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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
三 ダブルワークな日々
20/96

3ー5 高度魔術、実技試験

 





 覚え書き用の手帳に〝統括部隊へいく〟と書き込んでから、内心では昨日と同じようにため息をつきつつ、教室へと向かった。

 昨日と違うのは、迷わなかったこと。

 道を覚えたのではなく〝周辺検索〟で道を調べた、道を覚えるより前にやることが多いんだよ。


「おはようヨーくん」

「おはよ」

「ようヨーおはよー」

「おはー」


「……おはよう」


 なぜか教室内に入るなり次々に大勢から声をかけられて、顔がひきつるのを感じた。

 毎日のように、朝から夕方まで愛想笑いなんてできない。

 この任務の絶望的なまでの完遂率を思うと、本気で泣きたくなってくる。


「皆さん、おはようございます」


 まだ始業時間には早いのに、なぜかラウテルさんまで教室にやってきた。

 嫌な予感をひしひしと感じながら、オレは教室内に転がる石になるために存在感を消すことに集中した。


 教員用の机に両手をついたラウテルさんは、ぐるりと全員を見回してから重々しい声で宣言をした。


「急な話になりますが、本日、一組と四組の合同講義で、高度魔術実技の試験が決まりました。

 全員運動着に着替えて鍛錬場へ集合してください」


 教室内の空気が一瞬だけ凍りつき、次の瞬間沸騰した。


「なんだそれ?!ふざけてんの?」

「なんで一組なんかと合同なんですか?!」

「先生正気ですか!」


 まさか、ここまで騒々しくなるとは思っていなかったので、さすがに驚いた。

 一組が嫌われているのか、担任のプッテンが嫌われているのかは微妙だ。


「決定事項です」


 取り付く島がないラウテルさんの言葉に、教室内の雰囲気が雨季の空気のようにジメッとした重たいものになった。


「しゃあないな、行くかー」


 一番最初に腰を上げたのは、色の薄い水色の髪と瞳の少年だった。

 昨日オレに「なんで四組なんかに入った?」と聞いてきた人物だと思う。

 オレと同じで日焼けしにくい肌質なのか、色は白いけれど弱々しさはなく、いたずら小僧のような笑みを浮かべていた。


 少年が立ち上がって用意をし始めると、何人もの表情が緩んだので、彼が四組のムードメーカーだとすぐに分かった。

 名前はまだ聞いてないと思う。


「確かに、しょうがないけどさぁ」


 少年に続くように、顔をしかめつつ声をあげたのは、露草色の髪の少女。

 昨日、何度も話しかけてきた、女子の中心人物らしい少女だ。


 渋々と動き出した級友たちを見て、安堵したようにラウテルさんが微笑む。


「ごめんなさいね、みんな。

 問題にならないように、気をつけてください」


 そこは、問題にならないように気をつけますね、じゃないのか。

 教員からの言葉らしからぬ台詞だと、呆れつつも他の男子と同じように着替えを始める。


 と、いけない。

 慌てて上腕にはめている、偽装用の魔術具を起動する。


 これまでに腕に何かをはめたことがないので、手を動かす度に違和感を覚えるが、学院では制服と運動用の服を着替えなくてはいけないので、装備できるのが腕輪型の魔術具ばかりになる。

 学業に関係ないので、指や手首に装飾品はつけられない。

 見えないように上腕につける形になった。

 精神操作抵抗、解析鑑定阻害、意識逸らし、三つも腕輪をしていると邪魔で仕方ない。


 ちなみにこれらの魔術具は実費で用意した。

 学院に行く準備だけで、給料の三ヶ月分が吹っ飛んだ計算になる。

 追加で学院への資金援助とかいうのが加算されていると思うと、借金の残高確認をしたくなくなる。


 邪魔でも外すわけにはいかない。

 治療系魔術を含む〝冷〟属性を持っていないオレの体には、これまでの任務で負った傷の跡がいくつか残ってしまっている。

 裸を見られないようには気をつけるが、万が一にも見られても問題ないように、意識逸らしの魔術具は必要だ。


 〝熱〟属性で強化できるのはあくまで臓器や筋肉などの体の深部なので、表皮付近は強化しようがない。

 戦闘用制服で顔以外を露出せずに、強度上昇や衝撃緩和などの魔術を刻んであるのは、魔物の爪や牙から隊員を守るためだ。


 実働隊の隊員なので、治療は優先的に最先端の最高のものを受けられるが、完全に傷を消してしまうのが難しいときもある。

 以前のように腐敗液をかけられた場合などが、それに当たる。

 爛れは治せても、どうしてもわずかな色素沈着や、周辺皮膚との違いが残っている。


 学院の体操用の服の形では、ラペルピンやカフリンクス型の魔術具はつけられない。

 首には階級記章と、声を変える魔術具がぶら下がっているので、これ以上は増やしたくない。

 ジャラジャラと首輪をはめてる気分になりそうだ。

 装飾品自体が好きじゃないから、これ以上増やしたくない。




 クラスメイトとともに着替えて、まだ道を覚えきっていないので、人の流れに沿って歩いて行く。


「あーかったりー」

「わかる、なんで一組となんだよ」


 数人が文句を言っているが、その言葉は嫌悪というより煩わしさのように聞こえる。

 過去に一組との間に何かあったのかもしれない。


 校庭に出る前にはぐれたふりをして壁の影に隠れ、校庭に学生が揃っているのを確認してから、〝周辺検索〟を使用した。

 魔術の発動に反応する者がいるなら、これからの講義を切り抜けるのが難しくなる。


 体外に発動基点を持つ魔術の発動時に周囲に魔力が漏れてしまうのは、どんな天才魔術士でも抑えきれない。

 例外は身体強化くらいだ。


「……よし」


 誰一人として反応した者はいなかった。

 念には念を入れておきたいが、人前で魔術を使うと髪と瞳の偽装が解除されて正体がバレる。


「問題なし、か」

「おーい、早く来いよ、そんなとこで何してんだよ?」

「!?、いや、実技試験が初めてで、その」

「なんだよ、緊張してんのか、やっぱりヨーも魔術苦手なのか?」

「そういう訳ではない」


 ロキュス(イケメンなのに……)がホッとしたように顔を緩めた。

 魔術発動時に、髪と瞳の色が戻ったところは見られずに済んだようだ。


 そしてすまない、属性特化型魔術は苦手ではないんだ。

 むしろオレは魔術使用の近接戦闘や、遠距離一対多数の殲滅戦に特化しているんだ。

 そういう方面でしか使い物にならないというか、むしろ学院生として行動する方が苦手だ


「『全員整列!』」


 拡声用の魔術具越しに周囲に注意喚起がされるが、四組は全員が嫌々渋々なのがよくわかった。

 いくら何でもだらだらしすぎだろ!

 なんで誰も注意しないんだよ。


「『それでは、一組と四組の合同高度魔術の実技試験を行う!

 まずは魔力の最大量測定からだ、三列に並べっ』」


 えー?

 魔力量測定はやりたくない。

 学院生の平均値は知らないが、オレの数値が普通を逸脱しているのだけは間違いない。

 物心つく前からの鍛錬のせいなのか、生まれつきの特異体質なのかは判明していないが、実働隊の中であっても、魔力総量は頭ひとつ以上飛び抜けているのだ。

 絶対に目立つ。


 周囲を見回してみて、ラウテルさんがこちらをチラチラと意識しているのに気がついた。

 青ざめて引きつった顔から見て、魔力量の測定をするとは思ってなかった、ってところか。

 どうするよ、これ。

 魔力測定器の故障ってことにしたくても、オレの数値だけが飛び抜けて多いなんて、普通は起きないだろ。


 困っていても、その間に周囲の学生たちは渋々と並んで、黙々と列は進んでいく。

 隙間から見た感じでは、旧型の魔力測定器を使っているようだ。

 測れればいいから、器械が新しくても古くても問題はないけれど、誤魔化す方法は、と——!。

 いいことを思いついた。


 ちらりとラウテルさんを見て、小さく頷いてみせた。

 何かを感じ取ってくれたのか、同じように頷きつつも不安そうな様子のままだ。

 なんでそんなに不安そうなんだろうか。


 オレって、そんなに信用できない顔しているのか?

 オスフェデア王国の人と顔立ちは違うかもしれないけれど、飛び抜けて変な顔はしてないと思うんだが。

 髪と瞳の色さえごまかせば、紛れられる程度の顔だろ?



 順番を待っている学生たちは雑談をしているが、その間も列は進み続けて、ついにオレの前に旧型の可動式魔力測定器が姿を表した。

 今現在、実働部隊で使われているものの二回りは大きい。

 大人とほとんど同じ大きさで、すごくごっつい。


 まあ、やってみるしかないわけだ。


 測定器の前面、魔力検知と魔力量測定の魔術術式が刻まれている場所へ手を置くと同時に、現時点での瞬間最大放出可能量を叩き込んだ。

 オレ自身の脳内魔力回路にも瞬間的に過剰負荷がかかって、目の前が一瞬真っ暗になる。

 しかしこれを見越して、倒れないように踏ん張っていたので、気がついた者はいないはずだ。


 ピー!


 よし、うまくいった。

 実働部隊に配属された初めての魔力測定の時に、同じ失敗をした。


 有無を言わさずに連れてこられた場所で見知らぬ大人に囲まれて、この魔術具に魔力を込めなさいと言われ、初めての経験と見知らぬ他人に囲まれている緊張から、全力で魔力を流し込んだら測定器がぶっ壊れたのだ。

 オレも倒れたけど。


 最大魔力量測定って、瞬間的に出せる最大の魔力量を測るわけじゃなくて、時間をかけて放出した魔力の量から最大魔力量を推測するって知らなかったんだよ。


 そして「魔力測定器は、瞬間的に大量の魔力を流すと誤作動します、気をつけてください」って言われた。

 魔力測定器って、大型魔術具の中でもかなり値段が高いらしい。

 値段が高いだけでなく、刻まれている魔力検知術式の瞬間許容量を超えると誤作動、もしくは故障するとっても繊細な魔術具だ。

 そしてオレが瞬間的に放出できる魔力の最大量は、検知術式の容量を超えている、らしい。


 配属された時は修理費用を給料から引かれるかと思っていたけど、初回だから厳重注意で済んだ。

 あとで新規購入の値段を聞いて、弁償させられなくてよかった、と本気で思ったものだ。


 新規購入で一年半の給料全額が吹っ飛ぶといえば、分かるか?

 最近知ったけれど、オレの給料一年分があれば、慎ましやかな家族で二年以上暮らせるらしい。

 半分は手元に来る前に消えるし、趣味もないので、使い道がない。


 さーて、どう誤作動してくれたのかな。


「おいおい、なんだよ、故障か?」


 計測器を動かしていた職員らしい男性が、色々と覗き込んで、そして困ったように測定器をいじり始めた。

 今の一瞬の接触で測定器を壊すために魔力を叩き込んだ、と理解できる人が周囲にいなければ完全犯罪だ。

 こんなに簡単に壊れる魔術具が普及しているってのは、納得いかないけど。


 男性はしばらくして諦めたらしく、プッテンに報告に行った。

 オレは級友たちの中に紛れて、関係ないって顔をしていた。


 何が起きたか聞かれたら「魔力を流す前に測定器がおかしくなりました〜」って証言するつもりだ。

 視線を感じて振り返ると、ラウテルさんが何か言いたそうな顔をしながら、騒然としている学生たちを整列させようとしていた。


 うまくいっただろ?と言いたいのを我慢して、さっさと人の中に紛れ込んだ。



 

主人公がすごくて壊れた!ではなく、わざと壊した上に後悔も反省もしてない、修理費用のことは考えてない、行き当たりばったり

魔力放出は、属性を与えていないため魔術具に干渉しない、髪と瞳の色も大丈夫……的な感じ

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