Ⅱ
私の夢にはいつも黒髪の男の子が出てくる。私と同じ角が生えた男の子。
黒犬はその子にしては少し大きすぎて、ゲンにしては物凄く大きすぎるし、まだあんなに老けていない。エンと同じくらいだけど、エンには角がない。黒龍も大きすぎるけど、雰囲気は少し似てる。
その男の子は自分の髪を気にしていたけど、私はその色の髪が好き。そう言うと、その男の子は照れ臭そうにする。
どうして、その男の子がその髪の色が嫌いなのかは忘れてしまったみたいで、覚えてない。
私の髪とは正反対の黒。とてもいい色。とても落ち着く色。
私もその髪が良かった。そうすれば、その男の子とお揃い。黒龍や黒犬、ゲン、そして、エンともみんなお揃い。
今度、黒龍にお願いしよう。黒龍はとてもすごい魔法使いって、自慢していたから、私の髪を白から黒に変えることができると思う。
なら、黒龍に頼んだら、夢の中に現れる黒い髪の男の子に会えるかな?
これも、後で、黒龍に頼んでみよう。
***
ハクがこの村に預けられて、一週間が経とうとしていた。元々、ハクが人懐っこい性格だからか、村の子供たちと打ち解けてしまったようである。子供たちの輪の中にはハクは勿論、エンやレンもいる。
エンやレンの友達と言うと、割合的には男の子が多く、数人は女の子だけど、彼女たちもかなりのお転婆である。とは言え、ハクが村の外からやって来ようと、素性がどうだろうと、気にしていないグループのようで、ハクも馴染みやすかったのだろう。
そして、このグループの中心人物は勿論、この方である。
「今日は魚釣りをします。竿はちゃんと用意してありますか?」
青い鳥がそう言うと、子供たちは手に持っている手作り竿を掲げる。これは魚を釣ったことがないハクの為に、昨日、みんなで作ったものである。
「では、美味しい魚を釣りに行きます。楽しみにしていてください」
「お魚はどうでもいいが、子供達に怪我をさせるなよ」
エン達や村の子供達が怪我をする分にはいつものことだが、ハクに怪我をさせてしまえば、黒龍さんが何を言い出すか分からない。できることなら、そう言った遊びを止めさせるべきなのかもしれないが、ハクの楽しそうな表情を見ると、できなくなってしまう。
まあ、青い鳥がいるのだから、余程の大怪我は負って来ないと思うが。
俺がそう言うと、青い鳥は俺に手を振り、子供達を連れて川に向かう。
俺は国立図書館から借りてきた魔法書を目に通す。
以前、無意識的に使った複合魔法は“空間魔法”と“幻覚魔法”の組み合わせであったことが魔法陣の組み合わせで分かった。赤犬さん曰く(幻覚魔法が組み合わされたことを知った時、赤犬さんは引き攣った笑みを浮かべて、俺の顔を踏みつけていた)、魔法下の空間は術者(すなわち、俺)の法則に従う世界になるのではないか、と言っていた。
その推測が正しければ、黒龍さんと対峙した時、俺に黒龍さんの魔法が届かなかったり、その魔法が解けた後、その空間が、黒龍さんが暴れる前の姿のままだったり、帝王と戦った時に、帝王と同等に戦えたことも頷ける。
そしたら、鏡の中の支配者の使う特異能力と同じと思ってしまうが、それとこれは似たものではあるが、全くの違うものらしい。
鏡の中の支配者が空間を“模倣”しているなら、俺は空間を“創造”しているらしい。鏡の支配者はあくまでもこの世界の摂理に従い、その世界で存在する現象なら、起こすことができるが、俺は世界の摂理を一時的ではあるが、ぶっ壊して、自分の空間の摂理を作ってしまっているらしい。
そうなれば、俺はその空間の“神”になってしまわないか、と思ってしまうが、それがどんなに凄い魔法でも、ハイリスクがあるのは必然だ。
今まで、三回使ったことがあるわけだが、帝王戦に気付いたことがある。俺はあの魔法を使った後、しばらくの間、全ての魔法が使えなくなってしまった。魔力切れかと思ったが、魔力切れをしていれば、ぶっ倒れているはずである。
どうして、魔法が使えないのかは分かっていない。発動中は勿論、魔法を使った後もしばらくの間、無防備になってしまう。もし、あの魔法を使い、何らかの方法で敗れた時、俺は負けを意味してしまうと言うことだ。
この魔法は使うところを考えなければならないと言うことである。
いつも思うことだが、俺の切り札達は強力な分、使い勝手が悪すぎる。ローリスクで、便利な魔法が欲しいものだ。
とは言え、人には得意不得意があるように、俺は戦いに便利な魔法を習得できなかった。魔法使いとして、攻撃魔法を使ったら、格好いいと思うが、俺はそっちの方の適正はなかったようである。
巷では、俺のことを、召喚系魔法使いと思われているが、どちらかと言うと、得意も不得意もないバランス型魔法使いである。つまり、器用貧乏。泣けてくる。
個性のない魔法使いである俺は自分に個性を作る為に、日夜、新魔法開発に励んでいる。一応言っておくが、職業探しもちゃんとやっている。ただ、俺は有名になりすぎてしまい、一般職に就けなくなってしまっているのが現状である。
冗談抜きで、黒龍さんのお世話にならなければならない日が来てしまうかもしれない。
そんなことを思っていると、カンカン帽に、アロハシャツ、サングラスの見た目はやくざ、中身はただのおじさんである親父の姿が目に入る。あの親父は、昼ご飯を食べに戻ってくる以外、朝から夕方まで森の中にいるので、日中、姿を見るのは珍しい。
「親父、こんな日中に家にいるなんて、珍しいな。忘れ物でもしたのか?」
俺がそう声を掛けると、
「……お前か。忘れ物ではない。これから、村長宅に向かうところだ」
親父は面倒くさそうな表情を浮かべる。村長と言えば、俺の元カノであるメアリーの父親である派手好きなおじさんである。話によると、何処かの貴族の次男坊らしいので、彼の屋敷の豪華さや派手な服装は納得できる。
「どうして、親父が村長さんの家なんか行くんだ?」
村人Aに過ぎない親父が村長宅へどう言った用件で行かなければならないのか、疑問に思うところだ。
「最近、森の中に見たことのない男達を見かけるものでな。シナさんの話によると、俺が見たような男達が村長宅へ頻繁に出入りしているらしいから、確認を取りにいくところだ」
あそこで何かしようとしているのなら、止めなければならないからな、と親父はそう言って、村長宅の方へ歩き出す。
親父は無責任に思われがちだが、親父には親父の自分ルールがあるようで、それには従うようにはしているらしい。それでも、村長宅に行くのは面倒だろう。
親父はあの自己中鳥とは違い、常識をわきまえているので、よほどのことがない限り、大事にはならないだろう。
夕方頃、青い鳥御一行は漁師さんもびっくりの大漁ぶりだったようで、たくさんの魚を持って帰ってきた。人数で分配したようだが、それでも子供が取ってくることができる量ではない。
おそらく、青い鳥が漁師びっくりの技術(青い鳥マジックとも言う)を発動したのだと思われる。いつものことながら、こいつの取得している技術には驚かされる。
青い鳥達がせっかく魚を釣ってきたので、魚中心の料理を作ろうと思う。青い鳥は勿論お手伝いさせるが、今回はエンやハクにも手伝ってもらっている。
ちなみに、レンは我が家に遊びに来る銀色狼さん程ではないが、かなりのドジっ子ちゃんなので、キッチンには入れさせない。彼が入ると、少し面倒なことが起きる。もう少し大きくなったら、後々のことを考えて、料理を教えようと思う(お袋は全く教える気なし。俺は我流で料理を覚え、エンに教えたのも俺)。
青い鳥やエンはいつも手伝っているので、テキパキ動いているが、ハクは初めて料理を作るようで、包丁を持つ手はぎこちない。最初からできる奴などいないので、少しずつ慣れていけばいいことだろう。
料理が出来上がったので、ダイニングに持って行って、夕食にすることにした。黒龍さんがいつ終わるか分からないので、夕食も我が家で食べていくことになっている(ハクが俺の料理を楽しみにしていることも理由の一つらしい)。
「………ハクちゃん、初めてにしては上手く出来ているわね」
お袋はそう言って、ハクを褒めるが、ハクが手伝ってくれたところは野菜を洗ったり、切ったりするところだけなので、一切、味はいつもと変わらない。少々、野菜や肉が不揃いに切られて、あまり美味しくなさそうに見えなくても、味はいつもと一緒。なのに、レンや青い鳥はハクが手を付けていない料理ばかり食べている。
レンはとにかく、青い鳥、お前には言いたい。お前は子供か。見た目で判断するな。お前は味見しただろ。
一方、親父はハクのことを気にしてなのか、それとも、口に入ってしまえば一緒だからか、あまり気にせず食べている。親父は余程不味くない限りは気にしないが、美味しくても気にしない。料理を作る側にしては作りがいのない客のことこの上ない。
そんな中、黒龍さんが空間魔法で姿を現す。一週間くらい、彼は突然現れ、突然消えていくので、我が家では突然の黒龍さんの登場にはもう慣れてしまっている。
自分の家族ながら、適応力が半端ない。
「………食事中か。今日は姫が一緒に食べたいと言っていたから、早めに来たんだがな」
黒龍さんは俺達の食事風景をみて、そんなことを言ってくる。
「そうだったんですか。それは申し訳ないことをしました」
どうやら、姫はハクのことをとても気に入っているらしい。もう夕食を済ませてしまったと知れば、彼女は残念がるだろう。本当に申し訳ない。
「急に、姫が言いだしたことだ。明日、一緒に食べればいいことだろう。そんなことで、駄々を捏ねることはないだろう」
彼は頭を掻きながら、そんなことを言ってくる。
「………今日は一緒に食べることができませんが、これ、ハクと一緒に作ったものです。よろしければ、少し持っていきますか?」
一応、まだ残りがあるので、黒龍さんが持って行くと言うのなら、タッパーでお持ち帰りして、姫にハクの手料理を食べさせることが出来る。
「………道理で、お前の料理にしては美味しそうには見えないと思ったが、ハクが作ったのか」
流石の青い鳥でさえ言わなかったことを黒龍さんは平気で言う。
「見た目はちょっと良くないけど、味はいつもの黒犬の味だよ」
ハクはムッとした表情で言う。それはそうだろ。味は俺が仕上げたのだから。
「……その割には青い鳥は食べようとしないな?」
黒龍さんは青い鳥の方を見る。俺達が無理して食べているんじゃないか、といった疑いを込めて。
姫がどんなにハクが作ったものを食べたいとは言え、美味しくないものを食べさせるわけにはいかないのだろう。彼女は国にとって大切な人物だ。彼の行動も納得できる。
「私は味見の時に食べました。味は彼のいつもの味でした」
「なら、どうして、食べようとしねえんだ?」
「やはり、人が食事する際、見た目を重視します。美味しそうなものに手が伸びてしまい、中々、その料理には手を付けられないのです」
流石、青い鳥さん。やはり、貴女は子供に対しても優しさの言葉を掛けないのですね。正直はいいことですが、時として、その事実が傷つけることもあるのですよ。
「………青い鳥、酷い」
ハク、一生懸命作ったのに、と、予想通り、ハクは瞳に涙を浮かべる。確かに、青い鳥は酷い奴だ。だが、この性格はもう修正不可能だから、そんなことを言っても治るはずがない。
「それなら、私が美味しいと言える料理を出せるように、努力をするべきです。評価されるのはどれだけ努力したかではなく、どれだけ結果を残せるかです。彼は物凄く努力をしました。だから、ここにあるような結果が出ていますが、この結果に、彼の努力が全て出ているわけではありません。人は結果を出して、その努力を誉められるものです」
日々精進することです、とこいつは正論を言ってくるが、何故か、上から視線で言われているような気がする。
「それなら、青い鳥が土下座して食べたい料理作る」
「望むところです。彼より美味しい料理を作ったら、土下座して頼んでもいいです」
ハクは青い鳥に対して敵対心を燃やしている。
まあ、ハクは筋がいいので、俺くらいまで上達するまでにそこまで時間がかからないだろう。青い鳥がハクに土下座するのは近い将来かもしれない。
「………見た目はとにかく、味はテメエがみたのなら、問題はねえだろ。なら、持ち帰るか」
不味かったら、あの野郎に食べさせればいい、と彼は言う。おそらく、あの野郎とは国王陛下であるエイル三世陛下である。実質上、彼は王なのだから、残飯処理扱いとするのは不適切ではないだろうか?
「分かりました。今持ってきますので、ちょっと待って下さい」
俺が立ちあがろうとすると、
「ついでに、余っている奴があれば詰めろ」
お前の料理を持っていけば、姫はもっと喜ぶからな、と彼は言う。別に、まだ余っているので、欲しいと言うのなら、あげてもいいが、俺如きの料理より、専属の一流コックの料理の方が美味しいと思うが。
「分かりました」
俺はそう言って、キッチンへ行こうとすると、
「駄目です。あれは私が持ちかえって、夜食にするつもりでした」
青い鳥が反論を言ってくる。確かに、いつも、残り物はあいつが持って帰っていたが、今日くらい、黒龍さんに譲ってもいいだろうが。
「………テメエは俺に盾突くつもりか?」
いい度胸してるな、青い鳥?と、黒龍さんは青い鳥を睨む。
「私は貴方に盾突こうとしているのではなく、権利を主張しているだけです。いつも、あの料理は私の家に持って帰ることが恒例です。その恒例を邪魔している貴方には言われたくないです」
「ほう?なら、やり合うか?」
「望むところです」
ここでは貴方の自慢の魔法が使えないので、私が圧倒的に有利です、と青い鳥は言う。確かに、体術勝負だったら、青い鳥に分があるが、その前に、人様の家で暴れないでいただきたい。貴方達が暴れたら、我が家がとんでもないことになる。
「それはどうかな?魔法がなくても、てめえみたいな小娘に負けるはずがねえ」
黒龍さんは何処からその自信が来るか分からないが、そう断言する。
「面白いです。たかが、小娘と侮って、負けたのは何処の誰ですか?」
「ふん。あの時のようになことはもうねえ。二度とあんな奇跡が起きると思うな」
黒龍さんと青い鳥は互いに睨みあい、火花を散らしている。俺は彼らを止めようとするが、止めるよりも彼らの行動が早かった。彼らの喧嘩が始まると思いきや、彼らが殴り合う寸前に、彼らの鼻先にフォークが凄い勢いで通り過ぎる。
流石の青い鳥や黒龍さんも、自分たちの喧嘩に横やりをしてくる(もしくは、それが可能な)勇者がいるとは思わなかったようで、動きを止める。
誰だ?大道芸人びっくりのナイフの達人芸ならぬ、フォークの達人芸を披露したのは?
「食事中だ。埃を立てるな」
料理に入る、と今まで黙々と食べていた親父がそう言ってくる。まさか、あの投擲は貴方の仕業ですか?自分の父親ながら、貴方の反射神経はどうかしている。もしかしたら、エンは親父の運動神経を受け継いだのかもしれない。
本当に、この人はここに来る前には何をしていたのだろうか?
「………青い鳥、今回は黒龍さんに譲ってやれ。後で、夜食用に何か作ってやるから、それで我慢しろ」
「ムウ、仕方ないです。今回は譲ります」
青い鳥は不本意とばかりの様子を浮かべる。
「………」
一方、黒龍さんは親父を怪訝そうに見ていた。