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第十六話 正義の味方は来るのが遅い

「私に案があるわ」


 全力フルマラソン。脱落=死の世界。背後からは獲物を欲する獣の雄叫び。

 そんな中、我がクラスの副学級委員長、駒沢真帆はそう言った。おさげをたなびかせ、自信満々に頷く。


「誰か一人が囮になるの」

「よしシロ、魔王を投げろ!」

「ラジャー!」

「う、うええ!」

「ちょっと!」


 違うっつーの! と頭を叩かれる。おまけに光輝の頭も叩いていた。おお、勇者がここに。光輝に身体を張ったツッコミを入れる人間を見たのは、初めてだ。しかし、その尊敬の眼差しも呆れ顔で返される。


「オルカくんって、そういう性格していたのね。顔はいいのに」

「おい、そんなこと話している場合じゃねぇだろ」


 光輝がくい、と背後を親指で指す。わかっているわよ、と真帆はため息。


「私が行くわ。これでも陸上部ですもの」


 足には自信があるの、と決意に満ちたその表情。しかし、いくら足に自信があろうと、相手は魔物。いつか追いつかれることは目に見えている。スタミナが違うのだ。見る限り、スピードは現段階でそう大差はないが。

 俺と光輝は顔を見合わせ、お互いの気持ちが同じであることに気付く。


「そうか、頑張れ」

「ありがとう、真帆さん」

「あんたたち、少しくらい止める素振りをしなさいよ!」


 碌な男がいねぇー! と真帆の嘆きが山に木霊する。生憎、今の俺の男指数は衰退中だ。光輝に限っては男依然に人としての問題だ。

 それでもその役目を引き受けてくれるのか、真帆は身体の向きをずらし、脇道に逸れようとしていた。


「ちょ、真帆!? いくら足が速くても危険だぞ!」


 命を粗末にするなんて馬鹿のするこったぁ! と叫ぶお嬢。その目は涙で潤んでいた。どうでもいいけど、お前そろそろ俺の肩から降りろよ。

 今生の別れになるかもしれねぇな、おやっさん! とノリよく返す真帆。その顔に浮かぶのは感激の表情。まあ、俺たちの対応と比較すれば当然だ。けれど、なぜか少し罪悪感を滲んでいるようにも見えて。

 しかし、それも一瞬。


「ま、まおう。う、ごめん!」


 脱兎のごとく。真帆は道を逸れて走っていく。

 光輝と俺はお互いに再び顔を見合わせ、ほっと一息。よかった。助かった。

 しかし止まぬ獣の慟哭。

 途切れぬ気配。

 嫌な予感は未だに憑いたように消えない。

 嫌々視線を背後にやれば、またも森の熊さんと視線が合った。


「なんで!?」

「つーか、あいつ逃げた!?」

「ま、真帆!?」


 考えてみれば、こいつが怒っているのはお嬢のせいで。それを追ってきているのだから、真帆を追うはずもないわけで。

 あー、もうこいつ捨てようかな。


「だから遠足は嫌だって言ったのにー!」

「うっせぇー! 喋っている暇があったら走れ!」

「し、シロ。光輝。まずいぞ、追いつかれる!」


 お嬢の声に俺と光輝は前へと飛ぶ。

 空中で一回転。

 その合間にグリズリーが爪を振り上げ、下ろす姿を見た。あのままいたらお嬢ごと引き裂かれていただろう。

 そして俺たちはグリズリーと対峙する。侮辱への怒りと焦らされたストレスのためか、グリズリーの瞳はすでに狂気に浸っていた。それでも、乏しい理性で獲物がもう逃げられないことを悟ったのか、じりじりと間合いを詰めてくる。


「お前、仮にも魔王の側近だろ。下級の魔物ぐらいなんとかしろよ」

「無理ですね。今の人間型じゃあ、身体能力も低いし、何よりここは魔力が少なすぎる」


 魔術を使えなければ知性もないが、その分グリズリーのような魔物は身体能力が格段に高められている。魔術が制限され、身体能力も人並みの現状では、正直このグリズリーでさえも倒すことは難しかった。


「というか、光輝。あんた、その側近をいとも容易く倒したじゃないですか。早くあっさりばっさり倒してくださいよ」

「生憎、今の俺の戦闘力はマイナス90パーセントだ」


 へっくしゅ、と緊張感のないくしゃみ。ティッシュ、と差し出された手を力強く叩いた。


「やばいじゃないですか!」

「うっせぇ! まだ一人いるだろ!」


 そして俺の肩にいるお嬢を見る。

 お嬢は二人の視線に、ほえ? と気の抜けた顔。


「やばいじゃないですか!」

「うっせぇ! 俺の知ったことか!」


 こちらの漫才はお気に召さなかったのか、グリズリーは雄たけびと共に襲い掛かり、こちらへその爪を一薙ぎ。光輝は右へ飛び、俺もお嬢をぶん投げて、左へ回避。が、お嬢を投げた分だけ遅れた代償。わき腹に爪の先端が食い込み、少々肉を抉られた。


「……っくは」


 背に衝撃。そのまま木へと叩きつけられたようだった。木を支えに立つこともままならず、座り込む。制服は赤く黒ずんでいく。


「シロ!」


 地面を転がり泥だらけのお嬢の叫び。失敗した。お嬢を担いだままだったら、お嬢がやられていただろうけど、くそ。見捨てればよかったのに。最悪だ。めちゃくちゃ痛い。 


「ちっ、仕方がねぇ」


 光輝は背に背負ったリュックに手を入れ、そこから一振りの三日月刀を出した。

 木漏れ日を刃に乗せて、揺らぐ黒の波動。というか、そんなものを入れていたのか、あんた。


「シロ! 魔物化にどれくらい掛かる?」

「…………三分。怪我の治療に時間を割いて、五分」

「上等だ!」


 俺へと止めを刺すためか。確かな歩みを以って俺へと近づくグリズリーに、光輝はその三日月刀を振るう。まさか反撃されることを考えていなかったのか、遅れた回避が俺と同じようにわき腹を抉った。

 轟く魔物の悲鳴。


「魔具ディルディア!」


 切り裂いた魔物から吹き出る血。それはもう、止まることはない。魔具の中でも魔剣に属するディルディア。能力は、永遠の殺傷。受けた傷は癒えることがない、悪魔の呪い。

 けど、正直それは現状であまり役に立つ能力ではない。抜かれた血で疲労が出てくるのも、まだ先の話。短期決戦には向かない武器だ。


「くそ、他にも持ってくればよかった」


 魔物が薙ぎ、それを光輝が皮一枚の差で避け、光輝が振るい、魔物がそれを爪で受ける。幾度なく繰り返す交差。人間にしてはこれ以上のない攻防だろう。魔物相手に、いくら魔具を持っていたとしても、善戦しているのだ。光輝は強かった。人間にしては。


 しかし、光輝は弱かった。かつての『光輝』の面影もなく。


 なんとなく、わかっていた。あの満月の日から。『魅了の瞳』で見据えたあの時から。

 光輝に、もう昔の力はない。今あるのは、人間よりも多少は上の身体能力と、その戦闘力の差を埋める魔具だけ。花粉症のせいだという誤魔化しを信じるほど、生憎馬鹿じゃない。

 現状。光輝に致命傷はないものの、徐々にしかし確実に、血に染まっている。多分、五分も持たない。


 逃げればいいのに。別に、今の光輝でも、俺たちを見捨てて逃げることはできるだろうに。

 だけど、光輝は逃げなかった。

 人間でしかないその身体に、傷は増えていく。


「素は闇。黒の背徳。闇への仕手を這い紡げ。光を飲み込む悪魔の矢。『夜の閃光(デモルート)』」


 見える、幾筋の黒の光。それは闇の線。数本の闇がグリズリーを貫く。


「………お嬢?」


 紡いだ魔術の囁きは、お嬢の声。でも、馬鹿だろ。その魔術は、その魔術は、この世界で行使できるような魔術じゃない。

 お嬢。内在魔力を消費したな。


「今だ、光輝!」

「でかした!」


 光輝は飛び掛る。貫かれた闇に呻くグリズリーへと。

 でも俺は、その魔物の瞳の狂気に潜む、理性を見た。

 もう怪我の治療に時間を割く暇はなかった。まだ、変化の途中。けれど、それに構う余裕もない。変化の力を全て背中に回し、動かぬ足の代わりに、蝙蝠型の翼を生やし、その身体を光輝へと走らす。

 吹き飛ばすため、光輝に体当たり。光輝は短い呻きと共に横へ。そして魔物は変わった標的も気にかけず、爪を振り下ろす。

 頭へ振り下ろされる爪を見て、あ、死んだかな、となぜか冷静に考えて。


「シロ!」


 叫びは誰の声だったか。










 ………………………


 …………………


 …………ん?


 未だに訪れない衝撃。ちょっと、恐いんですけど。

 恐る恐る目を開ければ、なぜか目の前には緑豊かの山の中腹。グリズリーは下にいた。光輝とお嬢も、下にいて。あれ? 俺宙に浮いている?

 空へと飛んだ記憶はなく。そんな時間もなかったはずで。

 そして混乱する頭に聞こえる、奇妙な叫び。



「正義の味方、マホリン登場!」



 夢かな、と思った。




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