第七話 文明とは何か
序話から第二話にかけての題名を訂正しました。中身は変わっていません。いやぁ、適当につけすぎたな、と反省。
じーっと、一瞬の間すら見逃すこともなく、注視する。
その容器には歪な形の鉄器からお湯が注がれ、再び封印が施された。思わず壁に掛かった時計を見ると、その針の進みは予想以上に遅い。爪を噛んで苛立ちを抑えていると、お嬢は指を机に打ち付けていた。救世主は何やら冷めた表情でこちらを見ているが、まあこいつはいつもこんな感じなので気にしない。
悪夢よりも長い時間。針は三度回り、ふとお嬢を見てみると、お嬢もこちらを見て頷いた。
ゆっくりと、慎重に、その封印を剥がす。
「おお!」
「……本当にできている」
お嬢は驚嘆の声を上げ、俺は僅かに目を見開く。箸を取り、麺を持ち上げれば、また思わず息を呑む。見事な料理がいつの間にかに完成していた。
「カップラーメンに何でそこまで感動できるんだよ」
ずずーっ、と麺を啜りながら救世主は随分と呆れ顔。
だがしかし、この画期的な大発明に驚かない救世主のほうが驚きだ。これに驚かないとは、こちらの世界は俺たちの世界よりも随分高度に発達した文明を持つらしい。
ふー、と思わず息を吐く。
「人間も侮れない」
「お前ら、それよりテレビとか洗濯機とか他に文明を感じるものはなかったのか」
「何を言っているんだ、光輝! そんなものこの『かっぷらーめん』に比べれば!」
お嬢は麺を啜り、スープを飲み、四角い肉を齧って幸せ顔。
「この世界の文明は『かっぷらーめん』に凝縮されていると言っても過言ではない!」
「マジか」
救世主はものすごく真剣にかっぷらーめんを睨む。
「俺も、これからお昼はカップラーメンでいいです」
慣れない箸で卵を掴んで、口の中に入れる。温かい。三分しか経ってないのに。不思議だ。
「まあ、俺としては安上がりだからいいんだが」
カップラーメンを睨みながら、それでも納得していない顔の救世主はそう承諾した。
やった。心の中でガッツポーズ。お嬢は見事に浮かれ、小躍りしていた。
カップラーメンなるものを今まで食べたことがないという、そんなお嬢の告白から出た日曜の昼。お嬢にこんな感情を抱くのは百五十年ぶりだが、今回ばかりは感謝してもいい。
それからリビングには、ただラーメンを啜る音とお嬢の歓喜の声ばかりが響いたが、ふと思い出したように救世主が顔を上げた。
「そういえば、シロ。決まったぞ」
「決まったって。何がですか?」
ずずっ、と麺を口につけたまま答える。
「学校だよ。ちょうど今から入ってくる一年に組み込もうとも思ったが、まあ同じクラスの方が何かと都合がいい。校長にはもう頼んでおいた」
「……それは、本当に頼んだのですか?」
「ああ、札束を頬に叩きつけてな」
金で解決できねぇことはねぇ、と語る救世主から邪悪な波動を感じたのは気のせいだろうか。一心不乱に麺を啜るお嬢を横目に、運命の不条理さを嘆いた。魔王となる人物を間違えている。
「で、俺はどっちの制服を着ることになったんです?」
「男子だ。男なら俺のほうでフォローできる。女子だと……」
こいつだからな、と見るお嬢はスープを綺麗に飲み干し終わった直後だった。ほくほくの笑顔で、うん? 何だ、と答えるその顔に邪気の欠片もなく。
その清らかな白い頬には面のカスが付いていた。
「わかりました」
「おう」
頷く俺と救世主。お嬢は頭の上にクエッションマークを氾濫させているが、無視。気にせず俺も食べ終えようとすると、何かぼそっと救世主が呟くのが聞こえた。
「何か言いました?」
「うん? いや、別に」
それから顔を背けた救世主は、静けさを破るようにテレビをつけた。
昼のニュースはまた例の通り魔の事件で持ち切りだった。こめんてーたー、とやらが未だに捕まえることができない警察の失態をなじっている。それを特に思うところなく見ていると、ふとこれから通う『学校』という言葉に、この前雨の中に出会った人間を思い出した。
『ここまで遅刻なら、もう気にしなくていいし』
笑いながら、いらないと言うのに傘を押し付けてきた人間。そういえば、あいつも同じ制服を着ていたな。
女とばれている人間がいることを言おうかとも思ったが、一々細かな点まで告げる義務もない、と口を閉じた。それに、同じ所属で同じ学年であるとも限らない。もう二度と会わない可能性の方が大きいわけで。
考えながらカップに口をつけると、飲み干そうとするスープを物欲しそうに見るお嬢に気付く。せっかくだから、ああおいしい、と一口飲むたびに言ってやった。
お嬢は酷く悔しそうだった。