2ー4 才能ある無能者
「こんにちは、ラウテル先生」
「プッテン先生」
どこか無人に近い場所を探して午後の講義の開始を待つしかない、と思っていたところで声がかけられた。
オレにではないようなので、無視してフードを深くかぶってから席を立ち上がると、不躾な値踏みの視線を感じた。
髪や瞳の色を変えて、新人隊員のフリをして、新人研修に潜り込んだときに似ている。
お前は、俺を蹴落とすやつなのか?という敵意と疑心の混ざったねとつく視線だ。
直接ではないにしろ、教え子にそんな視線を向けるような人物が教職についているのか?
双方が名乗りもしていないのに失礼な態度をとるのは、教員として褒められないはずだ。
見も知らぬ相手に一方的に喧嘩を売る行為は、大人としても褒められないことだろう。
身を守るために、礼を失する者には同様の無礼を返すことに決めているので、遠慮なく〝解析〟を使わせてもらった。
「初めまして、転入生ですかな?
ラウテル先生、そんな話は聞いておりませんけどね?」
「すいません、急遽決まったことですので、明日の職員会議でお伝えすることになっていました」
ラウテルさんは面白いほど全身を強張らせて、現れた男性を警戒している。
一応相手が教員だと言うなら、フードは外しておいた方がよさそうだ、と外すと同時ににやけた笑顔を向けられる。
下卑た笑顔からは相手を見下しているのが見え見えで、会話をする気も失せた。
「初めまして転入生くん、この学院はどうかな?
古臭い事なかれ主義や、権力追従体質のせいで、組も決まっていないうちから困っていないかな?
今なら高年一年一組の担任である小生、アンドリース・プッテンが直々に、種々様々な事を教えて差し上げますよ」
戸板に水の口調で話されても、何を言いたいのかよく分からない。
多分、ラウテルさんから、自分に案内を乗り換えろと言いたいのだろう。
「ありがとうございます、プッテン先生。
自分は四組への配属が決まりましたので、そのご配慮だけで結構です」
「まさか、高年の一年四組へ?
中年学科の学院生かと」
背が低くて童顔で悪かったな。
内心で苛立ちを覚えていても、それを表に出してはいけない。
オレが威嚇していいのは、魔物か上から命令された相手だけだ。
「本日付けで高年学科一年四組へ配属されました、ヨー・ビズーカーと申します。
浅学非才の身でありますれば、ご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申しあげます」
どうだ、完璧な挨拶、のはず。
先ほどのクライフさんとの会話ではらしくないと言われてしまったが、礼儀としては間違いないだろう。
何よりも単語だけの喋りよりはマシだ。
オレの挨拶を聞いたプッテンはぽかんとした後、ゆっくりと笑みを深くした。
「ラウテル先生、本当に彼を落ちこぼれの四組へ入れるのですか?
今の挨拶だけでも、一組に相応しいと思いますがね?」
「ほ、本人の希望ですから」
ラウテルさんの言葉を無視して、プッテンは笑顔をオレに向けてきた。
「ビズーカー君、勿体ないですよ、四組なんかで君の大切な時間を無駄遣いしてしまっては」
「申し訳ありません、自分は実働隊補佐部隊、王都北区支部の見習いです。
そちらを本業と捉えておりますので、学業に本腰を入れることはできかねます」
詳しいことはラウテル先生に聞け、と目の前で硬直している女性に「そうですよね?」と同意を促しておいた。
「その通りです!」
ラウテルさんが慌てたように肯定したものの、プッテンの視線は冷たい。
本来なら、オレが自分で設定を語る必要などない。
ラウテルさんは本当に頼りない先生で、これからの学院生活を不安にしてくれる。
今からでも遅くないから、学院通いをやめにしてもらえないかなーと思っていると、プッテンの遮りが入った。
「それなら仕方ありませんね。
しかし、実働隊の見習いということは、ビズーカー君は主属性に適性を持っているのですか?」
「それなりには」
「それは素晴らしい、ぜひ、実技の時に見せていただきたい」
「機会がありましたら、よろしくお願いいたします」
「ええ、もちろん。
ラウテル先生、彼を落ちこぼれクラスに預けるのは、彼の実力が判明するまでですから」
邪気のない笑みを見せ、いかにも上昇志向の強そうなプッテンは立ち去っていった。
思わず息を吐く。
なんか一気に疲れたな。
有能な自分が大好きで、もっと上に行けるはず、将来は成り上がって学院の経営を乗っ取りたい!と顔に書いてあって、側にいたくないタイプだ。
なんでも人並み以上にできる有能な人間ばかりならともかく、人には各個相応な生き方がある。
自分ができるから、と人に無理を押し付ける奴らは、何も理解していないか知っていても無視するような奴らだ。
いいように使い潰されると知っていれば、誰が近づくか。
プッテンとは関わり合いにならずに、学院では静かに過ごしていきたい。
「すいません」
しぼんだような声で告げられ、思わず苦笑いしてしまう。
「気にしていませんから、それよりも、言い返さないのですか?
魔術の適性から考えれば、貴女の方が高みにいるでしょうに」
「言い返すなんて……あの、いま、なんて?」
戸惑うように縋るような視線を向けられても、なんの力にもなれない。
「失礼な方でしたので、お二方を解析させていただきました。
口撃の調子はいいですが、資質的には見習いから這い上がれない者と同等です」
実働隊で用いられている、魔術適性区分に基づいて分けるならば〝中の下〟だ。
簡単にいうと、(戦闘職の)隊員としては使い物にならない。
使用適性一つと、耐性一つを兼ね備えているが、その相性が最悪というパターン。
プッテンの適性を一覧にするとこんな感じになる。
魔術適性区分:中の下
適性主属性:火
副属性:/
耐性主属性:水
副属性:/
鍛錬適性:/
ラウテルさんはこんな感じ。
魔術適性区分:中の上
適性主属性:/
副属性:冷
耐性主属性:/
副属性:/
鍛錬適性:有
プッテンの場合〝火〟の魔術使用適性を持っているのに、耐性は〝水〟しかない。
その上、魔術を使えるようになるのに必須とまでは言わないが、無いと確実な習得ができない、とまで言われる鍛錬適性もない。
せっかく攻撃に適した主属性〝火〟の適性を持っているのに、火属性の耐性を持っていないので、自分の術が原因の火傷や、焼死する可能性が高い。
鍛錬適性がないので、魔術の発動や維持に必要以上の集中力や経験則が必要になる。
人並みの知識量や精神鍛錬量では、魔術を扱うことが難しい。
一見すれば副属性の〝冷〟しか持っていないラウテルさんの方が格下に見えるだろうが、彼女には鍛錬適性があるので中の上の区分になるのだ。
要は使いやすいほどほどの力と、すぐ暴走する圧倒的な力のどちらが便利かという話になる。
書面上ならばともかく、実際の現場で〝(自分すら巻き込んで)暴走する圧倒的な力〟など、なんの役にも立たない。
この辺は魔術基礎のさらに基本を知る者なら、考えるまでもなく理解しているはずだ。
鍛錬適性を持たず、主属性で相性の悪い適性と耐性しか持たないものは〝才能ある無能者〟という扱いを受けているはずなのに、どうしてあそこまで自信たっぷりなのかを教えてもらいたい。
◆ ◆
ここで魔術の基礎について少しだけ講釈を垂れよう。
と言っても教師からの受け売りなので、興味のないものには何の必要もない知識だ。
魔術は一般人には必要ない。
これだけは断言できる。
魔術とは、ほとんどの人が使うことのできる〝生活魔法〟とは異なるものであり、日常生活を送る上で必要ないものだ。
そこらの一般人が、攻撃系統の魔術を修めている国には住みたくない。
街中を攻撃魔術が飛び交う中で、生活などしたくない。
オレの個人的な見解は置いておこう。
俗に〝魔術〟と呼ばれるのは〝魔術学〟という分類の学問の一種であり、有名どころでは属性特化型魔術学、精霊施行型魔術学、循環特化型魔術学などがある。
オスフェデア王国では、属性特化型魔術学が迎合されているので、他の魔術の説明は機会があれば。
属性特化型魔術はその名の通り、生物の体内の内在魔力、大気中の魔素が属性を帯びやすい傾向を利用して、術式を顕現発動する魔術である。
自然界由来の主属性が六、副属性が六、の全部で十二属性と言われている。
主属性が〝火〟、〝水〟、〝土〟、〝風〟、〝日〟、〝影〟。
副属性が〝熱〟、〝冷〟、〝礫〟、〝圧〟、〝陽〟、〝陰〟。
複数の属性を組み合わせる〝混成〟という分類もあり、そこには〝雷〟や〝霧〟などがある。
オレもいくつかは使えるが、混成魔術は最低発動位階が高いものが多いので得意とは言い切れない。
現在は循環特化型魔術を組み込んだ魔術具で再現されている〝転移〟という超常現象を起こす〝時空〟なんていう属性もあるらしい。
主属性と副属性の違いは、簡単にいうと攻撃に向くか向かないかで、属性に優劣があるわけではない。
主属性には攻撃魔術が多いが、補助魔術もある。
副属性には補助魔術が多いが、攻撃魔術もあるということだ。
属性の話を始めると終わらなくなるので、今回は、魔術の素質とは何か?適性とは何か?だけにしておく。
属性特化型魔術は三つの要素の兼ね合いによって、その発動を決定づけることができる。
1、魔術を使用する適性
2、魔術を使用する、された時の耐性
3、鍛錬への適性(習得可能かどうか)
〝水〟の適性を持つが〝水〟の耐性は持っていない。
そんな初心者がいたとして。
適切な知識を学ばず、制御法や精神鍛錬を習わず、魔術の術式だけを教わって発動行使した場合、ほぼ確実に自身の術で大怪我をおうか溺死する。
火系統ならば焼死、土系統なら生き埋め、風なら巻き上げられた後に墜落死と、大抵の場合で命に関わる。
魔術とは、そういう物騒な能力だ。
制御や精神鍛錬を習得せずに魔術が発動するわけもないので、あくまで仮定の話でしかないとしても。
故に、魔術を使いたいとを望むものは多くても、本当に使えるのはほんの一握りしかいない。
実働隊では、魔術事故による死者を減らすために、全ての隊員を大まかな区分に分けている。
適性が本人の能力診断に直結するわけではないが、判断の一つになっているのは間違いない。




