3ー2 困った人たち
散々迷いながらようやくたどり着いた食堂には、クサンデルと新人職員のクライフさんが、うっすらと笑顔を浮かべていた。
部下の隊員たちに向けられる、なんとも言えない温かな視線も落ち着かないが、同年代に微笑ましそうな顔で見られたくない!
始めた来た場所なら、迷子になったっておかしくないだろ!
「やあ、ビズーカー君、何を食べるんだい?」
「背が伸びそうなもの」
「え?あ、うん」
こうなったらヤケだ、開き直ろう。
ただし、ヤケ喰いは仕事に差し支えるからしない。
一度会っただけなのに、名前を覚えてくれていたクライフさんのオススメは、野菜たっぷりのシチューだった。
まだ大げさな防寒具は必要ないとはいえ、季節は朝晩が冷え込む寒季に入っている。
湯気を立てるシチューはしっかりと体を温めてくれた。
シチューだけでは足らなかったので、マヨネーズとスパイスソースのかかったポテトフライを追加した
「本当に腹減ってたんだな」
「なぜ嘘をつく必要がある?」
横でお茶を飲んでいるクサンデルは、オレが先ほど言ったことなど忘れたように、ケロリとした顔をしていた。
切り替えが早いのか、変な奴なのかどっちなんだろう。
「もう時間だから、俺いくわ、じゃあな」
クサンデルは壁の柱時計に目を向け、立ち上がった。
「色々とうまくいかなくて、藁にもすがる気持ちだったけどさ、ちょっと吹っ切れた。
変なこと聞いて悪かったな、また明日」
去り際に、そうやって反応しにくい言葉を残していくのはやめてくれ。
どんな返事をしたらいいか分からない。
空の食器を戻しがてら、奥で料理をしている男性に会釈をして、通りがかった受付前でクライフさんにからかわれた。
「ビズーカー君、初日でお友達ができたみたいだね、よかったじゃないか」
「そんなに平和な関係に見えましたか?」
どう答えたら良いのか悩むような、重すぎる相談を持ちかけられた。
出会ったばかりで友達になっていないから、簡単に聞けたのもしれないというか。
見上げた柱時計は夕刻を刻んでいた。
総隊長が頑張ってくれたのかは知らないが、初日は呼び出しもなく、無事に終わった。
帰ってからは本部待機当番か。
とりあえず本部に帰ろうと、クライフさんに挨拶をして食堂を後にした。
学院を出たのはいいが、後をつけてきている複数の存在を感じる。
教師たちから対人戦闘は習っていても、人の気配を察するのは苦手だ。
普段なら気がつかない気配を今日は感じ取ることができたのは、精神的に疲れている方が、気負いがなくて周囲に意識が向くのかもしれない。
本来なら支部まで戻って転移陣を使うところだが、何に巻き込まれているのかを調べる方が先だ。
太陽が空にある間なら相手の居場所を特定できる。
個人を特定するのは不可能だが、人とその他を見分けるくらいならなんとかなる。
無関係の住人と間違える可能性も大きいが。
オレの適性は大規模かつ広範囲か、一対一と偏り過ぎている。
真っ向から迎え撃つにしても、手加減ができない。
北区支部に向かって歩きながら、背後の気配に〝探索〟をかける。
太陽の位置を見ると、魔術を使えるのはもって数分か。
慎重に相手との距離を測りながら、裏路地に曲がった瞬間に〝落穴〟で周辺の石畳の下を数カ所陥没させて、簡単な罠を作る。
大人が乗れば石畳がずれて、足を挫くか転ぶくらいはするだろう。
追ってくる気配は三人、か?
やっぱり街中で探索は使いにくい。
街中では基本的に魔術の使用は禁止されている。
よほどの事態でない限り、安易に使っただけで始末書を複数枚、器物損壊や住人に傷害を与えたら、謹慎か減給か停職か、とにかく謝って済む話ではなくなる。
後でのゴタゴタを避けるなら、広範囲向けの攻撃魔術はまずい。
ゴシップ騒ぎに巻き込まれて学んだ。
静かに見つからないように動くことも大切だ!と。
路地の奥で待ち構えること数秒、路地に飛び込んできた人影が、こちらの姿に気がつきたたらを踏んだ。
「『燃焼』」
豪快に陽炎を立ちのぼらせ始めた杖を構えて、見せつける様に腰を落とす。
普段は無発声発動しか使わないオレが、わざわざ魔術の発動を声に出して教えてやったんだから、何が目的かは知らないが諦めてくれないか。
魔術を乗せた杖は、温度はかなり押さえたが人を火傷させられる程度には熱くなっている。
「うわっ」「ぎゃっ」「いたっ」
後についてきた二人が、立ち止まっている一人目を避けようとして、ずれた石畳に足を取られ、三人はもつれ合うように体勢を崩して倒れた。
「何の用だ?」
「ひぃっ!」
目の前に焼けそうな熱を放つ杖を突きつけられ、後ろの二人に押されて転んだ一人目が情けない声をあげた。
「た、隊長閣下!お迎えに参りました!」
「ラムセラール?」
「そうであります!」
路地が暗くて顔が見えなかったが、そこにいたのは、いっつも三人でつるんでいる第一隊の隊員の一人だった。
名前はリシャルト・ラムセラール。
オレに流行本の読破を勧めてくる、いわゆるオタクの気がある隊員だ。
「後の二人は?」
「隊長くん、ひどいよー」
「我は隊長様の制服姿を見ただけで満足ですわっ」
まさかの、いつもの三バカトリオだった。
「ここで何をしている」
「お、お迎えに」
「……なるほど」
抜けかける緊張感を失わないように、無言で杖に纏わせている熱量を上げ、ラムセラールの頬へと近づける。
こんなくだらないことで魔術を使ったと報告しないといけないのか。
「も、申し訳ございません!隊長閣下の学院生姿が見たいばかりに、やってまいりました!」
「ごめんなさいー」
「我等は不純な動機で動いておりますが、職務に穴は開けておりませんわっ」
深々とため息をついて、魔術を解除して常温に戻した杖をしまう。
「どうやってここまで来た?」
転移魔術なしで中央区から北区までこようとすると時間がかかる。
三人全員が非番であるわけがないので、待機当番をサボって抜け出している可能性まである。
待機当番に全部隊の隊員を組み込むために、第一隊の隊員だけでも出勤が何パターンもあるので、自分と副隊長二人以上は覚えていない。
非番なら文句を言う気はないが、もしもサボっているのなら大問題になるし、抜け出す時間を短くするために街中で転移の魔術具なんて使っていたら責任問題になるのは間違いない。
街中で転移魔術具を使うには許可が必要で、犯罪に使われないように魔術具も(存在しているのかすら不明な)使用者も厳しく管理されている。
「飛んでまいりましたのっ」
地の底から響くような低い声で巨体をくねらせ、乙女みたいな話し方をする、長身に筋肉の塊のダミアン・スメールデルスの属性適性は〝風〟だったか。
耐性にも〝風〟を持っているので、自分の移動に魔術が使えるらしい。
普通なら吹っ飛んだ後に落下して終わりだろうに。
もう一人のイザーク・アールデルスが〝影〟属性持ちで、フィンケ副隊長には劣るものの、数人同時に結界を張るくらいならできるんだったか。
つまり、周囲を物理的な結界で覆った二人を、スメールデルスが自分ごと魔術で運んで来た、と。
緊急事態でもないのに王都の真上を飛んで?
どう考えても始末書ものだ。
「総隊長への報告は自分がする、それまで第一隊控え室で待機」
「えええええ!!」
「えええええっっ」
「えええええーー」
「ヒキコモリたいか?」
「大変申し訳ありませんでした!」
「すいませんお許しくださいませっ」
「ごめんなさいー」
未知の分野へ足を踏み出すかどうかで、迷って悩みすぎるのもどうかと思うが、考えるより前に行動!も考えものだ。
まさか、勢いだけで動いているのか?
今日だけで何度目になるかわからないため息をついて、暗くなっていく空を見上げた。
一番星が中天で眩しく光り始めていた。
◆
結局、三バカトリオは、奉仕活動を百刻(約200時間)の隊内処分になった。
奉仕活動の内容は、余暇を利用して王都内の支部を全て回って風通しをよくしてこい、という厄介な任務だ。
本部実働部隊の隊員には〝ドブさらい〟と呼ばれている。
本部に憧れる新人支部隊員や、上に登れなくて腐ってきているベテラン支部隊員たちを鼓舞するという、面倒な対人奉仕任務なので、魔物相手の実力行使が得意な実働部隊隊員には人気がない。
特別手当をもらってもやりたくない!と、くじで担当が決められる任務の一つだったのに、とうとうくじ引きですらなくなったらしい。
オレが本部に呼び集めた新人相手にやる、煽って挫折体験任務と同じようなものだ。
何があっても柔軟に対応して冷静に動けるように、という総隊長の意向らしいが、支部隊員と本部隊員の双方にとって精神的負担が大きすぎる気がするのは何故だろう。
本部の隊員でも、現状に満足するなよ、ってことなのかもしれない。
処分内容がこの程度で良かった、と個人的には思っている。
人手が足りないので免職はあり得ないとしても、せっかく隊員たちの得意分野を覚えたのに離隊されると困る。
国家の治安を守るべき実働隊の隊員が、私利私欲で街中を魔術で飛び回った、というのは外聞が悪すぎる。
唯一減点対象でなかったのは、スメールデルスが相棒のデイクストラに、混成属性の〝視覚偽装:隠蔽〟を強要したことだ。
隊長クラスならともかく隊員が使うには難しい、位階七の魔術発動の反動で倒れたデイクストラのお陰で、姿は誰にも見られずに済んだ、と思う。
目を覚ましたデイクストラに話を聞いたところ、私用では使えないと拒否したものの、先輩であり頭一つ大きな筋肉の塊にお願い(という名のナニカ)をされて断りきれなかったらしい。
オレに迷惑がかからないように、と使えるようになったばかりの高位階魔術を使ってくれた判断は褒めたいが、三バカを送り出す前に副隊長のどちらかに報告してほしかった。
そもそも、必死に隠そうとした結果で有能なところを見せるな!と、総隊長ばりに説教してやりたい。
オレに見つからなかったら、あいつらは繰り返すつもりだったに違いない。
ただでさえ憂鬱な学院通いを、さらに不安と緊張に満ちたものにされたら困る。
それにしても、ここまで考えなく勢いだけで動くような奴らだったのか。
四年も上司をしているのに気がつかなかった。
幸か不幸か、不思議と監督不行き届きの処分は下されなかったが、総隊長のしかめっ面で胃が痛くなった。
初めての学院潜入任務の報告もつつがなく終えることができて、このまま任務続行が命じられた。
……心労で倒れたら休めるのか。




