Ⅳ
「これと、あれも入れた方がいいです。これも捨てがたいです」
青い鳥は間の中の写真を選別して茶色の封筒に入れていく。全て、黒犬が映っている。これをイヴに渡したら、喜んでくれるかな?
「………ふう、これで一通りはいいと思います。目が痛いです。長時間集中するものではありません」
青い鳥は不格好な眼鏡を外す。前に、その眼鏡はとても変と言ったら、これは黒犬からの大切なプレゼントで、これがないと、ハクや黒犬の顔が見えないらしい。今まで、眼鏡はしていないって言ってたから、この眼鏡はとても度が高い眼鏡だと思う。
青い鳥は、この眼鏡は私がしている腕輪と同じくらい凄い代物だって言ってた。この腕輪は黒龍がくれたものである。何でくれたのか知らないけど、これは私にとって大切なものだから、絶対外してはいけないって言ってた。
「………ねえ、青い鳥。青い鳥は黒犬が眼鏡をくれるまで、いろいろな人の顔を見たことがないって言ってたよね?お父さんとお母さんの顔も見たことがないの?」
私にはお父さんとお母さんがいる。とても優しいけど、怒ると怖いお母さんと、私を大きな手で優しく撫でてくれるお父さん。でも、今は会うことができないって、黒龍は言ってた。黒龍はお父さんとお母さんが迎えに来るまで私を預かると約束したんだって。
いつも、お父さんやお母さんが出掛ける時、私がいい子にしていれば、迎えに来るって、いつも言っていたから、今回もそうだ。私がいい子にしていれば、逢うことが出来る。
でも、青い鳥は故郷から追い出されたから、もうお父さんとお母さんに逢うことができないんだって。青い鳥はとても可愛そう。
「………確かに、育ての両親の顔は一度も見たことがありません。見たいとも思いませんが。ただ、私の産みの両親の顔は朧気にですが、覚えています」
「………育ての親?産みの親?」
「そうです。私は産みの両親に施設へ預けられ、育ての両親にコンビクトへと連れて来られ、そこで育ちました。だから、私は両親が四人います」
「両親が四人も!?凄いね」
お父さんが四人もいたら、とてもいいと思う。お母さんが四人は怖いけど。
「青い鳥を産んだお父さんとお母さんはどんな人?」
私がそう尋ねると、青い鳥は少し考えて、
「………私のお母様は私と同じ髪と眼をしていて、私を着せ替え人形にしていたような気がします。お父様は……、滅多に家にはいなかったような気がします。家にいても、お父様と遊んだ記憶はあまりありませんが、お父様は私やお母様を見る目は優しかったと思います」
今思えば、お父様はシャイだったのかもしれません、って青い鳥は言う。
「青い鳥はお父さんとお母さんに愛されてたんだね」
「………そうかもしれません」
青い鳥がそう言った表情はとても穏やかのような気がした。
***
「―――そんなことがあったのか」
あの後、黒龍さんがハクを迎えに来た時、彼の耳にも入れておいた方がいいと思い、この話をすると、彼は気難しそうな表情をする。
ちなみに、親父は村長のところへ行っている。もう一度、彼らのことについて尋ねるらしい。
「こんなところに、貴族が来るとは珍しいことだが、物好きもいるみてえだな。俺とそいつらは無関係だが、見過ごすわけにもいかねえな。帰ったら、一応、奴にも言っておくか。それに、紅蓮の奴にも言っておく」
奴はとにかく、あいつなら、忠告くらいはできるだろ、と黒龍さんは言う。確かに、彼には紅蓮さんの名前は効果があったので、紅蓮さんを通して、このことを言ってくれれば、しばらくの間、大人しくなるだろう。
「それにしても、貴族がわざわざやってくるほど、ここは珍しいものでもあるのか?」
黒龍さんは不思議そうにこの村を見る。確かに、そうだ。ここは自然が豊かなだけの、何もない場所だ。貴族がここに来る理由なんて何処にも見当たらない。
「俺には心当たりはありません。一応、親父に聞いておきます」
おそらく、彼らの目的はこの村ではなく、森の中である。森の中なら、親父が何か知っているかもしれない。
「………そうか。それより、ハクの奴はここにいねえのか?姿が見当たらないが?」
「青い鳥の家で遊んでいると思いますが」
俺がそう言うと、グッドタイミングにハクと青い鳥が現れる。どうやら、青い鳥は目が疲れたのか、今回は眼鏡を外している。
一方、ハクの手には分厚い紙袋が握られている。その紙袋からは嫌な予感しかしない。
「………ハク、テメエは何を持っているんだ?」
黒龍さんは怪訝そうに言うと、
「彼の写真です。貴方が所望したものだと聞きました。その代金は現金で頂けると嬉しいです」
こいつは手を出す。やはり、こいつは俺の写真をその紙袋に詰めていたのか。
「だから、俺の写真で商売するな」
「これは八年間で集めた私のコレクションです。それを誰に売ろうと私の勝手です」
「それなら、俺はプライバシー侵害で訴えるぞ」
「ハク、青い鳥にばれねえように手に入れろと言っただろうが。絶対、金取るからって。仕方ねえ。お金はあの野郎に請求するか」
黒龍さんはそう言って、財布を取り出す。どうやら、自腹で払う気はさらさらないらしい。
「これでも、激安で提供しようとしています。今回は激レア写真があるので、損はしないと思います」
「その言葉に嫌な予感しかしないのは俺だけか」
その激レア写真というのはもしかしなくても、
「彼の女装写真です。かなりの出来です」
「だから、それはこの世から消してくれ―――」
俺はこいつからその写真をひったくろうとするが、その前に、黒龍さんの手に渡ってしまう。
「………ほう。蒼狐から聞いていたが、ここまでの美少女だとはな。姫が嫉妬しかねないな。これは奴にやるか」
黒龍さんはあくどい笑みを浮かべて、懐に入れる。この人のこの笑顔からも嫌な予感しかしない。
「毎度ありがとうございます。このお金は私のカメラ代に当てさせてもらいます。それで、彼のより良い写真を提供するよう頑張ります」
こいつは黒龍さんからお金をもらって、そんなことを言ってくる。俺からすれば、あまりいい話ではない。
「テメエのカメラ事情なんてどうでもいい。用がそれだけなら、もう帰んぞ。姫がハクのことを待っているからな」
黒龍さんはそう言って、ハクを手元に呼び、帰ろうとすると、
「そうですか。ハクとは一緒に遊びたかったのですが、姫が待っているのなら、仕方ありません。それより、その腕輪は貴方がプレゼントしたと、ハクから聞きました」
とても可愛いです、とこいつはハクの右腕にしている高価そうな腕輪を見る。こいつと黒龍さんはとことん馬が合わないようで、互いに嫌み合戦をしているところしか見たことがない。
そんな青い鳥さんが黒龍さん(詳しく言えば、黒龍さんがハクに送った腕輪)を褒めている。明日は嵐でも来そうだ。
「………そりゃあ、作った甲斐があったな。褒め言葉として貰っておく。だが、テメエの手で触るんじゃねえぞ」
テメエが触ったら、汚くなるからな、と黒龍さんは青い鳥を睨む。
ハクがしている腕輪が黒龍さん手作り?黒龍さんが人の為に作るとは明日、槍でも降って来るのだろうか?
「大丈夫です。私にはこの眼鏡があります」
俺が送った不格好な眼鏡を掲げる。
「………ふん。俺のとそのガラクタを一緒にすんじゃねえ」
黒龍さんは不本意そうに言うが、この眼鏡が不格好なのは認めるが、ガラクタ呼ばわりされるのは納得いかない。形がどれほど歪でも、ちゃんと役割を果たしているのだから。
「ガラクタとは失礼です。これを売ったら、かなりの金額が付くのは間違いありません。サーラ輝石製の眼鏡の上、彼が作ったのですから、ブランド付加されます。おそらく、数十万エルはくだらないと思われます」
青い鳥はそう反論する。青い鳥さん、それは見栄を張りすぎではありませんか?
「確かに、魔法具マニアにはそれくらいの値段で売れるかもしれねえが、俺には興味のねえ話だ。ハク帰んぞ」
「うん、黒犬、青い鳥、またね」
ハクは俺達に手を大きく振りながら、黒龍さんと一緒に姿を消す。
「………お前、この眼鏡、売るつもりないよな?」
そんなことしたら、俺の努力が水の泡になるだろうが。
「これを必要とする人いるのでしたら、譲るかもしれませんが、どう考えても、これを必要するのは私くらいだと思います」
こいつは自嘲するかのような様子を浮かべる。
恐らく、こいつの魔力を視る“眼”、そして、波動を変える“手”は先天的のものだと思われる。だが、こいつの両親(産みの親の方であり、決して狂った育ての親ではない)がいれば、こいつの能力の本質を知ることが出来るだろうが、こいつの両親は生死不明なので、聞き出すことも叶わない。
強力すぎる能力はその所持者の身体を蝕む。カニスの狼化もかなりの苦痛を伴うものらしい。時々、俺は思う。あいつは何も言ってこないが、もしかしたら、その能力はこいつの身体を何らかの形で蝕んでいるのではないのか、と。
いつか、近い将来、俺達の生活に終りが来るのではないのか?
「………そうか。ならいい。そろそろ、夕飯を作らないと、弟達が五月蝿いな。青い鳥、夕飯を作るから、手伝ってくれ」
「分かりました。今日の献立は何ですか?」
「………そうだな。今日は久しぶりに、お前の大好きな海老フライにでもするか」
「それは楽しみです」
こいつは嬉しそうな様子を見せる。
いつか、どのようなことがあって、この何の変哲もない会話を交わすことができなくなる時がくるかもしれない。
その時になってみないと分からないが、俺はこいつのいない暮らしを考えたくない。
こいつはトラブルと不幸しか持って来ないが、それでも、俺にとって、そこにいるだけで幸せを呼ぶ鳥だ。
もしこいつがオレの傍から消えたら、俺はこいつを追いかけることだろう。
そう、青い鳥を追いかけ、幸せを求めた幼い兄妹のように……。
彼らは自分のいた場所が求めていた場所だったが、青い鳥がいる場所が俺にとっての幸せだから……。