3ー4 フェランデリング学院の現状
オーバーコートのフードは被ったまま、昨日と同じように街中を探索しながら、学院へと向かう。
ちょうど通学の時間なのか、周囲には似たような服を着た若者が多い。
フェランデリング学院の制服は白っぽい茶色だが、他に灰色と焦茶と黒に近い緑色の制服があるようだ。
周辺地区をまとめて学院地区と言うだけあって、他の学院に通う者もこの辺りで生活しているのかもしれない。
学院までの人の流れに逆らわず、油断はしないように歩みを合わせた、が。
全員歩くのが遅い、遅すぎる。
わざとなのか、足腰が弱いのかは知らないが、足を引きずるようにダラダラと歩く姿を見ていると、こんな自堕落な様子で、運動能力の実技は大丈夫なのかと心配になる。
学院の門前では、なぜかラウテルさんがそわそわと周囲を見回していた。
フード越しとはいえ目があった途端に、その顔に緊張が走ったのが見える。
オレは、何もしていません。
二日目にして問題児扱いか?と思いながら軽く会釈をすると、ラウテルさんが飛ぶような勢いで向かってきた。
そんな悲壮な顔をしないで欲しい、せっかくの美声が台無しだ。
昨日と同じように最上階の学院長室に入ると、針金爺さんが昨日と同じように座っていた。
顔色が悪いが、病気なら休養しておくべきだと思う。
「おはようございます、ビズーカーさん」
「おはようございます、学院長先生」
名前で呼ぶべきか肩書きで呼ぶべきか悩んだが、公の場では肩書きが優先だろう。
「少し困ったことになりまして」
「そのようですね」
「高度魔術の実技についてなのですが」
「話は伺っています」
指令書と言う形だが。
昨日は実技試験を受けていないので、実力を舐められているのか?と思っていたが、逆だったらしい。
顔色が悪いままに変な汗を流す学院長の説明によると、昨日食堂で会った教員のプッテンは、実力者迎合という名の差別主義者らしく、各学年の四組からの評判が良くないらしい。
つまり四組というのは、どの学年でも自由度の高いクラスなのだろう。
話を戻して、プッテンの家は王都でも高名な貴族家らしく、声を大にして教育方針を批判することはできないという。
大問題を起こしていない現状では、辞職を勧めることもできないそうだ。
なんで貴族が教職についているんだよ、と言うツッコミから始めたいが、深刻そのものという顔をした学院長にそれは聞きづらい。
実際のところ、プッテンの受け持ちは一年一組という、影響力のある家の出身者と試験上位者を集めた組ではあるけれど、指導方針や教導方法に関しては、思想ほど偏っている訳でもないという。
そんなプッテン氏は、いつももっと名をあげる事を望んでいて、使えそうな学生がいれば、手元に欲しがるそうだ。
昨日のことで目をつけたオレに、一組と四組の合同講義で魔術実技の試験を受けさせたいらしい。
どこに目をつけられたのかは謎だ。
挨拶だけは丁寧にしたつもりだが、魔術に関しては、それらしい具体的な話はしなかったのに。
オレの魔術行使を見たことがない学院長でも、危険性は分かっているらしく、転入してきたばかりだから、と断ろうとしたが、逆に転入したばかりだから、試験如何ではより良い環境に置くべきだと押し切られた。
ということだった。
そこは学院長なんだから、権力でごり押ししで終わらせる所じゃないのかよと思いつつ、やっぱりこの爺さんは頼りないとオレの中で確定した。
あとは今の話を聞いて、昨日、腑に落ちなかったことが納得できた。
学院長とラウテルさんがやけに怯えていたのは、オレが実力で隊長職を張っていることを知っているからだ、と。
何が原因で興奮するか分からない暴れ馬に、好き好んで近づく者はいない。
案外、今回の任務での貧乏くじを引かされたのは、オレじゃなくてフェランデリング学院の方かもしれない。
オレという、扱い方の分からない危険人物を押し付けられた、とでも思っているのか。
なんと受け止めていいのかわからず、複雑な気持ちになった。
のんびり落ち込んでいたいところだが、人前なので気を取り直して、知っておかないとまずいことを確認することにする。
「実技試験を受けるのは構いませんが、いくつか教えていただきたいことがあります」
「はい!」
「どこまでの魔術なら、使っても差し支えありませんか?」
「え、どこまで……とは?」
「具体的に言うのなら、どの位階までなら学内設備が耐えられますか?」
人に魔術への耐性があるのだから、物にも耐性がある。
具体的には術式を刻み込んで魔術具化して耐性を与える。
竜種と同等の超強度の魔術耐性がある建物は見たことがない。
本部の屋外鍛錬場だって、何重にも衝撃緩衝や魔術威力低減の魔術具結界を重ねているにも関わらず、整備を押し付けられた新人隊員たちの「(修復作業が)終わらねぇよ!」という嘆きが響いている。
整備係はもちろんいるが、専門職だけで手に負えない凄腕が揃っているのだ。
毎日真面目に魔術の鍛錬に励む隊員たちは偉いと思う。
整備係も泣いているかもしれない。
「鍛錬施設の耐性は、位階三だったはずです」
「三……では学院生が使用しても、不正を疑われない魔術の上限も三ですか?」
「あの、適性がある生徒でも、魔術の行使はできないのが普通なのです」
「え?」
「ご、ごめんなさいっ」
上限が三で三の魔術を発動したら、設備が吹っ飛ぶ可能性もある。
そのため最適発動位階が二で、それなりの見栄えの魔術をいくつか思い浮かべていたので、反応が遅れた。
いきなり平身低頭して謝るラウテルさんの姿を見ながら、自分が思った以上の苦境に足を踏み込んでいることに気がついた。
適性があっても魔術を使えないのが普通?
それって、組も学年も関係なく、学院地区全体でそうなのか?
もしかして、学院内で魔術を使ったらものすごく目立つ!?
すでに昨日使いまくったよ!
あまりの事態に思考を放棄しつつ、昨日、魔術を使っていても周囲の反応がなかったのは、使っていることに気がつく者がいなかったからだ、とようやく気がついた。
魔術を使えるのが当たり前だと思っていたし、誰にも注意されなかったから、油断していた。
本部だと、日常的に魔術を使っていると「隊長、ものぐさしないでください」と、フィンケ副隊長に叱られる。
彼女は教師たちとは違うベクトルで口うるさい。
教師たちなら「多重発動で一日中使って、術の変換効率と熟達度をを上げろ!サボるな!!」って怒るところだ。
「学院内で魔術を使うことに規制はあるのでしょうか?」
「あの、基本的に鍛錬場でしか使ってはいけないとなっていますが、生徒は魔力の制御ができない者が多いので、他の場で使うことはないはずです」
そうか、他者の術の感知どころか、自分たちの制御すらできないのか。
……って、まさか嘘だろ!?
思っていたのとあまりに落差が激しい現実に、思わずその場で頭を抱えそうになる。
「自分は、ここで何を学べばいいのか分からなくなりました」
今すぐ、卒業証明書を発行してください。
おとなしく本部に帰って、二度とここには来ませんから、と学院長を見上げてみるが、憔悴した表情で首を振られた。
「申し訳ない。
実働隊本部より、学院への資金援助を交換条件に、卒業まで在籍していただく契約なのです」
「はあああっ!!?」
「ひええっ!」
その資金援助ってのは、オレの借金かっ!?
直感的にその資金援助とやらが、オレの養育費借金に加算されていることがわかった。
どうせ学院に通う費用とかなんとか適当な理由で、借金を増やす口実にしてるだけだとしても許せん。
帰ったら総隊長のハゲ頭を、二、三発殴ってアザだらけのまだら模様にしてやる!!
本当にやったら減俸確実だとしても、譲れないことはある。
思わず怒りに駆られて声を張ってしまったが、すぐに胸に手を置いて息を整える。
常に心をフラットに。
それを忘れるな、生き延びるために。
「すいません、詳しい話を聞かされておりませんでしたので」
「い、いいえ、こちらこそ、お話するのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、教えていただけて良かったです」
顔が引きつっているのは許してほしい、もとから笑顔を浮かべるのは苦手だ。
結局プッテンの要請を蹴る理由がない、と言うことで実技試験を受けることになりそうだった。
プッテンの素養では魔術を満足に使えないだろうに、どうやって実技試験を行うのかは不明だ。
まあ、学院長室に魔術使用の感知器がないのも、ほとんど使えない者しかいないから、ならおかしくない。
これって、オレが魔術を使っても誰にも見咎められないってことだよな。
たとえそうでも綱渡りをするつもりはないから、今日からは外的な魔術の使用は最低限にしよう。
ラウテルさんの後について教室へ向かいながら、〝周辺検索〟を使用する。
主属性の魔術は使いこなすことさえできれば、汎用性が高い。
〝火〟なら文字通り生活魔法でも作れる種火を起こすことから、竜種を骨になるまで焼く業火まで。
〝水〟なら飲み水から直接攻撃、大量の水を作り出したり、術者次第で武器や防具にまで。
使いこなすことが難しいが。
オレが適性を持っている〝日〟は、日中においては、ほぼ万能の探索精度を持つ魔術を内包する。
汎用性の高い術式は位階が高くて魔力消費も多いので、そうそう使える奴はいないと思うけれど。
フードをかぶって広範囲にわたる検索をした結果、学院の敷地内及び周辺に、魔術使用を感知する魔術具などは存在しなかった。
無用心とも取れるが、必要がないのに高価な魔術具を備える者はいないか。
とにかく、学院内では魔術の使用を知られないとすれば、誤魔化しようはある。
あとは教職員や学生の中に、魔力探知を行える者がいなければ、完璧だ。
そう甘くないだろうけれど。
職員一覧と要注意人物一覧には、プッテンの名前はなかった。
どんな基準で作った情報なんだ。
ため息をつきたいところだが、そんなことをしても、情報の精度は変わらないので、自分で聞きに行くしかない。
本部に戻ったら統括部隊の担当部署へ行って、渡された一覧の裏をとることから始めよう。
やらないといけないことは、山積みだ。




