第一話 魔王は逃亡中
「やあ、お嬢」
「………え?」
へい、と片手を上げて見せればお嬢――もとい、魔王様は阿呆面。こいつに様とか付けたくないけどね。
「な、何でここに! というか、そんな、さ、さ、捜さなくていいって言ったのに! もう、そんなに余のことが心配だったか!? ま、まあここまで来たんだ。そう熱心に頼み込まれては帰るのもやぶさかでは――」
「金返して」
「………」
「………逃げるな」
回れ右して全力ダッシュを試みるお嬢の襟首を掴み引き戻す。ぐえっ、とか鶏を絞め殺したような呻きが聞こえたが、もちろん無視。そのまま宙に投げ飛ばす。
お嬢は宙に飛びながら三回転。ちゃんとスカートは抑えてから手を伸ばし、着地。
十点、とか言いやがったときには殺そうかとも思ったが、そこは不動の理性で我慢した。
「貴様、仮にも魔王になんてことを!」
「指名手配犯がいばるな」
ぺら、と懐から指名手配書を出す。
国庫窃盗罪、元魔王エローラ=ロベス。5215万ヘルの賞金首。
「な、な、な」
「俺もこんな魔力の薄くて息苦しいところ来たくないのに、駆り出されちゃって。ほら、わかったらさっさと返して。そしたら別に、命はいらないから」
愕然とした顔のお嬢。そりゃあ、子供のいたずら程度のつもりだったかもしれないが、その地位と奪われた額からして冗談にもなりはしない。それくらいの分別はあったと思っていたのだが。
残念ながら気の毒だとは思わない。それでも後悔の念はあろうと言葉を待てば――
「元ってなんだああああぁぁぁぁぁぁ!」
――超後悔。
「余は、余はまだ魔王だぞ! そ、それなのに、元って!」
「だって、お嬢。あんた北の外れに飛ばされてたじゃん。確か、ボケた老将軍と倉庫内整理だっけ」
「ボケた老将軍ではない! グランおじいちゃんだ! それに、貴重な書類が一杯なんだぞ、あそこにあったのは! 魔王様にしかできない仕事だと、あのハルトも」
「魔界宰相? ああ、厄介払いできたって喜んでいたけど」
ひくっ、と頬を引き攣らすお嬢。
「は、ハンコも押したんだ」
「どうせいらない書類だし、その気にさせといたほうがいいだろって」
がく、とついには膝をつく。まあ、さすがに哀れだと思わなくもない。
とはいえ、遠慮するつもりもなく。
見渡したところ幸いこの公園と呼ばれる空き地には、今のところ人はいない。騒げることを確認した後、とりあえずお嬢に近寄ってその艶のある金色の髪を引っ張り上げ、立たせた。
「痛い、痛い! 抜ける! はげる!」
「ほら、で、金は?」
「え、えっと」
「うん?」
「と、盗られちゃった。てへっ」
「やっぱり」
ぱっ、と手を離すと、お嬢は飛び跳ねるように俺から離れた。髪を抑えて潤んだ目で俺を睨むが、完膚なきまでに無視。
「あー。面倒臭いなぁ。もう帰ろうかなぁ。やる気ないしさ」
ちょうどよくあったベンチに座り、ため息。くしゃくしゃに頭を掻いた。ちらっとお嬢を見れば、帰れ帰れと手を振っている。まだ焼きを入れるのが足りなかったか。
「で、その肝心の救世主はどこにいんの?」
「え、えーと、その真に言いにくいんですが」
お嬢は指と指をつついて目を逸らし、躊躇った後、そっと人差し指を俺に向け――
「俺に何か用か」
おいおいマジですか。