最後の町~キミの生まれたバイオスフィア
「最後の町はね、キミの世界と良く似ている街だったよ。
ただし、科学と魔法が混在していてね。
科学の発達の末なのか、魔法で構築されているのか、ボクには判断できなかったんだ。
ボクはね、最初、その町を訪れる予定はなかったんだ。
何故かって?
ほら、これ。
羅針盤。
このラインの色については話したよね。
そう、青や緑は安全で、黄色や赤は危険なんだ。
その町は、黄色いラインでね。
赤ほど危険ではないにしろ、わざわざ黄色い町に立ち寄ることもなかったんだよ。
でもね。
ボクが行こうとしていた町へ続くトンネルが、事故を起こしたんだ。
極まれに起こるその現象が、運悪くボクが歩いている時に起きてしまったのさ。
トンネルの事故は様々でね。
ほんの少し亀裂が入る程度から、完全に崩壊するまで様々あってね。
ボクの時は、最悪のその崩壊に遭遇してしまったんだ。
ボクは咄嗟に羅針盤を弄って、すぐそばに存在していた町へ転移したんだ。
そのままあそこにいたら、ボクも一緒に崩壊してしまうからね。
でも、ボクの転移は一瞬遅くてね。
それもそうだよね。
あの時点のトンネルから転移できる町は、羅針盤で見るとどれもこれも赤や黄色のラインだったんだもの。
青や緑の町にしか飛んだことのないボクは一瞬躊躇ってしまったのさ。
その一瞬が命取りだったよね。
ボクはトンネルの崩壊事故に巻き込まれてしまったんだ。
幸い、ボクの旅行鞄には竜の町で手に入れた防御シールドリングが入っていてね。
そのリングが自動発動してボクを守ってくれたから、ボクは運よくあの町へ転移出来たんだ。
でもね。
ボクが羅針盤で転移するのとトンネルが崩壊するのと、防御シールドリングが発動するのはほぼ同時でね。
ボクは無事は無事だったんだけど、精神ダメージを受けて昏睡状態に陥ってしまったんだ。
せめて防御シールドリングをボクが腕に巻いたままにしておけば、もう少し結果は違っていたのかもしれないけどね。
転移した先の町でボクが目覚めたのは、事故から三日目の朝だったよ。
美味しいオムライスの香りがしてね。
ボクはその香りに誘われるように目を覚ましたんだ。
倒れていたボクを発見した女性が、ボクをすぐそばの自宅へ運んでくれてたんだよ。
彼女は重力を操作する魔法具を持っていてね。
それでボクを軽くして寝室に運び込んでくれたんだ。
彼女は魔法学科学者でね。
だからだろうね。
ボクが明らかにあの世界の住民でないことに即座に気づいていたのさ。
うん、ボクたちはね、とくにどの町の人々にも旅人であるという本来の意味は伝えていないんだ。
様々な異空世界があるし、魔法圏はともかく科学圏でボクが本当の意味での旅人を名乗ったら、きっと別の意味で病院へ連れて行かれてしまうよね。
だから、ボクたち旅人は、その町その町に合った『旅人』を名乗るんだ。
キミ達の世界で名乗るとしたら、『海外旅行者』だね。
でね、魔法学科学者である彼女は、ボクが異世界からの旅人だって気づいてしまってね。
だからこそ、昏睡状態のボクを病院へは連れて行かずに自宅の医療ポットで治療して、魔法でボクの生命活動を維持してくれていたんだ。
ボクは思わず尋ねたよね。
『悪者だとは思わなかったの?』
って。
でも彼女は陽に透けるダークグリーンの瞳を面白そうに輝かせてね、こう言ったんだ。
『貴方が悪者でも、私なら即座に無力化できるから問題ないのよ』
ってね。
ボクは絶句したよね。
確かにボクに戦闘力なんて皆無だけれど、女性にそんなことを言われるなんて思わなくってね。
でも彼女の家で過ごす内に、彼女の言葉が嘘でもなんでもないって分かったんだ。
魔法学科学者たる彼女は魔力と科学を融合した様々な道具を使いこなしていてね。
ボクを最初に運ぶのに使った重力を操作する魔法具だって、使い方によってはボクを簡単に拘束出来てしまうんだ。
彼女達の住んでいた町は、巨大なガラスドームに覆われていてね。
ガラスの空には常に時間に合わせて青空に夕日、夜空が映し出されるんだ。
ガラスドームの外は人の住める環境じゃなくなっていてね。
彼女を含む町の人々は、第二の生態圏――バイオスフィアに住んでいたんだ。
彼女は結婚していてね。
旦那さんも魔法学科学者なんだけど、ボクは最後まで会うことはなかったよ。
それというのも、旦那さんは町の郊外に設置されている魔法化学実験区域で勤務していてね。
ボクが訪れたときは、丁度研究結果の大詰めでね。
最後の実験が間近だとかで、実験区域で泊り掛けで勤務していたんだ。
彼女には、お子さんもいてね。
もうすぐ三歳になるその子は、ボクが彼女に贈ったトリニワの卵で作ったオムレツが大好きでね。
ボクや彼女の分まで欲しがるんだ。
小さな身体のどこにそんなに入るのかってぐらい、嬉しそうに頬張るんだ。
それに、ボクがもふもふの町で貰ったクッションもお気に入りだったよ。
良くそのクッションの上でお昼寝してたよね。
彼女はもふもふのクッションを熱心に調べて、その成分を分析しようとしてたよね。
彼女はとても研究熱心でね。
ボクが今まで訪れた町のことを聞いてくれて、ボクが持っていた異世界の町のお土産もいろいろ調べては驚いてた。
その町はとても平和でね。
ボクはその時が来るまで、町を指し示す羅針盤の色が黄色だったことなんて、すっかり忘れてしまっていたんだ。
……忘れちゃいけなかったのにね。
事件が起こったのは、ボクが滞在して、二週間経ったときだった。
ボクの羅針盤が急に強い光を発したんだ。
警告音と共にね。
それは、その町に危険が迫っている証拠だった。
町を示すラインは黄色から朱色に変わってたよね。
ボクはすぐさま部屋を飛び出して、彼女を探したんだ。
丁度彼女も緊急メールを受け取っていたんだ。
それは彼女の旦那さんからのものだった。
実験が失敗した、って。
覚えてる?
町の郊外で彼女の旦那さんは魔法化学実験区域であの世界を町の外も人が住めるようにする為の実験を行っていたんだ。
大規模な実験をね。
でも実験は失敗したんだ。
そして魔法化学実験区域は壊滅的な被害を受けてね。
中の人々はもちろんのこと、町にも被害が訪れるのは時間の問題だった。
本来ならね、魔法化学実験区域は何かあったときの為に即座に隔離できるようになっていたんだ。
でも実験失敗の被害が大きすぎて自動隔離システムも正常に作動しなくなっていてね。
彼女の旦那さんは魔法化学実験区域の最終実験区画に取り残され、魔法化学実験区域と町を隔離するシステムを手動作動させることも出来なくなっていたんだよ。
彼女は即座に動いたよ。
隔離システムを手動で作動させる為にね。
ボクももちろんついていったよ。
彼女も最初は断ってきたんだけどね。
ボクには羅針盤による転移がある。
いざとなったら異世界に逃げれることを伝えて、彼女の了承を得たんだ。
魔法化学実験区域はメールの通り、壊滅状態でね。
でも彼女の旦那さんと研究者達は、怪我こそしているものの、全員無事だった。
魔法と科学の融合世界だからね。
それでも出来ることと出来ないことがあって、隔離システムだけは手動でなければ駄目だったんだ。
彼女が作動させると、即座に町と魔法化学実験区域は隔離されてね。
町に被害が行くことは止めれたんだ。
でもね、話はここで終わらなかった。
町は救われたけど、魔法化学実験区域はまだ実験が続いていたんだ。
失敗した実験が止まらずに作動し続けた。
具体的には、あの世界の人々には生きられない大気を作り出してしまっていたんだ。
ボクの羅針盤がついに朱色から赤に輝いてね。
緊急転移の魔法陣が浮かび上がった。
もうボクに残された時間も、あの町に残された時間もなかった。
ボクはね、彼女だけでも一緒に転移しようと思ったんだ。
ボクの羅針盤はボク専用でね。
大勢を転移させることは出来なかったけれど、あと一人ぐらいなら荷物を全部置いていけばなんとかなったから。
でもね、隔離区域で彼女を呼ぶ声が聞こえたんだ。
小さな、子供の声がね。
彼女の子供が、彼女についてきてしまってたんだ。
ボクはとっさに二人の手をとって転移しようとしたけど駄目だった。
彼女か、子供か。
選ばなければいけなかったんだ。
ボクには選べなかったよ。
選んでくれたのは、彼女だった。
彼女が、子供を連れて行ってくれって、ボクに言ってくれたんだ。
いよいよボクの羅針盤が強く輝いてね。
ボクはすべての荷物を置いて、子供と共に強制転移したんだ」




