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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
三 ダブルワークな日々
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3ー1 好意への返礼

 





 一区切りが半刻程度の講義をいくつか受け終えた頃には、精神的な疲労と空腹で机に突っ伏すことしかできなかった。

 濁った窓の向こうに、紫に染まりかけている空がぼんやりと見えている。

 正直、学院生活がここまで大変だなんて思いもしなかった。


「それではまた明日、気をつけて帰ってください」


 終業前の連絡をするラウテルさんの声を聞き流しながら、深呼吸をして精神状態の乱れを整える。


 受けたのは数時限だけだが、講義は退屈極まりなかった。

 座ったままひたすら話を聞いているだけ、と言うのがここまで眠くなるとは思わなかった上に、聞かされたのがすでに知っていることばかりだった。

 時々間違っている(かもしれない)ところとか、すごく気になるし。


 しかし退屈には解決策を思いついた。

 講義中に普段は時間が足りなくて後回しにしている、魔術術式の整理を行うのだ。


 発動に複数の脳領域を使用する、位階の高い術式の熟練度を上げるために、思考内整理をする必要があったものの、任務と個人的に興味のある魔術の探求その他に余暇を割いているので、整理や効率化は後回しにしていた。


 今現在のオレが、条件反射で発動させられる攻撃用魔術は三つ。

 三つとも位階は低いけれど、発動意思を条件に瞬きの間に発動するように調整してある。

 他にも条件つきで発動させられる術式はあるけれど、反射発動で使える魔術はそう多くない。


 術式の構築を無意識で行える状態にまで魔術を使い込んでいくというのは、あまり知られていない習熟方らしい。

 戦闘職につく者にはとても有用な気がするのに、部下の隊員たちに聞いたところ「(そんな練度まで引き上げるのは)無理ですよ〜」と泣かれてしまった。


 しかし手数が限られているというのは、マナリズムと油断を招く元になる。

 決まり手があるというのも強みだと思うが、常に同じでは対策をされてしまうかもしれない。

 魔物を相手にして、マナリズムや決まり手への対策が必要なのかは分からなくても、できることはしておくべきだと思う。

 命のやり取りに常勝なんてものはない。

 そこで、脳内に蓄積された履修済みの術式を整理整頓して、自分の戦い方を見直すことにした。


 そもそも反射発動で使える魔術は位階が低いので、竜種の駆除には使えない。

 竜種の死骸から素材を得るためには、遠距離からの広範囲魔術での駆除は選べない。

 素材を取れるように配慮しながらの駆除というのは、とても難しい。


 使用頻度の低い、高位階の魔術は使い込んでいないので、発動時に術式を思い返す必要がある。

 さらに使用頻度が低い補助魔術は、集中して意識しないと術式が出てこない有様だ。

 今は良くても、一体多数の事態に追い込まれたら困る気がする。


 この術式整理は思考と聴覚を切り離して、講義を三割の注意と意識で聞いて、残り七割を整理に割いているので、魔術の複数同時発動と術式の精密管理の鍛錬にもなる。

 必要なことではあっても、精神的に疲れるのでいつも後回しにしてきた。

 とはいえ、すでに知ってる上に所々間違っている?疑いのある講義を聞くよりはマシなので、やるしかない。


 並列思考能力を鍛える彷徨(ホウコウ)思考の鍛錬もしたいけれど、戦闘中の並列思考は、身体強化系魔術との相性が悪い。


 任務では身体強化後に接近タイマンか、遠距離から範囲魔術で殲滅が主で、竜種駆除は素材を得るための接近戦が多いので、並列思考を使う機会がないかもしれない。

 広範囲殲滅魔術を同時発動する必要に迫られない限りは、並列思考など使い道がないので、鍛えるだけ無駄な気もする。


 こうして、講義中の時間を潰す算段はついた。

 だが、講義の合間の短い休息時間がきつい。

 新しいおもちゃ扱いなのだろうが、男女問わず同じようなことを何度も聞いてくる。


 何度聞かれても、王都北区支部の支部長、副支部長と出会ったのは今朝が初めてで、好きな食べ物も好みの異性のタイプも知らない!

 そもそも全員と会ってないし名前すら聞いてない。


「なあ、本部の隊長とか知らないか?」

「知らない、支部には来ないから」


 帰宅前だというのに、名も知らぬ級友の問いに、内心はうんざりしながら答える。

 本当は知っているが、ここで知っていると答えると問題になる。

 支部の見習い隊員以下の使いっ走りが、本部に入れるわけないだろ!?と言いたいが、学院生がその常識を知るはずもない。


 かろうじて顔に笑顔を貼り付けていられるのは、これが〝任務〟だからだ。

 コミュニケーションの練習?そんなの二回目の休憩で諦めた。


 怒るな、彼らは本部に集められる〝何も知らない隊員〟と同じだ。

 自分たちが本部に選ばれて配属される特別な者だと思って、好き勝手気ままに傲慢に振る舞う新人だ。


 級友たちに悪気はない。

 それは、ちゃんと理解している。


 任務として考えるなら、中途半端に逃げて禍根を残すより〝最短手順で攻略〟が正解答だろう。

 学院がなくなってしまえば、苦痛に満ちた時間を過ごさなくて良くなるが、初日から広範囲殲滅の攻撃魔術をぶっ放してこい、とは言われていない。

 任務内容は〝楽しんでこい〟だ。

 話しかけられるのが鬱陶しいからと、学院をぶっ壊して「楽しかった」なんて報告をしたら、停職処分じゃすまない気がする。

 その場合、卒業証明がもらえないのも考えなくてもわかる。


 そういえば、校内での魔術の使用は禁止されていなかったよな?

 かなり今更な問題ではあるけれど。


「ヨー、大丈夫か?」

「腹が減った」

「じゃ、食堂行くか?

 学課外活動をする奴らが、つまめるようになってるんだ」

「行く!」


 聞く必要のない講義の間、魔力循環をしっぱなしだったので、腹が減った。

 身体強化系の魔術を使うとやけに腹が減るが、魔術式に魔力を循環させて習熟度を上げるのも腹が減る。

 体を全く動かしていないのに腹が減って仕方ない。


 クサンデルは優しい!と感激しながら、オーバーコートを羽織っていつものようにフードをかぶり、昼食を食べた食堂へと向かうことにする。

 本で読むだけだった友人という関係同士になれるかもしれない、と浮かれていた。


 問題はこの後に起こった。

 飯を食ったら本部に戻って待機任務だ〜とかのんきに考えている場合じゃなかった。


「……なあ、ヨー。

 俺って実働部隊に入れるかな、どう思う?」

「……」


 薄暗い廊下を歩きながら、ぼそりと呟かれた言葉に、思わずため息を返してしまった。

 思わず口に出そうになった言葉は「そんなの知るか」だった。


 誤解のないように言うなら、うわっ面倒臭いこと聞いてきた!とかそんなことを考えたのではない。


 実働隊は入るものではないのだ。

 入りたいと願えば、必死で努力すれば入れる場所じゃない。

 適性を持つ者が選ばれて、入れられるものだ。

 実働隊は国営の特務機関であり、聞くところによると拒否権はあるらしいが、入隊要請を拒否したらどうなるかは考えたくもない。

 読売を読める歳ならば、誰もが実働隊が国の平和を守り、人々の生活を維持している、と知っている。


 学院で公開されるオレの肩書きは支部の使いっ走り、つまり支部でも隊員未満だ。

 そんな奴に、自分の未来を聞いてどうするんだ。


 オレが愛想よく級友の質問に答えていたから、それに乗っかってきたのか?

 ほんの少しコミュニケーションを頑張ったせいで、でっち上げの嘘八百を並べ立てて、耳触りがいい言葉ばかり垂れ流す奴だと思われたんだろうか。


 そう考えたものの、なんとなく嘘をつきたくないと思った。

 クサンデルが向けてくれた好意への返礼をしていないし、親切にしてもらったことにも感謝している。


「自分の意見など聞いても何も変わらないが、それでも構わないのか。

 本音とおためごかし、どっちがいい?」

「……え」


 オレの幼い外見を利用して、本部に呼び集めた支部の見習いたちを引っ掻き回す任務を思い出す。

 自尊心を煽って増長させ、命に危険の無い初期段階でわざと任務を失敗させて、挫折の味を教える任務を。


 挫折させることが目的ではなく、どんな時も冷静に行動する必要性を心身に叩き込む鍛錬の一環であり、ここでふるい分けをして本部に登用すべき者を判別する試験でもある。

 焦らせて、慌てさせて、怒らせて、嘆かせる必要性はわかっていても、その度に、オレは今と同じ気持ちになる。


 自分ではどうしようもないことを他人のせいにしたり、一人で落ち込んで思い悩むのは、やるべきことを全部やってからにしろ!と言いたくなる。

 この手の任務は嫌いだ。

 適任だからと三年間も続けさせられているのが辛い。


 こちらを戸惑ったように見るクサンデルの青緑の瞳には、不安に揺れていても真摯な光が灯っていて、追い詰められているのだ、と語っていた。

 彼が自分の夢のために、今までどんな努力をしてきたかは知らない。

 これまでにどんな道を歩いてきたか知らないのに、知り合って数時間の相手に何を言えばいいのか。


 フードで頭が隠れているのをいいことに、目を閉じて無言で〝解析〟を発動してクサンデルの属性適性を見たものの、なんといっていいかわからない。


 こんな聞き方をされれば、彼の将来の夢が何か、など聞かなくてもわかる。

 仲良くなりたいと思っている相手に嘘をつくか、本音を言って落胆させるか。

 どちらを選んでも、いい結果にはならない。


 出会って半日にもならないが、クサンデルはいいやつだ。

 コミュニケーション能力が低くて扱いにくいだろうオレを、四組の一員として迎えてくれた。

 それに対する礼として「お前には属性特化型魔術の適性がない」って、言わないといけないのか?

 クサンデルは自分の適性を知っているはずで、開いている傷口に塩を塗り込む様な真似をしろと?


「本音を聞きたい」

「そうか」


 ……ここで本音を言ってくれとは、被虐趣味なのか?

 実働部隊の隊員になりたいのなら、極端な被虐も加虐趣味もあまり褒められないんだが。


 何か言わなくてはいけないなら、本音を言おう。

 それが、オレなりの好意への礼だ。

 遠回しに奥歯にものが挟まったような言い方もしない。

 お世辞もなしで、クサンデルを解析した結果を告げることにする。

 そう、解析()()の。


「……支部の隊員でギリギリ、決して本部の隊員にはなれない」


 クサンデル・サッセン

 魔術適性区分:中の下

  適性主属性:水

    副属性:/

  耐性主属性:/

    副属性:熱

   鍛錬適性:/


 中の下、実働隊で隊員の命を守るための区分で分けた場合、解析で判明したクサンデル・サッセンの該当する区分けはここになる。

 使用適性は主属性の〝水〟。

 耐性適性は副属性の〝熱〟。

 鍛錬適性はなし。


 主属性の使用適性と副属性の耐性適性のみで、鍛錬適性がない。

 適性と耐性の二つの素養を持っているが、熱属性は水属性の魔術を使う助けにはならない。

 つまり〝才能ある無能者〟だ。


 術式理解と魔力運用が未熟な状態で〝水〟属性の放出系魔術を発動すれば、そのまま溺死する可能性が高い。

 オレ自身が〝水〟属性を所持していないから、攻撃に利用するような放出系の知識しか知らないけれど、身体強化のような補助系の魔術はそう多くなかったはずだ。


 本部であろうと支部であろうと、実働部隊の隊員には魔術を行使する適性が必要だ。

 鍛錬適性がないと、採用は難しい。

 まさか事務員を目指してるとか言わないよな。


 耐性があっても、魔物の駆除はできない。


 肉弾戦だけで魔物を殺す気なら、魔物並の体格と力が必要になる。

 そんな人は存在しないので、どうしても魔術による身体強化を使用して、魔物を駆除することになる。

 当然ながら身体強化、つまり〝熱〟か〝冷〟属性への適性が必要だ。

 鍛錬適性がなく〝熱〟属性への耐性だけを持っているクサンデルは、魔術具を使用しても〝身体強化〟は使いこなせないだろう。

 オレにとって、結界系魔術がほとんど効果がないのと同じだ。


 知り合ったばかりのオレなんかに、こんな重い話を相談してきた理由を、根掘り葉掘り聞く気はない。

 本名を明かすつもりはないが、現状で可能な助けはしてやりたい。

 専門的になりすぎない助言を与えるくらいが、限度だとしても。


「……そっか」

「今のまま、何もしなければな」

「え?それはどういう意味?」

「属性特化型魔術の適性は、使いこなせなければ宝の持ち腐れでしかない。

 魔術学は他にもある、手持ちの駒を全て使い切って、手詰まりになってから諦めるべきだ」


 あれ、なんでオレは上から目線で語ってるんだろう。

 術式整理で魔力循環を使いすぎて血糖値が下がりすぎてるっぽい、絶対におかしくなってる。

 なんか顔が熱いし!


「ヨー、お前」

「腹が減った、先に行く」


 ごまかしにもなってない台詞を残して、さっさと走り出した。


 フードで隠れていたと思うけれど、顔が熱い。

 オレはいつから、こんな青臭いことを言うようになった?

 まさか、何者かの精神攻撃を受けてるのか?

 いやいや、そこは対抗魔術具をつけてるから大丈夫だろう。


 何に感化されたにせよ、学院を出たら、いつもの平常心を取り戻さないといけない。

 魔物相手に一喜一憂なんてしていられない。

 常に感情を平坦にせよ、が教師たちの教えだ。


 適当に走ったせいで、食堂までの道に迷った。

 情けなさすぎて泣きそう。

 あぁ、腹が減った。



 

人見知りとコミュニケーション能力不足が、ハイブリッドされた

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