2 エリウスと魔王ゼロ
優しい勇者と強引な魔王はどっちが好きですか?
長い黒髪から二本の禍々しい角が生えている大男は真っ赤な瞳でレインを捕食するように眺めている。
着ていた服やマントはビリビリに破れ、何とかつながっている布切れを両手で支えてレインは魔王ゼロとの間合いをとった。
「どうした?女。この結界は我を倒さねば消えぬぞ」
結界は魔王ゼロを中心に畑と家と気絶しているエリウスをすっぽり覆っているエリア結界だ。
レインに近づく魔王ゼロにレインは顔をゆがめてじりじりと一定距離を保ったまま間合いを保ち続けていた。
これ以上近くても遠くてもダメだ。
魔力が全くないレインだが体術の実力は、国の中でもトップクラスだ。
しかし、とても魔王に勝てる気はしなかった。
「諦めて、その身を捧げろ。我が先にお前を可愛がってやるよ。エリウスはどんな顔をするかなぁ~」
「っ!キサマ…」
くつくつと嗤う魔王ゼロをレインは顔を赤くして睨んだ。
「魔王…お前がエリウスを惑わさなければ、エリウスは今頃姫と結婚して次期王となって幸せになっていたはずなのに!」
「…本当にそう思うか?」
「た、確かにエリウスを利用しようとする者は多い。しかし、姫は本当にエリウスに好意を寄せていた。彼女とならエリウスは幸せになると私は信じて…」
「哀れだなー人間は。自分の幸せや快楽だけ追えばいいものを、余計な事を考えるからややこしくなる」
「…エリウスの幸せを願って何が悪い!!」
レインは動揺し少し視線を魔王ゼロから外してしまった。
その一瞬の隙に魔王ゼロは魔力で瞬間移動をし、レインの真正面に立ちレインの首を右手で掴んだ。
「ぐっ!!」
レインはしまったと苦痛の表情を浮かべ、魔王ゼロの手を両手で掴み首から外そうとするがビクともしなかった。
「もし、エリウスが望むのであれば、お前はアイツの玩具になれるのか?アイツがお前を欲すれば、お前はどう答える?アイツの幸せがそこにあるというのなら…」
レインの首を掴む手に魔力が集まり、レインは息が苦しく上手く声も出せずもがいていた。
エリウスの幸せのためならば…私は…
魔王ゼロの真っ赤な瞳は魔力を帯びてレインの意識を吸い込んでいく。
しまった!とレインが思っても手遅れだった。
魔王の瞳は暗示をかけると聞いたことがある。そして、すでに目が離せなくなっていた。
「そうだ…お前は身も心もエリウスと我の玩具となれ…」
「エリウス…ノ…タメ…」
レインは意識が朦朧としてきた。
魔王ゼロの言葉が正しいのだろうか…
「もう、やめろ…」
殺気立った声が結界内の空間の空気を一気に変えた。
魔王ゼロの背後にエリウスが起き上がり、ただならぬオーラを纏い魔王ゼロを睨んでいる。
魔王ゼロはニヤリと苦笑いを浮かべエリウスの方に視線を移した。
「エリウス、これはお前の望むモノだろう?」
「ゼロ…わたしが好きなレインは玩具のレインではない…。いつも自信があって、仲間思いで、周りを笑顔にしてくれる、そんな太陽みたいなレインだ!」
エリウスは魔法詠唱を始め両手で氷の攻撃魔法を発動させた。
幾つもの氷が渦を巻きながら魔王ゼロに放たれると、魔王ゼロはレインの首を掴んでいる反対の手で、魔法で闇のガードを作った。
氷は闇の中に吸い込まれた。
「久々に本気で戦うか!エリウス!!」
「レインを離せ!!」
…
少し焦げた臭いがしてレインは顔を歪めながら重たい瞼を開いた。
私は…どうなったのだろう?
くれない色の空に煙が見える
レインは体を起こし辺りを見渡すと山林は所々焼け、山は削れ、地面に地割れができ、氷柱が至る所に刺さっている。
畑も家も崩壊して、魔王とエリウスが少し離れた場所であおむけで倒れいる姿が見えた。
「エリウス!!」
まさか、共倒れで死んでしまったのでは…
言い知れぬ不安に襲われレインは目に涙をうかべ、怠く重たい体を無理やり動かし、エリウスの倒れている元へ駆け寄った。
エリウスは何ヵ所か傷を負ってボロボロだったが目を閉じて呼吸をしているので生きている事がわかりレインは少しホッとした。
エリウスはレインに気が付き、瞳をゆっくり開けてニコリと微笑んだ。
「魔力使い切ってしまったよ…まぁゼロも一緒だろうけどね」
レインは魔王ゼロの様子もちらりと遠目で確認した。
ボロボロになって、よく見ると両角が折れている。
魔王ゼロは目を薄らあけて空をボーと眺めていた。
「…おぃ、住む処なくなったぞ」
疲れたような口調で魔王ゼロがエリウスに話かけるとエリウスも苦笑いを浮かべた。
「そうだね…」
「女、お前のせいだから、どうにかしろ」
「はあ?」
突然、責任を押し付けられレインは顔を引き攣らせた。
エリウスが疲労で重たくなった体を起こした。
「まぁまぁ、でも家がないのはマズいなー。私もゼロも結界を張る魔力が残っていない。ゼロの魔力に引き寄せられて魔物が襲ってくるだろうからね。家に結界を張る道具ならあるけど…」
「…とりあえず、今晩一晩過ごせる家があればいいのか?」
「まあ、そういう事」
レインは辺りを見回し、自分が背負って来た大きなカバンを探し見つけた。
そのカバンの元に向かいごそごそと中身を取り出す。
大きな布と組み立て式の支柱を取り出し、せっせとテントを建てた。
大きさは大人2人がぎりぎり寝れる大きさのテントだ。
「これでも一応、家だろう?」
「…まぁ。」
レインは真剣な表情だったがエリウスは家というのはどうだろう?と思いながら、このテントに結界をはって一夜過ごすしかないないと思った。
魔王ゼロもダルそうに体を起き上がらせ、少しフラフラしながらテントの元に近づく。
「小さいし狭いし弱弱しい家だな…」
「テントだからな」
「…雑魚の魔物なんか、なんとも思わないが今日は疲れた。俺は先に寝る」
そう言って魔王ゼロは一番最初にテントに入って行った。
「…」
「…」
よく考えてみれば、魔王ゼロは大男だ。
テントの中の半分以上はすでに魔王ゼロに占領されており、レインかエリウスが入るとかなりギュウギュウ。
密着率がすごくなることにレインは今気が付いた。
どうしよう…この状況…
固まり考えているレインを見てエリウスはプっと噴き出した。
レインはエリウスを睨んだ。
「ごめんごめん。」
エリウスは辺りを見回し散乱している家にあった衣料品から大きなマントを拾い汚れを落とし、レインに羽織らせる。
レインは自分の恰好がみっともない姿だったことに気がつき、真っ赤に赤面した。
「私が一晩テントの外で見張りをしている。レインは中で休んで。そろそろ魔物が動き出す時間だ」
「エリウス魔力がないのだろう?」
「まぁ、どうにかなるよ」
「…エリウス、私はお前よりも体術に自信がある。エリウスが中で休め。そして魔力を貯めろ」
エリウスは少し驚き苦笑いを浮かべた。
「ダメ。レインが女と解った今、尚更それはさせられない。」
「いや、あの魔王と狭いテントで寝る方が危機感を感じる…」
「ぅ…確かに…」
お互い目を見合わせ噴き出し笑った。
結局、最初にエリウスと魔王ゼロがテントで休み、その後魔王を叩き起こし見張りを変わってもらう事にした。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
ドキドキの三角関係の始まりです~なーんて思っていません。さぁ今後どうしようかなーふっふっふ。