第1話
別シリーズを手がけている最中ですが、気分を変えてなんとなく書いちゃいました。
30も半ばを過ぎたオッさんと言うにはやや早く、若者と呼ばれることはもう無くなった言わば半端な年齢の男。
彼は決してニートなどという事もなく、当然引き篭もりでもない。
コミュ症の気もなく、その他生活に支障をきたす精神障害も患ってはいない。
一般的には高学歴と言われる大学を出て、運動神経もいい。
大企業で働き、友人付き合いもあり、死別した家族がいるわけでもない。
ではあるが、彼は生活に退屈し、世界に絶望していた。
世界は自分を拒絶していると感じていた。
自分が世界を上滑りしていくのを感じないときはなかった。
自分の世界と現実の乖離・・・・それは月日を重ねる毎に拡がっていく。
中学生の時、古代史のロマン、神話の世界、物語に心を惹かれた。
高校時代、物語の様にはいかない現実にカバラ数秘術師や、錬金術、黒魔術に没頭する事によりって、少しでも空想の世界と現実を繋げようと足掻いた。
けれども世界は変わらない。
現実は揺るぎない。
物理法則に支配されたこの世界は、自分の願いを叶えてくれることは無いのだという事に気付いたのは二十歳を超えた辺りだった。
ならば、せめて自分に出来る事でこの世界に波紋を投げ掛けたかった。
世界は変えられなくても、時代は変えられると本気で思っていた。
けれど彼には時代を変えるだけの力も財力も人脈も執念も理想像すらない。
結果彼は時代に取り残されただけだった。
世の中が動いている時に、夢想するだけで何も行動を起こす事のない彼に訪れた至極当然の報いだ。
そうではあっても、生きている以上必要な事は誰しも変わらない。
彼は他の誰もがしている事を同じくやっていくしかない。
それは仕事であり、人付き合いであり、恋愛であり、趣味でありと・・・・。
生きてはいても生き甲斐など無かった。
仕事は好きではない、人付き合いも煩わしい、恋人は二次元、趣味はアニメとゲーム。
そう彼はいわゆるオタクだった。
彼は世界に絶望していた。
ーーーー『なぜ俺は二次元に行く事が出来ないんだあ!!』ーーーー
だあ・・・だあ・・・・だあ・・・・・だあ。
心からの彼の叫びだった・・・・厳密に言えば二次元でなくとも良い。
憧れた世界に行きたい、めくるめく冒険に旅立ちたい・・・。
けれど、当然その様な魂の叫びを聞きとめる者などいるはずも無く、彼はただ無為に過ごしていくしか無いのだ。
心を殺して、周囲に合わせ、空気に紛れて無害で善良な一市民として一生を終える。
彼には絶望しか無かった、希望が潰えるには充分な時間を過ごしてきた。
「あなたもムチャな望みを持ったもんねー。」
「今は持ってねーよ、精々妄想を楽しむぐらいだったよ。」
今まではな・・・・その言葉を彼は呑み込んだ。
そう、彼は期待しないのだ、希望は持たないのだ、夢は見ないのだ。
たとえ・・・・独り暮らしの六畳1Kのボロアパートに露出度の高い服を着た、金髪ツインテのロリ巨乳が宙に浮いて、自分の心を読んで生意気な口調で話しかけてきてたとしても・・・・彼は“ついに俺の脳は行き着くとこまで行っちまったか”としか思わなかった、思わないようにしていた。
「なーんかツれないのー、今の状況信じて無い?」
「今の状況?俺の妄想レベルがついに幻覚、幻聴を生んじまったって状況の事か?」
幻覚と会話する自分の状況を想像し、諦めにも似た笑いが込み上げてきた。
信じるも何も、彼はもう自分の何もかもを信じてはいないのだ。
その自分のさらに妄想から来る幻覚の何を信じるというのか・・・・。
これが現実であればいいと思わなくもない。
けれども、期待は裏切られ、信じる者は救われず、希望は絶望への入り口である事を彼は理解していた。
そんな訳はないのだ、こんな現実はあり得ないのだ。
「こーんなカッワイイ女の子が、独り暮らしのオッサンの部屋に降って湧いてお喋りしてるという幸運な状況だよー。」
確かに彼にとってはどストライクな女の子だった。
決して彼はロリコンなどではない、ただ中学生以下の女の子を可愛いと思うだけの、正常な思考の持ち主だ。
それだけではロリコンとは言えまい。
ともかく、幻覚とはいえこの女の子の言っていることは事実ではある。
幻覚とはいえ女の子と会話をしたのはなん年振りだろうか・・・・彼の記憶に浮かんでこれないぐらい振りだ。
「そしてあなたの望みが叶っちゃうっていう状況だよー!きゃーラッキー!」
この幻覚は何を言いだすのか?と訝しみながらも、受け応えをせずにはいられない。
望み?望みとはなんだ・・・・。
「望みと言うと、明日大地震かなんかがあって会社が休みになるとかか?」
「ぶっぶー。」
「じゃあ、宝くじでも当たってもう仕事しなくてもいいとか?」
「違いまーす。」
「・・・世界大戦が始まって、もう仕事とか何とか言ってる場合じゃなくなるとか・・・。」
言ってみて違うな、そんな事は望んじゃいないなと思い直す。
けれども思い浮かぶのは、仕事に行かなくてもいいという事ばかり。
彼は仕事が好きではなかった。
そして・・・・ある一つの事を敢えて口にしなかった。
「もー!全然ち・が・う!」
そして彼女は諦めたように自ら答えを言うために口を開いた。
「じゃーん!あなたを異世界に招待しまーす!ドンドンドンヒューパフパフ!」
彼はのそりと起き上がり、押入れから布団を出す。
ーーお休みなさいーー誰に言うでも無く独り言ち、夢の世界へと旅立った。
「あー!もーちょっとー!信じて無いのー!?」
目をつぶろうともその幻聴が途絶えることは無かった。
「返事が無いのはOKって事だね、じゃあ勝手に進めるよ!」
彼の意識は微睡みの中に溶けていった・・・・・・・・・・。
彼は夢の中を揺蕩っていた・・・水中の様な浮遊感があるが呼吸は出来る。
夢なのだから当然だ。
景色も何もないその空間で妙な不自然さを感じたが、夢に自然も不自然もない。
夢の記憶をはっきりと思い出したことは無い、無いがそういうものだろう。
そう彼は思った。
『あなたは剣と魔法と未知に包まれた世界に招待されました』
目の前に文字が映し出される。
『ゲストであるあなたには特典として選べる項目があります』
その文字を認識する度に次々と文字が映し出される。
『まずは基本ステータスの設定からです。』
ゲームの単語が彼の興味を惹いた。
自分の夢だ、自分にとって楽しいと思えるものが出てきても不思議では無い。
『項目は《筋力》《知力》《体力》《耐久》《魔力》《敏捷力》《精神力》《魅力》《器用さ》』
『ステータスの初期値は《人間》《エルフ》《ドワーフ》《獣人》《魔族》《小人族》《竜族》《有翼族》《魚人族》《モンスター》のそれぞれ男女によって変わります。』
『《獣人》《魚人族》《モンスター》はランダムで個体が決まります。』
完全にゲームのそれであった。
彼は興がのってきた。
彼は《人間》の男を選ぶ。
ゲームとは言え自分とかけ離れていては感情移入が出来ないのだ。
映し出される初期値の下にボーナスポイントと書かれた項目があり、基本ステータスにそれを上乗せしていく。
『次に固有ステータスを設定します、この固有ステータスはあなたが今までに身に付けてきた技能が反映されます。』
『固有ステータス《錬金術》《数秘術》《魔術》《細工》《絵画》』
『これに任意の物を三つまで追加出来ます。』
数ある中から、《剣》《武術》《鍛治》を選ぶ。
剣と魔法の世界で剣を選ばない手は無い、武器が用意できない時の為に無手での戦闘にも備えておく。
好きなゲームでも、戦うクラフターという中途半端なキャラクターで、ノンビリと進めていくのが楽しみだった。
説明文が無いため、固有ステータスの詳しい内容はわからないが想像は付く。
最早夢という事も忘れ、キャラクターメイキングに熱中していた。
『固有ステータスの数値を入力してください、上限は合計で・・・・・』
これも自分のイメージ通りのキャラクターになる様に入力していきたいと思うものの、最初から持っていた固有ステータスには初期値があるが、選んだ三つのものは1であるため、どうしても上手くいかないので、剣による攻撃スタイルは多少妥協する。
『これまでの設定により、スキルが決定されます。』
『所持スキル・・・パッシブ《魔法耐性Lv3》《魔力回復Lv3》《運気上昇Lv2》アクティブ《錬金術Lv5》《魔法効果上昇Lv4》《芸術Lv3》』
『その他スキルは経験により獲得可能です。』
『ここまでの設定により所持品が決定されます。』
『《魔術師の杖》《短剣》《魔術師のローブ》《錬金釜》《占術書》《賢者の石(激レア》』
『続いてアバターの設定をして下さい。』
人間の男の映像が浮かび上がる。
年齢、身長、体型、顔、髪型、髪色、肌色、髭の有無、傷痕の有無、装備品のデザインなどなど・・・・思いのままに変更していくとなかなかいい男に仕上がった。
それも当然だろう、誰も不毛の頭部やバランスの悪い顔立ち、中年まっしぐらの象徴のような腹のビジュアルでゲームをやりたいとは、ネタ以外では思はないだろう。
年齢も、せっかくなので中学生、13歳にしてみた、こういう世界に憧れた時の年齢だ。
ゲームであるからこそ、こういった思い入れは重要になってくる。
ネカマプレイもしたことがないわけでは無いが、やはりこういった自分の理想の投影といったキャラクターの方がよりその世界に入り込める。
『環境を設定して下さい。』
『《出身》《家庭環境》《兄弟姉妹設定》《幼馴染設定》《友人数》・・・・・・』
細く色々出てきた為、ザックリと選択していく。
『名前を入力して下さい。』
彼には、こいうゲームをする時に決まった名を持たなかった。
いつもその時の気分、ノリで決めていた。
そしていつも後悔をしてきた、進めていくうちに違和感を感じる事が多かったのだ。
しかしながらこれは夢なのだから、名前で悩む事は馬鹿馬鹿しいとの考えがよぎり、いつもよりも適当に決めてしまった。
【○○○○○】
『それでは最後に難易度の設定です。』
『《イージー》《ノーマル》《ハード》《エクストラハード》《ルナティック》《インポッシブル》《スーサイド》の7段階があります。』
『難易度が高いほど勝利時の経験値・獲得報酬は高いものとなります。』
難易度と言うのにはいつも悩まされるものである。
ゲーマーであれば《イージー》はプライドが許さないし、かと言ってあまりに高難度だと気力が持たない事も数多くある。
ましてや《インポッシブル》=無理ゲー、《スーサイド》=自殺、とあっては選択肢には入らないだろう、ゲームというのは楽しくやるものだと言うのが彼の信条だ。
ネットゲームでガチ勢と呼ばれる者達には苦労させられた思い出の強い彼は《ルナティック》=狂ってる、を選びたくは無いし、《エクストラ》と名のつくものはクリアした試しがない。
必然的に《ノーマル》《ハード》の二択となるのだ。
だがこれは夢である、夢であるならば本来は絶対に選ばない選択肢を敢えて選んでもいいのではとの考えが浮かんだ。
ゆえに彼は選んだ・・・・・《イージー》を。
何も考えず第1話をやってしまいました、そんな暇あったら今やってるやつを完結させろって話ですが。
なぜ書いた?それは私にもわかりません。
単なる気分転換でつらつら書いてしまったものなので、更新未定で、あらすじ、タイトル変更の可能性高し。
別シリーズ執筆が詰まったら、また気分転換に書くと思います。