2ー3 食堂
無駄に高い天井の廊下を抜け、それなりの広さの土の広場(校庭と言うらしい、土がむき出しでも庭なのか?)を横目に見ながら、静まり返っている部屋の横をいくつも通り抜けた。
説明を受けるまでもなく、敷地面積はなかなかのものだ。
実働隊本部も、敷地内に各種鍛錬設備が揃っているので、奥行きが外から見える以上に広いが、学院は周囲を木々に囲まれているおかげか居心地がいい。
設備面に関しても快適そうで、狭くて汚いということもなさそうだ。
食堂は想像以上だった。
実働隊本部の食堂より規模が大きく、広々としていて開放感がある。
本部では個々で食事をとるが、ここでは全員が一斉に食事をとるというので、広さが必要なのだろう。
一度に何百人もが、ここに集まって食事をとる光景が、全く想像できない。
外の自然光を取り込むように屋根や窓が工夫されているように見え、二階部分がバルコニーのように張り出している。
白い石を床材として敷き詰めた広い建屋内に、百以上の机と椅子が整然と並んでいるのは、とても良い印象を受ける。
清掃も行き届いているし、設備が古すぎることもないようだ。
献立に関してはどうだろうか。
「学食の利用法を教えておきますね」
「はい」
少なくとも、これからしばらくの間、昼食はここを利用するのだ。
そう思いながら〝注文受付〟と書いてある窓口へ向かった。
実働隊本部の食堂では、階級記章で個人を識別しているため、飲食に現金は必要ない。
給料から天引きされる。
ここは一回ごとに現金を払う方式らしい。
受付にいる男性に食べたい物を告げ、金を支払って引換券を受け取る。
あとは券に書いてある番号を呼ばれたら、窓口に受け取りに行くらしい。
選んだ献立によっては、待たずに食べられるものもあるそうだ。
そこは、実働隊本部の食堂も同じで、よそうだけのシチューやスープならすぐに出てくるだろう。
一組に所属する一部の者は、バルコニー状の二階で食べることが許されるらしい。
理由は分からないが、貴族出身の学生は庶民と同じ料理は食べないらしい。
二階専用の献立があって、値段も一階よりも高く、さらに料理の提供なども専属の給仕がやってくれると言う。
調理場は変わらないだろうし、使う材料も同じだろうに、なんのためにそんなことをするのかは知らない。
未だに名前も知らない暫定孫娘は「ビズーカーさんもそちらが良いですよね?」と顔色を伺ってきたが、無言で首を振るにとどめた。
そんな扱いはされたくない、勘弁してほしい。
いざという時には、寝食すら削って任務に駆けずり回る実働部隊の隊員が、人にお世話をしてもらう間、じっと辛抱強く座って待てるはずがない。
自分でやる方が早い、とばかりに、さっさと自分で片付けて仕事に戻る。
もちろんオレも同じだ。
どうにも、何か勘違いされている感じがして、落ち着かない。
もしかしたら、オレのことを〝英雄の息子という肩書きで、隊長の座を買ったお坊ちゃん〟とでも思っているのだろうか?
そうだとしたら、侮辱するな、と激昂するべきなんだろうか。
そんなものを買う金なんて持ってない、と勘違いを正すべきなんだろうか。
オレ自身が、隊長職につけられたことを納得しきれていないから、バカにされたとは思えない。
「あのさ、何を注文するんだい?」
いつまでも注文をしないこちらに業を煮やしたのか、受付窓口の男性が声をかけてきた。
ああ、良いね。
こういう気張らない話しかけられ方は気楽だ
常連のパン屋のおばちゃんみたいな子供扱いは困るけれど。
「今日の日替わりとか、そういうものはありますか?」
「おお、新品の制服ってことは、もしかして転入生かな。
ラウテル先生といるなら、高年学科かい?」
「はい、本日付けで高年学科一年四組に配属されますビズーカーと申します。
今後三年間よろしくおつきあい申し上げます」
「う、うん、わかったよ。
僕は事務員のヒリス・クライフだ。
今年入ったばかりの新人職員で下っ端、食堂が開いている時間なら大体この窓口にいるよ、よろしくね」
「はい、クライフさん。
右も左も分からない未熟者ですが、よろしくお願い致します」
「あははは、なんだか、実働隊員か衛兵と話してる気分だね、もっとくだけてくれて構わないんだよ」
「はい、ありがとうございます」
クライフさんの言葉にぎくり、としながらも笑顔を意識する。
普段の生活では笑顔など必要ないので、顔が疲れる。
衛兵隊のことは知らないが、北区で会う実働隊の隊員なら所属に関係なく同じ組織なので、作法や雰囲気はたいして変わらないのだろう。
本部と支部で実力は隔絶しているかもしれないが、根底は同じ組織なのだから当たり前と言える。
教師に、これが目上に使う話し方だ!と叩き込まれた、一番まともに会話ができる口調だったのに、どうやらこの話し方はダメらしい。
そうすると、単語喋りしか残らない、どうしたら良いんだ。
とにかくクライフさんと話して、今日の日替わり定食を頼むことにした。
思った通り他の料理よりも少し安いし、旬の食材が使われているので栄養面でも優れているはずだ。
唸れ骨髄!成長痛大歓迎!身長よ伸びろーっ!!
楽しみでホクホクしながら料理を受け取り、手近な席に座る。
学生はまだ講義中らしいので、実質この広い食堂を貸し切りだ。
「あの、その、ビズーカーさん」
「なんでしょう?
さん、などの呼称もやめていただいて結構ですが」
理由はわからないが、先ほどから顔面が神経症にでもなったかのように口元が痙攣している、暫定孫娘……ではなくラウテルさん。
今までの頼りない印象から、名前に先生をつけて呼びたくないので、心の中ではさん付けで勘弁してもらう。
ラウテルという苗字の人物は、確かヴィルヘルミナ・ラウテルという女性教職員がいた。
事前資料によれば、高年学科の学級担任をしている人物だ。
どの組かまでは記憶していない。
しかし、学院長の名前はメース・ゼルニケだったはずだ。
苗字が違う。
馴れ馴れしく会話ができる程度には交流があっても、内孫ではないのかもしれない。
「す、すいませんっ」
なんなんだろう、この怯えられ方は。
何もしてないのにこういう態度を取られると、すごくうんざりしてくる。
「あの、二階で食べていただければ、と思っていたのですが」
「申し上げておりませんでしたが、自分は学院に通うことを喧伝するつもりはありません。
総隊長からも同じ要望があげられているはずですし、記者に付きまとわれるのは、大変に迷惑です」
「す、すいませんっ」
総隊長の権限でオレの存在を極秘扱いにしているのに、周囲に広めて騒動になりでもしたら、あんたの爺さんが学院長を引責辞任させられる可能性が高いっていうのに。
全く気がついてないんだろうか。
ちょっと考えればわかりそうなものだろうに。
二階で食えって、貴族でもないのにそんな目立つことしたくない。
なんのために偽名を名乗って、髪色と瞳色に髪型まで変えてると思ってんだよ。
本日の日替わり定食は、オスフェデアの郷土料理である、いろいろな野菜の入ったコロッケと緑豆のスープだった。
本部の味と違って、全体に甘めの薄味だと感じたけれど、美味しかった。
午後からは、ついに講義を受けることになる。
一体、どんなところなんだろうな。
同年代ばかりが集められた場所は、まだ想像できていない。
◆
何を会話するでもなく食事を終えた後、食堂で食休みを挟んでいると、どこかで鐘がなる音が響いた。
「午前の講義が終わりましたので、食堂が混み始めますよ」
「それでは、次の講義までどこにいれば良いでしょうか」
「え……みな好き好きに過ごしていますので、どこ、とは具体的にないのですけれど」
オレはそんなに変なことを聞いているのか?
なぜ、ラウテルさんはいちいち狼狽えるのだろうか。
オレに戦いを仕込んだ教師たちは、ピンチ上等!とヘラヘラ笑うような人しかいなかったので、彼女の反応に慣れるのには時間がかかりそうだ。
学院生一人ずつの個室はないだろうとは思っていたが、どこで待機をすべきかも決まっていないとなると、学院にいる間の身の振り方が難しい。
常に他の学院生の視線に晒されて過ごすのは無理だ。
悩んでいると、食堂の中に人が増えてきた。
クライフさんも忙しそうにしているので、いつまでも席を占領していないで、さっさと外に出た方が良さそうだ
そう思っていたら、すぐ側に寄ってきた人物に、声をかけられた。




