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ツリーリングメモリーズ  作者: 天海大鳳
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第2話 過去返り① 誕生

どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。気が付き目を開けると、見覚えのある天井が目の前に広がっていた。木造で木目が散らばり、天井の中心部には大きな竹が心棒として使われているのが特徴的だ。


視界の両わきには白い割烹着姿の三十代前半くらいの中年女性と、少々厚化粧がかった若作りで白髪交じりの初老の女性が、満面の笑みを浮かべて自分を覗き込んでいる。


「見て、見て。目を開けたわよ」


 ふたりの女性は同時に声をあげ、大喜びで騒いでいる。


『なんか、この二人、見覚えあるなぁ… …』


弘恵は心の中でつぶやいた。相変わらず自分を覗き込んで騒いでいる二人。声をかけようとしたが何故か言葉が出なかった。ただ、その二人の笑顔を見ているだけで、弘恵はとても幸せな気分を感じていた。

その時、弘恵はフッと、中年女性の面影にも見覚えがあることに気が付いた。


『あれ? この人って… …、お母さん?』


そう、その中年女性の面影は、若かりし日の弘恵の母の姿だった。あまりにも若すぎたので直ぐには分からず、記憶と一致しなかったのだ。


『なんでお母さん、こんなに若いの? こんな若い姿、昔のアルバムでしか見たことのない顔だよ… …。こんな姿で動いているところなんて見たことないのに… …』


 弘恵の疑問を余所に、弘恵の母はその笑顔を絶やさない。その顔は母が子供にそそぐ愛に満ちた眼差しそのものだった。

 

『ん… …、この人がお母さんだとすると、この隣のお婆さんは、もしかして… …』


 弘恵の疑問は、すぐに隣の初老の女性に向けられた。そしてその疑問はすぐに解決された。


『おばあちゃん?』


 初老の女性は、弘恵が物心つく前に亡くなった祖母の姿だった。その姿は仏壇に飾られている写真そのもので、そのまま時が止まったかのような見覚えある顔だった。それこそ弘恵が知らない動く祖母の姿だった。その声、笑顔、しぐさに至るまで、アルバムでしか見たことのない初めて見る生きている祖母だった。

 とその時、母が弘恵の背中に手を伸ばしてくると彼女を軽々と抱きかかえた。その違和感に弘恵はギョッとした。


『なんで抱きかかえられるの、お母さん!?』


 驚き困惑する弘恵。それはそうだろう。今年三十歳にもなる人間を、見るからにか細い体の母がいともたやすく抱きかかえられるはずはない。いや、それ以前にもっと気が付かなければならないことがある。そもそも母が目の前にいるはずはない。

 

 だって母は十五年前に亡くなっているのだから――。


『私――死んじゃったの? ここは死後の世界なの?』


 弘恵は冷静になって抱きかかえられた母の腕の上から辺りを見回した。すると先ほどまで自分がいた場所が幼児用の小さなベッドだったことが分かった。そして見覚えのある天井のほか、周囲には同じく見覚えのあるタンスや、大きなブラウン管のテレビが目に飛び込んできた。


『ここって――あの世じゃないわ。昔住んでいた私の生家じゃない――』


頭の中が何が何だか分からずに困惑する。すると抱きかかえられた母の足元に、まだヨチヨチ歩きを卒業したばかりと思える幼児の姿が見えた。その幼児に祖母が語りかける。


「ほら、芳恵ちゃん。あなたの妹でちゅよぉ――」


『芳恵? それってお姉ェちゃんの名前よね。だとしたら… …』


弘恵はその幼児の毛先を凝視した。少し巻き毛がかった天然パーマ、姉・芳恵の特徴的な髪質だった。


『ってことは、この幼児はお姉ェちゃん?』


 よく思い返してみると、その幼児にも見覚えがある。これまたアルバムで見たことのある二つ年上の姉の幼き日の姿だった。

 その後も若かりし日の父が、割烹着姿のまま目を開けたばかりの自分を見に来ては、まるでお祭りみたいに騒いでいる。ここでようやく弘恵は理解した。


――過去返りしたんだと――


 弘恵の家は和菓子屋を経営していた。大の甘いもの好きだった父の趣味がきっかけで始めた店だったが、これが意外にも地元で評判となり店は大繁盛。ふたりの子供を養えるくらいにこの頃には経営も安定していた。

 その息子夫婦の家に隣町に住んでいた祖母が、生まれたばかりの弘恵を見に遊びに来ていたようだった。


「あなた、いつまでここに居るつもり? お店番しなくちゃダメじゃない」

「弘恵が目を開けた時くらい見に来てもいいじゃないか」


 父はあからさまな舌打ちした。


「ダメよ。後で店番代わってあげるから、我慢なさい。それより、弘恵が生まれた日に植えた木にお水はあげてくれたの?」

「あっ… …、忘れていた」

「ダメじゃない。ちゃんとあげてくれないと。ほら、さっさと行く!」


 母に叱られて、しぶしぶ庭に行く父を見て、弘恵は『お父さん、この頃からお母さんに頭上がらなかったのね』と、懐かしく思うのだった。


「お義母さん、見て。今、弘恵、笑ったんじゃない?」


 弘恵の一番いい顔を祖母に見せようとする母。その自分の一挙手一投足にも喜んでいる祖母を見て、弘恵も心なしか嬉しく感じる。


『おばあちゃん、初めて見たけど、本当に優しそうな人だったのね。一度でいいからお話してみたかったなぁ――』


その時、弘恵の口から言葉にならない声が発せられた。


「お義母さん、今弘恵、お義母さんに話かけたんじゃない?」

「ホントね。私にはおばあちゃんって言ったように聞こえたわ」


 どんな声が出たのか弘恵ですら分からなかったが、それでも祖母は大喜びだった。


『よかった… …。私、おばあちゃんとお話できたんだ… …』


安心したその直後、弘恵は急激な睡魔に襲われて眠りについた。


第三話に続く… …

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