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第十三話 朧月夜の逢瀬

 

それは下弦の月が薄い雲の合間から覗く夜。朧月夜のことだった。




「おい、柿ぴーがないぞ」


 不機嫌そうな光輝の声に、お嬢と俺は見ていたクイズ番組から意識を後方へと移す。振り返ってその姿を視認。腕を組み、眉間に皺を寄せながら猛禽類のごとく獰猛な瞳を携え佇むその姿は、まるでそう、阿修羅のよう。認めたくない現実から目を逸らすように、俺とお嬢は再び視線をテレビへ向ける。

 最近のクイズ番組は正解如何よりも、どれだけ馬鹿な答えが出せるかが問題のようだ。さきほどお嬢も出ればいいのにと言ったところ、お嬢は何を勘違いしたのか喜んだ。まあ、あえて訂正はしない。

 馬鹿やな〜、とテレビから漏れる音声。それに渇いた笑いを浮かべる俺とお嬢。しかし、そんな現実逃避を許すほど心優しい人間はここにいなかった。


「買出しはどうした、魔王」

「よ、余は今日、真帆ちゃんとカラオケに行っていたんだ」


 らん、らーらー、と微妙に音を外しながら歌真似をする。煽ってどうすると叫びたい、が、とばっちりはごめんだ。背後から感じる邪気を意識の上に置かないことに全神経を使う。

 座ったソファーから隣のお嬢の姿が消えた。テレビに固定された首は後ろを振り向くな、と全力で警告する。見たらだめだ。見たら終わりだ。くぐもった悲鳴が聞こえる。きゃん、あ、や、ちょ、や、やめてぇ。と妙に艶っぽいお嬢の声に、自然と額から汗が流れる。


「なんだ、シロ。買出しに行きたそうな顔をしているな」

「はいもちろんです」


 肩に乗せられた手に異様な圧力を感じた。

 喉からは自分のものと思えないほど掠れた声が。






 メモ用紙と貨幣を受け取り、逃げるように家を出てコンビニへと向かう。歩いて五分でつけるのだ。素直に従ったほうが賢いことは容易にわかる。

 そして、衣服が乱れ身体から湯気を出すお嬢は視界から外しておいた。知ってはいけないことだって、きっと世の中にはある。


『で、カキピーとはどのような毒物ですか』

『てめぇは俺を何だと思っている』


 おら、とメモ用紙に乱雑に描かれたパッケージの絵。適当な絵だが、見れば一応その品物はわかるだろう。

 こっちの世界における買い物は、お嬢と一緒に買出しに行くうちに自然と覚えた。学校というものにも行っているし、常識も生きていく上で困らない程度には身につけたはず。

 結構こっちの世界に順応してきているかもしれない。


 そんなことを考えているうちにもうコンビニに着いていた。ま、歩いて五分だから。

 コンビニは相変わらず目を焼くほどに明るい光が店全体を包んでいる。電気とは便利だ、とここに来るとよく思う。夜なのに、ここはまるで昼のよう。家の中よりも、周囲が暗い外でこそ、それはより実感できた。俺たちの世界では闇は闇と認識し、それに抗おうとは思わない。夜は暗い。それが当たり前なのだから。

 それは魔物と人の差か、世界と世界の認識の差か。


 うぃーん、と妙な機械音とともにドアが開く。店の中に入って物色し、菓子のコーナーでカキピーとやらを見つけると、店員のところへ持って行った。俺以外に客もいなかったので暇だったのか、店員は雑誌を読みふけっている。そういえば、俺が入ったときも挨拶すらしなかった。

 勤務態度にどうこう難癖をつける気はないが、とにかく早く勘定して欲しい。こっちは命がかかっているのだ。

 人の気配に気付いたのか、ようやく店員は雑誌から顔を上げた。そこで俺と視線が合う。


「あ、いらっしゃいま……せ? あれ? 君は」


 視線の絡む相手の顔立ち。茶色の柔らかそうな髪だったがところどころ跳ねていて、垂れた目はどこか人当たりの良そうな顔を作り、座っていてもでかいとわかるその体躯。耳には金属製の装飾品。

 はて、どこかで会ったことがあるような。


「……えっと、うーん?」


 店員は座っていた椅子から立ち上がり、俺の顔をつぶさに観察。じろじろと、おまけに胸まで見やがった。セクシャルハラスメントという新たに学んだ言葉が頭を過ぎる。

 妙なコンビニ店員の態度に、人を呼ぶか焼却するか迷ったとき、コンビニ店員は閃いたように手を打ち付けた。


「ああ。あの雨のときの」


 雨。雨。雨。

 あ、そういえば。

 同じように、ぽん、と手を打ち付ける。


「あの変人野朗か」

「すごい認識」


 ショックやわー、と大げさに手を上げる店員。


「でも、何か感じ変わったね。気付かなかったよ」

「成長期だし」


 学校でもこの変化はこう告げている。無理があるだろう、とも思ったが、何気に通じるのですごい。というより、その他に納得しようもないという現実と、光輝という名の独裁者による公言がそれを可能にしているのだろうけど。


「なるほどねー」


 とまた胸を見られた。そんなに顕著な変化はないはずだが。とりあえず、みぞおちを抉る。

 呻きながらも、その柔な笑顔は消えない。ある意味素晴らしい精神力だ。


「この辺りに住んでいるの?」

「そうだけど」


 通う学校名を告げると納得された。


「俺もそこに通っているの。あれ、でも君みたいな子いたかな?」

「先月転入したんだけど、俺もあんたみたいな人は見てないよ」


 最初の数日は実は廊下を歩くときなど少しだけ目で探していた。結局、見つけられずに面倒になって諦めたが。


「君、何年生?」

「一応、二年」

「じゃあ、会わないね。俺三年だもん」


 先輩だよー、敬語使えよー、と目の前で手を振られ、目障りなので叩き落とす。


「そうですね、先輩。早く会計してくださいよ、先輩。遠くに消えてくれないかな、先輩」

「あれ? 壁を感じるぞ」


 それでも仕事はするのか、カキピーに機械を押し当てた。ぴ、と値段が出る。お金を払おうとすると手を出されたので、台の上に置いた。


「いけずだね」


 口を尖らせ、貨幣を取り上げ、お釣りの小銭を差し出す店員。それを受け取り、さっさと店を出ることを決意。


「あ、ちょっと待ってよ」

「待たん」


 異様に明るいこの光は目に毒だ。例え人型でも、普通の人間より過敏に光を捉えてしまう。痛いとまでは言わないが、正直少しきつい。

 さっさとコンビニを出て、暗い夜道を歩き出した。とは言っても、電灯が点々と道を照らしているのでそう暗くもないのだが。まあ、目には優しい。

 遠ざかるコンビニに、早歩きとなっていた足の速度も緩める。人の気配もないので追ってきていることもないだろう。ほっと息を吐いて、気を抜いたその瞬間。



「ねえってば」



 肩に置かれる手。条件反射的に前へと飛ぶ。硬いアスファルトの上を一回転して距離を取り、気配なく後ろへと立った相手を睨んだ。


「だから、驚きすぎだって」


 この前と違って、知っている人間だった。つーか、さっき見た。


「あんた、仕事は」

「うーん、ま、いいっしょ。人来ないし、あのコンビニ」


 誰だ。この男を採用した人間は。

 軽薄な笑顔を浮かべ、ふらふら手を振る。夜道の一人歩きは危ないよー、とほざきおった。誰に向かって言っているのかわかっているのか。


「大丈夫ですよ、俺は。これでもあんたより強いんで」

「そう? ま、いいじゃん。送っていってあげるよ。ほら、こっちでしょ」


 勝手に人の買い物袋を取り上げ歩き出す。強引な態度に、しかし返す言葉も面倒になって、止めた。こっちの世界の人間はどいつもこいつもこんなんしかいないのだろうか。腹立たしいというよりも、呆れる。なんて世界。


「そういえば、名前聞いてなかったね」

「………シロでいいですよ」

「その間に葛藤を感じたよ」


 愛称か。ま、始めはそんなもんだよねー。と笑う男。しかし、お前と俺の間には始めも間も存在し得ないのだと叫びたい。ただひたすらに望むのは終わりだけ。どうして一度しか会ったことのない人間に、こうも馴れ馴れしく接することができるのだろう。不思議でならない。

 そのまま無言。歩く速度は俺に合わせているのかゆっくりだった。静かだ。木々の葉が擦る音すら聞こえるほどに。

 まだ無言。

 どこまでも無言。

 まったく無言。


「……名前は」

「え? 聞きたいの?」


 わざとらしく驚いたその顔がむかつく。いいから言えと、その足を蹴った。


「天宮。天宮慎吾。天宮先輩でいいよん」

「わかりました、変態」

「そこまで!?」


 悲しそうに頭を下げる天宮先輩。ふと気がつくと、もう家の傍だ。さすがに家を知られるのは勘弁なので、そこで荷物を奪う。


「あ、もう家の傍なんで。どうぞ、ごー。帰ってください」

「もっと甘い時間はないの?」

「屋根裏部屋の片隅にも」


 きっぱり言う。

 さらに頭を下げた天宮先輩とやらは項垂れたまま、じゃあね、と来た道をとぼとぼと帰っていった。落とした肩には哀愁が漂う。ちょっと意外だった。帰るときはあっさりしているんだ。もっとねばるかとも思ったけど。

 ちょっとだけ、ほんの小指の甘皮一枚分程度に後悔した。少しつっけんどんにし過ぎたかもしれない。純粋な親切心からだったのかも。

 ま、いっか。と結局自分で納得し、少し早歩きで家へと足を進める。人間はようわからん。

 しかしその歩みも、ふと思い立ち、また足を止めた。振り返れば、もう天宮先輩の姿は見えない。暗闇の奥先にも、もういない。


 どうして、家の方向がわかったのだろう。


 浮かぶ疑問に、二度も取られた背後を思う。しかし、今考えて答えが出るはずもなく。

 とりあえず、帰宅を優先させることにした。

 鬼が家で待っている。




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