3ー3 朝食(通学二日目)
前半クサンデル視点
すっげー面白い奴に出会った。
昼休みに校庭でサッカーをしていたら、ノーコンのロキュスが球を明後日の方向に蹴っ飛ばしちまった。
いつものことながら、見事な暴投というか暴蹴だ。
本人はとても真面目にやっていることを知っているので、誰も何も言えないのが辛い。
「危ないぞーっ!」
飛んでいく球の先には、担任のラウテル先生と見知らぬ背の低い生徒。
たぶん中年学科の生徒だな。
そいつが見えない速さで振り返ると——信じらんないが、球がつぶれた。
「は?」
「ええっ?」
「……あ」
その時のそいつの「やっちまった」って顔を見た瞬間、こいつと仲良くなりたい、って思った。
直感を大事にしてきて、これまで損をしたことはない。
だからこの時も、俺は一切悩むことも迷うこともなく、そいつに声をかけることにした。
「うっわ、すげー」
ラウテル先生はそいつとつぶれた球を見比べて、困ったような変な顔をしてるし、生徒の方は、どうしよう?と言い出しそうだ。
これ、弁償とか必要なのか?
「手ェ大丈夫か?」
「ああ」
そいつを間近で見て、気がついた。
制服が新品だ。
しわひとつない制服に、どう見ても着られている。
入学から七巡り近くがすぎているのに新品の制服を着ているってことは、転入生に間違いない。
そいつの目は、俺が手にはめているキーパーグローブと、潰してしまった球の間をさまよっている。
好奇心旺盛というか、やってみたいなーという、わかりやすい表情を見て笑いそうになった。
「もしかして、転入生か?」
「ああ」
「俺は高年学科一年四組のクサンデル・サッセンだ、一緒にやらないか?」
「いいのか?」
俺の言葉を聞くと同時に、楽しそうに輝きだした黒に近い青緑の目を見て、こいつはきっといい奴だ、と確信に近い感想をもつ。
ボサボサの前髪を目にかかるくらい伸ばしていて、女子のような甲高い声と、気の弱そうな下がり眉と黒目がちな瞳。
外見からは幼年学科の転入生にしか見えないのに、上着が高年学科のデザインだった。
ぱっと見は大人しそうにしか見えない。
でも口を開くと全然外見のイメージと違うってのが、すぐに分かって面白かった。
ちょっと、いや、かなり背が低いけれど、同学年で同じクラスだと知ったこいつの名前は〝ヨー・ビズーカー〟。
俺にとって、運命的、いや、奇跡的な出会いだった。
◆ ◆
◆ ◆
昨日のことをぼんやりと思い出しつつ、目の前のベイクドポテトをかじった。
添えられたスパイスの効いたソースがうまい。
今朝方、いつものパン屋のおばちゃんにおまけされたのだ。
オレの部屋には保冷庫はないから、すぐに食べるしかない。
色を変えているせいで見慣れない、黒みがかった青緑色の前髪が視界の端に入るのをうっとうしく思いながら、まだ暖かい芋をかじると、頭の奥に残っていた眠気が遠ざかっていくのを感じた。
たとえ学院に通っていても、通常勤務の時間は働かなくてはいけない。
昨夜は本部待機当番の夕深(17〜23時相当)当番で、深夜まで第一隊の控え室で待機していた。
待機当番中は鍛錬用設備全般や遊戯室の利用は許されているが、緊急時にすぐに動けるようにと、風呂に入ったり、寝たり、私用での外出は認められない。
そうなってくるとオレの場合、一般隊員に顔を見られると困るので、控え室で待機するしかない。
当番が終わった後も勤務時間は未明まで続くので、休憩時間を利用して洗濯や風呂などの私用を片付けないといけない。
いつもなら勤務が未明に終わってから昼まで寝ているのに、学院に通わなくてはいけないので、完璧に寝不足だ。
それでも一刻半くらいは眠れたか?
総隊長の根回しのおかげか、待機当番の開始時間に本部にいなかったことはごまかされている。
三バカの相手と報告をしていたせいで一刻近く遅刻してしまったので、何事もなかったことに感謝している。
今後どうなるかはわからないが、昨夜は突発的な出張任務もなかった。
あんまり露骨にオレの王都外出張任務を減らすと、他の隊の隊員たちに怪しまれると思うので、うまく調整してもらえることを願うのみだ。
一巡り少し前に竜種の集団暴走を防いだばかりだから、当分は、何もないのが良い。
しかし当然のことながら、魔物は人の都合なんて考えない。
逆に言えば、人が魔物の都合を考えることもない。
その最たるものが、現在も王国内の人命を脅かしている、竜種の異常繁殖だ。
少し前に、人の起こした戦争のせいで竜種の異常繁殖が起きている、という論文が発表された。
荒唐無稽だと学会で袋叩きになり、その論文を提出した魔術学者は論文の撤回を余儀なくさせられた。
統括部隊の雑事専門請負部隊に「魔術と竜種に関連する論文の複製がほしい」と任務と関連づけて頼んであるので、撤回前に入手して読むことができた論文の内容は、叩かれるのも納得だった。
しかし現場を知る身としては、荒唐無稽だとは言えなかった。
常に竜種を相手にしている者としては、真実ではないかと感じてしまった。
これは論文の内容と、オレの知る限りの知識を組み合わせた推測に過ぎないけれど。
十六年前までの数年間に渡り、人の戦争で荒れ果てた大地には、魔素の乱れと大量の遺体だけが残った。
数カ国の連合軍同士で、殲滅戦に近い様相を呈していた最前線では、遺体を回収する人員が用意できなかったという。
当時の詳細な通信内容や、機密に当たる内情を知っているわけではないので、あくまで推測に過ぎないが。
魔術の効果範囲を増幅する魔術具を投下して、広範囲殲滅用の魔術が惜しげもなく使用された戦場は、大気中の魔素が乱れて双方陣営共に近づくことができなかったと推測する。
遺体の回収が遅れても、周辺の魔素が乱れているので、数ヶ月は魔物も近寄らぬだろう、と楽観視したのだろう。
戦場跡地の遺体が骨になって、周辺の魔素が安定した頃に遺品を回収すれば良い、と各国が逃げを打った。
しかし、そこに竜種が餌場を見出してしまった。
下級であっても竜種の魔素抵抗、魔素乱流への耐性は群を抜いている。
人が入れないほど汚染された戦場跡地も、竜種にとってはうまそうな匂いのする、ちょっと居心地の悪い荒地だったのだろう。
人が内包する魔力は他の動物を超えるらしい。
魔物に比べても、多彩な魔術への適性を持って生まれるのが人だ。
オスフェデア王国の総人口の二割程度しか属性特化魔術への適性を持っていなくても、生活魔法は使えるのだから、誰でもある程度の魔力は体内に保有している。
それを短期間の間に体感して学習した竜種は、戦場跡に食うものがなくなっても、戦後十六年が経った今でも〝人〟を食うことを求めるのかもしれない。
上級竜種が単騎で、下級竜種は群れで人里へ侵攻し、死後に腐敗竜になっても諦めない。
オスフェデア王国の周辺国は、竜種への対応をどうしているのだろうか。
人を食うことへの執念の深さに、呆れると同時に恐怖すら感じる。
魔力が含まれている人の肉が美味いのか、遺体の魔力を取り込んだせいで、竜種がイかれたのかは分からない。
これらは全て仮説ではあるけれど、ともかく、大物狩りを専門にしている第一隊は、まだまだ必要とされるのだろう。
「……ちょっと食い過ぎた」
パン屋のおばちゃんはオレを子供扱いするが、あの店の惣菜パンは美味いので、通うのをやめられない。
早朝からやってる店が多くない上に、本部から一番近いのも通う理由の一つだ。
勘違いされているようにお使いではないので、一人では食べきれないほどのおまけは望んでないけれど、素朴な味は嫌いじゃない。
歯を磨きながら、そんなことを思った。
身支度の確認をした後は、昨夜送られてきた総隊長からの指令書に目を通しておく。
わざわざ文書にまとめてくれたらしい。
「実技試験……か」
フェランデリング学院から、高度魔術という科目の実技試験を受けて欲しい、という嘆願がされたので適当にバレないようにやれって指令書に書かれても困る。
高度魔術の実技授業はまだ受けてないので、試験と言われても具体的に何をやるかが分からない。
魔術を発動するのだとしても、どの位階までを学院生が使いこなせるか知らない。
普通の学院生の魔力数値の平均も知らない。
最大魔力量の測定は実働隊で半期ごとに計測を行うので、それを元に学生としておかしくない数値で提出してあるはずだ。
実働部隊隊員の所持適性に関しては機密扱いなので、学院には〝主属性で何か一つ〟に適性あり程度の情報しか送られていないだろう。
支部隊員見習いとしても妥当なところだ。
ヨー・ビズーカーの出身設定を、もう一度読み込んでおかないと間違えそうだ。
少なくとも学院長とラウテルさんは、オレが実働隊本部実働部隊の隊長だと知っているのに、実技試験に参加しろと言ってきているのか。
建前なら受けてもいいが、本気でやらないといけない、となると困る。
学院を壊してしまったら賠償する羽目になりそうだし、借金に加算されたら泣くしかない。
建物を損壊した場合、瓦礫を撤去して広大な敷地を整地して建物を全て立て直すとしたら、幾らぐらいかかるのか。
二日目にして学院生活の終了を予感しながら、避難経路へと足を向けた。
無人の廊下は静まり返っていた。
最上階は静かなものだが、階段室の方から遠いざわめきが聞こえてくる。
事務部隊や統括隊の各部隊は忙しくしているはずだ。
オレも眠気をおして学院に出かけよう。
フードを深くかぶってから昨日と同じように転移陣まで向かい、ベルト通しにつけた涙型の転移魔術具に手を添える。
魔力を込めると、目の前の景色がすぐに暖色の木目に囲まれたものになった。
「いらっしゃいませ!」
「隊長!お待ちしておりました」
昨日も少しだけ思ったが、支部には立ち寄っているだけで目的地は別なのだから、いらっしゃいませってのはどうなんだ。
初めて会った女性副支部長も、隊長呼びはやめて欲しい。
オレは支部長と副支部長を階級記章で見分けていて、当然支部長は昨日と同じ人物だが、副支部長は別の人物だった。
そういえば、支部は業務内容と時間の関係で、副支部長が四人いるんだったか。
人数が多いと情報伝達が大変そうだな、と支部長を見てしまう。
「少しいいか?」
今日は声を変える魔術具も持ってきた。
階級記章と一緒に首にぶら下げることにしたので、二度と忘れることはない、つもりだ。
フードの下から聞こえた声が渋い男性の声だったからか、支部長と副支部長は最敬礼のまま、視線を真正面で固定してしまう。
やりにくい。
「自分がここで与えられている役職は何だ?」
「見習いの使いっ走りであります!」
「ならば、それ相応の態度をとるように」
「「はっ!!」」
はっ!!じゃないよ。
敬礼を崩してくれない時点で、わかってないよな。
あ、でも、オレも下っ端らしくない話し方をしている。
まあいいか。
手をひらりと振って、さっさと支部長室を後にする。
会話ができるのに、何にも伝わってないおかしさ、か。
何度も体験したくないなーと思いながら、朝の雑踏へと足を踏み出した。




