第4話 過去返り③ 少女メモリー
続いて目を開けると、目の前にケーキが置いてある光景に直面した。ローソクは十二本。その全てに火が灯されている。
「ハッピー・バースディ、ヒロちゃん」
誕生日の掛け声と同時に、一斉に鳴り響くクラッカー音に、弘恵は驚きその顔を上げた。
そこは生家で一番広い畳の部屋で、お誕生日席に座る自分の両脇には、男女入り混じった十名近くのクラスメートの顔ぶれが目に飛び込んできた。
そう、この日は自宅で十歳の誕生日を開催した日であった。食卓にはケーキの他に、カラ揚げやハンバーグなど、いかにも子供が好きそうな品がズラリと並んでいる。中でも目を引くのが和菓子のモニュメントだ。父がこの日のために作ったのだろう。色とりどりのデコレーションが子供たちの胃袋を沸き立たせていた。
「みんな、プレゼント渡そうよ」
クラス委員長の量子が、リーダーシップをとって可愛い包みにくるんだプレゼントを手渡してきた。それに続いて、他の参加者も次々にプレゼントを置いていく。
「ありがとう。みんな」
弘恵はもらったばかりのプレゼントを胸に抱きしめて答える。すると量子が、「あんたも、さっさと渡したらどう?」と、一人の男子に向かってイライラを募らせた。その男子とは――直弥だった。
『あれ? この後何かがあったような――』
頭を回転させて、この後に起こることを回想する弘恵だが、思い出せないままその出来事に差し掛かってしまう。
「ほら、やるよ」
ぶっきらぼうに手渡す直弥の態度に、周りの女子がブーイングする。それにつられて他の男子も悪ふざけして煽った。
「直弥、好きなんだろ、コクっちゃえよ」
「だ、誰がこんなブスっ! たまたま今日だって来てやったんだ。別に来るつもりなかったのによ」
その言葉が発せられた直後、弘恵の目に涙が浮かぶ。
まぁ、誰がどう聞いても好きの裏返しの表現と、それにつられた態度ではあったが、子供の自分では言葉通りの意味にとらえてしまったのだろう。
もちろん周りの参加者も同じ意味にとらえており、「直弥が弘恵を泣かした」という事実だけが先行した。その後当然の如く直弥は女子に袋叩きに会うのだった。
ただ弘恵は直弥とのこの出来事よりも気にかかることがあった。それは参加者の末席にいた一人の女の子の姿だ。彼女の名前は美代子という。
この頃はみんなと仲良く遊ぶ友人の一人だったが、中学に上がった後に何故か彼女は登校拒否になり、それから疎遠になってしまったのだ。中学では一度も一緒のクラスにならなかった弘恵は、何故彼女が登校拒否になったのかずっと分からないでいた。
でも今はその理由を知っている。
――イジメだ――
中学に上がったと同時に始まった『イジメ』が原因と聞き、相談にさえ乗れなかった自分を弘恵は責め、そして落胆した。
なんとか教えなきゃ、ここに居るみんなで美代子を守らなきゃ、仲間がいること伝えなきゃ――。
しかし今の弘恵にその術はなかった。何もできることのないもどかしさを抱いて、誕生日の夜は悲しく過ぎて行った。
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次に目を開けると、家の縁側に腰を掛けて座っていた。それもセーラー服で。
『あっ、この制服、中学校のだ… …』
そして、手にはホルンが握りしめられている。
そう、中学の頃の弘恵はブラスバンド部に所属しており、帰宅後も毎日、自主練と称して庭の縁側で練習していたのだった。担当楽器は手にしているホルン。音がチグハグで、まだまだ習い始め感が否めず、聞き苦しい音色だ。
すると後ろからツカツカと誰かが近づいて来る音がした。
「あんたさぁ、なんでホルンにしたの?」
二つ年上で、ブラスバンド部の先輩にあたる姉の芳恵が不満そうに言った。
「だって、お姉ェちゃんと同じ楽器だと、比べられちゃうじゃない」
姉・芳恵の専攻はフルートだった。部内でも音色が桁違いに美しく、この頃はブラスバンド部のエースとして君臨していたくらいだ。
実は弘恵も小学校までは姉に憧れてフルートを習っていたが、中学に上がり同じ部に所属するとまかりなりにもライバル心が沸き立ち、成り手のなかったホルンを専攻。一から学び直していたのだ。
「馬鹿だねぇ。私、三年なんだから、一年我慢すればいいだけじゃない」
「いいのっ! これが私の選んだ道なんだから」
この頃から頑固な性格が表面化していた。今思うと、姉の言う通りフルートにしておけば良かったのだ。なぜなら結局のところ、さほど好きでもない楽器に身が入るはずもない。毎日練習をしていたものの、人並み程度に吹けているかどうかも微妙だ。それでも今後三年間、やり通すのだが、弘恵は最後までこの楽器に思い入れすることが出来なかった。
「まぁ、いいわ。じゃあ頑張りなさいな。でもお姉ェちゃんアドバイスはしたからね」
芳恵はため息を一つ漏らし、その場を離れて行った。
『あ――ぁ、この時が方針返還するチャンスだったのね。私のバカっ!』
弘恵は心の中で大きなため息をついた。
しかし、過去の自分はそんなことは全く気にせずに、縁側でお世辞にも良い音とは言えないチグハグした音色を奏でるのだった。
第5話に続く… …