1ー2 拒否できない任務
十六歳になった現在、オレは国の特務機関の雄である〝実働隊〟の本部に所属している。
ヒラ隊員ならまだしも、実働隊本部実働部隊の第一隊の隊長だ。
部下である第一隊の隊員の数は二十人(十組のバディ)、副隊長が二人、そしてオレ、総員二十三人。
第一隊が最も得意としているのは、超大型の魔物(主に竜種)の駆除任務だが、他の任務を受けないわけではない。
巨躯魔物駆除が一番得意な部隊だが、救援次第で他のこともやるという扱いになる。
正式呼称が〝実働隊〟などという身も蓋もない組織であっても、その中身は常に最前線に赴く火消し役であり、普段は災害を引き起こす魔物の駆除を主任務にしている、国の最上級戦闘機関だ。
オレがこの実働隊に配属されたのが十二歳の時。
配属された時から隊長なので、今年で隊長業は四年目になる。
隊長という肩書きに関しては悩みがある。
自分に隊長が向いているとも、隊長らしいとも思えないという悩みだ。
ずっと複数の教師に囲まれて〝生徒〟として育ってきた。
教師たちはあくまで教師であり、オレを幼い子供だからと甘やかしはしなかったし、森の家に数人いた使用人も家族と呼べる存在ではなかった。
使用人たちが手際よく働く姿は見たことがあっても、十二年間の間に会話をしたことさえなかった。
正確には、話しかけても言葉どころか視線すら返されなかっただけだ。
そんな環境で育ったせいなのか、生まれてこのかた他人との友好関係、上下関係の築き方を教わったことがない。
隊長なんて呼ばれても戸惑うばかりで、まともに会話もできない。
もう社会に出て四年目なのに。
魔物から国を守る仕事自体は好きでも嫌いでもないが、隊長として配属されたその日から、与えられた年上の部下との距離に悩んでいる。
何冊かの人間関係や仕事の対人関係ハウツー本を読んでみたものの、本の内容は実践できるとは限らない、と思い知った。
いつか出たいと夢見ていた、森の外の現実がシビアすぎる。
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一週間後、下級地這竜種暴走における全ての処理が終わり、本部へ戻ると同時に呼び出しがかけられた。
まだ、報告書を書いてないのに。
黒に近い紺青色の戦闘用制服の上着を、市街地用の明るい群青色の上着に替えて、髪を適当に整えてから部屋を出る。
暦上では寒季に入ったが、晴れている日の屋内は日差しが暖かい。
オスフェデア王国は年間を通して風が強いので、建物内外の温度に差がありすぎる。
普段から顔と体格を隠すために着ているオーバーコートも、一応持っていくことにする。
昔は本部待機任務中か、出張任務中かを判断するのに、左腕の腕章の着脱を行っていたらしいが、実働隊の規模が大きくなって人の数が増えるにつれて、外し忘れに付け忘れが増えて管理が難しくなったため、上着を着替えるようにしたそうだ。
着替えまで必要なのか?と思うけれど、規則なので仕方ない。
「ヨドクス・ギュエスト第一隊隊長、入室いたします」
最敬礼をとりながら、卓上の書類と向き合っている禿頭の男性に視線を固定する。
最上階の一角、ここには〝実働隊〟の最上位者であり、国を担う王族の血筋を持つ、ハーヘ総隊長の執務室がある。
その外見は、いかついオッサンでありながらも実働隊の長にふさわしい黒光り筋肉ダルマであり、その無毛の頭部も見事に光っている。
剃ってるのか生えてこないのか、怖くて聞けない。
ハーへ総隊長が現王の実兄という話は有名だが、オレは国王を見たことがないので、似ているのかは知らない。
どうでもいい話だが、国王が黒光り筋肉ダルマなのは嫌だな、と思うのはオレだけだろうか。
部下たちみたいに、二人並んだ時にどっちが良い筋肉か!?とか言って脱ぎだしたら嫌だな〜って思うんだ。
そんなことよりも、忙殺された任務中の記憶は混濁しているが、呼び出されるような真似をした覚えはない。
とはいえ自分に対人能力が欠如していることは自覚している。
気がつかない内に問題行動を起こしている可能性もあるので、言動の全てが完璧だった、とは言いきれない。
「座りたまえ」
「こちらへどうぞ」
「失礼いたします」
総隊長の側に控えていた市街地用制服を着た男性が、気を利かせてソファまで案内をしてくれた。
そんなやり取りがあった間も、総隊長の視線は手元に向けられていて、どこに座るんだ?とキョロキョロしたことは気がつかれていない、と思う。
ソファに案内してくれた男性の制服は、上級隊員用の膝上丈だった。
左上腕腕章の階級記章は、統括部隊のもの。
全体の雰囲気を考えると総隊長より若く見えるけれど、実際の年齢は不明。
体躯は細身で、眠たい猫のような顔立ちをしている。
堅苦しい実働隊の制服よりも、作業着や野良着が似合う気がする人物だ。
統括部隊に所属している隊長さん?かもしれない。
実働隊で戦闘以外の運営を担っている統括部隊はそれぞれに特色があり、各方面に特化した能力を持つ隊員ばかりだ。
確か設備維持とか通信とか、実働部隊と同じ八部隊があったはず。
それでも秘書部隊なんてなかったと思うが、上級隊員が総隊長の部屋で何をしているのか。
ちなみに市街地用の制服は、隊長、副隊長などの上級隊員を除いた全部隊が共通になっている。
肩書きのない本部勤めの隊員は、股上丈の上着。
所属する部隊の階級記章を左腕の腕章につけているし、実働部隊所属の隊員は無駄に体格がいいので見分けられる。
上級隊員と呼ばれる、隊長職などの肩書き持ちの隊員は、上着の着丈が膝上丈になっている。
他にも肩口の形や袖口が違うらしいが、とっさに見分けるには上着の丈がわかりやすい。
「ギュエスト隊長に特別任務がある」
「はっ」
反射的に返事はしたものの、またしばらくの間は眠れないのか、と思ってしまった。
連休で寝不足を補うために引きこもるつもりだったのに。
「王都の北区画、通称〝学院地区〟の内の一校〝フェランデリング学院〟にこれから三年間、正確には二年と半年の間、通ってもらう」
「はっ」
返事はしたものの混乱していた。
言われたことの意味がわかりません、と口にしていいかな。
「ハーヘ殿、ギュエスト隊長は学徒制度をご存知ないのではありませんか?」
眠たい猫似の男性が完璧なタイミングで口を挟んでくれたので、さすが総隊長室付きの隊長さん?はすごい!と思いながら見上げると、目が合ってしまった。
慌てて机上に視線を戻すものの、視界の端で隊長さん?が震えている。
意図せずに怒らせてしまったらしい。
本当に、人との距離問題をなんとかしたい。
「知らんのか?」
「はっ、浅学非才の身でありますれば」
「……説明してやろう」
「はっ、ありがとうございます」
それから語られた総隊長殿の話は、オスフェデア王国に住む者なら誰でも知っているべき内容だ、と言われた。
誰にも教えられていないのに知っているわけがない、と思っても口には出さなかった。
◆
総隊長の話は、オスフェデア王国に生まれた者は必ず学院に在籍しなくてはいけない、という内容だった。
万人普通教育法という法に基づいている国策らしい。
十九歳を迎えたら、新年のその時をおいて成人と認定される。
オスフェデア王国における一年で一番美しい季節〝暑季〟に、新しい成人として祝われて迎えられた若者たちは、輝かしくも新しい一歩を踏み出す。
つまるところ庶民は、十九歳になった後の〝花中庸〟の終わりをもって学院を卒業し、雨季をはさんだ後の暑季から就業するものが多いということだ。
もちろん例外もあり、才のあるものは高年学科に通いながら学院とは別の専門高等教育を受けたり、一流の職人になるべく、学業との二足の草鞋を履く生活を送ることもあるという。
しかし、例外はあれども、必ず所有しているのが学院発行の〝普通教育課程履修済証明書〟だという。
卒業の証明書のようなものらしい。
三巡りほど前の話になるが。
ミスをして怪我をしてしまった際、本部に戻る時間を惜しんで、市街地の治療所で手当をしてもらったことがある。
実働部隊の任務のほとんどは、王都を囲む壁の外での出張任務であり、外では専門的な治療をする手段がない。
単純な裂傷や打ち身なら自分で治療できるが、それ以外は専門職に頼んだ方が治療効率がいい。
この時は隊員たちと別行動をしていたため、治療する手段がなかった。
治療費は実働隊経由で治療所へ払いこまれるので、この選択自体は問題ない。
任務を終えて王都への帰還途中に任務外遭遇があり、上級竜種の成れの果てである腐敗竜の吐いた溶解液をかぶってしまったのだ。
話には聞いていたが、これが初めての腐敗竜との遭遇だったので、完全に自分の判断ミスでしかなかった。
焼き切っても動く腐乱死体が気持ち悪くて、最後にはみじん切りにして焼いて駆除はしたものの、防護や耐衝撃、強度向上などの魔術の刻印された戦闘用制服が、みるみる腐って溶けていくのを見て焦り、痛みに慌てた。
自分の体が腐っていくのを目の当たりにして、早く治して欲しいと思わない人物はいないはずだ。
しかし治療を終えた後に、治療所の治療術士に「未成年は保護者が云々〜」と言われた。
その時は、実働隊の隊員であることを疑われている?と思った。
普段のオレは王都内で顔や姿を晒す場合、髪と瞳の色を変えて用意してもらった偽名を名乗り、一般の隊員に偽装している。
それでも誤魔化せないのが外見年齢だ。
悔しいことに、オレの顔はどこからどう見ても未成年でしかない。
背も低いし声も大人とは言い難い、自分で見ても子供顔だと思うのだから、どうしようもない。
本物の実働隊本部の隊員だと説明して、偽装用の階級記章も見せたのに、なぜかそれでも「就労年齢が〜」と食い下がられてしまい、最終的に本部の統括部隊に連絡して逃走した。
情報操作や情報規制専門の部隊に丸投げして、自分が未熟なことを痛感した。
コミュニケーション能力が低いなりに正式な隊員であることを説明したのに、全く納得してもらえなかったのだ。
騒動をどうやって収めたのかを教えてもらってないが、この一件で総隊長は、オレが学院の卒業証明書を持っていないことに気がついたそうだ。
つまり、受けるべき教育を受けさせずにこき使っている、と言われても仕方ない状態らしい。
教育なら何年も受けてきたのに、と思ったが、証明書は学院でしか発行が許可されていないそうで、王族ですら証明書を得るために学院に在籍するという。
「というわけで、学院に在籍してほしい。
しかし、単独最高戦力であるギュエスト隊長に代われる者はいないため、入寮せずに本部から通うように」
これは、オレに過労死しろと言っているのかもしれない。
実働隊本部が置かれているのは、王都の中央区。
詳しくは調べてみないと分からないが、北区画までは乗り合い循環馬車で……四半刻くらいか?
中央から北区まで直通の乗り合い循環馬車があるとは思えない、下手したら片道あたり一刻は見ておくべきなんだろうか。
学院の開始時間が何時かは知らないが、昼からなんてことはないだろう。
夜が明ける前に準備をする?いいや、そんな時間に動いている馬車があると思えない。
どうやって通えって言うんだ。
無理だよ。
そんなことを思っても、拒否権などない。
オレは国の所有物であり、飼い殺しの家畜に近い。
オレがこれまで得てきた衣食住、教育は、全て国民の税金からのものであり、親のいないオレは育ててもらった借りを返さなければならない。
生命に関する事柄なら拒否できても「学校に通って、それ以外の時間は仕事をしなさい」程度では拒否できない。
「王都外での駆除任務はどういたしましょうか」
「そこは現場の隊員で回すことにするが、いざという時は呼び出す」
「はっ、了解致しました!」
一応反論はしたものの、思っていた通りの回答を得たので、そそくさと執務室をあとにした。
仕事だけでもヒィヒィ言ってるのに、なんでこんな目にあうんだろうか。
そんなことを思っていたら腹が減ってきたので、報告書の作成は後回しにすることにして、食堂へと足を向けた。