3ー6 振り返る
その後、魔力測定器が壊れてしまった、と残っていた学生たちの魔力測定はできないまま、実技試験になった。
で、実技試験と言っても、魔力検知の魔術具を持った職員の前で魔力を放出するだけだ。
ただ魔力を放出できるかどうか、を知ってどうするのか?
どこが魔術の試験なのか?と聞きたい。
魔力を放出しても、時間経過とともに霧散して魔素になるだけだ。
適性がない者が魔術を使うのは無理だとしても、個人差はあってもほとんどの人が生活魔法を使えるのに、魔力の有無を調べてどうする。
ラウテルさんから、適性がある学生でも魔術を使えないと聞いて知っていても、がっかりしすぎて座り込みそうになった。
レベルが低いなんてもんじゃない。
むしろ魔力を放出しないで、体内で効率的に循環させる訓練をしろよ。
あれ?オレって、国の特務機関の最前線派遣部隊にいるんだったよな?
日々努力している隊員たちに、学院生が簡単に追いついたら意味がない。
生死をかけて国を守る隊員たちと、ごく普通の学院生を比べるのは失礼か、って気がついた。
近づいてきたプッテンに近距離で注目されながら、針の穴を通すつもりで、ごくごく少量の魔力を放出する。
これも旧型の検知器が反応するかどうか、っていうギリギリを狙ってみる。
教師たちに叩き込まれた、魔力の精密運用能力を見せてやる。
適性なんて持ってなくても、血の滲むような努力だけでここまでできるんだー!!って、う、なんか涙が出てきた。
「……はい、わかりました」
ものすごく機嫌の悪そうなプッテンの声を聞きながら、笑いそうになるのを必死で堪えた。
こいつ使えない!と思わせる作戦は上手くいったらしい。
貴族として選民意識を持つのはいいが、特権には義務と権利が付随してくる、とちゃんと学んでから出直してくれ。
借金王のオレは、タダ働きはしない。
いや、すいません、冗談です。
まあ、面と向かって「君には素養がありそうだから、うちの組で選民意識を持った奴らと一緒に、学院を盛り上げて経営をのっとる手助けをして欲しい」って言われても困るけど。
プッテンの場合〝オレが一番!〟をして、学院の経営に食い込みたいだけのように見えるからな。
本音を話し合うには初めの印象が悪すぎるし、四組の級友たちのウケも悪いからな。
悪いけど、他人の権力欲を満たす行為に付き合ってるほど、暇じゃないんだ。
と、こんな感じで二日目はまったりと過ぎていった。
昨日の失敗を繰り返さないために、魔術の使用を最低限に控えていたので、それほど腹も減らないし平和だった。
◆
昼は初めて、大勢での食事というものを経験した。
一緒に食堂に赴いたメンバーは、クサンデル、アルナウト、ロキュス、フロール。
今日の日替わりはスパイスソース付きのベイクドポテトと野菜スープ、白身魚のフライとマッシュポテト。
最近は肉が多かったので魚のフライにしたが、出てきた量を見て驚いた。
要求された値段が、日替わりにしては高いな、と思ったが、その基準も前日の日替わりのみなので、勘違いか気のせいだろうと、何も言わなかったのが間違いだった。
大きな皿に、大量に盛られた魚のフライが出てきた。
付け合わせの茹で野菜の量がおかしい。
それだけでなく、マッシュポテトも皿ではなく、ボウルに大盛りになっている。
これ何人分だよ!?と思わず言いそうになった。
アルナウトとロキュスに「なんだか、すごく多くないか?」「これ三人分はないか?」と言われ、フロールに「わー大盛りだね」とほんわか発言をされて、クサンデルには「お前ってそのナリで大食いなのか?」と聞かれた。
昨日の日替わりの量は普通だと感じたのに、なぜだろう?
そう思っていると、料理を出してくれた男性と目があった。
昨日の夕方も食堂で料理をしていた男性だ。
それを思い出したのと同時に、男性はニカッ!と歯を見せて笑いつつ頷くと、奥へ戻っていった。
なんだ今の?
もしかして、夕方に腹を減らさないように、と大盛りにしてくれたんだろうか?
そうなると受付のクライフさんもグルなのか?と顔を向けると、男性と同じようにニッと笑顔を向けられた。
なんだっていうんだ、一体。
出された以上、残すのも勿体無い。
吝嗇っていうな、ケチでもない、貧乏性?それならよし。
とても食べきれる量ではなかったので、結局、四人にも勧めることで、なんとか食べきることができた。
人が多い場所で食べるという行為が初めてだったこともあり、緊張はしていた。
もちろん味は美味かったが、それ以上に楽しかった。
大勢で楽しく食べる食事は、美味い料理をさらに美味しくしてくれる。
話で読んだことのある、信じられないような話は、本当のことなのだと知った。
これって、成人になってから宴会とかするときも適用される補正なのかな、もしそうだとしたらすごく楽しみだ。
量はともかく、大変美味しかったです、満足。
◆
初日の気疲れが嘘のように平和な二日目が終わり、ラウテルさんや級友にからまれることなく、学院を後にした。
補佐部隊の北区支部に向かいながら、街の景色を見つめる。
魔術を使わずに見ているだけなので、何の店がどこにあるかなどは分からないが、学生の帰宅時を狙っているのか、周辺には腹の減るいい匂いが漂っている。
このまま外食していきたいが、今日は食堂のおばちゃんたちに会ってない。
学院通いを続けるのなら、本部ではこれからも夕食しか食べられない。
隊員でないおばちゃんたちに任務の内容を話すことはないが、何日も出張任務でいなかったりすると、とても心配してくれるのだ。
部下の隊員たちとは違う、踏み込んでこないで見守ってくれるような距離感はすごく楽だ。
他意のない好意を向けられて無視できるはずがない。
出張任務に出たまま二度と戻れない、なんてことも珍しくない職場だ。
おばちゃんたちとしては、声は(偽装して)大人であっても背丈の低いオレを見てると心配になるのだろう。
いつも料理を大盛りにしてくれるおばちゃんたちに、恩返しもしないとな。
甘い匂いにつられて、近づいた移動式露店で売っていた、シロップを挟んだ焼き菓子を一つ買って味見させてもらう。
薄くて格子模様のついた焼き菓子を二枚重ねたもので、中にシロップが塗ってあるという。
髭の剃り跡が青い店主は、ニュマン副隊長と同じくらいの年齢だ。
笑顔は明るいけれど、顎に傷跡があり体格が良いので、元は違う仕事をしていたのかもしれない。
外は歯触りよくザクザクとしていて、中の溶けるようなシロップの風味がいい。
焦げる手前の香ばしさが、お茶請けに最適だと思う。
小腹が減ったら気軽につまめる大きさで、これはお土産に良さそうだ。
食堂で働いているおばちゃんの人数を考える。
確か二十、いや途中で交代するなら三十人くらい?……だめだ、覚えていない。
まあ多いぶんには困らないだろう、と三十人と仮定して一人二つ、三つなら、と多めに焼き菓子を包んでもらいながら、平和そうな町並みを眺める。
夕暮れの喧騒の中に佇んでいると、人々の声が遠くに近くに聞こえてくる。
自分がそこに参加することはないと分かっているせいか、なんだか物悲しい気持ちになるのと同時に、喧騒に紛れられることが嬉しい。
オレたちが命を削ってやっているのは、この景色を守ることだ。
少なくとも、死んでいった隊員たちの想いは報われている。
「はいよ、お待たせ」
「ありがとう」
家族にお土産にしたい、と言ったら、露天のおじさんは焼き菓子を一つおまけしてくれた。
これは総隊長にもお土産を持っていって、話が違う!って二、三発殴れってことか?
そうに違いない。
呼び出されてもいないのに、手ぶらで総隊長の執務室に入る勇気はない。
統括部隊の隊長さん?も総隊長の部屋にいるだろうと、追加でいくつかを別に包んでもらった。
大量に買ったので、露店の店主も嬉しそうだ。
思った以上に大きくなった包みを片手にぶら下げて、のんびりと町並みを見ながら歩くと、北区は学生街だけあって活気がある気がする。
昨日も思ったが、官舎や実務隊の本部などの大きな建物だらけの中央区とは、雰囲気が全然違った。
空気がほんのりと熱を持っているような気がする。
平和はいい。
こうやって街中を歩いていると、隊員たちが任務と日常のギャップに疲れてしまう、という話をしていたことを思い出す。
オスフェデア王国は南から東側の国境をジァラニヴィク王国、南から西側はベルラシュア王国と接している。
竜種の暴走が多く起こる、ジァラニヴィク王国との国境付近は、文字通り焼け野原の跡地だ。
内陸のジァラニヴィク王国で戦災による被害が多かったのは、かの国が戦争を主導していたからだと、総隊長に教わった。
侵攻の通過点となったオスフェデア王国が、直に戦場になったわけではないものの、ジァラニヴィクは背中を任せている友好国なので、魔物の暴走を放置して越境を見逃すわけにはいかない。
竜種の被害を抑えるために遺骨の回収を地道に進めているらしく、任務で赴いた先も人骨と岩という光景ではないが、乾いた土の広がる大地を見ていると心の中も乾いていくような気がする。
オスフェデアは周辺国にとって一大穀倉地帯であり、食料の提供と引き換えに戦火を免れてきた。
それなのに戦争で乱れた魔素のせいで、焼けた大地が再生しない。
このままでは作物を育てることもできないし、苦労して耕作地にした後に魔物の暴走で荒らされては困る。
大地を元に戻すために、人にできることはないんだろうか。
実働隊の隊員が国境付近で見る現実と、王都の住民が見ている街中の現実は、全く違うものなのだろう。
戦火からの復興を推し進めるのは間違いではないけれど、このままではどこかで歯車が狂うのではないか、と思えて仕方がない。
目眩がするような魔素の乱れを感じながら、どこまでも続く荒野を見ていると、本当に同じ国の中なのかと思ってしまう。
顔を上げただけで、緑の茂った木が目に入る王都とは大違いだ。
何も知らずに生活している住民を、哀れむつもりはない。
オレは戦争を知らないし、住民の中には従軍していた者も多いはずだ。
外面では平和を取り戻したふりをしていても、夜になると眠れないという話を聞いたことがある。
全ては時間だけが解決するのかもしれない。
このまま、本当に平和が続けばいい。




