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「………ハク、いいか。日中、お前は昨日の黒髪の餓鬼のところで世話になる。ちゃんと、あの餓鬼や大人の言うことを聞け」

 黒龍は準備が終わった私を見て、そんなことを言う。

「うん」

 昨日会った黒龍と同じ黒い髪の人は黒犬と言うらしい。黒龍の元部下らしい。黒犬より黒龍は偉いらしい。それを言ったら、黒龍はこの国で一番偉いのは俺だって言ってた。

「………私のことは気にしなくても、ハクちゃんを預けてくれてもいいのに」

 イヴは私を抱きしめて、そう言ってくる。イヴはこの国のお姫様らしい。することがあまりないからって、私とよく遊んでくれる。黒龍はイヴには頭が上がらないって、エイルが言っていた。本当に、この国で頂点に君臨するのはイヴだって言ってた。

「姫にこれ以上迷惑を掛けるわけにはいきません」

「迷惑を掛けるわけにはいかないじゃなくて、これ以上、教育に悪い影響を与えたくないの間違いだろ」

 エイルは面白そうにそう言ってくる。

「………テメエは黙っていろ」

 すると、黒龍はエイルを睨むけど、

「俺は本当のことしか言っていないぞ。イヴの奴は昔から動物や植物の世話をするのが下手だからな。お前が心配するのも仕方がないことだ」

「……お兄様!!」

 イヴはとても慌ててる。

「イヴ、動物の世話が下手?」

「そうだ。昔、あいつが傷ついた兎を拾って来たまでは良かったんだが、あいつは構い過ぎて、その兎を殺しかけた。だから、その時はこっそり逃がしてやったんだ」

 なあ、黒龍、とエイルが同意を求めると、黒龍は黙ってしまった。

「あの兎を逃がしたのがお兄様達の仕業だったの!?」

 イヴはそのことを知らなかったようで、驚いている。

「あれはお前の為にやってやったんだ。あのまま死んだら、ビービー泣いただろ?」

「………それは」

 イヴは黙り込んでしまった。

「…と、とにかく、いいか。ハク。これだけは約束しろ。絶対、この腕輪は外すな。いいな」

 黒龍はそう言って、念を押してくる。

「よく分からないけど、分かった」


***

「あらあらまあ。お兄ちゃんが言っていた以上に可愛い女の子。ハクちゃん、クロさん、いらっしゃい」

 あの後、家に帰って、あの話をすると、お袋は二つ返事をした。それはそうだろ。お袋は息子より娘が欲しかったのだが、我が家系は娘が生まれにくいのか、三人産んだのに、三人とも息子だった。

 その為、一人で暮らしていることが多かった青い鳥を娘同然に育てたり、俺に女装をさせたり、と娘欲しい願望を爆発させていた。そんな時、女の子を預かると聞いて、断るはずがない。

 そんなわけで、お袋は上機嫌で、ハクと黒龍さんを出迎えた。おそらく、お袋は目の前にいる黒髪の男性がこの国最強の魔法使いと名高い“眠れる龍”だと気付いていない。普通考えても、こんな田舎に黒龍さんが現れると思う人はいないだろう。

 一応、お袋には俺の知り合いとして紹介してあり、本人も“クロ”と名乗ったからかもしれないが。

「お父さん、お父さん。娘ができたわ。これで、二人目よ。二人目。娘が産まれなくて、もう娘ができないと、正直落ち込んでいたけど、娘が出来たの」

 いつもの日課として狩猟に森へ向かおうとしていたアロハシャツに、カンカン帽、サングラスを被った俺の親父に話しかけてくる。

「………」

 親父はハクを怪訝そうに見て、そして、黒龍さんを見て、もっと表情を歪ませていた。親父はあまり感情の起伏というものを見せないので、親父があそこまでの表情を見せるのは珍しい。

 まさか、黒龍さんだってばれたのだろうか?とは言え、一般的に知られている“黒龍”は白フードを深くかぶった黒龍さんなので、彼の素性を見たことがあるのは一握りしかいない。その為、お袋が気付かなくても仕方がないのかもしれないし、親父が見たことがあるはずがない。

「………良かったな」

「そうなのよ。今日は豪華な料理を作っちゃうわ」

 お袋はとても上機嫌だ。それを聞いたら、弟達が喜びそうだ。

「話は終わりか。なら、行ってくる」

 親父はあまり興味の湧かない話だったので、そんなことを言ってくる。親父にとって、息子だろうと、娘だろうとあまり関係ないことだろう。

「いってらっしゃい。大きな獲物よろしくね」

 親父は森の中へと入っていく。あそこはかなりの種類の動物が生息している。昔はそこに狩猟に出掛ける男達が多かったらしいが、数十年前から、奥に気性が激しい動物の集団が住みついてしまい、その集団の所為で、狩猟に行く男達は減っていったらしい。

 そんな中、十数年前に、そんな森の中へと狩猟に出掛けていった勇者がいた。それが俺の親父なのだが、何を思ったのか、あの恰好で中へ入っていったらしい。そして、無傷で生還してきたらしい。

 今ではこの村の猟師は親父たった一人で、親父は捕まえた動物や採ってきた植物を村の人達に分けてあげることもある。

 昔は俺や青い鳥、今は弟達が森に遊びに行くことがあるが、森の入口付近までしか入れて貰えない。奥に行ったら、危ないからと言って、誰も近づかせない。

 そこから見ても、親父は一般の枠から外れているわけだが、親父が一体何者で、どうしてここに流れ着いたのかは謎のままである。

「………あの男はお前の父親か?」

 親父が森の中へと消えていった後、黒龍さんは小声で尋ねてくる。

「俺が拾い子ではなければ、俺の父親です」

 お袋曰く、歳を重ねていくうちに、俺は若い頃の親父そっくりになっているらしい。その為、俺と親父の血縁関係は否定することはできない。一つだけ治して欲しいところがあるとしたら、アロハシャツ、サングラス、カンカン帽の変人セットを毎日装着していること。本人に言っても、聞く耳持たないが。

「………あの隙のない動きに、黒髪黒眼の男。まさかな」

「………黒龍さんは俺の親父のことを知っているのですか?」

 この村に居付いた以前、何をしていたのか、誰も知らない。もしかしたら、黒龍さんは以前の親父に会ったことがあるのだろうか?

「………多分、違うだろうな。あの男がこの国にいるとは思えねえしな」

 黒龍さんはそう呟く。

「あの男?」

「気にするな。こっちの話だ。それよりも、俺はもう行く」

 こっちはお前のような暇人じゃねえんだしな、と彼は言う。そう言われると、耳が痛い。

「俺はもう行かなければなりませんので」

 姫以外で黒龍さんが敬語を使っている。まあ、普通の青年を装っているので、いつもの俺様全開するわけにもいかないのだが。

「そうなの?お仕事頑張ってるのね。お兄ちゃんもクロさんのようにいい仕事を見つけて、頑張ってほしいわ。前に、国王さまから宮廷魔法使いにならないかって、お誘いがあったのに、すぐ辞めてきちゃうんだから、本当に困った子よね」

 お袋は黒龍さんに俺に対する不満を言う。

 仕事を一か月しないうちに辞めてきたのだから、そんなことを言われても仕方がないかもしれないが、これには空よりも高く、海よりも深い事情がある。俺と青い鳥がちゃんとあのシステムをぶち壊したから、今の生活があるわけで、あのまま、働くようなことになっていたら、今のような平和な生活が送れているか分からない。俺は自分の平和の為、家族の平和の為、辞めてきたのだから、文句は言われたくない。

 その前に、その元凶である黒龍さんに不満を垂らしている構図は誰が見たって、おかしい。

「そうなんですか?なら、私が黒犬君にいい仕事を紹介しましょうか?」

 黒龍さんはあくどい笑みを浮かべて、俺を見る。

「あら?それは助かるわ。お兄ちゃん、成人にもなったのに、遊んでばかりだから、悩んでいたのよ。お父さんに言っても、好きにさせろくらいしか言わないし」

 お兄ちゃん、紹介してもらったら?とお袋が言うが、お袋よ、貴女はその就職先を分かっていて、言っていますか?目の前にいるのは宮廷魔法使いですよ?その方が紹介する職場なんて、城しかありません。お袋がそんなこと知るはずがないのだが。

 俺はその言葉にただ引きつり笑顔しか浮かべないでいると、

「サーシャおばさん、クロさんの仕事は彼にはできません」

 渡りに船、と言わんばかりに、ナイスタイミングで、青い鳥が登場する。

「クロさんはとある名家の執事さんをしているのです。田舎者丸出しの彼には到底無理です」

 青い鳥はそう断言する。

 確かに、俺みたいな奴が執事を務められるとはと思わないが、青い鳥よ、黒龍さんの方がもっと向かないだろ。黒龍さんが世間知らずのお嬢様、お坊ちゃまの命令を純情にこなしている姿を想像してみる。やばい。想像しただけで、笑いがこみあげてくる。

「あら、そうなの?それは残念ね。お兄ちゃんはそう言った作法はできていないから、確かに無理ね」

 一方、お袋は青い鳥の言葉を信じているようで、そんなことを言ってくる。すると、黒龍さんは青い鳥を睨む。だが、青い鳥はそんなことを気にするような奴ではない。

「クロさん、お仕事は大丈夫ですか?お嬢様がお待ちなのではないのですか?」

「……っく」

 青い鳥の言葉に、黒龍さんは言い返したくてたまらない様子だが、ここで下手に言い返すわけにもいかない。

「サーシャさん、ハクをお願いします。ハク、大人しくしてろ」

「うん。お仕事頑張ってね」

黒龍さんはハクの頭をポンと置いて、その場で姿を消してしまった。

「………あら?近頃の執事さんは魔法も使えるのね」

 お袋は感心しながら、そう言う。いや、一般的の執事さんはあんな高等魔法を扱えるはずがない。おそらく、魔法が使えるスーパー執事さんは彼くらいだろう。

 彼がいなくなった後、彼女は俺の髪、正確に言えば、黒い髪がお気に入りのようで、ひっぱってくる。

 一日中、俺の髪を引っ張らせておくわけにはいかない。

「エン、レン、こっちにいらっしゃい」

 お袋が俺の可愛い弟達に気付いたようで、手をこまねく。すると、彼らは見慣れない少女を警戒しながら、こっちにやってくる。

「今朝、話した女の子よ。しばらくの間、ここで、預かることになったから、仲良くするのよ」

 お袋は弟達にそう言ってくる。すると、人懐っこい下の弟のレンは、

「きれいなしろがみ」

 レンはハクの近くに行くが、一方のハクは警戒しているようで、俺の後ろに隠れてしまう。昨日見せた人懐っこさは何処に行った?もしかして、黒髪限定なのか?

「レン、あまりじろじろし見たら、可哀想だろ」

 しっかり者のエンが注意する。天然一家の中で、まともに育っただけのことはある。

 ちなみに、俺とエンがいなくなった家族の会話は話が脱線しまくる。そして、そのメンバーに青い鳥を追加すると、彼らの会話は迷宮入りする。

 一方、ハクはエンをじっと見る。正確に言えば、髪の方だが。俺や黒龍さんに比べれば、若干茶色だが、黒と言えば、黒だ。

 そして、我が家で俺に次ぐ苦労人のエンに災難が降りかかる。

「!!!」

 突然、ハクはエンに抱きつく。

「………黒龍や黒犬より黒くないけど、黒い髪」

 ハクは意味不明なことを言いながら、エンの髪を引っ張る。

「痛い、痛い。引っ張るな!!」

 エンはそう言って、ハクの手を剥がそうとするが、中々離そうとしない。

「あらあら、エンもこんな可愛い子に好かれるとは凄いわね。お父さんの血かしらね」

 確かに親父の血によるものだが、ハクが惹かれているのは容姿ではなく、黒髪だ。

「エン兄ちゃん、すごい」

 レンはそう言ってくるが、何がすごいのか分かっていないのだろ。

「………」

 一方、青い鳥はエン達のやり取りを見て、何か閃いたようでこちらを見る。嫌な予感がする。

「お前が何をしようとしているか分からないが、抱きついて、黒髪が大好きです、何て言うのは駄目だからな」

 俺がそう言うと、青い鳥は残念そうな様子を浮かべる。こいつ、本当に実行しようとしていたのか。お前がやったら、逆セクハラになるぞ。

 どうやら、彼女は黒髪が大のお気に入りのようだ。

 こうして、俺達に新しい住人が増えた。だが、俺達は知る由がない。この後起きることを。

 今回も人知れず、青い鳥は不幸の粉を振り撒いていくのであった。

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