで、鍛錬と風呂は、勤務の入れ替わりで人が少ない時を見計らって済ませる。
シャワー室、鍛錬場を使っている隊員たちの雰囲気は悪くない。
前回の竜種の暴走後、かれこれ一巡りが経つが、王都は平和な雰囲気に包まれている。
魔物の暴走は竜種だけではないので、いつ、どこで何が起きてもおかしくはない。
暇すぎて給料泥棒扱いされるのは困るが、魔物の暴走は戦うすべを持たない人々を恐怖させるには十分すぎる。
弱い魔物が時々現れる、くらいが一番良いのだろう。
日々の安全が過ぎると、人は備えを忘れてしまう。
追い詰められて初めて武器をとるのでは、手遅れなのだ。
こんな考え方をは、任務で傷ついたり、命を落とした隊員の家族には言えないが。
ぼんやりしていても、時間は過ぎる。
明日も学院に行かなくてはいけないので早めに寝ることにした。
スプリングの軋むベッドに潜り込みながら、学院に慣れることが怖くなった。
楽しいと思うことは、間違っているのではないか、失いたくないと感じるようなものは、手に入れたくないのに。
食堂のおばちゃん(たち)の母性愛フラッシュが眩しい!




